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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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「Quiet.」


 ユキナガが気づいたのは、リヴァとカイが客室に戻る予定時刻を十分過ぎた頃だった。


『カイ、応答して』


 返事がなかった。


『リヴァ』


 返事がなかった。額に汗が伝った。


 ユキナガはモニターを切り替えた。いつもよりキーを押す手が強かった。


 映像が、暗かった。


「アルノ」


『はい』


「カイとリヴァが返事しない」


『何分連絡が取れていませんか』


「十分」


『フィン』


『聞こえてる』フィンの声が来た。『今行く』




 フィンが着いた時、カイが床に倒れていた。


 うつ伏せだった。


 プレートキャリアもナイフも、そのままだった。


 リヴァがいなかった。


「カイ」


 反応がなかった。


 フィンが片膝をついた。首筋に触れた。脈と呼吸はあった。


「アルノ、カイが倒れてる。リヴァがいない」


『……』


「脈はある。外傷もない」フィンは鼻を近づけた。「…甘い匂いがする。麻痺系」


『ユキナガ、周辺カメラ』


『見てる。見てるけど』ユキナガの声が低かった。『リヴァが映ってない。どこにも』




 カイの目が、開いた。


 半分だった。


「……フィン」


「カイ、動くな」


「リヴァは」


「今探してる」


「……俺が」カイは起き上がろうとした。「行く」


「動くな」フィンはカイの肩を押さえた。「毒が抜けてない。動いたら心臓に負荷がかかる」


「離せ」


「カイ」


「離せ」


 フィンが手を離した。


 カイが起き上がった。すぐに膝をついた。立てなかった。


「……っ」


「ほら、立てないよ」


「リヴァは」カイは床に手をついた。「どこだ」


「今は無理。カイ、聞け」フィンはカイの正面に座った。「君が今動いても、リヴァを助けられない。毒が抜けるまで待て」


 カイは床に手をついたまま、下を向いていた。


 拳が、白くなるほど握られていた。




『……一か所だけ』ユキナガは言った。『五階の非公開エリア。カメラが一台、内部からハックされてる。跳ね返される』


「その先に部屋があるのか」


『ある。船会社のオーナー用のプライベートルーム。通常航行中は使用しないって船のデータには書いてある』


「行く」カイが言った。


 フィンがため息をついた。


「わかったよ」


 ユキナガは画面を見ていた。


 カメラが跳ね返されていた。


「……誰だよ」ユキナガは独り言を言った。「こんなの用意してたのは」





 カイとフィンが廊下に出た。カイの足取りは重かった。


 フィンがカイの半歩前を歩く。


 乗客が数人、すれ違った。


 フィンは普通に歩いた。タキシードの胸を張って、上品に歩いた。


 カイを見えにくい位置に隠しながら歩いた。


 誰も、二人を怪しまなかった。


「エレベーターより非常階段が早い」カイは言った。「左舷側」


「行こう」




 五階の非公開エリアに向かった。


 厚い鉄扉があった。


 ユキナガが無線で言った。


『やっと繋がった。電子ロック、今解除する。待って』


 待った。しばらくして、カチッと音がした。


「開いた」


 フィンが先に入った。


 カイが続いた。


「……」カイが止まった。


「どうした」


「この先の部屋だ」


「なんで」


「匂いがする」カイは言った。「リヴァの」


「鼻よすぎない?」


 フィンがドアに近づいた。耳を当てた。


 中は静かだった。


『ユキナガ、中の人数は』


『わからない。カメラ届かない』


