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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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インフィニティプール




 セレネ・ステラ 十二階後部プールデッキ 午後十時十二分。


 向こう側のガラス扉が開いた瞬間、先頭の男の右手がジャケットの内側へ入った。


「下がれ」


 カイがリヴァの肩を押してバー側へ入れるのと、最初の銃声が重なった。


 弾は二人の間を抜け、プール脇のガラス製ウインドスクリーンへ当たった。透明な板に亀裂が走り、続けて入った二発目で細かな破片が水面へ降った。青い底照明を受けたガラス片が、沈みながら銀色に光った。


 カイはAXMCのケースをデッキチェアの陰へ押し込み、リヴァを石張りのバーの内側へ入れた。自分はその一歩外へ残り、プールを挟んだ三人を見た。


 リヴァはGlock 19を抜いた。


「狙う」


 敵が散った。一人はプールの反対側、もう一人はジャグジー側、残る一人は入口脇の柱へ入った。


 ヴィクトルがアルノを連れて、リヴァのいるバーの裏へ滑り込んだ。


 ヴィクトルが銃を構えたリヴァを見た。


「やあシニョーラ。お仕事中か?」


「うん」


「やっぱり、そのドレスで銃構えてるのが一番いいな」


「しゃがんでると、お腹苦しい」


 直後、カウンターに並んでいたボトルへ弾が入り、厚いガラスが砕けた。琥珀色の酒が氷と一緒に流れ落ち、床へ広がっていく。


「なんだ。ちゃんとした連中だな」ヴィクトルが言った。


「正面から付き合わないでください」


「俺ら(後方支援組)の得意分野だろ」


「一緒にするな」


 アルノはジャケットの内側へ手を当て、回収した端末の位置を確かめた。


『右、一人動く』ユキナガの声が入った。


 入口脇の柱から男が身体を出した。


 銃口がアルノへ向いた。


 ヴィクトルが先に撃った。弾が柱の縁を削り、男がすぐ身体を戻す。


「やっぱお前だな」


 ヴィクトルが息を吐いた。


「狙われてる。帰れ」


 アルノがヴィクトルを見た。


「まだ全員揃っていません」


「端末抱えた指揮官が撃ち合ってどうする。ユキナガ、戻せるか」


『東側スタッフ通路。九階経由ならスイートまで抜ける。今空ける』


 アルノはプールの向こうを確認した。


 もう一発、バーの角へ入った。


「……分かりました」


「素直で助かる」


「命中率の悪いあなたに任せるのが不安なだけです」


「そうか」ヴィクトルが笑った。


 アルノがスタッフ用の扉へ入った。


 電子錠が閉じる。


 ヴィクトルはその音を聞いてからBerettaを構え直した。


「これで好き勝手出来る」


『聞こえてますよ』


「走れ走れ」


 ジャグジー側で影が動いた。


『五秒、照明落とす』


「待て、今――」


 プールの照明が消えた。


 青かった水面が一瞬で黒くなった。


 ジャグジーの蒸気も輪郭を失い、デッキには赤い非常灯と遠くの船尾灯が残った。


「先に言えよ」


『ギリ言った』


 暗闇の中で靴音が動いた。


 マズルフラッシュが一度、白く瞬いた。


 ヴィクトルがその位置へ返した。


 カイはリヴァの前に身体を残したまま、反対側へ銃口を向ける。


『3、2――』


「右」


 リヴァが言った。


「ああ」


『1』


 照明が戻った。


 青い光が水面からデッキへ広がる。


 敵の一人がデッキチェアの陰へ移る途中だった。


 リヴァがバーの端から引き金を引いた。


 男の右肩が跳ね、拳銃が濡れた床へ落ちた。金属がタイルを滑り、水際で止まる。


「入った」


 カイはジャグジー側へ視線を移していた。


 東側の扉が開いた。


 フィンがエスポジトを連れて出てきた。両手を背中で拘束されたエスポジトのシャツを襟元から掴み、低い姿勢で動かしている。


『オリヴァー遅ーい』


「勘弁してよね。こいつ太り過ぎ」


『楽しくなってきた』ユキナガが言った。


『あまり派手なことしないでください』


 アルノが走りながら言った。息が上がっていた。


「この惨状、もう遅くない?」フィンが言った。


 銃声がした。


 フィンはエスポジトを床へ伏せさせた。直後、横のデッキチェアへ弾が入った。


「頭下げててね」


 エスポジトはすぐに従った。


 フィンが低い壁の陰へ押し込む。


「ほら、いい子」


 プール沿いから一人が回ってきた。


 カイが柱際へ二発撃った。


 男が身を引く。


「フィン、左だ」


「了解」


