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品川任務:プレートキャリア



 六月中旬の東京は、夜になっても気温が下がらなかった。


 夜の十時、新拠点の地下駐車場に全員が集まった。


 社用車のアウディが奥に停まっていた。アルノの白いクラウンがその隣にあった。


 全員が装備を整えていた。


 リヴァはタクティカルパンツに黒のロングスリーブ、シューティングベストを着ていた。髪は低い位置で編み込んでいた。AXMCのケースを左肩に担いでいた。サブのグロック19がホルスターに入っていた。


 カイは黒のスーツではなかった。任務用のカーゴパンツに黒のロングスリーブ、プレートキャリアを着ていた。HK416を背負っていた。コンバットナイフが腰にあった。


 フィンは黒のタクティカルパンツに、ダークグレーの長袖。プレートキャリアを着けていた。装備の付け方が無駄なく整っていた。MP5SDを背負っていた。サブはグロック17。腰に複数のマガジンポーチがあった。フラッシュバンが二つ、スモークが一つ、配置に隙がなかった。


 ユキナガは普段着のままだった。黒のパーカーに細身のパンツ。今夜は拠点に残る。端末のセットアップを最終確認していた。


 アルノはグレーのスーツだった。今夜は車内で指揮を執る。眼鏡のフレームが地下の蛍光灯を反射していた。


 アルノが端末を出した。


「最終確認。出発まで二十分」


 全員が動きを止めた。


「ユキナガのカメラ制圧が終わるのが二十三時半。リヴァとカイは二十三時にポジション。侵入は零時、北側の警備が一巡した直後」


 カイが頷いた。


「フィンがサーバールームに届くまで、想定で十二分。想定外が出たら、カイが内部に入ります。判断は私が出す。状況によってはフィンの要請で」


「了解」フィンは言った。


「私は外周二百メートルで車両待機。脱出ポイントまで二分以内」


 アルノが眼鏡を押し上げた。


「質問は」


 アルノはフィンを向いた。フィンは肩をすくめた。


 誰も何も言わなかった。


「では、出ます」


 二十二時十五分、車両は二台に分かれて出た。


 社用車のアウディに、リヴァとカイ。


 アルノのクラウンに、フィンとアルノ。


 車内は静かだった。


 リヴァは助手席で窓の外を見ていた。中央線沿いの夜景が流れていた。カイは前を向いたまま運転していた。


「カイ、スカイラインじゃないんだね」


「青色は目立つとアルノが」


「そっか」


 カイはそれ以上話さなかった。


 リヴァはAXMCのケースを膝の上で軽く触れた。手の感触を確認する動作だった。緊張しているのを、自分でわかっていた。


「カイ」


「ああ」


「待てる」


 カイは少しの間、前を向いたまま黙った。


「知ってる」言った。




 もう一台の車内、フィンが助手席にいた。


 窓の外を見ながら、シートに深く座っていた。


 動きが少なかった。動きが少ないこと自体が、フィンの集中の仕方だった。


「アルノ」フィンは言った。


「何ですか」


「リヴァのトリガー。今夜、出ない可能性は」


「ゼロではない」


 フィンは少し笑った。


「合理的な答えだ」


「事実です」


 フィンは前を向いた。


「俺が中で長引かせなければいい」


「そうしてもらえると助かります」






 二十三時、リヴァとカイが倉庫屋上に到着した。


 屋上は錆びた金属の床で、雨で湿っていた。空気が重かった。湿度が高い東京の夜だった。


 カイが先に上がってポジションを確認した。安全を確かめてからリヴァを上げた。


 リヴァはAXMCを展開した。バイポッドを床に押し込んだ。


「距離410、確認」


「了解」カイは言った。スポッティングスコープを三脚に固定していた。


 対象ビルが見えた。四階建ての地味な建物だった。看板に「株式会社SG」と書かれていた。一階の窓に明かりがついていた。三階の一部にも明かりがあった。


「警備、二人外周」カイは言った。「南西と北東。位置交代の周期は十二分」


「見えてる」


「予定通り」


 リヴァはスコープを保ちながら、待った。




 時計が二十三時三十分を過ぎた。


 カイが無線で確認した。


「ユキナガ、カメラの状況」


