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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第五章「隠れた変数 ― Hidden Variables」

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品川任務:一分の余白




 ブリーフィングは翌日の午後二時だった。


 会議室にアルノ、カイ、リヴァ、ユキナガ、フィンが集まった。


「カイ、社用車にアウディが来ました。今回それで向かいます」


 カイが口角を上げた。ユキナガが小さく拍手した。


 リヴァとフィンが首を傾げた。


「では、本題に入ります」


 アルノが端末を開くと、モニターに倉庫地区の航空写真が出た。


「対象は株式会社SG。品川区、大井町の外れです。表向きは民間警備会社です」


「中身は?」フィンが言った。


「内部サーバーに、アルカの旧案件に関連するデータがある可能性があります。回収が目的です」


「コア案件?」ユキナガが言った。


「はい」


 フィンが少し止まった。


「コアの定義は?」


「現行レベルでは非開示です」


「了解。聞かない」


 アルノが建物の図面を出した。


「地下一階、地上四階。常時警備は六名です。ただし監視ログに欠損があり、実数は確定していません。最大で十名と見ています」


「十名で組む」フィンが言った。


「そうしてください」


「巡回は?」


「報告では十七分周期です」


「実測?」


「いいえ」


 フィンが図面を見た。


「じゃあ行動窓は十六分で切る」


 ユキナガが椅子を揺らすのを止めた。


「一分削んの」


「うん。十七分もいらない」


 ユキナガが目を細めた。


「うわ。お前嫌なこと言うな」


 フィンは図面を拡大した。


「警備の練度は?」


「民間警備の水準を想定しています」アルノが言った。


「想定か」


 フィンが少し止まった。


「民間として組んで、軍として来られた時が一番きつい」


「違いは?」ユキナガが言った。


「撃ち返してくる速度」


 ユキナガが煙草を一本取り出した。


「元SASが言うと嫌だな、それ」


 アルノが次の図面を出した。


「侵入は北側搬入口。赤外線とカメラ八台があります。ユキナガが段階的に死角を作ります」


「出口は?」


「北側搬入口、または東側非常階段」


「東を使う」フィンが言った。「入った口には戻らない前提で組むよ」


 アルノが一度図面を見た。


「わかりました」


「狙撃は?」


 モニターが切り替わった。


「対象ビル南東、隣接倉庫屋上。距離410メートル。リヴァが射手、カイがスポッターです」


「うん」リヴァは言った。


「能力は使用しないでください」アルノが続けた。「通常射撃で対応します」


「わかった」


 フィンが地図を見たまま言った。


「不確定は残るね」


「はい」


「じゃあ残したまま組む」


 アルノが頷いた。


「その前提で進めます」


 ブリーフィングが終わった。カイが端末を閉じ、ユキナガは煙草を灰皿へ押しつけて立ち上がった。リヴァも席を離れたが、フィンだけがモニターの図面を見ていた。


 フィンは、全員が会議室を出る前にアルノの隣へ寄った。


「一つ確認していい?」


 フィンは声を落とした。


「リヴァのトリガーが出た場合は?」


「カイと私で対応します」


「任務と重なったら?」


「リヴァの安全を優先します」


 フィンがアルノを見た。


「任務は?」


「その次です」


 フィンは少しだけ黙った。


「……いい組織だね」


 フィンが会議室を出た。モニターには、対象ビルの北側搬入口と東側非常階段が残っていた。





 午後十一時五十七分。


 全員が、位置についていた。


『確認します。Sniper』


「完了」


『Spotter』


「完了」カイの声。


『Entry』


『準備できてる』フィンの声。


『Comms、聞こえますか』


『聞こえてる』ユキナガの声。


『では』アルノが一拍置いた。『開始します』


 リヴァは待った。


 スコープの中には、対象ビルの北側搬入口が見えていた。ドアの前に警備が一人立ち、規則的に動いている。


「警備、北側ドア前、一人」カイは言った。「巡回パターンに乗ってる」


「うん」


『侵入予定時刻まで残り三分』ユキナガの声。『カメラ完全死角入った』


 時計が零時を過ぎると、警備員がドアの前を離れて外周巡回に入った。


『どーぞ』ユキナガの声が入った。


 ドアの裏から黒い影が動いた。フィンだった。音を立てずにドアの脇へ張り付き、ロックを処理した。


『侵入完了』


 建物内に入ってから、最初の三分は静かだった。フィンが地下へ向かう経路を進んでいるのが、ユキナガの流す内部センサーログから追えた。


『地下一階到達』フィンの声がした。『廊下、人影なし』


『サーバールームまで三十メートル』ユキナガが言った。


『了解』


 リヴァはスコープを保ったまま、ビルの東側を歩く外周警備を追った。


「東側、警備一人」カイは言った。「フィンの位置とは離れてる」


「うん」


 カイの呼吸が横で規則的に続いていた。リヴァは自分の呼吸を、その呼吸に合わせた。


 その時だった。


『……おかしい。サーバールーム前、警備四人』フィンは言った。『情報と違う』


『詳細を』


『ドアの前に三人、廊下の角に一人。装備がおかしい』


『おかしいとは』


『プレートキャリア着けてる。民間警備じゃないね』


 無線が一瞬だけ沈黙した。


『フィン、一旦下がれますか』


『無理』フィンの声。『見られた』




 建物の地下一階。


 フィンは廊下の角から半身だけ出し、サーバールームへの通路を見ていた。


 四人。プレートキャリアを着け、拳銃ではなくサブマシンガンを持っている。


 一人目が角を曲がってきた。


 フィンは壁に張り付いたまま、相手の視界に入る直前で止まり、タイミングを計った。一歩目が通り過ぎた瞬間に首の付け根へ左手を当て、右手はMP5SDのグリップを保ったまま、肘で頸動脈を圧迫した。


