BBQ
夕方になった。
レッドが庭に出ていた。火を起こしていた。煙が上がっていた。
イーサンが肉を持って出てきた。
「多すぎないか」レッドが言った。
「全員分だ」イーサンは網の上に並べ始めた。「余ったら明日の朝食にする」
「合理的だな」
「単純に買いすぎた」
レッドが笑った。
全員が外に出た。
テキサスの夜が始まっていた。空が広かった。星が多かった。日本では見ない数の星だった。
リヴァは空を見上げた。
ミントが足元にいた。草の匂いを嗅いでいた。逃げなかった。
「ミント、踏むぞ」レッドが言った。
ミントはレッドを見た。動かなかった。
「肝が据わってる」
「さっきも言ってた」リヴァは言った。
朝よりも風が静かだった。
「ミントのことだが、やっぱ近所のとこで産まれた子供らしい。いっぱい産まれて困ってたらしい。もらってくれ、だとよ」
「…そっか」
カイはリヴァの横顔が明るくなったのを見た。
肉が焼けた。全員が食べた。しばらく、誰も何も言わなかった。
火の音がした。虫が鳴いていた。
レッドがバーボンを出した。グラスではなく、瓶のまま回した。
アメリカらしくて良いな、とリヴァは根拠もなく思った。
全員が一口飲んだ。アルノ以外。ヴィクトルだけ少し多く飲んだ。
「明日、出ます」アルノが言った。
全員が少し静かになった。
「チャーターの手配は終わっています。午前十時、ここを出ます。空港まではレッドに」
「任せろ」レッドは言った。
「東京に戻ったら、すぐ動きます。案件が溜まっています」
「割り振りは」カイが言った。
「飛行機で決めます」アルノはグラスに入れた水を飲んでいた。「優先度順に動きます」
しばらく間があった。
イーサンが火を見たまま言った。
「リヴァは」
「もちろん同行です」アルノはリヴァを見た。「問題ありませんか」
「ない」
アルノは少し間を置いた。
「……カイに似てきましたね」
「かも」
レッドが肉を追加した。網の上でじゅうじゅうと音がした。
「テキサス、どうだった」レッドはリヴァに聞いた。
リヴァは少し考えた。
「暑かった」
「それだけか」
「砂埃がすごかった」
「それだけか」レッドは笑った。
「……自分が、思ったより、できたりできなかったり」
レッドは笑うのをやめた。真剣な顔になった。
「できた」と言った。「お前は思ったよりできた。思ったよりじゃなくて、十分できた。俺が教えた中で、一番筋がいい」
リヴァの頭を撫でた。バーベキューの炭の匂いがした。
「レッド」イーサンが言った。
「なんだ、本当のことだろ」
「順番がある」
「順番?」
「まず俺が言う」
レッドが少し止まった。
「……先に言いたいならそう言えって」
イーサンはリヴァを見た。手帳を出した。開いた。
「最初の訓練の数値と、最後の数値を比較した」イーサンは読み上げた。「反応速度、0.4秒縮まった。着弾誤差、平均で6センチ改善した」
リヴァは黙って聞いた。
「数字で言うとそうなる」イーサンは手帳を閉じた。「よくやった」
リヴァは少し間を置いた。
「……ありがとう」
イーサンは答えなかった。火を見た。
横目でカイを見た。カイがイーサンの視線に気づいた。
二人の目が合った。
カイが逸らした。
しばらく経った。
ヴィクトルがバーボンを一口飲んだ。
「猫の件だが」と言った。
全員が少し動いた。
「もうやってる」ヴィクトルは言った。「狂犬病の抗体検査から数えると、本来は百八十日待つ書類だ。それを明後日までに、本物として通る形にする」
「……助かります」アルノが言った。
「助かる、で済むと思うなよ」ヴィクトルはバーボンの瓶を回した。「昨日も寝てない。これで二晩だ」
「無理ならイーサンにしばらく預かってもらいますが」
「やる。やるに決まってるだろ」ヴィクトルはリヴァを見た。「お前のためじゃない。猫のためだ」
「ヴィクトル、ありがとう。猫のために」
ヴィクトルが黙った。バーボンを一口飲んだ。
「……感謝しとけ、一生分」
ミントがイーサンの足元に来た。イーサンは手帳を見たまま、片手でミントを撫でた。無意識だった。
レッドがそれを見た。何も言わなかった。笑っていた。
夜が深くなった。火が小さくなっていた。
レッドが立ち上がった。薪を足した。火が戻った。
火を見たまま、少し黙った。
「……静かになるな、明後日から」
誰も、すぐには返さなかった。
「また来い」レッドはリヴァに言った。
「テキサスに?」
「どこでもいい。来い」レッドは笑った。「ステーキ奢る。イーサンも奢る」
「俺は奢らない」イーサンは言った。
「金溜め込んでるくせに」
二人が言い合い始めた。
リヴァはその横で、ミントを膝に乗せた。カイが隣に座っていた。一度だけ、リヴァではなく空を見上げていた。
リヴァは星を見た。数えようとした。
多すぎて、すぐにわからなくなった。炭の匂いがした。バーボンの匂いと、火の匂いがした。
覚えておこう、と思った。
なぜそう思ったのか、自分でもわからなかった。
覚え方を知らなかった。
それでも、この匂いと、この星の数と、隣で言い合っている二人の声を、置いていきたくないと思った。
テキサスの夜が、広い空の下で静かに続いていた。星が多かった。帰る前の夜だった。




