表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/118

三年前のブカレスト

 ヴィクトルお手製の昼食後。


 リヴァは午後の訓練に備えてログハウスの外の段差に座っていた。AXMCの清掃をしていた。バレルを拭いて、ボルトを確認して、また拭く。


 この時間が気に入っていた。


 そのとき、風があった。


 砂埃の匂いがした。


 気配があった。


 空気の密度が変わった。風の向きは同じだった。温度も同じだった。ただ、何かが起きたような。


 顔を上げた。


 アルバンが立っていた。


 10メートル先。砂利の上。動いていなかった。


 サングラスをかけていた。黒いレンズ。レンズの奥の目が見えなかった。黒いシャツ、黒いパンツ。腰に何もなかった。手ぶらだった。


 リヴァは動かなかった。


 アルバンは言った。


「迎えに来た」


 近づいてきた。


「どうして」


「辛そうだったから」


 リヴァはAXMCのバレルを置いた。動けずにいた。


 その瞬間、ログハウスのドアが開いた。



 カイだった。


 一瞬でアルバンを確認した。


 HK416を構えた。


 レッドが出てきた。Colt Pythonを抜いた。首を鳴らした。


 イーサンが外周から来た。アルノが出てきた。Walther PPKを左手で持った。


 ヴィクトルが最後に出てきた。昼食の片付けを終えて、マセラティに煙草を取りに行っていたところだった。ジャケットの前を開けたままBeretta 92FSを持っていた。


 アルバンを見た。


 ヴィクトルの脳裏に三年前の夜が、一瞬で戻ってきた。


 ブカレストの港、倉庫の裏、全員が地面にいた。ヴィクトルだけが動けた。動けた理由が今でもわからなかった。運だったと思っている。運以外の説明がつかなかった。


 あの夜のアルバンと、今のアルバンが、まったく変わっていなかった。


 三年経っていた。アルバンは一秒も経っていないような顔をしていた。


 まずい、とヴィクトルは思った。本気でまずい。


 二秒、黙った。


「……久々だな。また会いたくはなかった」


「誰だ」


「覚えてないのか」


「覚えていない」


「三年前ブカレストの港にいただろ。倉庫の仕事だ。俺以外全員お前にやられた」


 アルバンが少し考えた。人間を思い出す顔ではなかった。場所と状況を検索している顔だった。


「………ブカレスト」


「思い出したか」


 この間、ヴィクトルはリヴァを逃がす方法を考えていた。


 見当がつかなかった。


 三年前と同じになる。その可能性が高かった。


 それでも口が動いた。止まらなかった。


「今日は何しに来た」


「リヴァを迎えに来た」


「迎え?」ヴィクトルは言った。笑った。笑わなければ立っていられなかった。「おいおい、女を迎えに来るなら花束の一本も持ってくるもんだろ。それがわかってるのか?」


「わからない」


「わからないのか」ヴィクトルは煙を吐いた。肺の中が少し落ち着いた。「そういうもんだ。手ぶらで来て連れて行こうとするのは、やり方がなっていない。今日は帰れ。出直してこい」


