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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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ワンプレートに全部のせ



 セレネ・ステラ スイート 午前七時四十分。


 チャイムが鳴った。


 バスローブ姿のカイがドアを開けると、白いジャケット姿のスタッフが立っていた。その後ろに朝食のワゴンが二台あった。磨かれた銀のクロッシュと白磁のポットが載り、焼きたてのパンとコーヒーの匂いが廊下まで流れている。


「Good morning, sir. Room service.(おはようございます。ルームサービスです)」


 スタッフは手元の伝票を見たあと、二台のワゴンを見た。それから、カイを見上げた。


「All of these are for this suite, sir?(すべて、こちらのお部屋でよろしいでしょうか)」


「Yeah. Just leave the carts. We’ll put them outside when we’re done.(ああ。ワゴンごと置いてくれ。終わったら外に出す)」


「Of course, sir.」


 スタッフは一台目を押し入れた。


 二台目をリビングまで運んだところで、もう一度伝票を確認した。


「Would you like me to set the table for you?(テーブルへお並べしましょうか)」


「No, we’re good.(いや、いい)」


 カイは一拍置いた。


「I’m a big guy. I eat a lot.(大食いなんだ)」


「……Yes, sir.」


 スタッフの目が、カイから二台のワゴンへ移った。


 スイートの奥では、リヴァが口元を押さえていた。


「Thank you.」


 カイがチップを渡すと、スタッフは廊下へ出て、静かにドアを閉めた。


 電子錠が掛かった。


 その音を待っていたように、室内の死角から人が出てきた。


 まずキッチン脇の壁からユキナガが顔を出し、ベッドルームの扉の裏からフィンが出てきた。カーテン際にいたヴィクトルが何事もなかったように袖を直しながら現れ、その後ろからアルノまで出てくる。


