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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十五章「凍結回廊 ― Frozen Corridor」

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レオポルドフ

 ルクセンブルク拠点 共用スペース。


 テーブルの中央に、切り分けたバムクーヘンが並んでいた。アオイが菓子店の箱を畳んでいる横で、フィンがカップにミルクを入れ、その上から紅茶を注いでいた。


 リヴァは焼き色のついた端を食べ、隣のカイへ皿を寄せた。


「これ、んまいよ」


「うん」


 カイが小さな欠片を削り、口に入れた。皿をリヴァに戻した。


 向かいではカズマがフォークを使わずに食べ、アオイがその手元へ紙ナプキンを置いていた。


 アルノが二人分の照会結果を画面に出した。


「花村とエリアスですが、二人とも身元が確認できていません。わかっているところまで共有します」


「エリアスって人はどうしてあんな拘束されてた訳?」ユキナガが言った。


 ヴィクトルはコーヒーを置いた。


「あいつがいたレオポルドフ。元は要塞だ。スロバキアの最高警備区分の受刑者や、終身刑囚を収容してる。あいつはそこの担当で、護送もやってた」


 エリアスの職員証を画面に出し、椅子へ背を預けた。


「やばいとこ…?」リヴァが言った。


「ああ。看守が隙を見せるのを、何年でも待てる連中が収容されてる。そいつらを間近で拘束して、連れ歩いてきた男だ。肩を壊してるから安心、とはいかん」


 ヴィクトルは顔写真からユキナガへ目を戻した。


「すごい看守だからあんな重かったんだ」フィンが笑った。「筋肉詰まってる〜って感じ?」


「へー」リヴァが言った。「眼鏡で優しそうだったのに」


「二人の情報調べても出てこないから、人質にされて錯乱してるとか、最初はそう思ったんだけどさ」


 ユキナガは菓子の皿を端末から離した。


「学校も会社も存在するのに、本人がいた記録が出ない。検索するところを変えても同じ。声紋も指紋もヒットなし。二人とも」


「消されてるのか」カイが言った。


「それをやるなら、ずいぶん金が掛かってるな」


 ヴィクトルは椅子へ深く座り、コーヒーを手に取った。


「偽の身分を一つ作る方が楽だ。古い名前で探されても別人として暮らせればいい。生まれてからの記録を全部消すとなると、学校にも勤め先にも手を入れなきゃならん」


「しかも日本と……スロバキア。だいぶ勝手が違いそうだね」フィンが言った。


 奥の方で菓子を齧っていたカズマが座り直した。


「もう中入ってグレイ倒して、ドーンとやろうぜー。人質はお前らが回収すりゃいいじゃん」


 アルノがカズマを見た。


「まだ中にどれだけの人数がいるかもわかっていません。グレイがいるかも不明です」


「しかももし、花村レベルの一般人が中に大量にいるとなると、更に攻略難易度は上がるね」フィンが言った。「豪華客船の件を考えると、若い人が多そうではあるけど。あくまで仮説だ」


「でも二人逃げてきたことで施設放棄、とかされた方が面倒じゃね?」カズマが言った。


 ユキナガがカズマを見た。


「お前まともに考え言えんだな」


「は?やる?」カズマがナイフを出した。


「カズマ」カイが言って、ナイフを取っ手折りたたみ、ポケットに入れた。


「あ。おい」


 ユキナガが二つの画面を並べた。


「話し戻す。本人たちは昔の名前も職員番号も喋る。隠すように教えられてすらいない」


「何度聞いても職員番号も電話番号も住所も間違えません。経歴も、毎日の通勤手順も、聞き方を変えても一致します」


 ヴィクトルはエリアスの職員証を表示した。


「そのくせ、エリアスに関してはあそこでは写真入りの証明書を持たせてる。外での身元は確かめられないが、施設の中では誰か分かるようにしてある」


 フィンが紅茶を飲む手を止めた。


「管理する側には、都合がいいね」


「本人が何を言っても、外から迎えに来る奴に繋がらないからな」


 リヴァは小さく息を吐いた。


「ルカの視点だとどう見えるの?」リヴァが言った。


 ルカが顔を上げた。持っていたフォークを皿へ置き、椅子を兄の方へ寄せる。


「んー……俺は、二人の記憶が鮮明なのが気になる。家も仕事も覚えてるのに、施設へ来るまでが抜けてるんだよね」


 ルカが口元に人差し指を当てた。声がだんだん小さくなり、当たる指が早くなる。


「仕事の知識があることと、自分が働いていた記憶があることは別で。意味記憶とエピソード記憶っていうんだけど、さらに、思い出した内容をどこで得たか判断するソースモニタリングを――」


