表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/116

全員分のコーヒー


 朝の六時半だった。



 ログハウスのキッチンに、リヴァがいた。


 いつもカイがリヴァのコーヒーを入れる七時より前だった。


 冷蔵庫を開けた。豆があった。グラインダーがあった。フィルターがあった。全部、レッドのものだった。


 挽いた。


 音がした。


 リヴァの肩が、一瞬だけ跳ねた。


 自分で気づいて、息を吐いた。


 廊下で気配が止まった。


 イーサンだった。ドア口から顔を出した。トレーニング帰りだった。汗をかいていた。首にタオルをかけている。


「早いな」


「コーヒーいれてるの」


 リヴァのもとに近づいた。


 右手でリヴァの顎を持ち上げた。


「………」


 イーサンは目を細めて、リヴァを見た。


「自分のか」


「みんなの」


 イーサンは少し間を置いた。リヴァの呼吸が正常に戻っていることを確認し、指を外した。


「……何人分だ」


「数えてた。六人」


 イーサンが頷く。


 次にリヴァの右手を取った。指先の温度を確認する。


「反対も出せ」


 リヴァが左手を出す。大きな手で指先を包まれた。


 彼女が手を見ていると、イーサンがリヴァの左耳付近で指を鳴らした。


 リヴァはびっくりしてそちらを見る。


 反応速度が、戻っている。


「よし」


 それだけ言って、イーサンが離れた。


 椅子を引いた。座ろうとしたが、すぐに椅子を戻した。


「シャワー浴びてくる」イーサンにしては急いだ動きだった。「すぐ戻る」


「ゆっくり浴びてきて」


 リヴァは笑った。





 六時三十八分。


 レッドが外から入ってきた。BBQの仕込みをしていたらしく、手に炭の匂いがついていた。


「おう、早いな」


「コーヒー作ってた」


「全員分か?」レッドはグラインダーの豆くずを見た。「俺のやつ」


「勝手に使った」


「いい。むしろ使え」レッドはカウンターに寄りかかった。「体調は、どうだ」


「問題ない」


「ちょっとは寝れたか」


 リヴァはフィルターを折りながら言った。


「…ちょっとだけ」


 レッドは煙草に火をつけた。一口吸った。


「今夜、BBQだ。食えるか」


「食べる」


「昨日より顔色はいい」


「うん」


「昨日は死人みたいだったぞ」


「そんなに?」


「ああ」レッドは煙を吐いた。「イーサンが心配しすぎて笑えた」


 シャワーを浴びてきたイーサンがちょうど入ってくる。横から言った。


「笑えるような話ではない」


 コーヒーの香りが広がった。




 六時五十分。


 カイが入ってきた。


 キッチンを見た。


 リヴァを見た。


 コーヒーメーカーを見た。


 リヴァを見た。


「何をしている」


「コーヒー」


「俺が入れる」


「もう入れた」


 カイはリヴァの顔を一秒見た。顔色を見た。目の焦点を見た。


「熱湯、触ったか」


「触ってない」


「本当に」


「大丈夫」


 カイはリヴァの手を持った。


 指先を見た。


「大丈夫だって」


 火傷がないことを確認した。


 レッドが低く笑った。


「カイのいつもの過保護」


「過保護じゃない」


「いや過保護だ。俺が今まで見た中で一番過保護だ」


「護衛だ」


「コーヒー淹れるだけで火傷は過保護だろ」


 レッドはイーサンを見た。


 イーサンは何も言わなかった。


 ただ、口の端が少しだけ動いた。




 カイがコーヒーを受け取った。


 一口飲んだ。


 少し止まった。


「……うまい」


「カイの真似した」


 カイは何も言わなかった。


 マグカップを両手で持った。


 前を向いた。


 レッドが小声でイーサンに言った。


「見たか今の」


「なんだ」


「カイが珍しい顔した」


「そうか」


「お前が言えよ何か」


「俺は何も言わない」


 カイはコーヒーを持ったまま、キッチンから動かなかった。


 リヴァが視界から外れない位置だった。





 七時三十分ちょうど。


 ドアが開いた。


 アルノだった。


 グレースーツだった。しかし、ネクタイが少し曲がっていた。眼鏡が正確な位置より数ミリ右にずれていた。


