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『リヴァ・アルカ ―世界を確定させるアンカーと最強たちの執着譚―』  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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13.「チリミートとトルティーヤ」

  朝、7時前だった。


 ログハウスのキッチンに誰もいなかった。


 コーヒーメーカーの電源を入れた。豆を挽く音が静かな朝に響いた。カップを一つ出した。


 窓の外がまだ薄かった。テキサスの朝は光が早い。地平線の端が白くなっていた。


 スマートフォンを手に持ったまま、少しの間、画面を見ていた。


 東京は夜の9時だった。


 ユキナガなら起きている。


 発信した。


 3回目のコールで繋がった。


「……よ」


 声が来た。いつもの声だった。軽い。眠そうではなかった。


「起きてた?」


「起きてた。ちょうど作業終わったとこ」キーボードの音がした。「テキサス、どう」


「がんばってる」


 リヴァの一言で、相当無理していると察するユキナガ。


 彼女から頑張る、とか聞いたことがなかった。


 言っているということは、相当きている。


 そんな時に自分に電話をかけてきたことが、純粋にうれしかった。


「そうか。飯は?味濃い?」


「そんなことないよ。ちょっと日本食は恋しいけど」


「それならいいけど」少しの間があった。


「……昨日、カズマから電話があったよ」


「そう。スマホとか3日止めてやった。温情で」


「あんまりいじめちゃダメだよ」


「あいつなんか言ってた?」


「スマホ使えないって愚痴ってた」


「……まあそうだろうな」ため息が来た。「あんまりあいつの雰囲気に飲まれないように」


「結構懲りてたから大丈夫だよ」


「だよな」ユキナガは少しだけ笑った気配がした。声には出なかった。「まあ、見てるから。こっちは」


「うん」


「何かあったら連絡して。時差気にしなくていいから」


「わかった」


少しの間があった。


「ユキナガ」


「何」


「…やっぱりなんでもない」


「……そうか」ユキナガは少しだけ間を置いた。「でも連絡してくるくらいには大丈夫か」


「声が聞けたから、平気」


静かになった。


キーボードが止まった。


「……そか」とユキナガは言った。短かった。


「ありがとう」


「お礼はいいよ」とユキナガは言った。「飯食えよ。コーヒーだけで訓練はダメ」


「わかった」


「帰ってきたら作るね。約束のやつ」


「うん」


通話が切れた。


コーヒーを一口飲んだ。


温かかった。


ユキナガの声が、まだ少し耳に残っていた。





 射撃場に全員が出た。


 空気が重かった。


 アルノが端末を開いた。閉じた。また開いた。


 イーサンが手帳を取り出した。持ったまま、動かなかった。


 ヴィクトルがSobranie Black Russianに火をつけた。一口吸った。煙を吐いた。カイの方を見なかった。


 カイがリヴァの右側に来た。いつもの立ち方だった。


「準備できたか」


「うん」


 カイがヴィクトルを見た。


「ヴィクトル、今日も見るか」


 ヴィクトルが少し止まった。


「……ああ」


 カイが前を向いた。アルノとイーサンには目もくれなかった。


 ヴィクトルが煙草を深く吸った。


 アルノが端末を閉じた。眼鏡を押し上げた。


 イーサンが手帳をポケットに戻した。


 レッドが全員を見回した。


「なんだよ。今日みんな静かじゃないか」


 誰も返さなかった。なんとか仲を取り持とうと考えたが、時間が解決することもあるだろう。きっと。たぶん。それがテキサス流だ。


「……まあいいか」


 レッドがLucky Strikeに火をつけた。


 リヴァは前を向いたまま、AXMCのバイポッドを固定した。


 全員が、それぞれの理由で前を向いていた。


 テキサスの朝の光が、射撃場に白く落ちていた。








 訓練が終わった。


 射撃場から引き上げる時、誰も何も言わなかった。


 砂利を踏む音だけが続いた。


 ログハウスに入った。


 カイがテーブルの端に立った。座らなかった。腕を組んだ。


 イーサンがテーブルの反対側の椅子を引いた。座った。手帳を開いた。


 その二人の間の空気が、砂利の上より重かった。


 アルノがカップを出してコーヒーメーカーに向かった。コーヒーを入れながら、背中でその空気を受けていた。


 ヴィクトルは窓際に立った。外を見た。Sobranie Black Russianに火をつけた。一口吸った。煙を吐いた。吐いた先の窓ガラスが少し曇った。


 レッドが椅子を引いた。座った。Lucky Strikeを取り出した。火をつけなかった。指でただ持った。


 リヴァはテーブルの中央に立った。


 全員を見た。


 カイとイーサン。


 アルノとヴィクトル。


 それぞれの間に、それぞれの重さがあった。





 ほんの一拍置いて、ヴィクトルが煙草を灰皿に押し付けた。


「昼飯の時間だ」


 間があった。


「俺が作ろう」


 レッドが小さく笑った。


「お前が?」


 リヴァも見た。するとヴィクトルはリヴァの方を向いた。


「俺がやる側だって言ったよな」


 短く言って、キッチンに入った。


 冷蔵庫を開けた。牛ひき肉、玉ねぎ、トマト缶。チリパウダー、クミン、にんにく。


 フライパンに油を引いた。にんにくを潰して入れる。弱火。香りが出た。


 ひき肉を落とした。広げる。触らない。焼き目をつける。


 ジュ、と音がした。


 木べらで崩した。塩を入れる。胡椒を振る。玉ねぎを入れる。透けるまで待つ。トマト缶を開けた。全部入れた。チリパウダーを一振り。クミンを少し。混ぜた。


 水分が飛ぶまでそのままにした。


 トルティーヤを温めた。直火で軽く炙る。端が少しだけ焦げた。


「食え」


 ヴィクトルが皿を並べた。チリミートとトルティーヤ。香りが先に来た。


 レッドが真っ先に取った。巻いて食べた。


「うまい。さすがだな」


「当然だ」


 リヴァが皿を取った。


 全員が少し動いた。カイが背筋を伸ばした。アルノが端末を置いた。イーサンが手帳を閉じた。


 リヴァがトルティーヤを巻いた。


 全員が見ていた。


 一口食べた。


「美味しい」


 カイの肩が少し下がった。アルノが眼鏡を押し上げた。イーサンが水を一口飲んだ。ヴィクトルが窓を向いた。


「ヴィクトル、スパイス何使った?」


 ヴィクトルが振り返った。


「チリとクミンだ」


「こういうの自分でも作れるかな」


「作れる。教えてやる」


 カイがヴィクトルを見た。ヴィクトルはリヴァを見ていた。カイは視線を戻した。


 リヴァがコーヒーに手を伸ばした。


 全員がまたリヴァを見た。


 コーヒーを一口飲んだ。


 全員が前を向いた。


「……なんか今日落ち着かないね」とリヴァは言った。


 沈黙があった。


「そうか?」とレッドが言った。明るかった。


「うん。みんなそわそわしてる」


「テキサスの気候のせいだ」


「関係ある?」


「ある。乾燥すると落ち着かなくなる」


「そういうもの?」


「そういうもんだ」


 リヴァは少しの間レッドを見た。


「……そっか」


 信じた。


 全員が微妙な顔でレッドを見た。


 レッドはLucky Strikeに火をつけた。煙を吐いた。窓の外を見た。


 完全に知らんぷりだった。

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