横浜港、本牧
横浜港 本牧 午後七時五十七分。
十日後。
右耳に、医療担当からの通信が入った。
『痛みが出たら中止して』
「出ない」彼女は答えた。
『君に聞いてない。カイ』
「見ている」
『任せたよ』
通信が切れた。
横浜港の廃倉庫群は、水と錆と塩の匂いがした。
南南西。4メートルの風。
カイはそれを皮膚で感じながら、彼女の後ろについていた。
指定の狙撃ポイントは、倉庫群の端にある給水塔の上だった。梯子で上がって、平坦な屋上に出る。手すりはない。端まで行けば何もない。
彼女はAXMCをケースから出して、展開し始めた。
フォールディングストックを開く金属音。バイポッドを展開する乾いた音。
カイはその間、周囲を確認していた。有効射程内の遮蔽物、逃走経路。HK416のセーフティを落とした。
「できた」彼女が言った。
イヤピースからアルノの声が来た。
「確認します。対象の第一グループが倉庫A棟に入ります。三名。端末を持っている可能性が最も高い人物は中央です」
「見えてる」彼女が言った。
「距離は」
「419。いい感じ」
「風は」
「南南西。4。問題ない」
「……タイミングは任せます」
指が掛かった。
カイは彼女の横に立って、肉眼で対象を捉えていた。距離があって、暗くて、ほとんど見えない。
音が来る前に、対象が倒れた。
419。
夜。
風四。
肩に負傷。
ボルトが引かれる。薬莢が落ちる。
次の対象が走った。
彼女はスコープから目を離さなかった。
「次」
カイはその横顔を見た。
二発目が出た。
また、倒れた。
カイは呼吸を止めていた。
「……」
『カイ』
通信担当のユキナガだった。
『着弾確認、できてる?』
「……できてる」
『そっちから見てどう』
カイは答えるのに、一拍かかった。
「全部、当たってる」
『だよね』ユキナガは言った。声に微妙な緊張があった。『こっちからもドローンで確認してるけど、なんか変な感じがする』
「…」
『着弾の瞬間にさ、なんか……データがブレるんだよ。一瞬——』
三発目が出た。
ユキナガが言葉を切った。
また、倒れた。
彼女は引き金から指を離した。
「おわり」
一拍、無線が静かになった。
『……なぜ』
アルノが聞いた。
「端末持ってた」
『確認できません』
「お仕事おわり」
誰も続けなかった。