 フィンはカイを見た。


 カイが頷いた。額に汗をかいていた。尋常じゃない量だった。


 フィンが蹴った。ドアが内側に吹き飛んだ。


 二人が同時に入った。


 カイがP320を構え右を見た。フィンが左からHK45を構えた。入口から死角になる壁際まで制圧した。


 誰もいなかった。


 白い天井、白い床。影がなかった。


「気味悪い部屋」フィンが言った。


 テーブルがあった。


 黒い、艶のあるテーブル。バカラ用のカードが、散らばっていた。


 床に、染みがあった。


 カイが染みを見た。


 染みから視線を上げた。


「出ていった」フィンは言った。


「……ああ」


 カイは部屋を見た。


 白い壁。白い天井。影のない床、不自然に壁に空いた穴。


 銃はなかった。


 カードが散らばっていた。


 ベルベットの繊維が一本、深い赤が床に落ちていた。


 カイが拾った。ドレスのものだった。


 床に掌をついた。力が入らない体を支えた。


「……見つけにいく」カイは言った。


 フィンがカイを見た。


 手が震えていた。




 ユキナガは客室でモニターに向かっていた。


 カメラの映像を切り替え続けていた。


 リヴァが映らなかった。


 どのカメラにも映らなかった。キーを押す指が痛い。


 Marlboroを口に咥えた。火をつけなかった。


 また切り替えた。


 また映らなかった。


「……どこいった」



 その時、ドアが開いた。


 ユキナガはモニターから目を離さなかった。


「フィン、まだ——」


 冷たい金属が、こめかみに当たった。


 ユキナガは止まった。


 銃口が当たっていた。



 横目で確認をした。


 大きな男。茶色のウェービーロング。



「Quiet(黙って).」男は言った。


 低い声だった。


「端末閉じて」男が日本語で言った。


「……え、日本語」


「閉じて」


 ユキナガはモニターの電源を落とした。両手を上げた。ため息をついた。


 煙草が口から落ちた。




「…あんた、誰」ユキナガは言った。


 声が、思ったより普通に出た。


 こめかみの銃口が強く押しつけられた。


「聞く必要ない」男は言った。声が小さかった。


「まあ、そうだけど」ユキナガは言った。「名前も知らない人に殺されたくないし。教えてよね」


 男は少し間を置いた。


「……カラム」言った。


 ユキナガが一瞬止まった。


「カラム」ユキナガは繰り返した。「苗字は」


 答えなかった。


 ユキナガは消えたモニターに映ったカラムの顔を見た。


 アンバーの瞳、気怠げな垂れ目。どこの国とも思えない顔だった。


「……どこの国の人?」


「…黙って」




「一つ聞く」カラムは言った。


「どうぞ」


「東京」


 ユキナガが息をのんだ。


「彼女を狙撃した」カラムは続けた。「二発目、屋上で当てた記録になってる」


「……うん」


「俺は当ててない」


「……」


「あの条件で狙いは外れない」カラムは言った。声に感情がなかった。「でも、データには、当てた記録が残っている。どうして」


 ユキナガは少し間を置いた。


 東京任務での、別部隊の狙撃手。


 1000メートル以上から撃ってきた人間。


 小さく呼吸をした。息が深く吸えなかった。


「……難しい話だね」


「答えて」


「どう答えたら銃口が外れる?」


「……答えによる」


「正直に言えばいい?」


「それも…答えによる」


 ユキナガはため息をついた。


 間があった。


 あげている手が震えているのが自分で見えた。


「わからない、が正直なとこ」ユキナガは言った。「俺もログ見て首かしげてた」


「嘘?」


「嘘ついてどうすんだよ。銃口向けられてるのに」




 カラムは少し黙った。


 銃口の圧が、少し落ちた。

 

