11月の夜
ルクセンブルク拠点 共用スペース 午後十時二十六分。
窓の外はすでに暗かった。夕方まで降っていた雨が石畳を濡らし、街灯の光を鈍く反射している。古い建物の屋根と煙突が、低い雲の下へ黒く沈んでいた。
暖房の入った共用スペースでは、玄関脇に脱いだコートが何着も掛けられていた。濡れた傘が壁際のスタンドにまとめて差してある。
全員任務帰りに着替えて、リヴァは薄いラベンダー色のニットに黒いパンツを穿き、袖を手首まで引いていた。カイは黒い長袖のシャツ一枚で、フィンは濃紺のニットの袖を肘まで捲っている。
長いダイニングテーブルに、豚肉の煮込み、じゃがいも、太いソーセージ、パンとチーズが並んでいた。
リヴァは自分の皿に入っていた豆をカイの皿へ移した。
カイはそのまま食べた。
向かいでは変わらず着流しを着た惣一が印刷されたマルクのデータを見ていた。隣のカズマが食べながら惣一を見ている。
「ボス、和服寒くないの」
「早く食え」
カズマが笑った。
テーブルの端では、ユキナガとルカが食事の横に端末を三台並べていた。二人はすでに夕食を終え、スウェットに着替えていた。
カラムはパンにチーズを挟んで食べていた。
「マルク、思ったよりいろんな会社やり取りしてる」
ユキナガが画面を送る。
「こっちもまた出たよ」ルカが言った。
「またかよ」
「名前変えてるけど、送金先一緒」
「うわ。めんどくさ」
フィンがグラスをおいて、隣の部屋の方を親指で指した。
「もういっそ時間かけてアオイが全部吐かせる?せっかく奥の部屋にマルクいるし」
「ありあり」
「自分ですか……」アオイがパンをちぎりながら言った。「もうさっきアルノがやったので十分吐いたと思いますけど…」
「そろそろ時間ですね」アルノが立ち上がった。「カイ。餌やり」
「ああ」
カイがパンを持って立ち上がり、マルクが収容されている部屋へと向かった。
ユキナガがソーセージを齧りながら、別の画面を開いた。
「……てかさ」
惣一が煙草を持ったままユキナガを見る。
「カズマもいる。カラムもいるし……オリまで来てんじゃん」
オラヴルが目線を上げた。黒のタートルネックのニットを着ていて、白衣は椅子にかかっている。
「なんかナチュラルにルカまで居るし」ユキナガが言った。
「俺はユキが行くなら来るよ」
ユキナガは椅子の背へ寄りかかった。
「……もしかして今回の目的、デカい?」
アルノは黙って食事を続けていた。
「ルクセンブルクまで全員できて、これで終わりじゃ無いよね」
ユキナガが惣一を見る。
「もしかしてこれ、グレイ倒しに来てるとかあったりする?」
惣一が小さく息を吐いた。
「ああ」
フォークの音が止まった。
リヴァが顔を上げた。
「……は?正解?」ユキナガが言った。
フィンが惣一を見る。アオイも顔を上げた。カイは持っていたグラスをテーブルへ戻した。
「……倒すの」リヴァが言った。「グレイ」
「潰せるとこから潰す。そのために来た」惣一が言った。
「……」
カズマは惣一を見て笑っていた。
「何笑ってんの」
ユキナガが言った。
「うれしいから」
「何が」
「あの時仕留め損ねた。今度はちゃんと褒めてもらう」
カズマはそれ以上言わず、チーズを一欠片取って口に入れた。
アルノが手を止めて、惣一を見た。
視線に気づいた惣一がアルノを見た。
「消耗戦はしねえ」
「……」
アルノはパンをかじった。
リヴァは二人の会話を聞きながら、オラヴルを見た。
「…オラヴル、飛行機こわくなかったの」
オラヴルが瞬きをした。
「飛行機?」
「あー」
ヴィクトルが煙草を灰皿へ置いた。
「前にオリは飛行機苦手って言ったな」
「まあ。苦手ではあるよ」
リヴァが首を傾げた。
オラヴルがフォークを置いた。
「……ちょっと、動いた記録を残したくなかったんだ」
リヴァがオラヴルを見る。
惣一が煙草の灰を落とした。
「今回は俺が通した」
リヴァが惣一を見る。
「……平気なの」
オラヴルは紅茶を飲んだ。
「ここ寒いし。天気悪いし。できれば日本にいたかったけど……」
「引きこもり」ヴィクトルが言った。
「リヴァが無茶しないように見てないといけない」
リヴァは皿へ視線を戻した。
「そういやミントは?」
「日向先生んち」
「ああそう」
「ねね、俺次出る?」カズマが惣一に言った。
「出す」
「やった」
アルノが何も言わずに眼鏡を上げた。
食事が終わりかけた頃、アルノが端末を閉じた。
「各自、部屋は伝えた通りです」
ヴィクトルが椅子の背へ身体を預けた。
「俺も一人部屋がよかった」
「私もです。夜更かししないでください、ヴィクトル」
アルノはヴィクトルを見ずに答えた。
「親かよ」
フィンが笑った。
「よろしくね。アオイ」
「………はい」
ユキナガが水入りのコップを置いた。
「で、あと俺とルカは一緒な訳ね」
「俺は幸せ。アルノありがとう」
「二人部屋そこだけ?後は一人部屋でいいの」リヴァが言った。
「はい。それと、オラヴルと惣一の個室は、ここと同じ一階です」
「夜中に叩き起こされないことを祈っているよ」オラヴルが言った。