「焦ったー…新婚のスイートルームから、大量の男出てきたら大事件だもんな」ユキナガが言った。


 アルノがため息をついて、ヴィクトルを腕で押してから髪を直した。


「痛て、なんだよ」


 カイがベッドルーム脇の透明なスクリーンの向こうへ入っていった。


 バスローブを脱いで椅子の背へ掛け、窓際のバスタブに入った。


 ユキナガが透明なスクリーンの向こうを見た。


「お前、今入んの?」


「うん」


 カイは湯に肩まで浸かった。


「朝会すんだけど」


「聞こえる」


「そういう問題じゃねえんだよ」


「お前の裸見ながら朝ごはん食う身にもなれ」ヴィクトルが言った。


 リヴァはもうワゴンの前にいた。


 二つ並んだ銀のクロッシュの一つを持ち上げた。湯気と一緒に、バターの匂いが上がった。小さなパンケーキが重なり、脇にはベリーとクリームが添えられている。


「わあい」


「こんなに頼んで」アルノが言った。


「リヴァが頼んだ」カイが言う。


「モーニング全種類頼んでみた!」


「YouTuberみたいなことすんなよ」ユキナガが言った。


「いいね、楽しそう」フィンが言った。


 リヴァは次の蓋を開けた。半熟の卵にオランデーズソースがかかったエッグベネディクトが二皿、その向こうには厚く切ったスモークサーモンがあった。


「皆で食べよ」


「いただきまーす」ユキナガが横から皿を一枚抜いた。


 アルノが何か言う前に、フィンも籠からまだ温かいクロワッサンを一つ取った。


「いいじゃん。食べながら朝会」


 ヴィクトルはコーヒーポットだけを持ってソファへ行った。襟元は開いたままだった。カップへ黒いコーヒーを注ぎ、深く腰を沈める。息を長く吐いた。


「ヴィクトル、寝てない?」リヴァが言った。


「寝た。アルノの部屋で。俺の部屋は死体のせいで呪われた」


 アルノが林檎に手を伸ばしかけて、止まった。眼鏡を上げた。


「…そんな宗教じみたことで」


「敬虔なカトリックだぞ俺は。昔、修道女と付き合ってたし」


「カトリックのシスターと付き合うなよ」ユキナガが言った。「ダメだろ」


「その時点で呪われてそう」フィンが言った。


「ヴィクトル撃ったって人じゃん」リヴァがプチトマトを口に入れながら言った。


「別れ話がこじれた」


 ユキナガが吹き出した。


「シスターがなんで銃持ってんだよ」


 リヴァはパンケーキの横へベーコンを二枚置き、さらに切ったマンゴーとベリーを取った。ゆで卵も片手に持った。


「それ合うの?」フィンが言った。


「イギリス式。ワンプレートに全部乗せ」


「なるほどね」フィンが笑った。


「いいのかよそれで」ユキナガが言った。


 しばらくして、カイはバスローブを着直して戻ってきた。


 カイは大きなマグへコーヒーを注いでいた。


 ヴィクトルはカップを持ったまま、向かいで果物を食べているフィンを見た。


 フィンは髪まで綺麗に整っていて、眠そうな様子がまるでなかった。


「なんでお前そんなすっきりした顔してんだ」


 フィンは肩をすくめた。


 ユキナガがソーセージをフォークで刺した。


「一人処理してこれ。SAS怖えな」


 フィンはオレンジを一房口に入れた。


「ユキナガも、なんかすっきりしてるけど?」


「いや」ユキナガが眉を上げた。「……まあ、もう意地だよね」


「へえ」


「人間買ってやるから部屋来てって言われる気持ち、お前らにわかる?」


「ちょっと想像は出来ないね」フィンが言った。「リヴァもよく寝れた?」


「うん。ね、カイ」


 カイが首を回すと、関節が鳴った。腰を押さえた。


「………ああ」


「え、なんで腰痛そうなの」ユキナガが言った。


 一拍あった。視線が交差した。


「床だったからじゃない?」リヴァが言った。


 ユキナガが笑った。


 ヴィクトルが口角を上げ、目を閉じた。


 アルノがヴィクトルの隣に座って肘でつついた。


「コーヒーポットをこちらへ」


「なんかお前、今日俺にだけ厳しくないか」


「いいえ。早く」


 アルノが手を出した。


 ヴィクトルは無言でアルノのマグカップを取り、コーヒーを入れて渡した。




 午前八時〇〇分。


 アルノは端末の画面を切り替えた。


「本題に入ります。今夜の目的は三つです。コストフの排除、コストフ区画からの端末と資料の回収、エスポジトの確保」


 フィンがグラスの水を取った。ユキナガも食べながら画面を見る。


「コストフは22時前後、7階後部デッキへ一人で出ます。リヴァ、カイ。コストフの排除をお願いします」


「撃てばいいんだね」リヴァが言った。


「了解」カイが言った。


 画面に船内図が出た。


 アルノが指で一区画を拡大した。


「同時に、私とヴィクトルがコストフの区画へ入ります。端末と資料を回収しますが、通常の電子認証とは別に専用の黒いカードキーが必要です」


「うん。残るは黒いカードキーだね」フィンが言った。


「はい。所持者は昨夜の情報から、この保安担当者まで絞れています」


 ユキナガがパンを咥えたまま端末を操作した。男の顔写真が小さく表示された。


「今朝は10階のVIP区画。11時過ぎに12階へ上がる予定入ってる。夜番への引き継ぎログはまだない」


「現在も本人が持ってるかは、まだ分かんないってこと?」フィンが言った。


「そうです」


 アルノが12階の区画を指した。


「今夜21時30分以降、12階後部は一般客の立ち入りが制限されます。この男は閉鎖後も出入りする予定です」


「じゃあ、そこで俺が取る?」


「はい。昼に所持を確認できれば、夜はフィンに任せます」


 フィンがクロワッサンの最後を食べた。


「宝探しだね」


「了解」カイが言った。


「フィンとヴィクトルもお願いします。カイにはリヴァを同行させてください。客として周辺を歩く方が自然ですので」


「わかった」リヴァが言った。


「エスポジトは?」フィンが聞いた。


「えっと…」リヴァが言った。


 アルノが端末を見せた。


 黒髪、眼鏡、小太りの男だった。無造作に髪が伸び、髭もあまり整えていないようだった。


「コストフの暗号・資金経路・取引履歴、それに移送記録を握っている技術フィクサーです」


「うん」


「彼は7階です。キーを確保した後、そのままフィンがエスポジトへ向かってください。こちらは生きたまま確保します」


「了解」


 ヴィクトルがソファで目を閉じたまま言った。


「忙しいな……」


 アルノがヴィクトルを見た。


「起きていますか」


「ああ」


「では寝ないでください」


「リヴァ、昼はネイビーにしろ……」


「わかった。なんで?」


「夜、赤いドレスで撃たせたい……ルブタンも。赤い靴底が…狙撃に…合う…」


 ヴィクトルが立ち上がって窓際のソファに行き、横になった。


 アルノがそれを見てため息をついた。


「スタイリストなんだよなもう」ユキナガが笑った。


 リヴァがパンケーキを切っていた。


「パンケーキとココナッツミルク、んまい」


 ユキナガがリヴァの皿からベリーを一つ取った。


「あ」


「いっぱいあるだろ」


「……」ユキナガを睨んだ。


 アルノが端末を閉じた。


「21時30分から作戦行動へ移行します。それまでは確認だけです。目立つ行動は避けてください」


 窓の外を、小さな白波が船尾へ流れていった。


 テーブルの上では、まだ半分以上の料理が残っていた。


「Big guy, たべちゃいな」フィンがカイに言った。


「うん」


 カイは大皿ごと自分に寄せた。

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