品川任務:一分の余白
ブリーフィングは翌日の午後二時だった。
会議室にアルノ、カイ、リヴァ、ユキナガ、フィンが集まった。
「カイ、社用車にアウディが来ました。今回それで向かいます」
カイが口角を上げた。ユキナガが小さく拍手した。
リヴァとフィンが首を傾げた。
「では、本題に入ります」
アルノが端末を開くと、モニターに倉庫地区の航空写真が出た。
「対象は株式会社SG。品川区、大井町の外れです。表向きは民間警備会社です」
「中身は?」フィンが言った。
「内部サーバーに、アルカの旧案件に関連するデータがある可能性があります。回収が目的です」
「コア案件?」ユキナガが言った。
「はい」
フィンが少し止まった。
「コアの定義は?」
「現行レベルでは非開示です」
「了解。聞かない」
アルノが建物の図面を出した。
「地下一階、地上四階。常時警備は六名です。ただし監視ログに欠損があり、実数は確定していません。最大で十名と見ています」
「十名で組む」フィンが言った。
「そうしてください」
「巡回は?」
「報告では十七分周期です」
「実測?」
「いいえ」
フィンが図面を見た。
「じゃあ行動窓は十六分で切る」
ユキナガが椅子を揺らすのを止めた。
「一分削んの」
「うん。十七分もいらない」
ユキナガが目を細めた。
「うわ。お前嫌なこと言うな」
フィンは図面を拡大した。
「警備の練度は?」
「民間警備の水準を想定しています」アルノが言った。
「想定か」
フィンが少し止まった。
「民間として組んで、軍として来られた時が一番きつい」
「違いは?」ユキナガが言った。
「撃ち返してくる速度」
ユキナガが煙草を一本取り出した。
「元SASが言うと嫌だな、それ」
アルノが次の図面を出した。
「侵入は北側搬入口。赤外線とカメラ八台があります。ユキナガが段階的に死角を作ります」
「出口は?」
「北側搬入口、または東側非常階段」
「東を使う」フィンが言った。「入った口には戻らない前提で組むよ」
アルノが一度図面を見た。
「わかりました」
「狙撃は?」
モニターが切り替わった。
「対象ビル南東、隣接倉庫屋上。距離410メートル。リヴァが射手、カイがスポッターです」
「うん」リヴァは言った。
「能力は使用しないでください」アルノが続けた。「通常射撃で対応します」
「わかった」
フィンが地図を見たまま言った。
「不確定は残るね」
「はい」
「じゃあ残したまま組む」
アルノが頷いた。
「その前提で進めます」
ブリーフィングが終わった。カイが端末を閉じ、ユキナガは煙草を灰皿へ押しつけて立ち上がった。リヴァも席を離れたが、フィンだけがモニターの図面を見ていた。
フィンは、全員が会議室を出る前にアルノの隣へ寄った。
「一つ確認していい?」
フィンは声を落とした。
「リヴァのトリガーが出た場合は?」
「カイと私で対応します」
「任務と重なったら?」
「リヴァの安全を優先します」
フィンがアルノを見た。
「任務は?」
「その次です」
フィンは少しだけ黙った。
「……いい組織だね」
フィンが会議室を出た。モニターには、対象ビルの北側搬入口と東側非常階段が残っていた。
午後十一時五十七分。
全員が、位置についていた。
『確認します。Sniper』
「完了」
『Spotter』
「完了」カイの声。
『Entry』
『準備できてる』フィンの声。
『Comms、聞こえますか』
『聞こえてる』ユキナガの声。
『では』アルノが一拍置いた。『開始します』
リヴァは待った。
スコープの中には、対象ビルの北側搬入口が見えていた。ドアの前に警備が一人立ち、規則的に動いている。
「警備、北側ドア前、一人」カイは言った。「巡回パターンに乗ってる」
「うん」
『侵入予定時刻まで残り三分』ユキナガの声。『カメラ完全死角入った』
時計が零時を過ぎると、警備員がドアの前を離れて外周巡回に入った。
『どーぞ』ユキナガの声が入った。
ドアの裏から黒い影が動いた。フィンだった。音を立てずにドアの脇へ張り付き、ロックを処理した。
『侵入完了』
建物内に入ってから、最初の三分は静かだった。フィンが地下へ向かう経路を進んでいるのが、ユキナガの流す内部センサーログから追えた。
『地下一階到達』フィンの声がした。『廊下、人影なし』
『サーバールームまで三十メートル』ユキナガが言った。
『了解』
リヴァはスコープを保ったまま、ビルの東側を歩く外周警備を追った。
「東側、警備一人」カイは言った。「フィンの位置とは離れてる」
「うん」
カイの呼吸が横で規則的に続いていた。リヴァは自分の呼吸を、その呼吸に合わせた。
その時だった。
『……おかしい。サーバールーム前、警備四人』フィンは言った。『情報と違う』
『詳細を』
『ドアの前に三人、廊下の角に一人。装備がおかしい』
『おかしいとは』
『プレートキャリア着けてる。民間警備じゃないね』
無線が一瞬だけ沈黙した。
『フィン、一旦下がれますか』
『無理』フィンの声。『見られた』
建物の地下一階。
フィンは廊下の角から半身だけ出し、サーバールームへの通路を見ていた。
