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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第五章「隠れた変数 ― Hidden Variables」

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省電力モード


 もう夕方だった。


 ユキナガの部屋をノックした。


「どうしたの」


「組み手の練習、付き合って」


 扉が開いた。ユキナガがこちらを見た。端末を持っていた。


「…それ声かけるの俺で合ってる?」


「うん」


「なんで」


「勝てそうだから」


 ユキナガが少し黙った。


「……俺サーバールームからでもいい?」


「やだ。酸素濃度下げられそう」


「リヴァにそんなことしないよ」


 リヴァはため息をついた。


「お願い。全員に挑んでるとこなの。あとはテキサスでやってきた」


「あのゴリラたちと?よく生きてたね」


「勝っては、ないけど…」


 ユキナガは端末をいじっていた。


 画面を消した。


「わかった。付き合う」


「ありがとう」


「でもなんで急に。何かあった?」


「アルバンと組み手してむかついたの」


 ユキナガが止まった。端末をしまった。


「まあ色々あって」


「色々ってなに。教えてよ」


「組み手して動けなかったけど口説かれて一回蹴れたの。ビンタもしたの。そしたらおいしくない豆のスープだされたからヴィクトルにカチョエペペ?っていうの作ってもらったの」


「……待って待って。話を整理したいんだけど。そもそもあんなでかい奴にビンタ届く?」


「あとで話す、今は動きたいから付き合って」


「…わかった」




 廊下の突き当たりの広い部屋だった。


 向き合った。


「実はさ。ちょうどこの間、俺オラヴルに任務行けるように鍛えろって言われちゃった」


「ユキナガ、練習してるの」


「してないしてない。来たばっかの時カイにちょっと教えてもらっただけ」


 ユキナガが構えた。こちらも構えた。


「本気でいく」リヴァが言った。


「殺さないでね…」


 動いた。


 ユキナガは思ったよりなんか小さく感じた。体重が圧倒的に違った。


 避けた。横に回った。ユキナガが追ってきた。腕を取ろうとした。外した。


「おっ」


「何」リヴァが言う。


「かわいい。たのしい。カイと違う」


「そりゃそうだよ」


 もう一度動いた。今度は低く入った。ユキナガがバランスを崩した。押した。壁に押しつけた。


「……え、待って」


「参った?」


「……参った、参った」


 ユキナガが離れた。髪を直した。


「……ユキナガって本気出したらどのくらい強いの」リヴァが聞いた。


 少し間があった。


「……カイの半分くらい?」


 ユキナガの動きが止まった。


「それ、聞かない方がよかったかもね」


 声のトーンが変わって、低くなった。


 端末を取り出した。照明が少し落ちた。


「……暗くない?」


「省電力モード」


「さっきまで普通だったのに」


「電気代高いんだよ最近」


 構えようとしたら、すでに目の前にいた。さっきと動きが全然違った。


「っ」


 避けた。ぎりぎりだった。


「なんで、照明落としたの。ほんとのこと言って」


 ユキナガはリヴァを見た。


「暗い方が、人間の反応速度は落ちるから」ユキナガは静かに言った。「距離感と判断が狂う」


 ユキナガが動いた。左から来る。一歩右に回ろうとした。


「あ、そのマット滑るから」


「え」


 滑った。


「いて」


 体勢を崩した。ユキナガが来た。腕を取られた。


「昨日張り替えたんだった」


「それ先に言って」


「今思い出した」


「嘘つき」


 腕を引かれて後ろ手に回される。動けなかった。


 逃れようともがく。その時、何かが変わった気がした。部屋の温度だった。


「なんか、寒い」


「換気」


「今じゃなくていいでしょ」


「タイミングが」ユキナガは端末を一瞬見た。「今だっただけ」


 汗が冷えていた。


 何とか腕を引いて抜け出した。


「惜しい。もうちょっと下げたら、関節動きにくくなったかな」


「なんかさっきからずるくない?」


「ずるくないよ。ただ殴りあうより、実践形式でしょ?」


 壁に手をついて避けた。


 反撃しようとした。腕を取ろうとした。ユキナガが先に動いた。


