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生還した夜


 ログハウスに戻ったのは、深夜の一時を過ぎた頃だった。


 砂埃が体についたままだった。赤土の匂いがした。硝煙が髪に残っていた。


 ドアを開けた瞬間、ヴィクトルが立っていた。


 ソファから立ち上がっていた。Sobranieを指に挟んでいた。火はついていなかった。


 全員を見た。


 頭から足まで、一人ずつ確認した。


 怪我の場所を見ていた。


 レッドの右腕を見た。リヴァの顔色を見た。


「よし、全員いるな」と彼は言った。


 誰にでもなく言った。


 それだけだった。


 でも、肩から何かが落ちた気配があった。




 テーブルに全員が集まった。


 アルノが端末を置いた。


「回収物の確認を後でお願いします」とヴィクトルに言った。


「わかった」ヴィクトルは端末を引き寄せた。「今夜中にやる」


「助かります」


 イーサンがレッドの隣に来た。


 無言だった。


 レッドの右腕を取った。袖をまくった。傷を確認した。


「動くか」


「動く」


 イーサンは何も言わなかった。


 救急キットを引き寄せた。消毒液を取った。ガーゼを当てた。


「痛むか」


「かすり傷だ」


 テープで固定した。それだけだった。


「ありがとよ」とレッドが言った。


 イーサンは答えなかった。


 キットを閉じた。




 イーサンが椅子を引いた。


 座った。


 手帳を出した。


 テーブルの上に置いた。


 開かなかった。


 リヴァを見た。


「今夜の数字を言う」


「うん」


「外部目標、12。お前が7を取った」


 テーブルが少し静かになった。


「能力を使っていない状態で、だ」とイーサンは続けた。「外した数は4。修正して全部当てた。距離は最長で890」


 手帳を開いた。数字が並んでいた。


「カイのスポッターが機能した」とイーサンは続けた。「二人の連携が、今夜初めて実戦で成立した」


 カイは何も言わなかった。


 テーブルの端でコーヒーを持ったまま、前を向いていた。


「以上だ」とイーサンは言った。


 手帳を閉じた。


 それだけだった。


 でも、それだけで充分だった。





 レッドが横から言った。


「俺もいいか」


「どうぞ」


「今夜、お前が外周を封じてくれたから俺たちが動けた」レッドは包帯を巻いた右腕を見ながら言った。「マジで助かった。本当に」


 誰も何も言わなかった。


「お前が外れるかもしれないって思った瞬間、俺もわかった」レッドはLucky Strikeを取り出した。


「それでも撃った。カイが支えて、撃った。よかったよ、本当に」


 リヴァが止まった。


 椅子を引いた。


「ちょっと」とだけ言った。


 トイレに向かった。速かった。


 カイが立った。


 テーブルが少し静かになった。





 しばらくして、リヴァが戻ってきた。


 顔色が悪かった。


 カイがドアの手前に立っていた。


「大丈夫か」


「うん」


「本当に」


「うん」


 カイがリヴァの顔を見た。一秒見た。


 信じていなかった。


 それでも何も言わなかった。


 リヴァを先に歩かせた。自分がすぐ後ろについた。


 テーブルに戻った。


 イーサンが立ち上がった。キッチンに向かった。


 戻ってきた時、冷蔵庫からスポーツドリンクを持っていた。


 リヴァの前に置いた。


「飲め」


「ありがとう」


「アドレナリンが切れた」イーサンが言った。淡々としていた。「初陣に多い。おかしくない」


「初陣じゃないのに」


「能力を使わなかった。初陣だ」


 イーサンがスポーツドリンクを置いた。


「飲めそうか」


「……少しなら」


「少しでいい」


 リヴァが一口飲んだ。


 グラスをテーブルに置こうとした。


 体が傾いた。


 イーサンが動いた。


 グラスを取った。テーブルに置いた。


 リヴァを見た。一秒見た。


