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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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猫と飛行機

 帰国の当日。



 朝だった。出発まで二時間あった。


 リヴァはソファに座っていた。ミントが膝の上にいた。のどを鳴らしていた。


 荷物はもう玄関にまとめてあった。テキサスに来た時より、少し増えていた。


 ミントのキャリーケースが増えた分だった。イーサンが昨日、近くのペットショップで買ってきた。何も言わずに玄関に置いてあった。


 アルノが廊下を歩いていた。端末を見ながら。いつも通りだった。


 ヴィクトルが出てきた。紙を持っていた。


「できたぞ」


 アルノが端末から目を上げた。


「早いですね」


「一年前から飼ってたことにしてる」


「子猫では」


「なんとかなる。検査機関の記録も存在する。正式な機関の、正式な記録としてだ」


 アルノは少し間を置いた。


「……わかりました」


「文句あるか」


「ありません」アルノは眼鏡を押し上げた。「助かります」


 ヴィクトルは紙をアルノに渡した。アルノは受け取った。一度だけ見た。それ以上何も言わなかった。


「じゃ、次に会うのは日本だな」


「ヴィクトルはテキサス残るの」


「ちょっと西海岸に用がある」目の下のクマがすごかった。さすがに二徹はこたえたらしい。「ハリウッドが俺を呼んでる」


 リヴァはカイを見て言った。


「ヴィクトル、テンション変になってる」


「疲れてる。放っとけ」カイが言った。


 ミントがリヴァの膝でのどを鳴らした。




 チャーター機の中。エンジン音が低く続いていた。


 ミントはキャリーケースに入っていた。リヴァの足元に置いてあった。丸くなっていた。緑色の目が、格子越しにリヴァを見ていた。


「大丈夫?」リヴァは言った。


 ミントはのどを鳴らした。


「大丈夫みたい」


「当然だ」カイは言った。隣のシートから。「この猫は肝が据わっている」


「テキサスの猫だから」


「テキサス関係ない」


 リヴァはケースのロックを外した。


「規則上は」アルノが言いかけた。


 扉が開いた。アルノが止まった。


 ミントが顔を出した。周りを見た。匂いを嗅いだ。それからゆっくり出てきて、リヴァの膝に乗った。


 アルノは少し間を置いた。


「……チャーターですので」と言った。眼鏡を押し上げた。


 しばらく、エンジン音だけが続いた。


 リヴァは窓の外を見た。雲があった。高度が高かった。地面が見えなかった。


 ミントが膝で伸びをした。それからまた丸くなった。


「ミント」リヴァは言った。


 ミントが目を開けた。


「日本って、知ってる?」


 ミントは答えなかった。また目を閉じた。


「知らないよね」


 リヴァはケースを少し見た。


「テキサス生まれの猫が日本に行くって、どんな気持ちだろう」


「気持ちはない」


「あるよ」


「……あるかもしれない」カイは少し間を置いた。「ただ、あの猫は大丈夫だ」


 リヴァはミントを見た。ミントは目を閉じていた。エンジン音の中で、静かに眠っていた。




 動物検疫のカウンターに向かった。


 アルノが書類を出した。


 担当者が確認した。ページをめくった。また確認した。戻った。また確認した。


 アルノが眼鏡を押し上げた。カイが腕を組んだ。


 リヴァはミントのケースを足元に置いて、担当者を見ていた。


 ミントも格子越しに担当者を見ていた。


 担当者がミントと目が合った。のどを鳴らした。担当者が少しだけ表情を崩した。


「テキサスから?」


「そうです」


「ロシアンブルーですか」


「そうです」


「目が綺麗ですね。いつから飼われてるんですか」


「昨日——」


 アルノがリヴァの肩に手を置いた。