『順調。あと二十分で完全に死角になる』ユキナガの声が来た。『侵入予定時刻、変更なし』


「了解」





 二十三時五十二分。


 無線にアルノの声が来た。


 全員が、位置についていた。


 無線に、アルノの声が来た。


『全員、確認します。Sniper』


「ポジション完了」


『Spotter』


「完了」カイの声。


『Entry』


『準備できてる』フィンの声。


『Control、聞こえますか』


『聞こえてる』ユキナガの声。


『では』アルノが一拍置いた。『開始します』






 リヴァは待った。


 スコープの中で、対象ビルの北側搬入口が見えた。ドアの前に警備が一人立っていた。動きが規則的だった。


「警備、北側ドア前、一人」カイは言った。「巡回パターンに乗ってる」


「うん」


『侵入予定時刻まで残り三分』ユキナガの声。『カメラ完全死角入った』


 時計が零時を過ぎた。


 警備員がドアの前から離れて、外周巡回に入った。


『今』ユキナガの声。


 ドアの裏から黒い影が動いた。フィンだった。動きが滑らかで、音を立てなかった。ドアの脇に張り付いて、ロックを処理していた。


『侵入完了』とフィンの声が来た。低かった。


「了解」アルノの声。



 建物内に入ってから、最初の三分は静かだった。


 フィンが地下に向かう経路を進んでいるのが、ユキナガが流す内部のセンサーログから追えた。


『地下一階到達』フィンの声がした。『廊下、人影なし』


『サーバールームまで残り三十メートル』ユキナガが言った。


『了解』


 リヴァはスコープを保っていた。外周の警備員が一人、ビルの東側を歩いていた。


「東側、警備一人」カイは言った。「フィンの位置とは離れてる」


「うん」


 時間がゆっくり流れた。


 カイの呼吸が、横で規則的に続いていた。リヴァは自分の呼吸を、その呼吸に合わせていた。


 その時だった。


『おかしい』フィンの声が来た。低く、急に変わっていた。『人数が多い』


『何人』アルノの声がした。


『サーバールーム前、警備四人』フィンは言った。『情報と違う』


『詳細を』


『ドアの前に三人、廊下の角に一人。装備がおかしい』


『おかしいとは』


『プレートキャリア着けてる。民間警備じゃない』


 無線が一瞬だけ沈黙した。


『フィン、一旦下がれますか』


『無理だ』フィンの声。『見られた』





 建物の地下一階。


 フィンは廊下の角から半身だけ出して、サーバールームへの通路を見ていた。


 四人。プレートキャリア、拳銃ではなくサブマシンガン。


 民間警備会社の人間ではなかった。動き方が違った。


 全部が訓練された動きだった。


 フィンは呼吸を整えた。


 弾のこと、ドアのこと、撤退ルートのこと、全部が一秒以内に並んだ。


 一人目が角を曲がってきた。


 フィンは動いた。


 音がしなかった。


 壁に張り付いたまま、相手の視界に入る直前で止まった。タイミングを計った。


 一歩目が通り過ぎた瞬間に、首の付け根に左手を当てた。右手がMP5SDのグリップを保ったまま、肘で頸動脈を圧迫した。


 十秒。崩れた体を受け止めた。音を立てずに床に下ろした。


『一人処理』フィンの声。『残り三人』


『カイ』とアルノの声。


「行く」カイはすでに動いていた。スポッティングスコープを置いた。「リヴァ、外周頼む」


「うん」


 カイが屋上を駆け降りた。足音がほとんどしなかった。


 廊下の奥で二人目が振り返った。


『二人目が動いた』ユキナガの声が無線に来た。『カメラで見てる』


 フィンはMP5SDを上げた。消音器付きだった。トリガーを引いた。二発。センターマス。二人目が倒れた。


 残り二人が反応した。


 一人が角から出てきた。フィンはすでに動いていた。廊下の反対側の壁に背をつけた。相手の銃口が空を向いた。フィンの肘が相手の顎に入った。崩れた。追撃は入れなかった。時間がなかった。


 最後の一人がサーバールームのドアを盾にして銃を向けていた。



 ドアの向こうの人間は、フィンの位置を正確に把握していなかった。暗かった。フィンはタクティカルライトを壁に向けて反射させた。一瞬だけ光を動かした。相手が反応して銃口が動いた。その瞬間にフィンが動いた。