 ユキナガの喉が動いた。


 テーブルの下にある銃を取っても、間に合わない。


「……彼女は何者」カラムは言った。


「それ、俺に聞く?」


「あんたが一番データを持ってる」


「…なんで知りたいの」


「俺の弾道を……変えた人間がいる」カラムは言った。「それがどういう意味か、知りたい」


 ユキナガが笑った。乾いた笑いだった。声がほとんど出ていなかった。


「……神様とか信じる人?」


 カラムが少し止まった。


 もう一度こめかみに銃口が触れた。


 ユキナガは奥歯を噛んだ。汗が目に入った。





 ドアが開いた瞬間、フィンは状況を読んだ。


 一秒もかからなかった。


 大きな男。二メートル近い。ユキナガのこめかみに銃口。利き手は右。


 左手はフリー。腰に別の武器があるかもしれない。


 足の向きから、逃げ道は廊下側に設定している。


 カイは途中で歩けなくなって、ヴィクトルに預けてきた。



 アルノが横に来た。


 フィンは目線を一度アルノに向けた。


 アルノが止まった。


 ユキナガが前を向いたままだった。目だけが横に動いた。フィンを見た。両手は上げたままだった。




「…部屋、間違えちゃった?」フィンは言った。


 カラムは何も言わなかった。


 銃口は動かなかった。


「そっか、違うか」フィンは言った。「じゃあ、誰?」


 返事がなかった。


「名前くらい教えてよ」フィンは言った。「こっちは丸腰で来てるし」


 フィンのホルスターにHK45が入っていた。ただ、今抜けるタイミングがなかった。引き抜く前に、ユキナガが撃たれる。


「カラム」男は言った。


 フィンとアルノが一拍止まった。


「あのさ、カラム。その人うちのメカニックなの。銃向けたら可哀想じゃない?」


 カラムがフィンを見た。答えなかった。


 アルノが口を開いた。


「目的はなんですか」アルノは言った。「我々を殺しに来たなら、手順が悪い。情報が欲しいなら、ほかに方法がある」


 カラムはアルノを見た。


「依頼はない」カラムは言った。


「どういうことですか」


「……もう終わったから」


「では」アルノは言った。「なぜここにいるんですか」


 カラムは少し間を置いた。


「聞きに来た」


「何を」


「弾が当たった理由」カラムは言った。「東京で。外したはずだった。20センチ」


 部屋が静かになった。


「東京の狙撃」アルノは言った。「あなたが」


「…うん」


「距離は」


「……1500」


 フィンが少し動いた。


「1500で20センチずれたって言ってる?」フィンは言った。


「1500は、外れない」カラムは言った。「2000になるとたまに。1500はあんまり外さない」


「……」


 フィンは少し考えた。


「依頼主は教えてくれないの?」フィンは言った。「そういうこと」


「教えてもらえなかった」


「それは」フィンは言った。「…気になるよね」


 カラムの目が、少し動いた。


 フィンはそれを見ていた。


 銃口は一度も揺れないのに、言葉には簡単に反応する。


 アルノが一歩前に出た。


 カラムの銃口が動いた。ユキナガから、アルノの方に向きかけた。


 アルノは止まらなかった。


「カラム」


 カラムが止まった。


 アルノは何も言わなかった。カラムを見ていた。


 眼鏡の奥の目が、動かなかった。


 沈黙が続いた。


 先に口を開いたのはカラムだった。


「……何か知ってるの」


 アルノは答えなかった。


「彼女自身のことです」アルノは言った。「本人がいないと話せません」


「……」


 アルノは動かなかった。


「まずは銃口を下げて下さい」


 間があった。


 銃口が、下がった。


 ユキナガが息を吐いた。声に出なかった。腕が落ちた。


 フィンはカラムの武装を確認した。拘束できるか。


 腰に一丁。アンクルに何かある可能性。隙がなかった。


 フィンは笑顔のまま、それを諦めた。


「ありがとう」フィンは言った。「で、彼女なんだけど」


「俺は、白い部屋まで運んだだけ」カラムは言った。「依頼はそこまで」


 少し間があった。


「その部屋にはいなかった」フィンは言った。「移動させられてる。どこかわからない」


 カラムが少し止まった。


「……心当たりは、ある」


「案内してくれる?」フィンは言った。「一緒に探そう」


 カラムはフィンを見た。


「……拘束しないの」


「縛ったまま連れ歩く趣味無いよ、俺」


「……案内する」

"Writing's On The Wall" / Sam Smith

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