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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第三章「境界圏 ― Threshold Zone」

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Valerian Resource Group



 東京拠点、共用スペース 午前八時二分。


 リヴァが共用スペースに出ると、そこにいた全員の動きが止まった。


 アルノが端末から顔を上げ、キッチンにいたオラヴルも手を止めた。カップを持っていたカイまで視線を外し、三人揃ってリヴァを見ている。


「……おはよう」


「おはようございます」


 アルノの返事が、いつもより一拍早かった。


 通信室のドアが開き、端末を二台抱えたユキナガが出てきた。目の下には隈があり、Marlboroを口の端に咥えている。


「お、生きてる」


「何その言い方」


 ユキナガは端末をテーブルに置くと、そのまま椅子に座った。


 リヴァも椅子へ向かった。腰を下ろす頃には、オラヴルがハーブティーを運んできていた。ミントとカモミールの香りがして、まだ湯気が立っている。


 いつの間にかそばに来ていたカイが椅子を引き、オラヴルがマグカップを差し出した。


「飲んで」


「まだ起きたばっかりだよ」


 リヴァはカップに手をかけた。掌に温かさが移った。


 続けて、カイがブラックコーヒーを前へ置いた。いつも通りの濃さだった。アルノからはアプリコットジャムを添えたトーストが出され、最後にユキナガが煙草の箱とライターをその横へ置く。


 ほとんど同時に四方から出され、リヴァは思わず笑った。


 静かだった共用スペースに笑い声が響いた。


 オラヴルが正面へ回った。腰を落とし、椅子に座るリヴァより低い位置まで目線を下げる。いつもの笑顔はなかった。


「リヴァ」


「うん」


「見なさい」


 リヴァが灰がかった青い目を見る。


 オラヴルは右側で一度、左側で一度、指を鳴らした。音を追う視線を確認すると、今度は両手を出させた。


「手のひらを上に。指を広げて」


 言われた通りにすると、オラヴルの目が指先から肘までを辿った。震えを確認してから手首を取り、そのまま脈を測る。


 動作は早く、迷いがなかった。手を置く場所も、指にかける力も決まっている。


 リヴァは黙って手を預けていた。


 脈を取り終えたオラヴルが立ち上がりかけた。


 そこで止まり、もう一度屈んだ。


「……」


「何」


「もう一度」


 リヴァが顔を向けると、オラヴルは今度は両側で同時に指を鳴らした。


 リヴァが驚いて首を引く。


 手を戻す時、オラヴルの右手が一瞬、頬に触れた。


 リヴァはその手を見た。


「問題ない。薬もほとんど抜けてるとみていい」


 オラヴルは立ち上がり、ユキナガが置いた煙草とライターをまとめて持つと、そのまま本人のところまで運んだ。


「あとでにさせてね」


 そう言ってカウンターへ戻る。


 その間も、カイはテーブルの端で自分のコーヒーを持ったまま立っていた。


「カイ」


「ああ」


「座れば」


「立ってる方がいい」


「なんで」


「見える」


 リヴァはトーストを手に取り、一口食べた。


「……昨夜、カイの上で寝ちゃった」


「覚えてたのか」


「…温かかった」


 アルノが端末へ視線を落とした。


 画面を見てはいなかった。


 ユキナガがそんなアルノを一度見たが、何も言わなかった。


「ありがとう」


「気にするな。疲れてた」


 リヴァはコーヒーを一口飲み、トーストを途中まで食べたところで四人を見た。


「他に話がある顔してる、四人とも」


 アルノの動きが止まった。


 オラヴルがカップを置き、カイは窓の外へ目を向ける。ユキナガは端末の画面を開いた。


「落ち着いてからでも」


「落ち着いてる。何も分からないまま時間が過ぎる方が嫌」


 アルノはリヴァを見た。


「本当に、今話しますか」


「うん」


 アルノがオラヴルへ目を向けると、オラヴルは頷いた。


「……わかりました」


 端末を開き直したアルノが、リヴァへ向き直る。


「では、昨夜の件の続きから」


 ペンを取り、メモ用紙に一語を書いた。


 ”Isa”


