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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第五章「隠れた変数 ― Hidden Variables」

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ヴィクトルとデート



 ノックが四回した。


 午前十時だった。


 リヴァがドアを開けると、ヴィクトルがいた。ネイビーのシャツ、黒のスラックス。Sobranie Black Russianを指に挟んでいた。火はついていない。


 ヴィクトルがリヴァを見た。


 頭から足元まで。


 左肩のあたりで、視線が止まった。


「服、決めたか」


「おはようもないの」


「おはよう。ステラの服は」


「ステラ?」


「豪華客船の名前だ」


「クローゼットにあるやつ。クリーニング出せばいいかなって」


「クリーニング」


「うん」


「前に俺が渡したやつのことだよな」


「何が悪いの」


「クリーニングに出すものじゃない」


「え」


「ああいうのは使い捨てだ」


 リヴァの顔から血の気が引いた。


 ヴィクトルが煙草をしまった。


「行くぞ」


「どこに」


「買いに行く。一週間分」


「そんないらない」


「毎晩同じ服を着ていくつもりか」


 リヴァが少し間を置いた。


「……まじか」


 ユキナガみたいな反応が出てしまった。


 ヴィクトルが笑った。目を細めてリヴァを見ていた。


「行くぞ」





 駐車場に降りた。


 マセラティのグラントゥーリズモが停まっていた。ダークグレー。光の角度で青みが出る色だった。


「あれ」


「ん?」


「いつもと違う」


「銀座に合う方で来た」


 ヴィクトルが助手席のドアを開けた。リヴァが乗り込もうとした時、ヴィクトルの手が肘の下に添えられた。傷のない側だった。


 座席が深かった。腰の位置が低かった。


「自分でできるよ」


「知ってる」


 ドアを閉めた。


 ヴィクトルが運転席に回った。エンジンをかけた。音が低く、腹に来た。


 車が地上に出た。


「カイと潜入するんだったな」


「うん。新婚夫婦の設定だって」


 少し間があった。


「俺が相手役をやるとアルノに言った」


 リヴァがヴィクトルを見た。


「……なんで」


「お前が一人で入るより、俺がいた方が動きやすいだろ。上流階級の立ち回りは慣れてる」


「それは……まあ」


「却下された」


「なんで」


「カイの方がカバーの実績がある、と」


「うん」


「気にしてるわけじゃない」


 リヴァが少し笑った。


「ヴィクトル、気にしてる」


「気にしてない」


 ヴィクトルが前を向いたままだった。リヴァは続けなかった。


「だが俺も乗ることにした」


「乗るの?」


「船に。別の乗客として」


「そんなの自由に決めていいの」


「全員分の手配を俺がやった。チケットも、船室も、書類も。ついでに自分の分も入れた」


「職権乱用…」


「ついでだ」


 ヴィクトルは笑った。


 車がカーブを曲がった。


「カバーに入った人間は視野が狭くなる。外から見る人間がいた方がいいだろ」


 リヴァは助手席の窓を見た。首都高に入っていた。


 左肩を動かした拍子に、縫合のあたりが引いた。痛みというより、引きつるような感覚だった。


「肩は」


「大丈夫。思ったより浅かった」リヴァは笑った。「撃たれた時は、死んだって思ったけど」


 ヴィクトルは言い淀んだ。


「……縫合して、どれくらい経つ」


「四日」


 ヴィクトルはそれ以上言わなかった。




 銀座の駐車場でヴィクトルが先に降りた。


 助手席側に回ってきた。ドアを開けた。手を差し出した。


「いいよ」


 手が引かない。


 ヴィクトルが小さく首を傾げた。


 リヴァは小さく息を吐いて、ヴィクトルの手を取って降りた。


 通りの端で、人が数人スマートフォンを向けていた。マセラティに向けていた。


「ヴィクトル」


「ん?」気づいて、笑った。「よくある」


「撮られちゃっていいの」


「目立つ車に乗ってると、本当に隠したいものから目が逸れるだろ」


「……偽造師らしいね」


「だろ」




 最初に連れて行かれた店は、看板が小さかった。ウィンドウに何も飾っていない。知らなければ通り過ぎる扉だった。


