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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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おいしいパスタやさん

 朝七時、キッチンにリヴァが入った。


 カイがコーヒーを淹れていた。人数分、ちゃんとあった。


 リヴァが入ってきた瞬間に一杯をリヴァの前に置いた。何も言わなかった。


 レッドがパンを焼いていた。イーサンが座っていた。ヴィクトルがカウンターに背をもたせていた。


 アルノが最後に来た。


 頬の腫れがまだ残っていた。昨日より青くなっていた。


「痛そう」リヴァは言った。


「問題ありません」


「嘘だ」レッドは言った。


「レッドも大丈夫なの」リヴァが聞いた。


「俺は完治。一晩」


「今日の予定を話します」彼は言った。「情報が固まり次第、ブリーフィングをします。おそらく明後日夜が任務になります」


「了解」イーサンが言った。


 レッドがパンを皿に並べてテーブルに置いた。全員が座った。


 パンを半分ちぎって、バターを乗せてリヴァに差し出した。


「…ありがとう」一口食べた。美味しかった。パンが硬かった。「昨日、アルバンのとこでスープだされた」


「どんな」カイが聞いた。


「…まめスープ」


 レッドはイーサンにパンを差し出した。イーサンが受け取った。バターはついていなかった。


「あれ?昨夜帰ってきてから、お前ヴィクトルに飯を作って貰ってなかったか」レッドは言った。


 一拍。


 リヴァはパンを飲み込み、言った。


「…あんまり美味しくなかったから」


 全員が少しだけ止まった。


「まずかったのか」レッドは言った。


「豆が…」


 ヴィクトルが笑った。アイスコーヒーを片手に持った。いつものコーヒーに、氷を入れていた。


「姫には、カチョエペペをごちそうした」彼は言った。「ペコリーノとパルミジャーノを半々で、黒胡椒は挽きたて。生パスタがなかったからリングイネを使った。バターを少し」


