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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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傷の手当て

 



 砂利の上に、五人が転がっていた。


 誰も、すぐには立ち上がらなかった。


 最初に立ったのはレッドだった。右肩を押さえながら、ゆっくり起き上がった。膝をついて、もう一度立とうとして、立てた。


「……生きてる」


 レッドは言った。誰にでもなく言った。


「……運がいい」


 言いながら、カイに左手を伸ばして立ち上がらせた。


 カイの髪と首筋に砂埃が貼りついていた。汗で固まっていた。


 ヴィクトルが上半身を起こした。イーサンが両手を砂利についたまま、少しずつ体を起こしていた。


 アルノが起き上がれずにいた。


 砂利の上に眼鏡が落ちていた。手を伸ばした。指先が届かなかった。


 カイがアルノに気づき、駆け寄った。アルノの目の前で指を一本振った。瞳の動きが遅れた。


「脳震盪」カイは言った。「アルノ、時間分かるか」


「…」


「中に入れろ」一瞬だけ周囲を見てから、イーサンが言った。


 レッドがアルノの眼鏡を拾った。


 カイがアルノの腕を肩に回した。担ぎ上げた。



 ログハウスのリビング。


 カイがアルノを横向きでソファに下ろした。


 イーサンが救急セットをテーブルに広げた。包帯を出して、レッドの方へ押しやった。


 レッドが右肩を左手で触った。顔が少し歪んだ。


「脱臼は」イーサンが言った。


「してない。痛え」


 イーサンが自分の首を左右に倒した。


 それから、テーブルに一枚地図を広げた。テキサスの道路図だった。


 アルバンが抜けていった方向に指を置いた。そこから車が出られる経路を、順に追っていた。


 ヴィクトルがソファに腰を下ろした。Sobranieに火をつけた。脇腹を押さえた。


「肋骨でも折れたか」イーサンが言った。


「折れてない」


 ヴィクトルは煙を吐いた。顔を顰めた。


「俺の事はいい」


 カイが窓の外を見ていた。


「連れ戻す」カイは言った。


「どこに」イーサンは地図から目を上げなかった。


「関係ない」


「行き先がない。ナンバーもまだだ」イーサンは言った。「座れ」


 カイは動かなかった。


 十秒あった。


「命令だ」


 カイがゆっくり椅子に戻った。


 腕を組んだ。窓を見ていた。



「予備動作がなかった」イーサンは続けた。


「俺は見られてすらいなかったぞ」レッドが言った。


「…どう見る」カイが誰にともなく言った。


「化け物だろ」レッドが言った。


「違う」イーサンが言った。


「訓練された人間だ」ヴィクトルが煙草を灰皿に置いた。「だから指揮官(アルノ)の思考を奪った」


 誰も何も言わなかった。


 カイが窓の外を見たまま口を開いた。


「東京でも同じだった」カイは言った。「触れられた時には、もう両足が浮いてた。受け身も取れない」


 少し間があった。


 ヴィクトルがアルノの端末を出した。慣れた手つきでユキナガに繋いだ。


 数コール鳴った。日本は早朝のはずだった。


『……どしたの、アルノ』


 声が眠そうだった。


「バーテン」ヴィクトルは言った。


『え?ヴィクトル?』


 アルノがソファから手を伸ばした。ヴィクトルが端末を渡した。


 アルノが口を開いた。


「……Moment. Das Kennzeichen, ich……」


 部屋の空気が止まった。


『…ええと』ユキナガが狼狽えた。


「Nein——Ich kann nicht. Scheiße.」


 ドイツ語だった。


『なに、今の』


 ヴィクトルが端末を取り返した。ハンズフリーにしてテーブルに置いた。


「悪い。アルノは今殴られてドイツ語しか出てこない」


『は?』


「ちなみに今のは『くそ、言葉が出ない』だ。半分は罵りだから訳さない」


『いや待って。状況。なにがあった』


 ユキナガの声が少し起きてきた。


「アルバンが来た」カイが言った。


 間があった。


『……アルバン』


「リヴァを連れて行った。全員やられた。誰も止められなかった」


『は——』ユキナガの声が変わった。『誘拐された、リヴァが?』


「そうだ」


『そっちのゴリラ三匹がかりで、ヴィクトルもアルノもいて、女一人守れないわけ』


 ユキナガは言った。


 端末の向こうで、カプセルを潰す音がした。


『……アルノは脳震盪、リヴァは連れてかれた。最悪じゃん』


「ああ」ヴィクトルが言った。


『オラヴル呼ぶ。電話切るな、つないだまま。さっきナンバーの画像きてた。解析回す。あと、端末のカメラつけといて』


「わかった」


 マグカップに端末を立てかけて、ビデオ通話にした。


 端末の向こうで音がした。ユキナガが誰かを呼んでいた。


『オラヴル。ちょっと来て』


 遠くで返事があった。気の進まない声だった。


『……なに』


『電話。リヴァ誘拐された。アルノが脳震盪。あと全員怪我してる』


 足音がした。


『……何が起きてる』


 低い声だった。


「おはよう、オリ」


『ヴィクトルか』


「アルバンに全員転がされた」


『リヴァはどこに』


「わからん。リヴァに対してだけは敵意がなかった」


 オラヴルは固まっていた。


 アルノがソファでまた何か言った。Verdammte Scheiße、と声が出た。頭に手を当てていた。


 端末の向こうが静かになった。


 オラヴルは息を吸って、吐いた。


『アルノ、こちらを見て』オラヴルが言った。


 返事がなかった。


『アルノ』


 ゆっくり視線だけが動いた。


『いい。そのまま横向きに寝かせておきなさい。喋るなら誰か口塞いでおいて』オラヴルは言った。『吐くか、瞳孔に左右差が出たら、すぐ連絡』


 ヴィクトルは頷いた。


『レッドの肩は、冷やして吊りなさい』オラヴルが言った。『イーサンは』


「問題ない」イーサンが答えた。


 オラヴルが頷いた。


『ヴィクトル』


「ん?」


『立って』


 ヴィクトルが立ち上がった。


 三秒みて、オラヴルが言った。


『座っていい』


 ヴィクトルが座った。


「終わりか?」


『終わり』


 一拍あった。


『あとはカイ、痛むところは?』


「無い」


 レッドが端末を持って、カイを画面に入れた。


『イーサン、カイに違和感が出てたら教えてくれるかい』


「了解」イーサンが答えた。


 ヴィクトルは笑った。


「相変わらず働くな」


『……あのさ、カイ』ユキナガの声が戻ってきた。『前来た時、リヴァが帰れって言ったら、アルバン、帰っただろ』


 カイが頷いた。


『あいつリヴァの言う事聞いた』


「ああ」カイが言った。


『だから戻ってくる』ユキナガは言った。『リヴァが戻るって決めれば戻る。こっちでもやれることやるから』


 カイが窓から視線を動かした。端末を見た。何も言わなかった。


 レッドがキッチンに立った。戻ってきた時、水のグラスを人数分持っていた。一つずつ置いた。


 リヴァの分も置いた。


 誰も指摘しなかった。


 カイは窓の外を見ていた。汗と砂埃が乾いて、肌に張りついていた。アルバンの消えていった方向を見ていた。


 テキサスの夕陽が砂利の上に赤く伸びていた。


 リヴァの分の水が、テーブルの上で光を反射していた。


 カイが一度だけ、そのグラスを見た。

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