「ここ、何」


「チェルッティ、知らなくていい」


 中に入った。照明が暖かかった。生地のサンプルが壁面に並んでいた。テーラーの男性が近づいてきた。ヴィクトルと短く言葉を交わした。知らない言語だった。


 男性がリヴァを見た。頷いた。


「ここで服作るの」リヴァが聞いた。


「五着仕立てる」


「そんなに?」


「足りない」


 ヴィクトルはテーラーに短く指示した。


 リヴァにはわからない言語だった。けれど、途中で数字だけ聞こえた。


 肩幅。ウエスト。腕の長さ。歩幅。


 知っている数字が混じっていた。


「……なんで知ってるの」


「見ていればわかる」


「…怖」


「褒め言葉だな」


 ヴィクトルは生地のサンプルを手に取った。


 指で質感を確かめる動作だった。一枚ずつ、丁寧に触れていた。


「好みは」


「...布みたってわかんないよ」


「わかった。全部選ぶ」


 最終的に五種類の生地を並べた。


 アイボリーのシルクオーガンジー。深いネイビーのジャカード。オフホワイトのクレープ。バーガンディのベルベット。ミッドナイトブルーのシフォン。


「これで五着作る。三日で仕上がる」


「そんなに早いの」


「急がせる」





 店を出る時、ヴィクトルが先に扉を押さえた。


 次にフェラガモに移動した。リヴァは自分でドアを開けようとしたが、ヴィクトルの方が早かった。


 リヴァは無意識に、壁側に寄る位置を選んでいた。


 靴の棚が並んでいた。


「好みは」


「…ヒール細い方が好き」


 ヴィクトルが棚の間を歩いた。一足を持ってきた。フェラガモのプリマ。ブラック、カーフスキン。スティレットヒール九センチ。


「試せ」


 履いた。ヴィクトルがしゃがんだ。つま先を押した。踵の収まりを確認した。


「歩いてみろ」


 歩いた。歩きやすかった。ヒールが細いのに、足が安定していた。


 足元だけは、自分で選べる気がした。


「どうだ」


「好き」


「ならこれをベースに、色違いでもう一足」


 サンドベージュが追加された。


 その後、ルブタンに移った。


 赤いソールが見えた瞬間、リヴァが少し止まった。ヴィクトルが気づいた。


「気になるか」


「ううん」


「なってる」


「……かわいいなって」


 ヴィクトルが少し笑った。ルブタンのSo Kateを一足追加した。


 マノロでアイボリーのカーフスキンを一足追加した。長時間用、と言った。


「四足」


「ドレスが五着ある」


「もう一足は」


「お前のサイズで作らせた。前に」


「え」


 リヴァはそれ以上聞かなかった。






 店を出て、地下通路を歩いていた。


 次のビルに移動する短い距離だった。


 後ろで、鉄のドアが閉まった。


 金属が当たる音だった。


 小さかった。普通の音だった。


 あのときも、最後に聞いたのは金属音だった。


 でも、リヴァの体が動く前に足が止まっていた。


 息が詰まった。


 視界の端が一瞬だけ白くなった。屋上の錆びた床が来た。遠くから届いた低い破裂音が来た。頭の中で鳴った。鳴って、消えなかった。


 半歩前を歩いていたヴィクトルの腕を、リヴァが思わず掴んだ。


 強く掴んでいた。気づいていなかった。


「...」


 ヴィクトルが止まった。振り返らなかった。


 リヴァの指が、シャツの生地越しに腕に食い込んでいた。


「……ごめん」


「謝らなくていい」


「大丈夫」


「わかってる」


 リヴァは無意識に、開けた側ではなく壁際を選んで歩いた。


 ヴィクトルが少し体の向きを変えた。リヴァの手が腕から離れないようにしながら、自分の側に引き寄せた。通路の壁側に立たせた。


 通路の人が通り過ぎた。誰も見ていなかった。


 リヴァが呼吸を一回した。


 指の力が、少しずつ抜けた。


「行ける」リヴァが言った。


「ああ」優しい声だった。


 歩き出した。


 ヴィクトルが今度はリヴァの斜め後ろを歩いた。半歩、距離を詰めたまま歩いた。手は離れていた。でも、すぐに届く距離だった。




 シャンパンゴールドのドレスは最後だった。別の店で受け取った。テーラー クロトだった。


「もうできてるの」


「頼んであった」


「先に?」


「お前が行くと決まった時から動いてた」


 試着室に入った。


 ドレスを着た。


 生地が重かった。シルクサテンの滑らかな冷たさが、肌に当たった。


 出た。


