表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/176

誰とご飯に行く?

閑話




 テキサスの夕暮れは溶けるように終わる。


 オレンジが赤褐色に変わる頃、ログハウスの外の段差にリヴァが座っていた。


 AXMCの分解清掃をしていた。バレルを外して、クリーニングロッドにパッチを巻いて、内側を通す。


 手が動いている間は、頭が静かになる。訓練の後は、その時間が必要だった。


 砂利を踏む音がした。


 ヴィクトルだった。マセラティから降りてきた。ダークボルドーのジャケット、白シャツ、タイなし。左顎の下に絆創膏が一枚貼ってあった。


「よお」彼はリヴァを見た。「終わったか」


「さっき」


「俺も終わった」ヴィクトルは顎の絆創膏に指先で軽く触れた。「大したことない」


 ヴィクトルはリヴァの隣の段差に腰を下ろした。


「お前こそ、顔色が悪い」


「訓練だった」


 ヴィクトルは段差に並んだAXMCのパーツを横目で見た。


 少し間があった。


「飯、行かないか」彼は言った。「今夜。二人で」


 リヴァはクリーニングロッドを止めた。


 ヴィクトルが続けた。


「悪いか」


「悪くないけど」


「じゃあ行こう」



 ログハウスのドアが開いた。


 カイだった。ヴィクトルとリヴァを見た。一秒、止まった。


「何してる」


「飯の話をしてた」ヴィクトルが言った。


 カイがリヴァを見た。リヴァがカイを見た。


「俺も行く」カイは言った。


「お前は、誘ってない」


「関係ない」


 レッドがログハウスから出てきた。Lucky Strikeを唇に挟んでいた。火はまだついていない。


「おう。いつ来た」


「今しがた」ヴィクトルは顎を示した。「顔出そうと思ってな」


「奇遇だな」レッドは煙草に火をつけた。「俺もちょうど、飯の話をしようとしてた」


 言いながら、レッドがリヴァの方を向く。カイがまた「俺も行く」と言おうとしていた。


「いや。俺が先だ」カイの声よりヴィクトルの方が早かった。


「こういうのは先着順じゃないだろ」レッドが言う。


 その時、イーサンが外に出てきた。American Spiritを手に持っていた。全員を見た。何も言わなかった。


「お前は何だ」ヴィクトルが言った。


「参加する」


「飯の話に?」


「ああ」


 ヴィクトルは全員を見回した。それからリヴァを見た。


「お前の周り、いつもこうなのか」


「だいたい」


「大変だな」


「慣れた」


「じゃあ決めるか」レッドが煙草を一口吸った。「テキサスらしく、拳で」



 ログハウスの窓が少し開いた。


 アルノだった。


「お前も参加するか?」ヴィクトルが言った。


「バカ言え」アルノが言った。「……五分で終わらせてください。夕食前に報告書があります」


 窓が閉まった。



 ヴィクトルがジャケットを脱いだ。「まあ、軽くやろう」


 最初に動いたのはヴィクトルだった。


 レッドに向かって入った。レッドが受けた。腕を取った。流した。


「意外と悪くないな」レッドが言った。


「意外は余計だ」


 その隙にイーサンがヴィクトルの背後に回った。腕を取った。


 そのまま関節を極めた。


 早すぎた。音もなかった。


「待て待て待て」ヴィクトルが言った。


 イーサンが止めた。


 ヴィクトルが解放された。


 息が乱れていた。


「ガチじゃないか」ヴィクトルは腕を戻しながら言った。「ありえねえ」


 息がなかなか戻らなかった。


「いきなり関節技は聞いてない。降参だ。俺は降りる」


「早いな」レッドが言った。


 イーサンが笑った。


「賢いと言ってくれ。まだ死ぬわけにはいかない」


 ヴィクトルは砂利に腰を下ろした。


「いいか」ヴィクトルはリヴァを指差して言った。「よく考えろ。すぐ関節決めてくる奴と飯に行く必要はない」


 残ったのはレッドとカイとイーサンだった。