「ルカ。……ルカ。今の話を、この二人に当てはめてください」アルノが言った。


 ルカは開きかけていた別の資料を閉じた。


「……えっと、つまり教わった知識なのか、自分の経験として話しているのか、そこをハッキリさせたい」


「それなら聞き取りの記録を渡します。追加で聞くべきことをまとめてもらえますか」


「うん」


 ルカはすぐに端末を引き寄せた。ユキナガがファイルを送りながら、その皿を指した。


「これ食えよ、お前集中してなんも食ってない」


「うん。ユキ、音声もある?」


「ある。今送るから待てって。それ口入れろとりあえず。あと書類拾え」


 ルカは画面を見たまま菓子を口に入れた。その後、足元の書類を拾った。フィンが笑って、遠ざかっていた紅茶をその手元へ戻す。


「水分もとってね」


「エリアスの方は、痛みによって返答にばらつきがある。返事が遅かったところは、僕に確認して。言葉に迷ったのか、答える余裕がなかったのかは分けておこう」オラヴルが言った。


「分かった。診察では、どこまで話せた?」


「質問は理解していた。番号が使われていないと伝えたら、僕らが騙していると言い始めたね」


 オラヴルはカップを持ち上げた。


「本人が信じていることと、事実かどうかは、また別だけど」


「現在の容態は」


「かなり落ち着いてるよ。頭を打ったのも、もうおそらく心配はない」


 アオイが箱を片づけて席へ戻った。フィンが隣の椅子を引き、空いた場所へ施設の図面を出す。


「捕まってた人間に、他の人間の拘束をさせるのも変だよね。任せた相手に逃げられてるし」


「人手が足りないなら、使える人間を使ったんでしょう。ただ、職員証を持っていたから自由だったとは限りません」


 アオイは図面の廊下を指した。


「人を連れていく役と、扉を開ける役が別なら、動ける範囲は管理できます。本人も仕事のあとには戻されていたと言ってますし……」


「使える仕事を振って、また閉じ込める。売るまで置いてるにしては、手間を掛けてるね」


 フィンが図面へ書き込むと、カラムが観測画像をその横へ送った。


「……運転手も、この扉から入った」


 二人が逃げ出した裏口だった。カラムはマグカップを両手で持ち直し、鼻を一度啜った。


 アオイが日本から持ってきた箱ティッシュをカラムの前に滑らせた。


 カラムがティッシュを見た。


「人を乗せたところは、見てない。奥は死角」


「なら、そこから先を押さえるべきだ」カイが言った。「どこへ運ぶか分かれば追える」


 アルノが車両の一覧を開いた。ユキナガはその番号を自分の記録と照合し始めた。


「そもそも、順番が逆かもしれないよ」


 ルカの声に、フィンが顔を向けた。


「捕まえてから記録を消したんじゃなくて、記録のない人を集めてるのかもしれない」


 少し間があった。


「……それなら、他の収容者も調べたい」


 ヴィクトルはコーヒーを置いた。


「二人とも嘘をついてる、で済ませるには気味が悪い」


 リヴァはフォークを置いた。


「ほんとのこと言ってるなら、可哀想。帰るところ、覚えてるのに」


 画面には、花村が書いた住所が残っていた。


「記憶はあるのに、帰るところは、ない……」


 リヴァの指がカップの持ち手に触れたまま止まった。


 カイがリヴァの肩を後ろから一度触れて、離れた。


「記録が出ないことを理由に、嘘と決めるのはやめましょう」アルノは照会結果を閉じた。


 アルノが続けた。


「二人の身元は引き続き調べます。施設については、人の出入りと移送先を優先します」


「時間的なタイムリミットはある」カイが言った。「残ってる人間を動かすかもしれない」


「カメラは見ておく。動きが変わったらすぐ出す」


 ユキナガが映像を開くと、カラムが自分の観測記録を送った。


「……これ、交代の時刻」


「助かる。普段と違う動き、こっちで拾うわ」


 フィンはカラムの空いた皿へ菓子を載せ、アオイへ顔を向けた。


「車の準備、一緒にやろう。出ることになったら動けるように。リヴァはカイと装備確認しておいて。カラムはその生姜湯飲んでて」


 リヴァとカイが頷いた。


 カラムは両手に持ったマグカップから上がる湯気の匂いに顔を顰めながら、一口飲んだ。


 アルノは資料をまとめ、席を立った。


「惣一に報告してきます。各自、いつでも出られるようにしておいてください」


「了解」


 アルノがオラヴルを見た。


「あなたも出ます」


 オラヴルが丁度バームクーヘンを口に入れたところだった。


「……ん?」


 テーブルの上のバームクーヘンは半分になっていた。

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