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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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チリミートとトルティーヤ





 朝、七時前だった。


 ログハウスのキッチンに誰もいなかった。


 コーヒーメーカーの電源を入れた。豆を挽く音が静かな朝に響いた。カップを一つ出した。


 窓の外がまだ薄かった。テキサスの朝は光が早い。地平線の端が白くなっていた。


 端末を手に持ったまま、少しの間、画面を見ていた。


 東京は夜の九時だった。


 発信した。


 二回目のコールで繋がった。早かった。


「……よ」


 いつもの声だった。


「起きてた?」


「ちょうど作業終わったとこ」キーボードの音がした。それから、少し止まった。「アメリカ、どう」


「がんばってる」


 少しの間があった。


 キーボードの音が、止まっていた。


「……そっか」ユキナガは言った。短かった。「飯は?食べれてる?」


「うん。ちょっと日本食は恋しいけど」


「煮浸しとか、帰ったら作ってやるよ」


「え。最高!」


 少しの間があった。


「コーヒーだけで済ませちゃだめだよ」


「……今飲んでる」


「飯食え」


「…わかったよ」


 少しの間があった。


「……昨日、カズマから電話きた」リヴァが言った。


「そうなんだ」白々しかった。


「あんまりいじめちゃダメだよ」


「あいつなんか言ってた?」


「スマホ使えないって愚痴ってた」


「……まあそうだろうね」ため息が来た。「あんまりあいつの雰囲気に飲まれないように。何かあったら連絡して。時差気にしなくていいから」


「わかった」


 少しの間があった。


「ユキナガ」


「何」


「……やっぱりなんでもない」


「……」


 ユキナガは、すぐに返さなかった。


 何か言いかけて、やめた。


「……まあ、無理すんなとは言わないけどさ」ユキナガは言った。「待ってるから。こっちで」


 リヴァは何も言わなかった。


 間があった。


「あ、そうだ」ユキナガが声のトーンを変えた。意図的に変えた。「オラヴルがめちゃくちゃ心配してた。電話してやって」


「えー」


「えーって」


「確認細かいんだもん」リヴァは言った。「水いつ飲んだとか、睡眠何時間とか、全部聞いてくる。カメラつけろとか。めんどくさい」


 ユキナガが少し笑った。


「でもあの人、自分からは電話しないからさ」


「…気が向いたら」


「気が向かなくてもしてあげてよ」


「善処する」


 ユキナガが笑った。


「ユキナガの声が聞けたから、平気」リヴァは言った。


 キーボードの音が、また止まった。


「嬉しいな。攫いに行きたくなる」


「……」


 指が、カップの取っ手から離れた。


 リヴァは言葉が詰まった。


 呼吸が一度浅くなった。


 すぐにユキナガが言葉を続けた。


「冗談」ユキナガは言った。「帰ってきたら作るね。約束のやつ」


「うん」


 通話が切れた。


 コーヒーを一口飲んだ。温かかった。





 リヴァはログハウスのテーブルでチリミートのトルティーヤを食べていた。


 ヴィクトルお手製の昼食だった。


 無言で作って、無言でテーブルに置いていた。


 全員が、それとなくリヴァを見ていた。


 リヴァが一口食べるたびに、空気が少しずつ緩んだ。


「おいし」リヴァは言った。


 ヴィクトルが窓を向いた。


「言っただろ。俺がやる側だって」


 声がいつもより低かった。


 カイがリヴァの隣に座っていた。座ったまま、リヴァの皿を一度見た。


 それから、自分の水をリヴァの前に置いた。


「飲め」


「まだあるよ」


「冷たいうちに飲め」


 リヴァはカイを見た。カイは前を向いていた。それ以上は言わなかった。


 ヴィクトルがそれを横目で見た。


 一度だけ、リヴァの顔を確認した。


 それから自分の皿に視線を落とした。



「いいから食え。リヴァ」レッドが一つとって、食べた。


 リヴァはトルティーヤをもう一口食べた。


 カイがヴィクトルを見た。ヴィクトルはリヴァを見ていた。カイは視線を戻して、リヴァの皿にチリミートを少し足した。


「食え」


「カイ、多い」


「残せばいい」


「残す前提で盛らないでよ」


 窓の外で、テキサスの昼の光が白く落ちていた。

"Warm on a Cold Night" / Honne

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