 リヴァが出てきた瞬間、座っていたヴィクトルが腰を半分上げた。


 そのまま、何も言わない。


 三秒、何も言わなかった。


 三秒後、やっと立ち上がった。


「…回れ」


 回った。


「……なに」


「いい」


「それだけ?」リヴァは言った。「もうちょっとなにかないの」


 ヴィクトルが少し笑った。


「俺が選んだ中で一番いい。俺は今自分の才能を自覚した。これで足りるか」


「……大げさ」


「なら決定だ」


「…」


「迷う必要がなかった」


 リヴァはもう一度鏡を見た。


 肩の包帯が、シャンパンゴールドの生地の下に隠れていた。何もなかったように見えた。


「ヴィクトル」


「ああ」


「……ありがとう」


「仕事だ」





 帰りの車の中だった。


 日が傾いていた。マセラティのダッシュボードに、夕方の光が落ちていた。


 ヴィクトルが赤信号で止まった。


 後部座席に手を伸ばした。小さな箱を取った。深い緑のベルベット。リボンはついていなかった。


 リヴァの膝の上に置いた。


「何」


「開けろ」


 中には、パールのピアスとネックレスがあった。シンプルだった。金具が細かった。それぞれ一粒だけついていた。


 奥に、小さなケースが二つ並んでいた。


 リヴァが、その二つを見た。


 開けた。


 結婚指輪と、婚約指輪だった。結婚指輪はもう一つ入っていた。


 プラチナだった。婚約指輪の中央に、一粒ダイヤが入っていた。リヴァが見たことのないサイズだった。


「……」


「カイと夫婦設定だ。要る」


「うん」


「サイズは合わせてある」


「…いつ測ったの」


「指輪のサイズくらい、見ればわかる」


 ヴィクトルはそう言って、ケースを閉じなかった。リヴァの方に向いた。


 車はまだ信号で止まっていた。


 リヴァの左手を取った。


 薬指の付け根を、親指で軽くなぞった。


「……つけてみないの」


「俺の役じゃない」


 ヴィクトルは笑った。一度信号がまだ赤なのを確認した。


「そこまで惨めじゃない」


 手はなかなか離れなかった。


 リヴァの薬指をまだ確かめていた。


 リヴァは指輪を見ていた。


 ヴィクトルが指を離した。


 すると、ヴィクトルがもう一つ箱を渡した。


「ほかにもいくつか渡しておく。好きに使え」


「全部?」


「衣装に合わせて適当に。組み合わせは俺が後でメモを渡す」


 信号が青になった。マセラティが動き出した。


 リヴァは箱を膝に乗せたまま、シンプルなパールのネックレスを指で軽く触った。


「これかわいい」


「だと思った」


「なんで」


「見てればわかる」


 ヴィクトルが前を向いたままだった。


「任務が終わっても持ってていい」


 車が走っていた。


 レストランを通り過ぎたとき、ヴィクトルの目が一瞬そちらに向いた。


 ヴィクトルは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 車が次の信号で止まった。


「……ヴィクトル」


「ああ」


「今日、本当にありがとう」


「...どういたしまして」


 煙草を取り出した。火はつけなかった。指に挟んだだけだった。


 窓の外で、銀座の夕方が流れていた。





 拠点に戻ると、カイが共用スペースにいた。


 リヴァは自室に帰っていた。


 ヴィクトルは小さなケースを一つ、カイに投げた。


 カイが受け取る。


「何だ」


「お前のだ」


 開けると、結婚指輪が入っていた。


 カイの目がわずかに動いた。


「サイズは」


「合ってる」


「いつ測った」


「見ればわかる」


 カイがケースを閉じた。


「…気に食わない」


「だろうな」


 ヴィクトルは笑った。


「でも、お前がはめるんだ。俺じゃない」


 ヴィクトルは踵を返して、部屋を出た。

"Burning Desire" / Lana Del Rey




──────────────


 カイの任務外記録

 ※書けと言われた。


リヴァ

 162cm

 年齢:――

 利き手:右

 煙草:――

 出身:――

 車両:――

 武器:Accuracy International AXMC/Glock 19

・毎朝七時起床。

・右側に寝癖が多い。

・通常は歩幅68cmくらい。

・左足から歩き出すことが多い。

・嫌いなものを押し付けるのは食事の中盤。

・裸足で歩く事もある為、拠点の清掃を徹底。