「うちのキッチンにペコリーノがあったのか」レッドが言う。


「あった。賞味期限が怪しかったが」


「……問題があります」アルノが言う。


「問題なかった。うまかった」ヴィクトルはコーヒーを飲んだ。


「んまかった」リヴァは言った。



 アルノが眼鏡を押し上げた。何か言いかけて止めた。


「次はカルボナーラも作れる」ヴィクトルはリヴァに言った。


 リヴァの目が輝いたのを、カイは見逃さなかった。



「……にしてもよく帰ってきたな、お前」ヴィクトルは言った。


「うん」


あいつ(アルバン)に平手打っといてよく」


 全員がまたリヴァを見た。


「え、打ったの?」レッドは言った。


「打った」


「アルバンに?」


「蹴りも入れた、…一回だけ」


 イーサンの方を見た。こっちを見て言うな、という顔をしていた。


 レッドが少しの間、黙った。


「……よく生きてたな、本当に」


「殺す気はなさそうだったから」


「そうじゃなくて」レッドが頭をかいた。「お前がよく打てたな、という話だ」


「腹が立ったの」


「そうじゃなくてだな」


 ヴィクトルがSobranieを取り出して火をつけた。


「その後は」イーサンは言った。


「組み手しようって言われた」


「…謎だ…」レッドが言う。


 カイがコーヒーカップを置いた。


「リヴァ」


「何」


「今日は外に出るな」


「休みだし出ない」


「シャワーも」


「カイ」


「なんだ」


「シャワーは一人で行かせて」


「……ドアの外で待つ」


「それはやめて」


 レッドが笑った。声が出た。


「カイ、さすがに過保護すぎるだろ」彼は言った。


「過保護じゃない」


「昨夜も部屋の前をわざわざ通ってただろ」


「一回だ」


「認めるのか」ヴィクトルは言った。


 カイが黙った。


 イーサンがコーヒーを一口飲んだ。


「カイ」イーサンは言った。「リヴァは帰ってきた」


 イーサンは背もたれに寄りかかった。


「少しは気を休めろ」


 カイがリヴァを見た。リヴァがカイを見た。リヴァは笑っていた。


「……わかってる」


 テキサスの朝の光が、窓から白く入っていた。








 シャワーを浴びた。


 自室のベッドに座った。


「……やっぱ、むかつく」


 リヴァは小さく言った。


 組み伏せられた感覚が、まだ体に残っていた。


 参ったと言わなかったから勝ちだと言われた。納得はしていなかった。


 何より、ペースを乱された。


 立ち上がった。


 誰かを捕まえなければならなかった。






 廊下に出た。


 カイの部屋のドアをノックした。


「何だ」


「ねえ、組み手したい」


 ドアが開いた。カイが出てきた。リヴァを見た。顔を見た。


「今か」


「今。これから全員倒しに行く」


「…体は」


「げんき」


「アルバンの件で」


「関係ない。まずカイと勝負」


 カイは少しの間、リヴァを見た。


「……外で待ってろ」










「本気でいく」リヴァが構えた。


「ああ」


 動いた。


 カイは速かった。アルバンより読みやすかった。でも、重かった。一発受けたら終わりの重さがあった。


 動くたびに、首筋に汗が光っていた。


 避け続けた。


「アルバンにどう負けた」


「組み伏せられた」


「どこで取られた」


「後ろから腕を両方抑えられて、床に膝をついた」


 カイが動いた。


 腕を取られた。


「っ」


「こうか」


 動けなかった。また膝が付いた。あっさり同じ体勢にされた。


「ここに力を入れろ」


 腰の位置を変えられた。


「そっちじゃない。こっちだ」


 少し動けた。逃げた。


「なるほど」


「もう一回やる」


 また取られた。


 今度は逃げることができた。


「できた」


「まだだ。続ける」


 続けた。


 何度も取られた。何度も逃げた。だんだん逃げられるようになってきた。


 リヴァの息が上がっていた。


「……アルバンは組み手中に何を言っていた」


 カイが前を向いたまま言った。


「え」


「何か言ってたのか」


 少し間があった。


「…口説かれた」


「何て」


「聞く?」


「聞く」


 カイに向き直って、正面に立った。目は合わせなかった。


「……最初に見たときから好きだったとか、芯がどうとか、…目がどうとか」


 カイが動いた。


 腕を取られた。反応が遅れた。今度は逃げられなかった。


「っ、」


 後ろに回された。


 背中に、カイの体温が広がった。熱かった。


「他には」


「怒った顔が好きとか、参ったと言わないところがいいだとか」


 カイが少し間を置いた。


 後ろに回された手が、汗ばんでいた。


「……声は」


「え?」


「声が好きと言われたか」


「…言ってた、かも」


「……そうか」


 腕の力が少し強くなった。


 耳のそばに、低く息があった。くすぐったかった。


「カイ、」


「他には」


「……それくらいだよ」


 沈黙があった。


 気付いたら床に膝をついていた。さっきと同じ体勢だった。


 でも、アルバンのときと少し違った。


「……カイ」


「なに」