「うわっ」


 引かれてバランスが崩れた。滑るマットのせいで足が踏ん張れなかった。それでも無理矢理ユキナガの腕を取った。


「…とった、」


 そのまま押した。壁に押しつけた。


 リヴァの息だけが荒かった。


「待って待ってタイム」ユキナガが声を上げた。


「そんなのない」


「サーバー落ちた」


「絶対嘘」


「いやマジで」


 部屋の奥で警告音が鳴った。


「……鳴ってる」


「ほらぁ」


 リヴァがそっちを見た。その隙に腕が抜けた。振り返ったら反対側にいた。


「……いつの間に」


「隙あり」


「警告音、本物だったの」


「本物だよ」ユキナガは端末を見た。「でも今直した」


「絶対嘘」


 背後に回れた。ユキナガの腕を取って、そのまま引いた。


「このっ」


 床に倒し、上に乗って押さえた。ユキナガの腕を動けない角度にした。


「どうだ!」


「大胆だね、リヴァ」


 ユキナガの腰にリヴァが完全に乗っていた。


 ユキナガが足をばたばたさせた。


「うるさい。参った?」


「参ってない」ユキナガは低く言った。「まだ終わってない」


 端末が光ったと思ったら、照明が完全に落ちた。赤い非常灯だけになった。


 視界が一瞬飛んだ。


 その隙にユキナガが転がって抜けた。


「まだなにか仕込んでるの…っ」


 今度はユキナガに腕を回された。床に手をついてふんばった。


「なんでユキナガだけ見えてるの」


「俺が普段どれだけリヴァのこと見てると思ってるの?」


 支えていた腕が折れた。仰向けになった。


 ユキナガが上にいた。腕を上に上げられた状態で、封じられていた。


「参った?」


 答えなかった。


 リヴァの方が息が上がっていた。


 二人の息だけが響いた。


「ユキナガ、…実戦出なよ」


「やだよ」


 腕に力を入れた。抜けなかった。


「参った?」


 答えなかった。


 ユキナガが少し顔を近づけた。


「かわいい体勢になっちゃったね」


 照明が戻った。まだ手首は押さえられて、上にあった。腰のあたりに乗られて自由が利かなかった。


 光が戻ると、思ったよりも距離が近くてリヴァは顔をそむけた。


「手離して」


「カイの半分はちょっと傷ついたよ」


「……わかった」


「ごめんなさいは?」


「…ごめんなさい」


 ユキナガの手に力が入った。思ったより大きい手だった。


 リヴァに顔が近づいた。


「ねえ、口説いていい?」


「むり」


「汗かいてる」


「見ないで」


「なんで今日マスカラしてないの」


「時差ぼけだから」


「かわいい」


「もううるさい!」


 ユキナガが立ち上がった。


 Marlboroを取り出して、火をつけた。まだ天井を見て息を整えているリヴァを、上から見下ろした。


 満足そうなユキナガの顔があった。


「……ユキナガ」


「うん」


「帰ってきたら、おいしいお酒作るって言ってたじゃん」


「言った」


 リヴァが起き上がった。


「それで手を打つ」


 ユキナガが笑った。


「……わかった」煙を吐いた。「何がいい」


「ユキナガが決めて」


「じゃあミントのやつ」


「…うん」


 煙草の煙が広がった。リヴァに一本煙草を差し出す。


「なんでそんなに急いでるの」


 リヴァの咥えた煙草にユキナガがライターを寄せて、火をつけた。


 煙を吐いた。


 リヴァが胡坐をかいた。


「悔しいから」


「アルバンに負けたのが?」


「……テキサスで思ったより動けなかった。任務終わったら手が震えてたし、狙撃中に頭が真っ白になった瞬間もあったし」


「だから今日も心拍早かったのか」


 リヴァがユキナガを見た。


 目を細めた。


「…また見てんの」


 ユキナガは答えなかった。


「……それ、まだ完全じゃないでしょ?オラヴルに言った?」


「言ってない」


「言えよ」ユキナガは煙を吐いた。「俺じゃなくてオラヴルに」


「言いづらいもん」


「なんで」


「オラヴルに心配かけたくない」


 ユキナガが少し間を置いた。


「言いな。てかもうバレてそう」


「……うん。ついでにオラヴルにも挑む」


「勝てると思ってる?」


「オラヴル、昔のことあんまり話さないって言ってた」


「まあ...つまりは、そういうことだよ」


 煙が部屋に広がった。



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