表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第三章「境界圏 ― Threshold Zone」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/177

Valerian Resource Group



 東京拠点、共用スペース 午前八時二分


 リヴァが共用スペースに出てくると、全員が止まった。


 アルノが端末から目を上げた。オラヴルがキッチンで手を止めた。カイがカップから視線を外した。


 三人とも、リヴァを見た。


「……おはよう」リヴァは言った。


「おはようございます」アルノは言った。いつもより一拍早かった。


 通信室のドアが開いた。


 ユキナガが端末を二台抱えて出てきた。目の下に隈があった。Marlboroを口の端に咥えていた。


「お、生きてる」


「何その言い方」


 ユキナガは端末をテーブルに置いた。そのまま椅子に座った。


 リヴァが椅子に座ろうとすると、オラヴルがすでにハーブティーを持ってきていた。ミントとカモミール。湯気がまだ立っていた。


 いつの間にか近くにいたカイが椅子を引いた。


 オラヴルがマグカップをリヴァに渡した。


「飲んで」


「まだ起きたばっかりだよ」


 リヴァはカップに手をかけた。温かかった。


 カイがコーヒーをリヴァの前に置いた。ブラック。いつも通りの濃さ。


 アルノがリヴァの目の前にトーストを置いた。アプリコットのジャムが添えてあった。


 ユキナガが煙草の箱とライターをその横に置いた。


 同時に出されて、思わずリヴァは笑った。


 その声だけが、静かな空間に響いていた。


 オラヴルがリヴァの正面に来た。


 腰を落とした。座っているリヴァよりも、少しだけ低い位置で目線を合わせた。笑顔がなかった。


「リヴァ」


「うん」


「見なさい」


 リヴァはオラヴルの灰がかった青い目を見た。


 オラヴルが指を鳴らした。リヴァの右側で一度、左側で一度。視線の動きを見ていた。


 次に両手を出させた。手のひらを上に。


「指を広げて」


 リヴァは広げた。


 オラヴルは手の震えを見ていた。指先から肘までを。


 それから、手首を取った。脈を取った。


 動作が早かった。迷いがなかった。手の置き方も、力の入れ方も、決まっていた。


 リヴァは黙って手を預けていた。


 脈を測り終えると、オラヴルは立ち上がりかけて、止まった。


 戻った。


 屈んで、もう一度目を見た。


「……」


「何」


「もう一度」


 リヴァはオラヴルを見た。


 オラヴルが指を鳴らした。今度は両側で同時に。


 リヴァが驚いて首を後ろに引いた。


 手を戻す時に、オラヴルの右手が一瞬だけリヴァの頬に触れた。


 リヴァはその手を見た。


「問題ない」オラヴルは言った。「薬もほとんど抜けてるとみていい」


 立ち上がった。


 ユキナガが置いた煙草とライターを、ユキナガに持って行った。


「あとでにさせてね」


 オラヴルはカウンターに戻った。


 カイはその間、テーブルの端で自分のコーヒーを持ったまま立っていた。


 座らなかった。


「カイ」リヴァは言った。


「ああ」


「座れば」


「立ってる方がいい」


「なんで」


「見える」


 リヴァはトーストを手に取った。一口食べた。


「……昨夜」彼女は言った。「カイの上で寝ちゃった」


「覚えてたのか」


「半分だけ」リヴァは言った。「温かかった」


 部屋が静かになった。


 アルノが端末に視線を落とした。落とした先で、画面を見ていなかった。


 ユキナガがアルノを一度見た。


 何も言わなかった。


「ありがとう」


「気にするな。疲れてた」


 コーヒーを一口飲んだ。


 トーストを半分食べたところで、リヴァが言った。


「他に話がある顔してる、四人とも」


 アルノが少し止まった。


 オラヴルがカップを置いた。


 カイが窓の外を見た。


 ユキナガが端末の画面を開いた。


「落ち着いてからでも」アルノが言った。


「落ち着いてる」リヴァは言った。「知らないまま時間が過ぎる方が嫌」


 アルノはリヴァを見た。


「本当に、今話しますか」


「うん」


 アルノはオラヴルを見た。オラヴルは頷いた。


 アルノはもう一度リヴァを見た。


「……わかりました」


 アルノが端末を開いた。


「では、昨夜の件の続きから」


 ペンを取った。メモ用紙に書いた。リヴァの前に置いた。


 ”Isa”