「なんかむかついてる?」


 少し間があった。


「むかついていない」腕にかかる力をさらに強くした。「……終わるか」


「参ってない」


 カイが息を一つ吐いた。


「……お前は」


 低く言った。


「なに」


「参ったと言わないところは、俺も知っている」


 腕の力が、少しだけ緩んだ。


 逃げるには十分だった。


 でも、逃げなかった。


 カイの声が、耳の近くで続いた。


「アルバンが言ったことは全部、俺も知っている」


「……カイ」


「目のことも。声のことも。折れないところも」


「……」



「俺の方が見ている」



 部屋が静かだった。


 カイが手を離した。


 立ち上がった。膝についた汚れを払った。


 カイを見た。


 窓の外を見ていた。



「……カイ」


「なに」


「ありがとうね」


「何が」


「練習、付き合ってくれて」


 カイが少し間を置いた。


「……Gauloises吸ってくる」


「うん」


「お前も来るか」


 少し驚いた。


「……行く」


「ああ」


 カイが急にしゃがんだかと思うと、体が浮いた。


 カイに抱き上げられながら、扉に向かった。


「ねぇ自分で歩ける」


「知ってる」






 カイが煙草を吸いながら外の空気を入れていた。


 その隣に立った。リヴァもMarlboroを持っていた。


「アルノには勝てると思う?」


「……なんで」


「頬、腫れてるからちょっとは鈍くなるんじゃない」


 カイが少し間を置いた。


 Gauloisesの煙が上がった。


「……まあ」


「まあ?」


「俺は止めない」


「止めないんだ」


 カイが窓の外を見た。





 アルノの部屋をノックした。


「何ですか」


「アルノ、組み手しよ」


 しばらく間があった。


「……今ですか」


「うん」


 ドアが開いた。


 アルノが出てきた。


「焦らず体を休めたらどうですか」


「こういう時は体動かす方がいいの」


 アルノは眼鏡をかけていた。


 書類を持っていた。


 リヴァは頬を見た。少し腫れていた。


「……軽くね」


「軽く、というのは」


「顔が痛そうだから」


「痛くありません」


 アルノが書類をドアの内側に置いた。


 眼鏡を外した。部屋に戻した。


「外で待っていてください」



 向き合った。


 アルノは背筋が完璧だった。構えていなかった。


「構えないの」


「必要がないので」


 踏み込んだ。


 アルノが動いた。


 気づいた時には、肘が脇腹に入っていた。


「っ、いて」


「重心が前に出すぎています」


「…速」


「前傾になる癖があります。カイとの訓練で出た癖です」アルノは眼鏡を押し上げようと手をあげた。そこには何もなかった。「…次」




 リヴァは息を整えた。


 アルノはほとんど息が上がっていなかった。


 首筋に薄く汗が滲んでいた。


 頬の腫れが、動いた拍子に少し赤くなっていた。


「……頬、大丈夫?」


「問題ありません」


「痛そう」


 アルノが少し間を置いた。


「珍しいね、アルノが避けられないって」


「あの体格差では、一定の条件下で不可能な場合があります」





 今度は右から入って、途中で左に切り替えた。


 アルノの動きが少しだけ遅れた。


 腕に触れた。


 触れた、と思った瞬間に、体が浮いていた。


 足払いだった。


「っ、」


 床についた。


 受け身を取った。


 見上げると、アルノが立っていた。


 乱れていなかった。


「……今のは何」


「切り替えに対応しました。踏み込みの深さです」


「……全部読まれてる」


「読みやすい動き方をしています」


「厳しい」


「事実を言っています」


 アルノが手を差し出した。


 引き上げられた。


 立った。


 膝の汚れを払った。


「カイに、アルノなら倒せるかもって言われたのに」


 アルノが少しだけ止まった。


「……カイが?」


「うん」


「そう言ったんですか」


「まあ、…みたいな感じで」


 アルノが眼鏡のない目で、廊下の向こうを見た。


「……いい加減にしろ」


 小さく言った。


 敬語じゃなかった。


「アルノ?」


「……」


「また教えてくれる?」


 アルノが止まった。


 振り返らなかった。


「私は教えられるほどのことはできません。レッドに教わってください。あっちはプロですから」






 廊下に出た。


 カイが壁に背を預けていた。


「どうだった」


「勝ては、しなかった」


「そうか」


「知ってたでしょ」


「……まあ」


「アルノにチクっといた」


「…」


「カイが勝てそうって言ったって伝えたら、いい加減にしろってタメ語になってた」


 カイが少しだけ口の端を動かした。


「……そうか」


 カイが歩き出した。


「どこ行くの」


「シャワーだ」


 廊下を歩きながら、カイはリヴァの横顔を見た。



「おかえり」カイは小さく言った。


 リヴァには聞こえなかった。

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