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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第一章「観測地点の虚― The Empty Origin」

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フレッシュハーブティー





 横浜拠点、共用スペース。



 アルノが端末に向かいながら言った。


「…任務結果は合格点です」


 眼鏡を押し上げた。


 また一拍置いて、少し低い声で言った。


「ただ、あなたの狙撃手としての適性については、もう少し詳しく把握する必要があります。報告書に書けない数値が、いくつかあります」


「なにそれ」


 彼女はシャワーから上がったばかりで、濡れた髪をタオルで拭いていた。


「追々」アルノは言った。


「今教えて」


「追々と言いました」


 彼女は少しの間、アルノを見た。


「……アルノって、頭いいの」


 アルノは手を止めた。


 静かに立ち上がる。視線の高さが変わった。


「その評価を受けられなければ、ここにはいません」


「ふぅん」


「……何ですか、その間は」


「別に」


 ユキナガがモニターの前で声を殺して笑っていた。


 黒に近い紺の髪は、サイドを短く、トップと前髪を長めに残していた。鋭い黒い目をした細身だった。


 彼女がユキナガを見た。


「いや、だってさ」肩が震えていた。「アルノ、前は国家相手に交渉してたんだぜ」


 アルノの視線が向く。


 ユキナガは一瞬だけ口を閉じたが、やめなかった。


「しかもドイツ外務省のキャリア組。ガチのエリート。大学もあれでしょ、えっと――」


「言わなくて結構です」


「ハイデルベルク」


 一拍あった。


「…知らない」


 ユキナガが吹き出した。


「ドンマイ、アルノ」


 アルノは何も言わなかった。眼鏡の位置をわずかに直した。


「おかえり」


 背後から声がした。


 彼女が振り返った。


 本牧で通信に入っていた医療担当だった。


 黒に近い焦茶の髪は首筋にかかっていて、緩く結んでいた。くすんだ青い目をしていた。縦に長い体だった。


 彼女はその長身を見上げた。


「オラヴル」アルノが言った。「まだ話は終わっていません」


「報告はあとでもできるだろう」


 オラヴルは彼女の右肩を見た。


「両腕で梯子を上ってたね」


「……」


「聞こえていたよ」


 彼女がユキナガを見た。


 ユキナガは両手を上げた。


「あー、俺じゃないからね。無線ずっと開いてたから」


 彼女は黙った。


「処置室に来なさい」


 オラヴルが言った。


「今?」


「今だよ」


 彼女はアルノを見た。


 アルノは端末へ視線を戻した。


「行ってください」


「はあい…」


 彼女がドアに向かおうとした時、小さな包みが飛んできた。


 咄嗟に受け止める。


 リンドールのミルクチョコレートだった。


 彼女がアルノを見る。


 アルノはもう端末を見ていた。


「……くれるの」


「糖分を取ってください」


「やった」


 彼女はオラヴルの後ろについていった。




 処置室で、オラヴルが右肩の包帯を交換した。


「はい、できた」


「……ありがと」


 オラヴルは使った器具を片づけた。


 ふと、手を止めた。


「…君は、この組織にいるのかい」


 急にトーンが変わったので、彼女はオラヴルの方を向いた。


「……わかんない」


 オラヴルは手元に視線を落とした。


 彼女は少し黙った。


「ここにいれば、自分が何者なのか、何をしていたのか、わかる気がしてる」


 オラヴルは動かなかった。


「……そうか」


 その返事は妙に遅かった。


「知らないままで済むなら、その方が幸せなこともある」


「なんで」


 オラヴルは少し黙った。


「そういうものだよ」


「……」


「大人になるとね」オラヴルは笑った。「諦めるのが上手くなる」


「でも」彼女は言った。


 オラヴルは何も言わなかった。


「私は、知らないまま生きる方が怖い」


 オラヴルは返事をしなかった。


 目を閉じた。


「……君はいつも無理をするから」


「十日前に来たばっかりなのに」


「それでもだよ」


「……カイもいつも過保護で、あれやるなこれやるなって」


「それは…かなり珍しい」


「そうなの」


「彼はあまり人に何か言わないから。だから、聞いておくといい」


 オラヴルは立ち上がって、シンクへ向かった。


 流しの脇に置かれていたハーブを洗い、ポットに入れた。カモミールと、少量のラベンダーだった。


 湯を注ぐ。


 香りがゆっくり広がった。


「はい」


 差し出されたカップを受け取り、彼女は一口だけ飲んだ。


「さっき摘んできた」


「オラヴルが育ててるの?」


「そう。ゆっくり飲んで」


 彼女はカップを両手で抱えた。


「オラヴル、ここなんか落ち着く」


 処置台から降りた。


 オラヴルは一拍止まった。


「それは……良かった」


 リヴァは笑った。


「おやすみ」


 ドアが閉まった。


「…おやすみ」


 オラヴルは小声で言った。


 閉じたドアをしばらく見ていた。



”LIMBO” / keshi

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