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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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旧友




 午前零時十二分。


 十一階前方のVIPラウンジは、ディナーのホールより照明が低かった。


 窓際に革張りのソファが並び、中央のバーでは十人ほどの客がまだ飲んでいた。会話の音量は低く、グラスの触れる音の方がよく聞こえた。


 ヴィクトルはカウンターに肘をつき、隣の男と話していた。


 アルノは二歩ほど離れた場所に立っていた。


 男が笑い、ヴィクトルの肩へ一度手を置いた。


 ヴィクトルも笑った。


 会話が終わると、男はカウンターの反対側へ戻っていった。


 ヴィクトルはグラスを持ったままアルノの隣へ来た。


「右奥。紺のタイ」


 アルノはそちらを見なかった。


「コストフの通信を触ってる」


「話しましたか?」


「まだ」


 アルノが眼鏡を押し上げた。


「何を見ました」


「ここに入ってから、三人があいつに挨拶した。全員、コストフの卓にいた人間だ」


 ヴィクトルは酒を飲んだ。


「でもコストフ本人は挨拶しなかった」


 紺のタイの男が別の客と話していた。


 途中でウェイターが近づき、何か耳元で告げる。男は腕時計を見てから席を立った。


 ヴィクトルがグラスを置いた。


「ほらな」


「まだ何もしていません」


「いいや。する」


 ヴィクトルが歩き出した。


 アルノもついていった。


 ラウンジを出る直前、入口のスタッフがアルノへ目を向けた。


 ヴィクトルが足を止めた。


「秘書にしか見えない」


「秘書ですが」


「今は俺の連れだ」


 ヴィクトルがアルノのタイを指で引き、結び目を少しだけ緩めた。


 アルノの手が一度上がったが、そのまま下りた。




 二人は廊下へ出た。


 絨毯の上をしばらく歩き、エレベーターホールへ向かう。


 アルノが角を曲がる前に足を緩めた。


「ヴィクトル」


「なんだ」


「後ろ。同じ男です」


 ヴィクトルはそのまま歩いた。


 壁際に飾られたガラスケースを通り過ぎる時、反射へ一度だけ視線を向けた。


 十メートルほど後ろに男がいた。


 先ほどラウンジの入口近くに座っていた男だった。


 ヴィクトルはため息をついた。


「いつから」


「出てからずっとです」


「俺か?」


「さあ。エレベーターが来ます」


 扉が開いた。


 二人が乗る。


 アルノが操作盤へ手を伸ばしたところで、ヴィクトルが腰へ腕を回した。


 アルノの手が止まった。


 男もエレベーターへ入ってきた。


 ヴィクトルはアルノを自分の側へ寄せたまま、十二階のボタンを押した。


 アルノは何も言わなかった。


 扉が閉じる。


 鏡張りの壁に三人が映った。


 男は後方に立ち、スマホを見ていた。


 ヴィクトルの親指がアルノの腰を一度なぞった。


 アルノが横目で見て、ため息をついた。


「……」


 ヴィクトルは一瞬笑った。



 十二階で扉が開いた。


 二人が先に降りる。


 男も降りた。


 ヴィクトルが小さく息を吐いた。


「しつこいな。処理するか」


「いいえ。何とか巻いてください」


 廊下の先に、営業を終えたサブバーがあった。


 照明は落ちていたが、酒棚の下だけが薄く光っている。真鍮の縁取りと、バックバーの大きな鏡が暗がりに残っていた。


 ヴィクトルが扉を押した。


 鍵はかかっていなかった。


 二人で中へ入る。


「まだいます」


 ヴィクトルが近づいた。


 アルノが振り返る前に、腰を押された。


 背中がカウンターの縁へ当たった。


「正気ですか…っ」


 そのまま上体を倒され、ヴィクトルが覆いかぶさった。


 ヴィクトルは首元へ顔を埋めた。


「カイの真似だ。ムード出せ」


「無茶言うな…クソ」


 鏡の向こうで、入口に男の影が止まった。


 数秒。


 影が動いた。


 廊下の奥へ消えた。


 アルノはヴィクトルの肩越しに鏡を見ていた。


「行きました……っ」


 ヴィクトルの唇が、アルノの首筋に触れた。


「死ね」


 アルノがヴィクトルを突き放し、頬を平手打ちした。


 ヴィクトルは乱れたアルノのタイを見た。


「悪かったな」


「ふざけるな」


 アルノはタイへ手を伸ばした。


 結び目を戻し、ジャケットの前を整える。息はまだ乱れていた。


「八つ当たりしないでください」


 ヴィクトルは何も言わず、先にバーを出ていった。


 しばらくして、アルノも廊下へ出た。


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