 カイが一瞬だけアルノを見た。


 レッドも見た。


 誰も言わなかった。


 アルノがキッチンに来た。リヴァを見た。


「おはようございます」


「おはよう。コーヒー、あるよ」


「……ありがとうございます」


 アルノはマグカップを受け取った。


 一口飲んだ。


 少し間があった。


「…………」


 アルノが眼鏡をずれた位置のまま押し上げた。


 レッドが何か言おうとした。


 カイが目で止めた。


 アルノは椅子を引いた。座った。もう一口飲んだ。


「もしかして徹夜?」とリヴァは言った。


「資料確認をしていました。ヴィクトルと」


「お疲れ様」


 アルノは何も言わなかった。


 三口目を飲んだ。


「……今夜のBBQまでには」


「休んで」


「仕事が」


「BBQまでには休んで」


 アルノは少し間を置いた。


「……考えます」


「考えるじゃなくて休んで」


「……わかりました」


 レッドが低く笑った。


「アルノが押されてる」


 



 七時四十一分。


 共用スペースのソファで、物音がした。


 全員がそちらを見た。ヴィクトルがいた。


 ソファで眠っていた。


 起き上がる前に、先に人数を数えていた。無意識だった。


 全員がいた。短く息を吐く。


 全員がヴィクトルを見ていた。


 ヴィクトルは一秒だけ固まった。


 無意識にポケットのSobranieを探した。一本取り出した。


「……おはよう」


「おはよう」とリヴァは言った。「コーヒー、いる?」


「ああ」


 リヴァがマグカップを持ってソファに向かった。


 ヴィクトルが受け取った。


 一口飲んだ。


「……うまい」


「ヴィクトルが前入れてくれたやつも、またのみたい」


 ヴィクトルは少し止まった。


「覚えてたのか」


「覚えてた」


 ヴィクトルはマグカップを見た。


 煙草を指に挟んだまま、もう一口飲んだ。






 全員がキッチンに集まった。


 コーヒーが全員の手にあった。


 テキサスの朝が、ログハウスの中にあった。


 レッドが言った。


「今夜、BBQだ。腹を空かせておけ」


『いいなー何時から』とユキナガの声が端末から来た。いつからか、つながっていた。


「六時だ」


『俺も混ぜてよぅ』


「お前はそこにいろ」


『ひどい。できたら肉送って』


「検疫にひっかかりますよ。肉は」


『ヴィクトル、なんとかなんない?』


「面倒くさい」


『えー』


 テーブルの空気が少し緩んだ。




『リヴァ、聞こえてる?』


「聞こえてる」


『おはよ』


「おはよう」


『カイ、リヴァ今どんな顔してる?』


 カイが少し間を置いた。顔を逸らした。


「普通だ」リヴァが代わりに言った。カイの真似して低く。


『絶対嘘じゃん』ユキナガがしばらく笑っていた。


 少し間があった。


 アルノがマグカップをテーブルに置いた。


 リヴァを見た。


「昨夜、話せなかった件があります」


「うん」


「今、聞けますか」


 テーブルが静かになった。


 カイが前を向いた。


 レッドが煙草を止めた。


「聞く」とリヴァは言った。


「回収した書類に記号がありました」アルノは端末を出した。「調べた結果、Valerian Resource Groupの内部識別コードと一致しています」


「VRG……レオンハルトの会社」


「そうです」アルノは一拍置いた。「そしてそのコードが、別の記録にも出てきます。ローマにある認知神経科学の施設の記録と、同じコードです」


 つないでる無線から、ユキナガが煙草のカプセルを潰す硬い音がした。


 リヴァは少しの間、アルノを見た。


「ローマ?」


「接点がある、という段階です。確定ではない」


「そこに、私の手掛かりがあるの」


「……可能性は上がりました」


 リヴァはマグカップを両手で持った。


「わかった」と言った。


 アルノは一拍間を置いた。


「……まだ調査中です。続きは日本で話します」


「うん」


 テキサスの朝の光がテーブルに落ちていた。


 コーヒーはまだ温かかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