 崩れた体を受け止め、音を立てずに床へ下ろした。


『一人処理。残り三人』


『カイ』アルノの声がした。


「行く」カイはすでに動いていた。スポッティングスコープを置いた。「リヴァ、外周頼む」


「うん」


 カイが屋上を駆け降りた。


 廊下の奥で二人目が振り返った。


『二人目が動いた』ユキナガの声が無線に来た。『カメラで見てる』


 フィンはMP5SDを上げ、二発撃った。二人目が倒れ、残った二人が反応した。


 一人が角から出てきた時には、フィンは廊下の反対側の壁に背をつけていた。相手の銃口が空を向き、フィンの肘が顎に入った。男が崩れる。


 最後の一人は、サーバールームのドアを盾にして銃を向けていた。


 フィンはタクティカルライトを壁へ向け、反射した光を一瞬だけ動かした。相手が反応して銃口をずらした瞬間、ドアまでの三メートルを二歩で詰め、銃口が戻る前にドアを蹴った。


 相手が壁に押され、フィンがMP5SDの銃床を一発入れた。


 廊下が静かになった。


『サーバールーム制圧』フィンが言った。息が少し上がっていた。『端末の確認に入る』


 リヴァは一人になっていた。


「ユキナガ、外の警備の動きは」リヴァは無線で言った。


『東と南西、フィンの銃声に反応してない』ユキナガが言った。『地下の音が外まで届いてない、消音器のおかげ』


「他の戦力は」


『建物の西側に車両一台。今動き出した。三人乗ってる』


 西側の路地から、武装した三人を乗せた黒いSUVが動き出していた。リヴァはスコープを振り、狙う対象を切り替えた。


「取れるよ、アルノ」


『お願いします』


「距離420、左から1.5、補正0.4」リヴァは小さく声に出した。


 息を吸い、半分吐いて止める。


 車両が交差点で速度を落とし、運転席が見えた。


 引いた。


 運転席の窓が砕け、SUVが横へ逸れて電柱に当たった。残った二人がドアを開けて出てくる。


「左から取る」リヴァは言った。


 引いた。一人倒れた。


『風少し変わった、北東から1.6。以上』直後にカイの声が来た。


 建物の中からだった。息が上がっていた。


「了解、補正入れる。距離450、先読み1.2」


 引いた。倒れた。


「一台処理」リヴァは無線で言った。


『確認』ユキナガの声。『リヴァ、今のすごかった、けどー』


「使ってない、大丈夫」


『テキサスの成果出てるね』


 カイが射点を離れてから、数分が経っていた。


 建物の中では、フィンが端末を探していた。広くないサーバールームにラックが六本並び、複数の端末が収まっている。


『ユキナガ、識別コードを送る』アルノの声。


『受信、照合する』


 フィンは三十秒、動かずに待った。瞬きがなかった。


『三番ラックの一番上、黒い端末』


 フィンが取り出し、ポーチに入れた。


『確保』


『撤収に入ってください』アルノが言った。


『了解』


 フィンが階段を上がり、一階の廊下に出たところで無線に声が来た。


『フィン、北側に増援ある。五人、今搬入口から入った』


 フィンが止まった。


『装備は』


『さっきと同じ、プレートキャリア』


 南側の非常階段は遠く、北側からは五人が入っている。挟まれる前に動ける時間は十秒もなかった。


『東側の通用路は』


『リヴァが今外周を抑えています、が』一拍あった。『通用路のドアの外に二人確認、ユキナガが今対処中です』


『時間は』


『最低三分』


 三分、この建物の中で五人を相手にする。フィンは動かないまま計算した。


『カイ』フィンは言った。


『向かう』カイの声。建物の一階からだった。



 一階の廊下。


 北側から来た五人のうち、先頭の二人がカイの視界に入った。通路は狭く、残り三人も横には広がれない。


 一人目の銃口が向く前に、カイは銃を持つ腕の内側へ踏み込み、手首を取って引き金を引けない角度へ返した。同時に左肘を首元へ入れると、男が崩れた。


 二人目が反応した。


 カイは一人目の体で射線を切り、手放すと同時に二人目の懐へ入った。グリップを下から押し上げて銃口を天井へ向け、右手でコンバットナイフを抜いた。脇腹へ浅く入れると、二人目も崩れた。


 残り三人が前後に間隔を空けた。


 カイはHK416を上げた。


 三発。


 廊下の奥で三人が倒れた。


「アルノ、外は?」リヴァは無線で言った。


『今のところ確認できていません』アルノが言った。『増援の動きはまだ』


 リヴァはスコープを保ったまま、外周を見続けた。


 動くものはなかった。


 その時。


 屋上の床、リヴァの右手から三十センチの位置に何かが当たった。


 錆びた金属片が跳ねた。小さな穴が空く。


 数秒遅れて、遠くから低い破裂音が届いた。


 リヴァの手が止まった。


「……っ」


『リヴァ』ユキナガの声。『今のなに』


 返答がなかった。


『リヴァ』カイの声が重なった。

"No Time To Die" / Billie Eilish

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