「一年前です」アルノは言った。「彼女が一目惚れしてしまって、それからずっと一緒にいます。日付の感覚がなくなるくらい」


 担当者がリヴァを見た。アルノを見た。


「……かわいい彼女さんですね」


 アルノが少し止まった。


「はい」と言ってリヴァの肩を抱いた。


 カイの空気が変わった。


 担当者は書類に戻った。


「お気持ち、わかります」


 カイがアルノを見た。アルノはカイを見なかった。書類の方を見ていた。


 カイがアルノを睨んだ。アルノは眼鏡を押し上げた。


 担当者がまた書類を確認した。


「……問題ありません」


「ありがとうございます」




 カウンターを離れた。


 カイがアルノを見た。


「彼女」


「成り行きで」アルノは端末を取り出した。「他に言い方がありますか」


「ある」


「たとえば」


 カイは少し間を置いた。


「……仲間、とか」


「不自然です」


 リヴァはミントのケースを持ち直した。


「助かった」リヴァは言った。アルノに。


「次からは黙っていてください」アルノは端末を見たまま言った。「事前に言いましたが」


「言ってない」


「二度言いました。朝と、飛行機の中で」


「聞いてなかった」


 アルノが少し止まった。


「……聞いていてください」


 カイがまだ微妙な顔をしていた。ミントがのどを鳴らした。




 東京、新拠点に帰り着いた。


 ドアを開けた瞬間、ユキナガが立っていた。


「おかえり」


「ただいま」


「で」ユキナガはリヴァの手元を見た。キャリーケースを見た。「本当に連れてきたの」


「連れてきた」


「マジか」


 その後ろに、オラヴルがいた。


 オラヴルはリヴァを見ていた。上から下まで、一度。それから、もう一度。


 リヴァの手首を取った。指が脈の上に乗った。


 リヴァは取られた手首を見た。苦笑いした。


「大丈夫だよ」


「……うん」オラヴルは手を離した。離す前に、一瞬だけ間があった。「なかなか連絡してもらえなかったから」


「忙しかったから」


 電話をすれば、オラヴルは必ずリヴァの体調をひとつずつ確認する。


 後回しにしているうちに帰国の日になった——とは、言わなかった。


 代わりに、ユキナガが横でにやついていた。


 リヴァはユキナガを軽く睨んだ。


 ユキナガは口の端を上げたまま、視線を逸らした。


「……オラヴルが心配性なだけ」リヴァは言った。


「…そうかもしれない」オラヴルは言った。否定しなかった。心配性、で済ませてくれたことに、少しだけ救われた顔をしていた。


「…写真で見たより小さいね」オラヴルはケースを見た。


「子供だから」


 ユキナガがケースの前にしゃがんだ。ミントがユキナガを見た。


「……めっちゃかわいい」


「でしょ」


「目が綺麗」


「テキサスで全員そう言った」


「そりゃ言うよ」




 ミントをケースから出した。


 ミントがリビングに出た。部屋を見渡した。ゆっくり歩いた。隅々まで確認した。


 全員が黙って見ていた。


 ミントが歩くのをやめた。顔を上げた。全員を一度、見回した。


 それから、まっすぐオラヴルのところへ歩いた。


 オラヴルの足に体をこすりつけた。一周した。もう一周した。それから、座った。オラヴルの足の上に、前足を乗せた。見上げた。のどを鳴らした。


 部屋が静かになった。


「……は?」ユキナガが言った。


 オラヴルが動かなかった。自分の足元を見ていた。


「僕は」オラヴルは言った。少し止まった。「動物と接点があんまりなかったから」


「なんかすごいけど」ユキナガが言った。


「……そう、なのか」


 オラヴルがゆっくりしゃがんだ。ミントの背に手を伸ばした。ミントは逃げなかった。手のひらの下で、のどを鳴らし続けた。


 オラヴル本人が、一番驚いた顔をしていた。


「テキサスの猫だから」カイが言った。


「テキサス関係ありません」アルノが言った。


 ミントがのどを鳴らした。

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