・二日連続ハンバーガーは嫌がる。ポテトも二日続けない。

・朝多く瞬きするときは嫌な夢を見た日。

・煙草は左手で持つ。

・疲れると両手でマグカップを持つ。

・朝のコーヒーはエチオピアのナチュラルが好きと言っていた。

・十二グラムの濃さ。

・良い思い出を話すとき、目線が左上に向く。


カイ・レオン

 188cm

 年齢:29歳

 利き手:右

 煙草:Gauloises

 出身:日本国

 国籍:アメリカ合衆国・日本国

 車両:日産 スカイライン オーロラフレアブルーパール

 武器:HK416/SIG P320

・今朝ダイブコンピューターの端を擦った。跡は無い。

・日産のニュースリリースが明日。


アルノ・ヴァルツ

 179cm

 年齢:32歳

 利き手:左

 煙草:JPS

 出身:ドイツ連邦共和国

 車両:トヨタ クラウンクロスオーバー プレシャスホワイトパール

 武器:Walther PPK

・端末を二回叩くと機嫌が悪い。

・部屋のペンは後ろを噛んである。

・ヴィクトルを注意深く見ている。


オラヴル・バルドルソン

 191cm

 年齢:36歳

 利き手:右

 煙草:Dunhill International Blue

 出身:アイスランド

 国籍:――

 車両:ボルボ V90 アイスホワイト

 武器:――

・目線を合わせる時、首が疲れる。

・胸筋が弱い。

・三日前十七時二十三分、ドアの上枠に頭をぶつけていた。

・歩くと猫がついてくる。

・たまに歩きながら猫が股の間を蛇行しているが芸を教えたのか


ユキナガ・トウマ

 175cm

 年齢:24歳

 利き手:右

 煙草:Marlboro Double Burst

 出身:日本国

 車両:マツダ アテンザ ソウルレッドクリスタル

 武器:――

・ジンを切らしたことは二回。

・国産車が好き。

・わかってる


ヴィクトル・ミハイ

 184cm

 年齢:35歳

 利き手:右

 煙草:Sobranie Black Russian

 出身:モルドバ共和国

 国籍:――

 車両:マセラティ ギブリ ディープボルドー

 武器:Beretta 92FS

・料理の味付けが毎回違う。

・香水が毎回違う。

・時計を右手につける日がある。

・警戒は置くが、リヴァとの距離感は保っている。


カズマ・シラヌイ

 178cm

 年齢:26歳

 利き手:右

 煙草:Lucky Strike 黄

 出身:――

 車両:カワサキ Ninja 黒

 武器:FN Five-seveN

・リヴァの動線にいないか確認。

・掴まれる動作を警戒していた。


アルバン・カストラティ

 200cm

 年齢:――

 利き手:――

 煙草:――

 出身:アルバニア共和国

 車両:BMW 7シリーズ ソフィストグレー

 武器:――

・倒す


グレイ・マルセル

 191cm

 年齢:――

 利き手:右

 煙草:Cohiba

 出身:フランス共和国

 車両:――

 武器:――

・倒す

・毒に警戒


マーカス・"レッド"・ヴェイル

 183cm

 年齢:38歳

 利き手:右

 煙草:Lucky Strike 赤

 出身:アメリカ合衆国

 車両:シボレー シルバラード バーントオークル

 武器:Colt Python

・リヴァに酒を飲ませたがるので注意。

・力押しでは勝てない。合気を推奨。

・ヴィクトルと二人でいさせるとよくない。

・倒す


イーサン・クロウ

 189cm

 年齢:35歳

 利き手:右

 煙草:American Spirit

 出身:アイルランド

 国籍:アメリカ合衆国・アイルランド

 車両:フォード F-150 スモークドクォーツ

 武器:Remington 700

・油断も隙も無い。

・要注意人物。

・倒す

・絶対に倒す


フィン・ハクスリー

 178cm

 年齢:27歳

 利き手:両

 煙草:Camel Menthol One

 出身:グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

 車両:スバル インプレッサ 白

 武器:MP5SD/HK45

・元SASのエリート

・英語が聞き取りにくい

・居ると任務が締まっていい

・リヴァとの接触に注意


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