 レッドがイーサンに向かった。正面から見せて、最後の一歩で右に切った。リヴァに教えたやり方と同じ構造だった。


 イーサンが読んでいた。重心の外に入った。レッドの腕を取った。


「読まれた」レッドは笑っていた。「お前、訓練見てたな?」


「見ていた。使える動きだ」


 カイが横から入った。レッドの背後を取ろうとした。


「おいおい、順番があるだろ」レッドが言った。


「ない」


 二人が分かれた。その隙にイーサンがレッドの腕を完全に取った。


 その時、カイがイーサンの側面に入った。体を沈めて支えを狙った。イーサンがレッドから離れてカイに向いた。カイの腕を取った。横に振った。


 カイが砂利に転がった。すぐに立ち上がった。


 レッドが背後から来た。


 イーサンの右肩を両手で取った。


 体重を全部乗せて、投げた。


 イーサンの背中が砂利に叩きつけられた。重い音がした。


 カイが即座に飛んだ。イーサンを押さえた。片膝をついた。


 数秒あった。


 イーサンが動きを止めた。天を向いたまま、長く息を吐いた。


「……ああ」


 降参ではなかった。認めた音だった。


 レッドとカイの荒い息が鳴っていた。


「一つ聞いていいか」


 イーサンが起き上がった。首を回した。それから、カイを見た。


「二〇一九年、沖縄沖の合同演習」


 イーサンは首の後ろを押さえながら言った。


「橋頭堡を制圧したSEALチームがいた」


 少し間があった。


「撤退ルートで支援艇を沈めた」


 カイが目を細めた。


「……お前か」


「そうだ」カイは言った。「あの時のグリーンベレーか」


 イーサンが立ち上がった。


「ああ」


「撤退ルートを押さえていた」


「二回、判定された」イーサンが言った。


「そうだったな」




 レッドが二人を見ていた。


「お前ら本物のエリートはこえぇな」彼は言った。「俺はただの歩兵だぞ」


 イーサンがレッドを見た。


「M2を一人で運ぶ歩兵はいない」


「車が壊れたんだよ」レッドが笑った。


「山を三往復したと聞いた」


「それは、まあ」レッドは右手首を回した。「暇だったんだ」




 ヴィクトルがリヴァの隣に来て、腰を下ろした。


「男くさくて敵わねえな」


 リヴァは少しだけ笑った。


「俺が関節かけられた時は心配したか」


「一瞬」


 ヴィクトルが静かに笑った。それから声を落とした。


「今日の訓練、きつかったか」


 リヴァはバレルを拭く手を止めた。


「なんで」


「目の下がくぼんでる」ヴィクトルは顎の絆創膏を触りながら言った。「眠れてないか、消耗してるかのどちらかだ」


「両方かも」


「そうか」ヴィクトルは前を向いた。それ以上聞かなかった。「飯はちゃんと食え。俺が最初に誘ったんだけどな」


 カイがリヴァの前に来た。


 後ろでレッドが、息も絶え絶えに四つん這いになっていた。


 どうやらカイが勝ったらしかった。


「攻撃当たらねえの。受け流しやがって」


「九歳差はでかい」イーサンが煙草を吸っていた。


「お前と組み合って体力もってかれただけだ」


 シャツに砂埃が混じっていた。足取りがいつもより重い。


 カイがリヴァの前で、左膝を地面についた。


「勝った」彼は言った。息が乱れないよう、呼吸を制御していた。


「うん」


「飯、行く。二人で」


 空気が変わった。


 レッドの手首を回す動作が止まった。イーサンが砂を払う手を止めた。ヴィクトルが目を細めた。


 全員がリヴァを見ていた。


 答えを待っていた。



「全員で行けばいいじゃん」リヴァは言った。


 間があった。


「テキサスに来て、ヴィクトル含めてまだみんなで食べてない」リヴァはバレルを最後に一度拭いて、パーツを並べた。「そうしよ」


 男たちが顔を見合わせた。


 張り合っていたのが、自分たちだけだったと気づいた顔だった。


 ヴィクトルは一人、口角を上げた。


「……わかった」カイが立ち上がった。