 ドアに向かった。距離三メートル。二歩で詰めた。銃口が戻ってくる前に、ドアを蹴った。


 相手が壁に押された。フィンがMP5SDの銃床を使った。一発。


 静かになった。


『サーバールーム制圧』フィンの声。息が少し上がっていた。『端末の確認に入る』





 リヴァは一人になった。カイの足音は、もう聞こえなかった。


 スコープの中で、対象ビルが見えた。


『ユキナガ、外の警備の動きは』とリヴァは無線で言った。


『東と南西、フィンの銃声に反応してない』ユキナガの声。『地下の音が外まで届いてない、消音器のおかげ』


『他の戦力は』


『建物の西側に車両一台。今動き出した。三人乗ってる』


「見えてる」


 西側の路地から黒いSUVが動き出していた。三人乗っていた。武装している。


 リヴァはスコープを動かした。狙う対象を切り替えた。


「距離420、左から1.5、補正0.4」リヴァは自分に言った。小さく声に出した。


 息を吸った。半分吐いた。止めた。


 車両が交差点で速度を落とした。運転席が見えた。


『今』


 引いた。


 運転席の窓が砕けた。SUVが横に逸れた。電柱に当たって止まった。


 残りの二人がドアを開けて出てきた。


「左から取る」リヴァは自分に言った。


 引いた。一人倒れた。


「もう一人、走った、右」声に出した。


『風少し変わった、北東から1.6。以上。』直後にカイの声が来た。カイは屋上で見た旗の流れを思い出していた。



 建物の中からだった。息が上がっていた。交戦中の息だった。それでも数字を出した。


「了解、補正入れる。距離450、先読み1.2」


 引いた。倒れた。


『一台処理』とリヴァは無線で言った。


『把握』ユキナガの声。『リヴァ、今のすごかった、けどー』


「能力使ってない」




 建物の中では、フィンが端末を探していた。


 サーバールームは広くなかった。ラックが六本。端末が複数。どれが対象か。


『ユキナガ、識別コードを送る』アルノの声。


『受信、照合する』ユキナガの声。


 三十秒待った。フィンは動かなかった。瞬きもしていなかった。


『三番ラックの一番上、黒い端末』


 フィンが動いた。取り出した。ポーチに入れた。


『確保』


『撤収に入ってください』アルノの声。


『了解』


 その時だった。


 フィンが階段を上がり、一階の廊下に出た瞬間、無線に声が来た。


『フィン、北側に増援』ユキナガの声。冷静だったが、速かった。『五人、今搬入口から入った』


 フィンが止まった。


『装備は』


『さっきと同じ、プレートキャリア』


 南側の非常階段は遠かった。北側に五人。挟まれる前に動ける時間は、十秒なかった。


『アルノ』フィンは言った。


『聞こえています』


『東側の通用路は』


『リヴァが今外周を抑えています、が』一拍あった。『通用路のドアの外に二人確認、ユキナガが今対処中です』


『時間は』


『最低三分』


 フィンは計算した。三分、この建物の中で5人を相手にする。できなくはない。できなくはないが、確率の問題だった。


 フィンは動かなかった。瞬きも、していなかった。


『カイ』フィンは言った。


『聞こえてる』カイの声。建物の一階からだった。


『上がってこい』


『向かう』




 一階の廊下。


 カイが動いた。


 北側から来た五人のうち、先頭の二人がカイの視界に入った。


 カイはHK416を上げなかった。


 通路が狭すぎた。HK416を振る距離がなかった。


 一人目の銃口が向く前に、カイは踏み込んでいた。銃を持つ腕の内側に入った。手首を取った。角度を変えた。引き金が引けない向きに固定した。同時に、左肘が相手の首元に入った。崩れた。


 二人目が反応した。銃口がカイに向いた。


 カイはすでに一人目の体を盾にしていた。二人目が躊躇した。その一瞬でカイが動いた。一人目を手放して、二人目の懐に入った。グリップを下から押し上げた。銃口が天井を向いた。カイの右手がコンバットナイフを抜いた。深くは入れなかった。脇腹、浅く。戦闘不能で十分だった。


 残り三人が前後に間隔を空けた。


 カイはHK416を上げた。


 通路が狭かった。三人が横には広がれなかった。縦に並ぶしかなかった。


 先頭が撃った。


 カイは壁に張り付いた。壁の角から半身だけ出した。二発撃った。先頭が倒れた。


 二人になった。


 十秒かからなかった。




「アルノ、外の戦力もう来る?」リヴァは無線で言った。


『今のところ確認できていません』アルノの声。『周辺の通信を傍受していますが、増援の動きはまだ』


 リヴァはスコープを保ちながら、外周を見続けた。


 静かだった。


 静かすぎた。


 その時だった。



 屋上の床、リヴァの右手から三十センチの位置に、何かが当たった。


 破片が飛んだ。


 錆びた金属の床に、小さな穴が空いていた。


 音は、来なかった。


 来てから遅れて、低い破裂音が遠くから届いた。


 リヴァの手が、止まった。


「……っ」


『リヴァ』ユキナガの声。『今のなに』


 返答がない。全員の血の気が引いた。



"No Time To Die" / Billie Eilish

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