四人。プレートキャリアを着け、拳銃ではなくサブマシンガンを持っている。
一人目が角を曲がってきた。
フィンは壁に張り付いたまま、相手の視界に入る直前で止まり、タイミングを計った。一歩目が通り過ぎた瞬間に首の付け根へ左手を当て、右手はMP5SDのグリップを保ったまま、肘で頸動脈を圧迫した。
崩れた体を受け止め、音を立てずに床へ下ろした。
『一人処理。残り三人』
『カイ』アルノの声がした。
「行く」カイはすでに動いていた。スポッティングスコープを置いた。「リヴァ、外周頼む」
「うん」
カイが屋上を駆け降りた。
廊下の奥で二人目が振り返った。
『二人目が動いた』ユキナガの声が無線に来た。『カメラで見てる』
フィンはMP5SDを上げ、二発撃った。二人目が倒れ、残った二人が反応した。
一人が角から出てきた時には、フィンは廊下の反対側の壁に背をつけていた。相手の銃口が空を向き、フィンの肘が顎に入った。男が崩れる。
最後の一人は、サーバールームのドアを盾にして銃を向けていた。
フィンはタクティカルライトを壁へ向け、反射した光を一瞬だけ動かした。相手が反応して銃口をずらした瞬間、ドアまでの三メートルを二歩で詰め、銃口が戻る前にドアを蹴った。
相手が壁に押され、フィンがMP5SDの銃床を一発入れた。
廊下が静かになった。
『サーバールーム制圧』フィンが言った。息が少し上がっていた。『端末の確認に入る』
リヴァは一人になっていた。
「ユキナガ、外の警備の動きは」リヴァは無線で言った。
『東と南西、フィンの銃声に反応してない』ユキナガが言った。『地下の音が外まで届いてない、消音器のおかげ』
「他の戦力は」
『建物の西側に車両一台。今動き出した。三人乗ってる』
西側の路地から、武装した三人を乗せた黒いSUVが動き出していた。リヴァはスコープを振り、狙う対象を切り替えた。
「取れるよ、アルノ」
『お願いします』
「距離420、左から1.5、補正0.4」リヴァは小さく声に出した。
息を吸い、半分吐いて止める。
車両が交差点で速度を落とし、運転席が見えた。
引いた。
運転席の窓が砕け、SUVが横へ逸れて電柱に当たった。残った二人がドアを開けて出てくる。
「左から取る」リヴァは言った。
引いた。一人倒れた。
『風少し変わった、北東から1.6。以上』直後にカイの声が来た。
建物の中からだった。息が上がっていた。
「了解、補正入れる。距離450、先読み1.2」
引いた。倒れた。
「一台処理」リヴァは無線で言った。
『確認』ユキナガの声。『リヴァ、今のすごかった、けどー』
「使ってない、大丈夫」
『テキサスの成果出てるね』
カイが射点を離れてから、数分が経っていた。
建物の中では、フィンが端末を探していた。広くないサーバールームにラックが六本並び、複数の端末が収まっている。
『ユキナガ、識別コードを送る』アルノの声。
『受信、照合する』
フィンは三十秒、動かずに待った。瞬きがなかった。
『三番ラックの一番上、黒い端末』
フィンが取り出し、ポーチに入れた。
『確保』
『撤収に入ってください』アルノが言った。
『了解』
フィンが階段を上がり、一階の廊下に出たところで無線に声が来た。
『フィン、北側に増援ある。五人、今搬入口から入った』
フィンが止まった。
『装備は』
『さっきと同じ、プレートキャリア』
南側の非常階段は遠く、北側からは五人が入っている。挟まれる前に動ける時間は十秒もなかった。
『東側の通用路は』
『リヴァが今外周を抑えています、が』一拍あった。『通用路のドアの外に二人確認、ユキナガが今対処中です』
『時間は』
『最低三分』
三分、この建物の中で五人を相手にする。フィンは動かないまま計算した。
『カイ』フィンは言った。
『向かう』カイの声。建物の一階からだった。
一階の廊下。
北側から来た五人のうち、先頭の二人がカイの視界に入った。通路は狭く、残り三人も横には広がれない。
一人目の銃口が向く前に、カイは銃を持つ腕の内側へ踏み込み、手首を取って引き金を引けない角度へ返した。同時に左肘を首元へ入れると、男が崩れた。
二人目が反応した。
カイは一人目の体で射線を切り、手放すと同時に二人目の懐へ入った。グリップを下から押し上げて銃口を天井へ向け、右手でコンバットナイフを抜いた。脇腹へ浅く入れると、二人目も崩れた。
残り三人が前後に間隔を空けた。
カイはHK416を上げた。
三発。
廊下の奥で三人が倒れた。
「アルノ、外は?」リヴァは無線で言った。
『今のところ確認できていません』アルノが言った。『増援の動きはまだ』
リヴァはスコープを保ったまま、外周を見続けた。
動くものはなかった。
その時。
屋上の床、リヴァの右手から三十センチの位置に何かが当たった。
錆びた金属片が跳ねた。小さな穴が空く。
数秒遅れて、遠くから低い破裂音が届いた。
リヴァの手が止まった。
「……っ」
『リヴァ』ユキナガの声。『今のなに』
返答がなかった。
『リヴァ』カイの声が重なった。
"No Time To Die" / Billie Eilish