「帰らない」


「聞いてたか?」


「聞いていた。帰らない」


 ヴィクトルが少しだけ目を細めた。


 交渉が通じる相手ではないのはわかっていた。三年前もそうだった。ただ、黙って引き金を引くより口を動かした方が、自分が落ち着いた。


「……交渉の余地は」


「ない」


「まったく?」


「まったくない」


 ヴィクトルが息を吐いた。


 そうか、と思った。


 三年前と同じだ、とも思った。


 あの夜のように、今もそうなるかもしれなかった。なりたくなかった。リヴァの隣に立っていたかった。


「なら、しょうがない」


 Beretta 92FSを構えた。



 カイが合図を出した。


 視線だった。声を使わなかった。レッドが右に散った。イーサンが左に出た。アルノが背後に回った。ヴィクトルが正面に残った。


 包囲だった。


 五方向から同時に動いた。


 カイが正面から入った。HK416を構えたまま間合いを詰めた。同時にレッドが右から来た。イーサンが左から来た。挟む形だった。


 アルバンが動いた。


 カイの懐に入った。HK416の銃口を内側から押し上げた。カイの右腕が上がった。その腕を取った。体を回した。


 カイが砂利に落ちた。


 日本の時と同じ。全く重さがないように投げられた。


「……っ」


 右から来ていたレッドがアルバンの側面に入った。腕を取りに行った。


 アルバンが振り返らなかった。


 レッドの腕が当たった瞬間に体を沈めた。腰を使った。


 レッドが宙を舞った。


「おいおい——っ」


 背中から砂利を叩いた。


「……マジか」


 イーサンが計算して入った。アルバンが体を回す動きの逆側から来た。体重を全部乗せて腰に向かった。


 アルバンが受けた。止まった。動かなかった。


「なぜだ」イーサンは言った。


 関節を狙った。取れた、と思った瞬間にアルバンが体を半回転させた。腕ごと回された。


 一本背負いだった。


 背中から落ちた。


 アルノが側面からWalther PPKを撃った。今度は引き金を引いた。


 アルバンが前に踏み込んだ。弾が後ろを抜けた。


 懐に入ってきた。


 アルノの顔の横に右手を振った。


 掌底だった。


 眼鏡が飛んだ。アルノが横に吹っ飛んだ。


「……っ、」


 飛ばされたまま、動けない。


 ヴィクトルが来た。Beretta 92FSを構えたまま来た。


 撃った。アルバンが右に出た。弾が左を抜けた。


 懐に入ってきた。


「待——っ」


 腰を落とされた。肩に乗せられた。


「待て待て——っ」


 投げられた。


 肩から砂利に落ちた。


「……っ、痛、」


 その時。


 アルバンがカイの頭部に向かって足を踏み込んだ。


「待って」


 リヴァの声だった。


 アルバンが止まった。


 足が砂利の上で止まった。カイの頭から10センチのところで止まった。


 静かだった。


 アルバンがリヴァを見た。


「……殺さない方が嬉しいのか」彼は言った。


「嬉しい」


 少し間があった。


「そうか」


 足を引いた。


 カイから離れた。


 レッドから離れた。


 全員から離れた。


 誰も立っていなかった。


 その真ん中に、アルバンが立っていた。


 息が乱れていなかった。汗もなかった。


 リヴァを見た。


 歩いた。


 リヴァの前に来た。


 止まった。


 片膝をついた。


 全員が地面から見ていた。


 カイが砂利に片膝をついたまま、こちらを見ていた。立てなかった。


 レッドが肩を押さえながら、空を向いていた。


「……おいおい」彼は言った。天を見たまま言った。「本当にマジか、これ」


 イーサンが両手を砂利についていた。


 立ち上がろうとしていた。できなかった。咳が出る。


「なぜ通らない」彼は言った。自分に向かって言っていた。


 アルノはまだ動けなかった。頭が揺れていた。


 視線だけで眼鏡を探していた。砂利の上にあった。レンズに砂埃がついていた。


 ヴィクトルが肘をついていた。上半身を起こそうとしていた。できなかった。


「……また全員やられてる」彼は言った。


 誰も立っていなかった。


 アルバンだけが立っていた。


「行こう」彼は言った。


 低く、静かだった。


 命令ではなかった。脅しでもなかった。


 ただ、言った。


 リヴァは動かなかった。


 アルバンの灰色の目が、見上げていた。何も読めない目だった。ただ、リヴァだけを見ていた。


 さっき、足が止まった。


 カイを殺せた。殺さない方が嬉しいか、と聞いた。嬉しい、と言ったら、引いた。


 アルバンが手を伸ばした。


 リヴァの腕を取った。力が入っていなかった。ただ、取られた。


 引いた。


 もう片方の腕がリヴァの膝の裏に入った。


 持ち上げられた。


 抱えられた。


 砂利から足が離れた。


 カイが来た。


「放せ」


 アルバンがカイを見た。何も言わなかった。


 アルバンが下がった。リヴァを抱えたまま下がった。


 車があった。


 黒いBMW 7シリーズだった。いつの間にかいた。


 アルバンがドアを開けた。


 リヴァを乗せた。


 頭が当たらないように手を当てた。妙に丁寧で、おかしかった。


 乗り込んだ。


 エンジンがかかった。





 車が走り出した。


 リヴァは窓の外を見た。


 テキサスの道が流れていった。砂利道から舗装路になった。


 アルバンは何も言わなかった。


 リヴァも何も言わなかった。


 しばらくして、リヴァが口を開いた。


「……どこに行くの」


「俺が使っている場所だ」


「テキサスに拠点があるの」


「ある」


「何のために」


「仕事だ」


 リヴァはアルバンを見た。


 横顔だった。サングラスをかけたまま運転していた。無表情だった。


 この人間の目的が読めなかった。


 迎えに来た。辛そうだったから。本当のことは、それしかなかった。


 あとは全部わからなかった。



"Land of All" / Woodkid

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