『impossible_trajectory.log』
カイが動いたのは、三発目の着弾の後だった。
倉庫A棟の東側から三人が走り出してきた。
一人が倒れた男の脇で足を止めた。何かを拾い上げ、そのまま三人で車へ乗り込んだ。
車が動いた。
倉庫群の外周道路を抜け、給水塔の方角へ向かってくる。
彼女の位置を特定しようとしている。
カイは給水塔の梯子を下りた。
黒のフーガは給水塔の手前で速度を落とした。
止まる。
三人が降りた。
距離が近い。
カイはHK416を上げなかった。
最初の一人の首元に右腕を回して、体重ごと倒した。地面に叩きつける瞬間、膝で脊椎の下部を押さえた。骨が鳴る。動かなくなった。
二人目が銃を向けた。
カイはその銃口の内側に入った。外側に回避するより速い。右手で銃ごと腕を掴んで、ねじった。骨が折れる前に手放した。コンバットナイフを抜いて、脇腹に入れた。
三人目が後退した。
カイはそれを追わなかった。
『残り一名、北西に逃走』ユキナガの声がイヤピースから来た。
「見えてる」
カイは走った。六秒で追いついた。
男は銃を抜けなかった。
カイは男の肘を左手で押さえて、逆方向に折った。乾いた音がした。
男が叫ぼうとした。
カイの左手が喉元に当たった。壁に押しつけた。鉄板が鳴った。
男の上着の内ポケットを、空いている右手で探った。
端末があった。先に彼女が打ち抜いた仲間から端末を回収していたようだった。
引き抜いた。
『取れた?』ユキナガからの無線。
「ああ」
それだけ言った。
男を壁から離した。崩れ落ちるのを確認してから、端末をジャケットに入れた。
振り返った。
給水塔の上に、スコープの光が見えた。
彼女がまだこちらを見ていた。
カイは何も言わなかった。
ただ、一度だけ顎を引いた。
踵を返した。
彼女はスコープから目を離した。
ボルトを引いた。最後の薬莢が金属音を立てて弾き出される。足元には、合わせて三つの金属殻が転がっていた。拾った。ポケットに入れた。
バイポッドを折った。ポジションの痕跡を足で均した。
AXMCをケースに収めて、背負った。右肩に重心がかかった。
「痛」
その瞬間、彼女の背筋が一瞬だけ不自然に強張った。
カイが給水塔の梯子に手をかけた時、上から彼女が降りてきていた。
カイは梯子を上がった。
途中で鉢合わせた。
「…なんで登ってきてるの」彼女が言った。
カイは彼女の横に並べる幅がない梯子の上で、片手を伸ばした。ケースの肩紐を掴んだ。
「引っ張んないで」
「渡せ」
「平気」
「さっき痛って言っただろ」
「……」
彼女は黙った。無線が入ったままだった。
肩紐を外して、カイに渡した。
カイはケースを左肩に担いだ。自分のHK416と合わせて、両肩に一丁ずつ。それでも梯子を降りる動作が変わらなかった。
カイが地面に着いた。
彼女の着地前に腰をささえて、彼女を降ろした。
しばらく歩いてから、小さい声で言った。
「……全弾命中だ」
「うん」彼女は言った。「当たるから、撃った」
カイは返事をしなかった。
その言葉だけが残っていた。
カイは正面を向いたまま、少しだけ歩調を緩めた。彼女が隣に並んだ。
ユキナガは、拠点のモニタールームで三つの画面を同時に見ていた。
左がドローンの映像。中央が対象エリアの衛星データ。右が自分で組んだ軌道解析のプログラム。狙撃の着弾確率をリアルタイムで予測する。
精度には自信があった。彼女の怪我の状態まで入力・反映済みだ。
だからこそ、今起きていることが理解できなかった。
発射の瞬間、確率分布が出る。風がある、距離がある、夜間の視界制限がある。分布は広め、命中確率は六十三パーセント。
弾が飛び始めた瞬間。
分布が一点になった。
確率が消えた。
結果だけが残った。
ユキナガは三回、目を瞬かせた。
キャリブレーションのエラーか、と思った。プログラムを確認した。エラーはない。
二発目、同じだった。
ユキナガは椅子の背に体を預けて、天井を見た。椅子を揺らした。
「……収束」小声で言った。「当たるって…決まってる…?」
鳥肌がたった。
笑おうとした。笑えなかった。
自分の組んだプログラムが、あの女の射撃に対して無力化されている。
ユキナガは端末を叩き続けながら、三発目の発射を待った。
また、消えた。
また、倒れた。
「……」
ユキナガは煙草を取り出して、火をつけた。メンソールのボールをつぶすのも忘れていた。
煙を吐きながら、画面を見た。
『impossible_trajectory.log』
そうファイル名を入力し、保存した。
ユキナガは椅子の背に身体を預けた。
「…ホラーかよ」
煙を吐いた。
"Cellophane" / FKA twigs




