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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十五章「凍結回廊 ― Frozen Corridor」

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カラムの観測



 ルクセンブルク南部 午後一時三十四分。


 カラムは敷地から離れた空き事務所に入っていた。窓辺に観測用のスポッティングスコープを据え、床に図面を広げている。端末には、車両の写真と出入りの時刻が並んでいた。


『カラム、置いてもらったカメラは良好。その位置はどう?全体見えてる?』ユキナガの声が入った。


「……だいたいは」


『だいたい?』フィンが言った。


「……図面にない出入口あるのと、奥の棟がここからは死角」


『画像も引き続きその調子で』


「…うん」


 拠点の共用スペースには、カラムを除く全員がいた。ユキナガはテーブルの食器を寄せ、届いた画像を開いた。


 アルノと惣一が画面を覗き、ソファにいたフィンもカップを持って近づいてきた。


 倉庫の裏手に鉄の扉があり、その前に階段がついていた。ユキナガが図面と並べると、そこは壁として記されていた。


「こっちはご飯食べるけど、カラム一回戻ってくる?」フィンが言った。


『交代した組の動き、もう少し見る』


「わかった」


「…もう十時間はやってるぞ、あいつ」ヴィクトルがコーヒーを飲みながら言った。


「見るって言ってるから、何かありそうなのかも」フィンが言った。


 フィンはカップを置き、椅子を引いた。アオイが運んできた皿を受け取ったところで、カラムの声が入った。


『裏口、一人。連れ戻されてる』


「なにそれ」


『……わからな……。人質とか、かも』


「ん、送って」


 階段の下で、男が足を踏ん張っていた。両腕を取った二人に身体を引かれていた。


 三人が扉の中へ消えると、カラムは時刻を記録して門へ視野を戻した。


『カラム、寒い?』リヴァが言った。


「寒くない」


『あっち今3度だぞ』ユキナガが言った。『天気も最悪』


 次のトラックは荷捌き場を抜け、奥の倉庫の前に停まった。裏口が車体に隠れると、カラムは三脚を持ち上げて廊下を挟んだ部屋へ移った。


「車体でLOS(視線)切れた。位置変える」


 運転手が裏口へ入っていった。扉が閉まりかけたところで、内側から腕が伸びた。男が隙間を抜け、その後ろからもう一人が出てきた。


「……再捕捉。同じ男。もう一人いる」


『また脱走してる人がいるの?』


「逃げてる。同じ…人」


 カラムは端末を床へ置き、二人を追ってスコープを動かした。先に出た男が階段の下で振り返り、もう一人へ肩を貸した。二人は車体の陰を抜け、門へ向かっていた。


「今度はもう一人増えた。半袖に半ズボン……二人とも裸足。一人、支えられてる。追手二人。武器視認なし」


 フィンが椅子から立った。アルノは食器の脇へ置いていた資料を閉じ、通信へ顔を向けた。


「季節にそぐわない格好ですね」


『二人とも敷地外出た。道路を横断する』


「例の人身売買でしょうか…」アオイが言った。


 ユキナガが開いた画像には、トラックの横を急ぐ二人が写っていた。後から出てきた男は右腕を身体の前に寄せ、左腕をもう一人の肩へ回していた。


『資材置き場へ入ってった。……追手は道路へ出てる。まだ見つけられてない』


「凍えちゃわない?このままだと」ルカが言った。


 惣一が立ち上がって、キッチンの方に歩いた。


「拾ってこい」惣一が言った。


 アルノはフィンとアオイへ顔を向けた。


 フィンが椅子の背からコートを取り、アオイも食器を置いて玄関へ向かった。


「俺も行くか」カイが言った。


「一旦様子見します。ここから二十分ほどなのでカイは待機」


「了解」


「施設には入らないでください。カラム、男たちと追手の位置を追ってください」


『わかった』


 ユキナガが二人の端末へ場所を送った。フィンはコートを着ながら画面を確かめ、テーブルにあった袋入りのパンをポケットへ入れた。


「オリ、二人とも怪我してるかもしれない。戻ったら診てあげて」


「受け入れ準備しておくよ。ルカ、そこのお湯沸かし直しておいてくれるかい」


「はーい」


 オラヴルは本を椅子に置いて立ち上がった。ちょうどキッチンの前に立っていたルカが返事した。




 資材置き場の鉄板の間から、男が顔を出して道路を確かめ、奥へ屈み込んだ。カラムは隙間から見える二人の位置を確かめ、図面に位置を記した。


「対象二人、資材置き場の奥。鉄板の裏。位置送る」


『受け取った』フィンが答えた。




 数十分後。


 道路では、追ってきた二人が離れて歩き、停まっている車や建物の脇を覗いていた。一人が苛立ちながら施設へ戻り、もう一人は門の外に立った。カラムは資材の陰と門を交互に確かめ、近づいてくる車へ視線を移した。