 その紙がリヴァの前へ置かれた。


「声に出さないでください。念のため」


 リヴァは文字を見た。


「声に出したら」


「発動するか、不明です」


「……イサ?」


 口に出した瞬間、アルノが息を呑んだ。


 ユキナガの手も止まった。オラヴルは動かない。カイがすぐに距離を詰め、リヴァの瞳を覗き込んだ。


「……大丈夫みたい」


 リヴァが四人を見上げる。


 アルノが息を吐いた。


「いい加減にしてください。心臓に悪い」


「他人に言われるのと、自分で言うのが同じか確かめたかった」


「びびった…」


 ユキナガが言った。


 リヴァはもう一度、メモ用紙に目を落とした。


「この反応を」アルノが続けた。「制御できるようにしたい」


「制御できるの?」


「わかりません。発動しても、戻れるように。あるいは、発動しないように抵抗できるように」


「皆と特訓?」


「いえ。今回は」


 アルノが眼鏡を押し上げた。


「訓練に向かいます」


 リヴァが首を傾げる。


「アルカのアメリカ支部に、教官の経験がある二人が所属しています」


「テキサスか」


 カイが言うと、アルノが頷いた。


「勿論、あなたの体調や意思を考慮したうえでですが――」


「行く」


「ただし、僕が許可するまで動かないこと」


 オラヴルが口を挟んだ。


「オラヴル」


「いいね」


 リヴァはオラヴルを見た。


「……わかった」


 アルノが端末の画面を切り替えた。


「それと、今回は訓練だけではありません」


 表示された資料を開きながら続ける。


「ちょうど現地で動かしている案件があります。あなたの訓練と、地理的にも、時期的にも重なります」


 画面に地図が出た。


 テキサス州、ダラス郊外。二箇所に赤いピンが立っている。


「武器密輸ルートの中継拠点の特定と、証拠の回収です。半年で三回、同じ経路の形跡がある。中東からメキシコ経由でテキサス入り。規模は大きくありません。ただ」


 アルノが一拍置いた。


「三週間以内に、次の輸送の準備が始まる。逃したら証拠が消えます」


 ユキナガが端末を操作すると、地図の上に赤い線が引かれた。


「中継拠点はここ。ダラスの北、倉庫地帯。証拠は輸送記録とサンプル」


「誰が行くの」


「リヴァとカイとアルノ。アメリカ支部の元軍人の二人」


 ユキナガは経路を表示したまま言った。


「俺は日本に残る」


「どんな人?」


 アルノが眼鏡を上げた。


「まず、レッドは状況の読み方は正確です」


「うるさいくらい喋る」


 カイが付け足した。


「イーサンは元狙撃手です。あなたの射撃データを見て、会いたいと言っていました」


「そう」


 カイが腕を組んだ。


「リヴァしごかれるかも」


 ユキナガが笑う。


「移動について」アルノが言った。「商用便は避けます。ヴィクトルに連絡を取りました」


 リヴァはアルノを見た。


「チャーター機を出すと言っていました。快く、とは言いがたい言い方でしたが」


「どんな」


 アルノが一拍置いた。


「……可哀想だから出す、と」


 リヴァはしばらく黙っていた。


「ヴィクトルらしい」


「同意します」


 ユキナガが鼻で笑った。


 カイはその場から動かなかった。


「最後に」


 アルノが端末の画面をもう一度切り替えた。


 会社名が表示された。


 ”Valerian Resource Group”


「この密輸ルートの資金源です。軍需と資源開発の複合企業。表向きはスイスに本社を置く合法的な会社です。ただ、密輸との資金の繋がりが、複数の経路から出ている」


「スイス」


 リヴァはその単語を口の中で繰り返した。


 アルノがこちらを見ていた。


「レオンハルト・ヴェルナー。今は、名前と会社の繋がりが出ているだけです。直接の証拠はありません」


 リヴァの指先が止まった。


 画面に出た名前を見る。


 覚えのない名前だった。耳にした記憶もなく、読み方も初めてだった。


「リヴァ」


 カイの声がした。


「……平気」


「詳細は追って共有します」アルノが言った。「今は、名前として覚えておいてください」


 窓から入る朝の光が、さっきより強くなっていた。

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