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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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バーベキューハウス





 夕方になっても、空はまだ明るかった。


 テキサスの日暮れは遅い。午後7時を過ぎても地平線がオレンジで、影が長く伸びていた。


 レッドの車が街に入った。


 乗り込んだ瞬間から匂いがした。革と、煙草と、微かにガソリン。


 シートは使い込まれていて、助手席の背もたれに浅いへこみがある。後部座席の足元に、折りたたまれたロープが一本あった。


 助手席にリヴァ、後部座席にカイ。イーサンの車が後ろに並んだ。信号待ちだった。


 助手席にアルノがいた。


 アルノははじめレッドの車に乗りこもうとしたが、ログハウスを出た直後にイーサンが「お前はこっちに来い」と言った。アルノが少し止まってから乗り込んだ。


「なんでアルノを連れていったんだ?」レッドがイーサンに無線で言った。


『一番静かだから』イーサンは返した。


「俺がうるさいとでも言いたいのか」


『言いたい』


「ひどいな」


 無線が切れた。


 カイがバックミラーでイーサンの車を確認した。


 車内は外から見ても整然としていた。ダッシュボードに何も置いていない。アルノは乗り込んだ瞬間から端末を開いていた。イーサンは何も言わなかった。


「なんか、合ってるね」リヴァが言った。


「あの二人か」レッドはウィンカーを出した。「余分なことを言わないな」


「レッドは言う方?」


「俺は言う方だ」レッドは少し笑った。「だからイーサンとは長続きしてる。俺が全部しゃべって、あいつが全部聞いてる」


「それ、友達?」


「そうじゃなかったら何なんだ」


 リヴァは少しの間考えた。


「確かに」


 同じタイミングでウィンカーを出した。


「どこ行くか、二人で決めたの?」リヴァが言った。


「知らない」レッドは言った。「俺も決めてないから」


「なのについてきてる」


「ついてきてる」


 レッドはハンドルを片手で回した。


「お前らのとこのチーム、面白いよな」


「なんで」


「若い。みんな三十前後だろ。それで、あの腕だ」レッドは前を見たまま言った。「で、全員クールに澄ましてる。お前が一番話しやすいけど、それでも十分クールだ」


 リヴァは困ったように眉間にしわを寄せた。


「レッドは?」


「俺は汗もかくし、しゃべるし、泣く」レッドは言った。「だからお前らといると、自分が一人だけうるさい気がしてくる」


 リヴァが少し笑った。


 カイが窓の外を見た。何も言わなかった。


「どこで飯を食うんだ」カイが言った。


「今決める」レッドは言った。「リヴァ、何食いたい」


「ステーキ?」


「それはやめた。若者が食いまくったら俺が破産する。ほかのテキサスのもの食え」


「テキサスのものって?」


「肉だ」


「やっぱり肉…」


「肉しかない」


 無線が入った。イーサンだった。


『いい店がある』


「どこだ」レッドが言った。


『ダウンタウンの裏。煙が出てる店』


「あーあそこか」


『ああ』


 レッドが笑った。


 少し間があった。アルノの声が入った。


『……衛生的に大丈夫ですか』


『問題ない』イーサンが遮った。


『根拠は』


『何度も行って死んでいない』


 無線の向こうで、アルノが一拍置いた。


『……わかりました』


 レッドがまた笑った。今度は声が出た。


 ダウンタウンの裏通りに入った。


 レンガ造りの建物が続く通りで、看板に英語とスペイン語が混じっている。駐車場は砂利で、入口に大きな鉄のドアがある。


「ここだ」


 降りると、肉の焼ける匂いがした。木とヒッコリーが混ざった、重くて甘い煙の匂いが通りまで漏れていた。


 ドアを開けると、騒がしかった。天井が高い。むき出しの梁に照明が吊るしてある。


 テーブルは大きく、見知らぬ人間が相席で座っている。壁際のカウンターで肉を選んで、重さで値段が決まる仕組みらしかった。


「並んで、好きなだけ取る」レッドは言った。


 カウンターに大きなスモーカーから切り出された肉が並んでいた。ブリスケット、リブ、プルドポーク、ソーセージ。全部が茶色く、表面に黒いクラストがついている。スタッフが大きなナイフを持って待っていた。