『到着。こっちから二人は見えない』


「門の外に一人、敵いる」


 助手席にいたフィンの手が、ドアの取っ手から離れた。アオイもエンジンをかけたまま、運転席に留まった。


 門の男が振り返り、内側にいる相手と話していた。道路を手で示したあと、敷地へ入った。カラムは門が閉まるまで見届け、奥の倉庫の裏口を確かめた。


「追手二人、敷地内。門、閉鎖」


『回収に入る。オーバーウォッチ、頼むよ』


「……うん」


 フィンが救急バッグを持って車を降り、アオイも毛布を抱えて続いた。二人の姿が鉄板に隠れると、カラムは施設側へスコープを戻した。


 鉄板を回り込むと、男が立ち上がってこちらを睨んだ。寒いのか足が震えている。見た目は30代。身長は低く、170センチないくらいの小柄で、アジア人だった。


「日本人ですか」アオイが言った。


 男は驚いた顔をしてしばらく固まってから、頷いた。


「警察です。…元。あなたを保護します」アオイが言った。


「……助かった…」


 膝と足の甲に擦り傷があり、裸足のままだった。その足元に、もう一人が倒れ込んでいた。


 そっちは大柄な男だった。くすんだ金茶の髪に血が固まり、眼鏡にも血がついていた。こちらも30代くらいに見えた。右肘で支えた身体は鉄板へ崩れかかっていた。口を開けて荒く息をしていて、胸元の布が細かく上下している。