「横になった方がいい」


「大丈夫」


「大丈夫じゃない」イーサンが言った。感情がなかった。事実として言った。


 リヴァが何か言おうとした。


 イーサンが屈んだ。


 背中と膝の裏に腕が入った。


 持ち上げた。


 音がしなかった。


 リヴァが止まった。


「……イーサン」


「ソファまでだ」


「自分で歩ける」


「歩かなくていい」


 テーブルの全員が止まった。


 レッドが煙草を持ったまま固まった。


 ヴィクトルが端末から顔を上げた。


 アルノがメガネを押し上げるのを忘れた。


 カイが立ち上がった。


「俺が」


「お前は座れ」イーサンが言った。振り返らなかった。


 カイが止まった。


「お前も呼吸が戻っていない」


 イーサンがソファまで歩いた。


 下ろした。丁寧に下ろした。


 リヴァの頭の位置を確認した。クッションを引いた。


 呼吸が、まだ狙撃の呼吸だった。


 吸って、半分吐いて、少し止まる。吸って、半分吐いて、止まる。


 止めるたびに、引き金を探していた。


 ないとわかっていた。


 それでも体が繰り返した。


 意識して、普通に吸った。


 また戻った。


「気持ち悪さは」


「少し、まし」


「そうか」


 イーサンが立ち上がった。


 カイを見た。


「お前も飲め、顔色が悪い」


 カイが無視してソファの前に来た。


 床に座った。


 リヴァの顔が見える位置に。


 イーサンがそれを見た。


 何も言わなかった。


 水をカイの横に置いた。


 キッチンの方でレッドが動いた。


 引き出しが開いた。


 カイの体が、一瞬だけ固まった。


 音を聞いていた。


 脅威か、判断していた。


 レッドだとわかった。


 腕から力を抜いた。


 水を飲んだ。


 また音が来た。


 また体が反応した。


 カイが息を吐いた。


 レッドが低く笑った。


「お前、案外やるな」レッドがイーサンに言った。


「何がだ」


「なんでもない」


 イーサンが前を向いた。


 ヴィクトルが口の端を上げた。


 アルノがメガネを直した。


 テーブルが、少し緩んだ。


 リヴァがソファから言った。


「イーサン」


「ああ」


「ありがとう」


 イーサンが少し間を置いた。


「……呼吸をとめるな」


 カイがリヴァを見た。一度深呼吸していた。


 リヴァがカイを見た。


「カイも、ありがとう」


「俺は何もしていない」


「してたよ」


 カイが前を向いた。


 水を飲んだ。


 テキサスの夜が、ログハウスの中で静かに続いていた。




 イーサンが空を見ていた。


「いい夜だ」イーサンが言った。「透明度が高い」


 カイがリヴァを見た。


「目を閉じて休め」


「まだアルノの話が」


「後でいい」とカイは言った。アルノを見た。


 アルノが眼鏡を押し上げた。


「……後でいいです」


「ありがと」とリヴァは言った。


「礼はいいです」とアルノは言った。「今夜はよくやりました」


 声が、いつもより少しだけ低かった。


 感情を押し込めた、ではなかった。


 押し込めきれなかった、という低さだった。




 ヴィクトルが端末を引き寄せた。書類の確認を始めた。


 イーサンが手帳を開いた。今度は書き始めた。鉛筆の音がした。


 レッドがLucky Strikeに火をつけた。


「日本支部ズのおまえらがテキサスに来てよかった」と彼は言った。


「なんですかそれは」とアルノが言った。


「日本拠点のやつらはなーんか暗いし、堅苦しい奴らって聞くし最初は不安だった」


「確かに。おしゃべりはバーテンだけだな」ヴィクトルが笑いながらアルノを見た。


「バーテンじゃなくハッカーです」


 硝煙の匂いがまだ鼻に残っていた。


 赤土の熱が、まだ足の裏の記憶にあった。


 テキサスの夜が、ログハウスの中で静かに続いていた。



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