「俺が店を決めよう」ヴィクトルが言った。「降参した分の仕事はする」


「お前テキサスに住んでないだろ」レッドが言った。


「住んでなくても知ってる」


 言い合いが始まった。


 カイがリヴァの横に立った。小声で、まだ言っていた。


「次は二人で行く」


「いつも二人でご飯食べてるじゃん」


「そういうのじゃない」


 リヴァはAXMCのパーツを一つずつケースに戻し始めた。



 店はダウンタウンから少し外れた場所にあった。駐車場が砂利だった。看板が手書きだった。入口に布のカーテンがかかっていた。


「本当に店ですか」アルノが言った。


「店だ」レッドは言った。「信じろ」


 どうやら、レッドの圧にヴィクトルが負けたらしかった。


 中は狭かった。テーブルが六つ。天井に裸電球。壁のテレビにサッカーが映っていた。スペイン語の実況が流れていた。厨房から、玉ねぎとチリとライムの混ざった匂いがした。


「テーブルいっぱい頼むのがマナーだ」レッドが言った。


 七人でテーブルを二つくっつけた。


 店員が来た。年配の女性だった。スペイン語で注文を聞いた。


 アルノが答えた。スペイン語だった。


 女性の顔が変わった。警戒が消えた。アルノが続けた。テーブル全員分を注文した。


 途中で女性が何か言って、アルノが頷いて、また何か言うと、女性が笑った。


「何を話したの」リヴァが聞いた。


「今夜のおすすめを聞きました。カルネアサダが今夜仕込んだばかりだそうです」アルノは言った。


「アルノ、何カ国語喋れるんだ」レッドが言った。


「日常会話以上なら七つ。ロシア語は、話すのは怪しい」アルノは眼鏡を押し上げた。「このあたりの訛りは少し特殊です。メキシコ北部の流れが混じっている」



「Ты языковой маньяк(たまにいるんだよな、こういう奴)」ヴィクトルがロシア語で言った。


 アルノが少し間を置いてから返した。


「Нужный язык — выученный язык(必要だっただけです)」


「教科書みたいな文だな」ヴィクトルが眉を上げた。


「伝わっていれば十分です」


「教えてやろうか」


「結構です。今は中国語で手一杯なので」


「言語マニアめ」


اخرس(うるさい)


 テーブルが少し静かになった。リヴァがアルノを見た。


「なにそれ」


「アラビア語です」


「今度教えて」


「習得に二千時間かかりますよ」


「………」




 料理が来た。テーブルが埋まった。乗り切れないくらいあった。


「頼みすぎてる」リヴァは言った。


「レッドがテーブルいっぱい頼めと」


「俺のせいか」


「ええ、もちろん」


 コーンチップをグアカモレにつけて食べた。美味しかった。


「なにこれ」


「グアカモレだ」レッドが言った。「アボカドとライムとシラントロ」


「おいしい」


 カイがチキンファヒータを黙って食べていた。ペースが速かった。


「カイ、んまい?」


「うまい」


「カイが言うの珍しいね」


 カイは何も言わなかった。もう一口食べた。


 イーサンはカルネアサダを薄く切って、トルティーヤに乗せて食べていた。何も言わなかった。手を止めなかった。


 食べ終わる頃、テーブルがだいぶ空になっていた。


 外から夜風が入ってきた。砂埃の匂いがした。


 最初に来た日は、全部が遠かった。東京では見えない星が見える、とだけ思った。


 今は、テーブルが狭くて、皿が多すぎて、誰かがずっと言い合っていた。


 カイがリヴァを見た。何も言わなかった。


 レッドがハイネケンの瓶を上げた。


「テキサスに乾杯」レッドが言った。


 誰も乗らなかった。


「乗れよ」


 しぶしぶ、全員がグラスやカップを持ち上げた。


 裸電球の下で、それが一度だけ合わさった。

”Tin Pan Alley” / Stevie Ray Vaughan

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