「……怖かった…」日本人の男が言った。


「大丈夫。俺らのところへ連れていくよ」


 男はフィンの手元を見てから、後ろの男へ視線を落とした。フィンが救急バッグを地面に置くと、横へ退いた。


「俺は歩けるから。この人を……先に」


 フィンは眼鏡の男の前へ膝をついた。顎が胸元へ落ち、右肘を支える左手にも血がついていた。


「聞こえる?」


 眼鏡の男が顔を上げた。茶色の目がフィンへ向き、唇が動いた。


「Polícia?(警察…?)」かすかに声が出た。英語ではなかった。


「Kind of. (そんなところ)」意味を拾ったフィンが、英語で答えた。


「Right. (わかった)」男が英語で言い、目を閉じた。


 フィンは呼吸を見ながら、左手首に指を添えた。アオイが肩から毛布を掛けると、男は目を閉じ、苦しそうに息を吸った。


「車寄せます」


 アオイはもう一枚の毛布を立っている男へ渡し、車へ戻った。フィンは眼鏡の男の頭の傷を確かめ、そばに立つ男へ顔を向けた。


「頭を打ってる?」


「……この人、出口を塞いでた奴らとやり合って……腕を捻られて、壁に頭を打ってて……。それでもなんかすごく強くて、倒して出てきた」


 日本人の男は毛布を肩へ掛けた。指が震え、前を重ねるのに手間取っていた。


「最初も、この人がだしてくれた。中の奴を倒して、俺を先に行かせて……俺が捕まったから、もう一度……」


 眼鏡の男の身体が横へ傾いた。フィンが支えると、右腕を抱え直そうとして喉を詰まらせた。


「……腕、痛いのかもしれない。この人…」


「いいよ。腕、その位置で支えるから」


 フィンは肩の形を確かめ、右手首に触れた。


「感覚はある?」


「脱臼、してる」


 男が小さく言った。三角巾で前腕を支える間、左手がフィンの袖を掴んで小さく息をしていた。


「二人は知り合い?」


「いや、さっき中で出会っただけ」日本人の男が答えた。


「二人で出てきて、偉かったね」


 腕を支え終えても、眼鏡の男の息は速かった。フィンは額の傷をガーゼで覆い、無線へ声を入れた。


「オリ、一人は頭部打撲と右肩の脱臼疑い。呼吸が速い。呼びかけには応じるけど、消耗が強い。もう一人は歩ける。足に擦過傷」


『わかった』


「軽傷は日本人。消耗してる方は英語が通じる」


『承知しました。帰還してください』アルノが言った。


 アオイが車を入口へ寄せ、後部のスライドドアを開けた。フィンは男を支えたまま、道路へ目を向けた。


「カラム、外は?」


『裏口、動きなし』


「ん」


 アオイが戻り、眼鏡の男のそばへ膝をついた。男は左手を地面について立とうとしたが、腰が浮く前に腕が震えた。


「立たなくていい。運ぶよ」


 フィンが言うと、男は地面から手を離した。唇を開いて息を継ぎ、フィンの腕へ額を寄せた。


「……ごめん、」眼鏡の男は言った。


 フィンとアオイが身体と脚を支え、右腕に触れないよう持ち上げた。


 フィンが声を漏らした。


「っカイ連れてきたら、よかった……」フィンが言った。「なんかめちゃくちゃ、おっも……」


 日本人の男が、眼鏡の男を支える。


「カラム、乗せるよ。外に動きがあったら止めて」フィンが言った。


『了解』カラムが言った。


 二列目の座席へ眼鏡の男を下ろすと、アオイが身体を支えている間に、フィンが姿勢を整えた。男は左手で座席の端を掴み、息を吐くたびに顔を歪めていた。


「あなたは奥へ。自分で座れますか」アオイがもう一人の男へ言った。


「はい」


 男は車へ乗り込んだ。裸足の裏を気にしながら三列目へ移り、毛布を膝へ引き上げた。フィンが眼鏡の男のベルトを掛ける間も、前の席を覗き込んでいた。


「二人とも収容した。離れるよ、カラム」


『わかった』


 フィンが助手席へ乗ると、アオイが車を出した。


 カラムは、車が施設の前を抜けたあとも門を見ていた。


「追手戻った。外へ出る車両なし」


 カラムは裏口へ視野を戻し、スコープへ顔を寄せた。


『フィン、そちらを見て、カラムの観測終了を判断してください』アルノが言った。


「了解、カラムのところ寄る」


 空き事務所の下で、アオイが車を停めた。フィンは上階を見上げ、二列目の男へ顔を戻した。


「聞こえる?」


 眼鏡の男が薄く目を開けた。フィンへ視線を向け、左手の指を動かした。フィンは胸元の動きを確かめてから、アオイへ声を掛けた。


「アオイ、カラムを連れてくる。この人の呼吸と返事、見てて」


「了解」


 アオイは車を降りて後部ドアを開け、男のそばへ入った。フィンも助手席から降りた。


 フィンは建物へ入り、階段を上がった。上階の廊下には灯りがなく、奥の部屋から窓の軋む音がしていた。




 カラムはスコープを覗いていた。フィンが入ると、足元にあったケースを脇へ寄せた。窓枠の隙間から入る風が、図面の端を揺らしていた。


「おまたせ」


「待って…ない……」


「デートみたいなこと言わないでよ」


「……?」


 カラムは右の手袋を外し、端末を操作した。車両の写真と出入りの記録を開き、フィンへ差し出した。


「……記録。裏口、まだ動きなし」


 フィンは画面へ目を通し、端末を図面の脇へ置いた。戻そうとしたカラムの手を取り、その指を握った。掌まで冷たく、フィンはもう片方の手を重ねた。


「冷えてるね。今日はここまでにしよう」


 カラムの視線が、窓から握られている手へ下りた。フィンはその手を包んだまま、カラムの顔を覗いた。


「…まだ全然働いて、ない」


「アルカは労働基準法を大事にしてます」


「……」


 フィンがため息をついた。


「ほんと冗談通じないな。お腹空いてないの?オラヴルが作ったあったかいスープ、あるよ」


「……うん」


 カラムが、握られていた手に力を返した。フィンがその手を口元にあてて、息を当ててからさすって頬に当てた。


「カラムも撤収する。ユキナガ、記録の受信確認」


『来た。画像も全部ある』


 カラムはフィンに手を離されて、自分の手が下がるのを見ていた。


 フィンが機材のケースを持ち、しばらくしてカラムは床を確かめてから、バッグと銃のケースを肩に掛けた。


 車へ戻ると、アオイが荷室を開けた。フィンがケースを収める間、カラムはバッグを置き、荷物を固定した。


「呼びかけには応じます。呼吸、変わりません」アオイが言った。


「ありがとう。戻ろう」


 アオイが運転席へ戻ると、フィンはコートのポケットからパンを出した。


「これ、食べて」


 カラムは差し出された袋を受け取った。


「……ん」


 後部ドアを開けると、奥の席にいた男が顔を上げた。入ってくる身体を目で追い、毛布を引き寄せて窓側へ寄った。


「誰、でか……」男がつぶやいた。


 二列目では、眼鏡の男が毛布の中に身を沈めていた。目を閉じ、唇を開けて息をしている。カラムは支えられた右腕を避けてその脇を通り、男の隣へ座った。


 カラムが無言で見ると、日本人の男は固まっていた。


 フィンが助手席へ戻り、アオイが車を出した。男は前の席を覗き、眼鏡の男が目を開けたのを確かめてから、助手席へ顔を向けた。


「奥の部屋に……」日本人の男が言った。


「何かあるの」フィンが振り返った。


 男は言葉を止め、胸元の布を掴み直した。アオイはバックミラーへ目をやった。


「先に続きを聞きましょう」


「……俺の財布も、そこに」


「なんかすごいもの入ってたの」フィンが言った。


「いや、クレカが…」


 アオイが無言で男を見た。


「あっ…再発行面倒だなって………」


 カラムが横から男の顔を覗き込んだ。


 アオイがため息をついた。


「悪いけど後で電話貸してあげるから、カード会社連絡して止めてもらってね」フィンが言った。「ちなみに他に仲間は?」


「わからない、…何人かはすれ違ったけど出てこれたのは俺らだけだと思う」


「怪我人は?」


「弱ってそうな人は何人か見た……」


 カラムのパンの包みが鳴り、男は毛布に顎を埋めたまま、その手元を見ていた。


「……」


 カラムがちぎった欠片を差し出した。


 男はそれを口に入れた。


「あ…ありがとう…」


 カラムがもう一欠片ちぎって、また男に渡した。


「……」


 男がもう一口食べた。


「名前は?」フィンが言った。


「花村…花村庵(はなむら いおり)です」


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