1分の余白
ブリーフィングは翌日の午後二時だった。
会議室にアルノ、カイ、リヴァ、ユキナガ、フィンが集まった。
フィンは入った瞬間に席を選んだ。ドアが見えて、窓を背負わない位置だった。
座る前から、座ったあとの視界を測っていた。
アルノが端末を開いた。
「本題に入ります」
フィンの何かが、変わった。
人懐こい角度が消えた。笑っていた口元が、ただの線になった。
瞬きが減った。背もたれから、背がわずかに離れた。
動きが止まった。
部屋の温度が一段下がった。
リヴァは自分の背筋が伸びたのに気づいた。
ユキナガが煙草の箱を指で叩いた。
アルノが地図を出した。
「対象は株式会社SG。品川区、大井町の外れ。倉庫地区です」アルノは言った。「表向きは民間警備会社。登記は正規、クライアントリストも問題ない」
「中身は」フィンは言った。地図を見ていた。
「内部サーバーに、アルカの旧案件に関連するデータがある可能性があります。回収が目的。コア案件です」
「へえ」ユキナガが言った。
「詳細は非開示」アルノは言った。
「コアの定義は」フィンは言った。
「現行レベルでは非開示です」
「了解。聞かない」フィンはあっさり引いた。
フィンは地図を見ていた。
「侵入一人?」フィンは言った。言ってから、一度顔を上げた。「…贅沢言える状況じゃないか」
「現在投入可能な戦力はこれが限界です」アルノが答えた。
「わかった」フィンは言った。「構造」
カイが口を開いた。
「地下一階、地上四階。常時警備六名」カイは言った。「ただし、それは表の数字だ」
フィンがカイを見た。一秒。
「裏は」
「監視ログが欠損しています」アルノが補足した。「実数は未確定。最大で+4」
「つまり最大十名」フィンは言った。「六名で組まない。十名で組む」
「そうしてください」
ユキナガが椅子にもたれかかって揺れていた。天井を見ていた。
苦い顔をしてリヴァの方を向いた。
リヴァはユキナガを見て、少しだけ笑った。
「巡回は」フィンは続けた。
「報告では十七分サイクル」
「報告。実測じゃない」フィンは言った。「出所は」
「信頼できるルートです」
フィンが少し笑った。温度のない笑いだった。
「信頼できるルートほど、当日ずれる」フィンは言った。「入る前に、一巡、実測で回す」
「ユキナガが確認します」アルノは言った。
「何分で」フィンはユキナガを見た。
急に降られて、ユキナガが椅子を揺らす動きを止めた。
「…十七分あれば」ユキナガは言った。
「十七分なら、十六で回す」フィンは言った。
ユキナガが少し止まった。
「うわ、嫌なこと言うな」ユキナガが言った。「一分だぞ」
「一分だよ」フィンが言った。
「十七分待てるなら十七分待てばいいだろ」
「その一分で人が出てくる」
「怖」ユキナガが目を細めた。「お前ら特殊部隊ってそういう生き物なの」
ユキナガはMarlboroから一本取って火を付けた。
「警備の練度は」フィンは言った。
「民間警備の水準と想定しています」
「想定」フィンはまた、その言葉を拾った。「民間が、コア案件のデータを地下で抱えてる。妙だ」
「現時点で覆す材料はありません」
「民間として組んで、軍として来られた時が、一番きつい」
「何が違うんだよ」ユキナガが言った。
「撃ち返してくる速度」
フィンは即答した。
アルノが端末の角を、指で二回叩いた。
「想定が外れた場合の備えを厚くします」アルノは言った。
「侵入は」
「北側の搬入口。センサーの死角です。赤外線と、カメラ八台」アルノは言った。「カメラはユキナガが当日、二十二時から段階的に潰します。完全に死角になるまで一時間半」
「侵入は北で固定」フィンは言った。決定だった。「出口は」
「北側搬入口。または東側の非常階段」
「二本あるな」フィンは言った。「東を主にする。北は入口。入った口は、入った時点で割れてる前提」
アルノが少し止まった。
「想定は北側でしたが」
「割れた口には戻らない」フィンは言った。
「わかりました」アルノは言った。
カイが何も言わなかった。
カイが反対しないのを、リヴァは初めて見た。
「狙撃は」
「対象ビルの南東。隣接倉庫の屋上。距離410メートル」アルノは言った。「リヴァが射手、カイがスポッター。風は北東から弱く流れる予報」
フィンがリヴァを見た。
一秒。
そのはずだった。
視線が、そこで切れなかった。肩の角度、呼吸の深さ、手の置き方。すでに答えは出ているのに、もう一周だけ、なぞった。
「能力の使用は引き続き控えてください」アルノは言った。「不確定なので」
「了解」リヴァは言った。
フィンがリヴァから視線を外した。
「他に不確定は」フィンは言った。
「警備の実数。練度。巡回の実測値」アルノは言った。「この三つは、当日まで確定しません」
フィンが地図を見た。
少し、黙った。
「不確定は残る」
「はい」
「じゃあ残したまま組む」
「はい」
フィンが、初めて少し笑った。
「あんたの計画は、穴がない、とは言わない」フィンは言った。「でも、穴を隠してない。それは信じられる」
アルノが眼鏡を押し上げた。
「光栄です」
「皮肉に聞こえる」
「事実です」
ブリーフィングが終わった。
全員が動き始めた。
空気は、まだ少し張っていた。さっきフィンが落とした温度が、部屋に残っていた。
フィンがアルノの隣に来た。小声だった。
「一つ、確認」フィンは言った。リヴァを見ていなかった。端末を見ていた。「リヴァのトリガー。今夜、出たら」
「カイと私で対応します」
「対処の優先は」
「リヴァの安全。任務はその次です」アルノは言った。
フィンが端末を見たまま、少し間を置いた。
「……いい組織だ」フィンは言った。
それ以上は聞かなかった。
リヴァの方を見なかった。