「何にする」レッドがリヴァに聞いた。「ここではポンドだぞ」


「全部気になる」


「全部か」レッドがスタッフに顎で示した。「ブリスケットとリブを厚めに。ソーセージも二本。サイドは全部」


 スタッフが迷わず切り始めた。


 カイが隣に来た。


「ブリスケットをもっと」スタッフに言った。英語が短くて正確だった。「ワンポンド」


 アルノが後ろから来た。カウンターを見た。


「……これは全部豚と牛ですか」


「そうだ」レッドは言った。


「野菜は」


「サイドにコールスローとコーンブレッド」


 アルノは一拍置いた。


「……コールスローをください」スタッフに言った。


「それだけでいいのか」レッドが言った。


 イーサンが無言でカウンターに来た。ブリスケットを指さした。「厚め」それだけ言った。


 その横で、アルノが同じブリスケットを指さしていた。二人とも、相手を見ていなかった。


 テーブルに座った。


 大きなトレーに肉が山になっていた。クラフトペーパーが敷いてあって、ソースが小瓶で三種類来た。どれも薄い。トマトと酢に、クミンとチリの匂いがした。


 食べ始めて少しした頃、レッドが立ち上がった。


「ちょっと待ってろ」


 奥のカウンターに歩いていった。


 スタッフの笑い声が聞こえた。戻ってきた時、瓶ビールを五本持っていた。


「レッドが連れてきたなら特別に、だってさ」


「知り合いか」カイが言った。


「ここら辺の奴はだいたい知ってる」レッドは瓶を配った。「生まれてからずっとテキサスだ」


 配る手が一瞬止まった。


 窓際の、誰も座っていない席の方を見た。


「昔、あっちに座ってたやつがいてな」


 それだけ言って、瓶を置いた。


 リヴァはその席を見た。




 イーサンがビールを一口飲んだ。


 リヴァはブリスケットを一口食べた。


 止まった。


「……なにこれ」


「旨いだろ」レッドが言った。


「おいしい」リヴァはもう一口食べた。


「十二時間かけて燻す」レッドがリブを骨ごと持って食べ始めた。「テキサスのバーベキューは時間で作る。急がない」


 リヴァが小瓶に手を伸ばした。ブリスケットにソースをかけようとした。


「やめとけ」レッドが言った。


 リヴァが止まった。


「いいブリスケットにソースはいらない」レッドはリブを食べながら言った。「肉が主役だ。ソースは、自信のない店が誤魔化すのに使う」


「全部置いてあるのに」


「置いてあるだけだ。テキサスの奴は、まずつけない」


 リヴァは小瓶を見た。それから戻した。ソースなしでもう一口食べた。


 カイは最初からソースをつけていなかった。ブリスケットを切っていた。


 カイは一度、リヴァの皿を見た。


 アルノがコールスローを一口食べた。


 フォークを置いた。ブリスケットを見た。


「アルノ」


 リヴァが自分の皿から、かなりの量の肉をアルノの皿に乗せた。


「いえ、…」アルノが言い淀んだ。


 一拍あって、アルノが一口食べた。無表情だった。


 二口目を切った。フォークが、一瞬止まった。


 三口目を食べた。それからスタッフを呼んだ。


「ブリスケットを、もう少しいただけますか」


 レッドが声を出して笑った。


 アルノはブリスケットをもう一口食べた。


 イーサンが、同じタイミングでブリスケットを口に運んでいた。二人とも、相手を見ていなかった。


 ビールが半分になった頃、レッドがリヴァの方に体を傾けた。


「お前、いい食いっぷりだな。見てて気持ちがいい」


「そう?」


「東京じゃこんなに食わせてもらえてないんじゃないか」レッドはリヴァの皿に肉を足そうとした。「ほら、もっと——」


「レッド」


 カイだった。


「何だ」


「それくらいにしろ」


「してる」


「してない」


「カイ、お前も飲め。顔が怖い」


 カイは何も言わなかった。ビールを一口飲んだ。


 レッドは肩をすくめて、席に座りなおした。


 アルノが三切れ目のブリスケットを切りながら、眼鏡を押し上げた。


「……賑やかですね」


「テキサスはそういうとこだ」レッドは言った。


「東京も似たようなものです。このメンバーでいると」


「そうか」レッドが笑った。「じゃあ俺たちは合うかもしれない」


「どうでしょうか」


「悪くないだろ」


 アルノは答えなかった。ブリスケットを口に入れた。


 テキサスの夜は長かった。

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