 フィンがデッキチェアの間を抜ける。


 男が銃口を向け直した時には、もう距離がなかった。


 フィンが腕を取った。


 拳銃が手を離れた。


 青い水へ落ち、底へ沈みながら照明を返す。


 男がフィンの胸元を掴んだ。


「おっと」


 フィンは押し返さず、身体を入れ替えた。


 次の瞬間、大きな水音がした。


 男がプールへ落ち、水面が崩れた。


 フィンは縁から離れ、濡れたシャツの袖を一度払った。


「落ちちゃった」


 ヴィクトルが横目で見た。


「お前が落としたんだろ」


『残り1』


 白い蒸気の向こうで影が動いた。


 最後の一人がジャグジー脇から出た。


 ヴィクトルが撃った。


 弾が太腿へ入り、男の膝が床についた。


「お。当たった」


 それでも拳銃を上げる。


「しぶといな」


 カイがそちらを見た。


「今」


 カイの声に反応して、リヴァが一発撃った。


 右腕が跳ね、拳銃が床を滑った。


 男が左手を伸ばした。


 リヴァが前へ出た。


 黒いヒールの足で、その手を床へ押さえた。


 男が呻いた。


 赤いソールが青いプールの照明を受けていた。


 ヴィクトルが見た。指を指した。


「……それ、それそれ。それが見たかった」


「……」


「良い」


 ヴィクトルが拳銃をプール側へ蹴った。


「裏の女はこうでないと」


「聞かなかったことにする…」


 リヴァは足を離した。





 十一階側の扉が開いた。


『一人入ってくるよ。多分こいつでラスト』


 体格のいい男が入ってきた。黒いスーツの前は開いていた。右手には拳銃、左耳にはイヤーピース。


 入った瞬間にプールデッキ全体を見渡した。最後にエスポジトを見た。


 銃口が動いた。


 フィンがエスポジトの襟を掴んで引いた。


 発砲音。弾はバー背面の鏡へ入り、並んでいたボトルを巻き込んで砕いた。


『右、閉じる』


 ユキナガの声が入った。


 男が通ってきた扉の電子錠が掛かった。反対側も続けて閉じる。


 フィンが口元を緩めた。


「強そうなの来たけど」


 男はもう動いていた。


 プール側へ回り、カイへ二発撃つ。


 カイはリヴァを柱の内側へ押し込み、自分だけ半身を出して撃ち返した。


 男はすぐ遮蔽物へ入った。


「そこにいろ」カイが柱にいるリヴァに言った。


「うん」


 ヴィクトルがバーの右側へ位置を変えた。


「さっきの三人より面倒そうだな」


『責任者だよ』


「なんだ。知ってたなら先言え」


『忘れてた』


「クソガキ」


『聞こえてるよ、二度目』


 責任者がもう一度出た。


 銃口がカイを通り過ぎる。


 リヴァへ向いた。


「リヴァ」


 カイが前へ入った。


 リヴァはその横からGlock 19を構え、撃った。


 責任者の右腕へ入り、拳銃が床へ落ちる。


「当たった」


 責任者の男は武器を捨て、そのまま距離を詰めてくる。


 ヴィクトルが息を吐いた。


「まだ来んのかよ」


「元気だねえ」


 フィンが左から動いた。


「フィン、動くな」


 カイが呼んだ。


 フィンが肩をすくめた。


「じゃ、見てるよ」


 責任者がカイへ入った。


 二人の身体が正面からぶつかった。


 肩が胸へ入り、濡れた床で靴底が滑る。


 カイの右足が後ろへずれた。


 責任者がさらに体重を掛けた。


「……重いな」


 責任者の空いた手がカイの首へ回る。


 カイが腕を取った。


 腰へもう片方の腕を回す。


 責任者の足が床から離れた。


「え」リヴァが言った。


 ヴィクトルもそっちを見た。


「うわ」


 カイはそのまま身体を横へ運んだ。


 責任者の背中が濡れたタイルへ落ちた。


 大きな音がして、水際に残っていたグラスが一つ倒れた。


 カイが腕を背中へ回す。


 身体を床へ戻した。


「動くな」


 ヴィクトルがBerettaを下ろした。


「船揺れたかと思ったぞ」


 フィンはカイを見た。


「相撲?」


 カイは責任者の両手を拘束した。


 その間にユキナガが船内カメラを順番に切り替えていた。


『七階、八階、十一階。今見えてる範囲は動きなし。アルノも、今この部屋に戻ってきたよ』


『……』アルノの荒い呼吸が聞こえた。


「…トレーニングが足りない」カイが言った。


『うるさいです……』


 フィンはエスポジトのところへ戻った。


「生きてる?」


 エスポジトが頷いた。


「よかった」


 プールは船の揺れに合わせて静かに波打っていた。




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