「声に出さないでください」アルノは言った。「念のため」


 リヴァはその文字を見た。


「声に出したら」


「発動するか、不明です」


「……イサ?」


 彼女が口に出した。


 アルノが息を呑んだ。


 ユキナガの手が止まった。


 オラヴルは動かなかった。


 カイが駆け寄ってリヴァの瞳の中を覗き込んだ。


「……大丈夫みたい」リヴァは四人を見上げた。


 アルノが息を吐いた。


「いい加減にしてください。心臓に悪い」


「他人に言われるのと、自分で言うのが同じか確かめたかった」


「びびった…」ユキナガが言った。


 リヴァはメモ用紙を見た。


「この反応を」アルノは続けた。「制御できるようにしたい」


「制御できるの?」


「わかりません。発動しても、戻れるように。あるいは、発動しないように抵抗できるように」


「皆と特訓?」


「いえ。今回は」アルノが眼鏡を押し上げた。「訓練に向かいます」


 リヴァは首を傾げた。


「アルカのアメリカ支部に、教官の経験がある二人が所属しています」


「テキサスか」カイが言った。


 アルノが頷いた。


「勿論、あなたの体調や意思を考慮したうえでですが――」


「行く」


「ただし、僕が許可するまで動かないこと」オラヴルが言った。


「オラヴル」


「いいね」


 リヴァはオラヴルを見た。


「……わかった」


 アルノが端末の画面を切り替えた。


「それと、今回は訓練だけではありません」


 アルノが続けた。


「ちょうど現地で動かしている案件があります。あなたの訓練と、地理的にも、時期的にも重なります」


 画面に地図が出た。


 テキサス州、ダラス郊外。赤いピンが二箇所。


「武器密輸ルートの中継拠点の特定と、証拠の回収です」アルノは言った。「半年で三回、同じ経路の形跡がある。中東からメキシコ経由でテキサス入り。規模は大きくありません。ただ」


 一拍あった。


「三週間以内に、次の輸送の準備が始まる。逃したら証拠が消えます」


 ユキナガが端末を叩いた。地図に経路が赤く引かれた。


「中継拠点はここ。ダラスの北、倉庫地帯。証拠は輸送記録とサンプル」


「誰が行くの」リヴァが言った。


「リヴァとカイとアルノ。アメリカ支部の元軍人の二人」ユキナガは言った。「俺は日本に残る」


「どんな人?」


 アルノは眼鏡を上げた。


「まず、レッドは状況の読み方は正確です」


「うるさいくらい喋る」カイが付け足した。


「イーサンは元狙撃手です。あなたの射撃データを見て、会いたいと言っていました」


「そう」


 カイが腕を組んだ。


「リヴァしごかれるかも」ユキナガが笑った。


「移動について」アルノは言った。「商用便は避けます。ヴィクトルに連絡を取りました」


 リヴァはアルノを見た。


「チャーター機を出すと言っていました」アルノは言った。「快く、とは言いがたい言い方でしたが」


「どんな」


 アルノが一拍置いた。


「……可哀想だから出す、と」


 リヴァは少しの間、それを聞いていた。


「ヴィクトルらしい」


「同意します」


 ユキナガが鼻で笑った。


 カイは一歩も動かなかった。


「最後に」アルノは言った。


 端末の画面が、もう一度切り替わった。


 会社名が出た。


 ”Valerian Resource Group”


「この密輸ルートの資金源です」アルノは言った。「軍需と資源開発の複合企業。表向きはスイスに本社を置く合法的な会社。ただ、密輸との資金の繋がりが、複数の経路から出ている」


「スイス」


 リヴァはその単語を口の中で繰り返した。


 アルノがリヴァを見ていた。


「レオンハルト・ヴェルナー」アルノは言った。「今は、名前と会社の繋がりが出ているだけです。直接の証拠はありません」


 リヴァの指先が一瞬だけ止まった。


 リヴァはその名前を見た。


 知らない名前だった。聞いたこともない。読み方も、初めてだった。


「リヴァ」


 カイだった。


「……平気」リヴァは言った。


「詳細は追って共有します」アルノは言った。「今は、名前として覚えておいてください」


 窓の外で、朝の光が少しだけ強くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