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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十四章「帰還偏差 ― Return Deviation」

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お遊び



 東京拠点 共用スペース。


 窓が少し開いていた。十一月に入りかけた冷たい風がカーテンを揺らし、テーブルに広げられた書類の端を持ち上げている。


 リヴァはソファに沈み、膝の上にクッションを抱えていた。朝のトレーニングは途中で切り上げている。向かいのテーブルではアルノとアオイが端末を見ており、オラヴルは書類を読んでいた。


 部屋の中央では、フィンとカイが向かい合っていた。フィンはカイの右手を取り、手首を支えながら掌の向きを確かめている。


「いくよ」


 フィンの手が振れた。


 乾いた音が鳴った。


 掌が頬を打ち、カイの顔が横へ振れる。


 カイはそのまま一拍止まり、フィンへ顔を戻した。


「……」


「じゃあ次。カイの番」


 フィンが自分の頬を差し出した。


 カイの眉が下がった。


 右手を上げる。フィンの頬へ近づくにつれて速度が落ち、触れる頃には勢いが消えていた。掌が柔らかく頬を撫で、そのまま離れる。


 音はしなかった。


「……なんで撫でてんの。それじゃダメだよ。だからさ、手を」


 フィンがカイの右手を取った。手首を支えて掌の向きを変え、頬へ当たる角度を合わせる。カイは困った顔のまま、自分の手とフィンの顔を交互に見ていた。


 アオイが二人を眺め、隣のアルノへ少し身体を寄せた。


「あの…あの二人何してるんですか」


「さあ」


 アルノも端末を持ったまま二人を見ていた。


 フィンがカイの手を離し、顔を横へ向ける。


「アオイ」


「……いやです…」


「嫌じゃない。大丈夫俺上手いから」


 アオイはフィンを見た。


 少しして、テーブルに置いていた手を引き、椅子から立った。


「反射で避けたらすみません…」


「それは許さない」


「うう…」


 フィンの前に立つ。


 右手が振れた。


 鋭い音が室内に響き、アオイの顔が横へ向いた。


 アルノが眼鏡の奥からフィンを見る。アオイは頬へ手を当て、指先で何度か触ってから顔を戻した。


「え…」


「フィン」


 アルノが止めようとフィンに声をかけたが、アオイはそれどころではなく頬に手を置いていた。


「マジで痛くない、すごい…なんだこれ…どうやるんですか」


 アルノの声を越えて、アオイがフィンの手元を覗き込んだ。


 フィンは自分の掌を見せた。


「ここの手をね、…」


 頬へ触れる位置を指し、手首を動かす。アオイは自分の頬を押さえたまま、その軌道を追った。


「じゃカイに叩かれてみて」


「それは首吹っ飛ぶのでいやです」


 カイがアオイを見た。


「……」


 アオイはカイから目を逸らした。


 ソファから見ていたリヴァが顔を上げた。


「むずかしいの」


 フィンが手招きした。


「カイにやってみて」


 リヴァはクッションを置いて立ち上がった。カイの前まで来ると、顔を見上げる。


「高い」


 カイが膝を曲げた。


 フィンがリヴァの手を取り、掌の向きだけ直した。


「ここから振って、当たったところで抜く。強く振らなくていいよ」


「うん」


 リヴァが右手を上げた。


「いくよ」


 乾いた音が鳴った。


 カイの顔が横へ振れる。


 リヴァは自分の掌を見た。


「痛くない?」


 カイが顔を戻した。


「もう一回」


 リヴァがカイを見る。


「できてなかった?」


「できてた。もう一回」


 カイはアオイを見ず、また少し膝を曲げた。


 リヴァがもう一度手を振った。


 今度はさっきより大きな音が鳴った。


 カイは頬へ触れもせず、すぐ顔を戻した。


「今の方がいい。衝撃があった」


「あれ?逆じゃない?」フィンが小声で言った。


「いい感じ?」


「うん。もう一回」


「もういいよ」フィンがカイの肩を押して退かせた。


「……」


「はいはい、カイ喜ばないでねー」


 カイは不満そうにフィンを見たが、何も言わなかった。


「喜んでない」


 向かいで紙が擦れた。


「そんなに痛くないものなのかい?」


 オラヴルが書類から顔を上げていた。


 リヴァが振り返る。


「やってみる?」


 オラヴルはしばらくリヴァを見た。


「僕が?」


「どんな感じか気になるんでしょ」


 オラヴルが書類をテーブルの上へ置いた。


 立ち上がってリヴァの前へ来る。


「しゃがんで」


「え、される方かい?」


「え?」


「えっ?」


 オラヴルがしばらく黙ってから、無言で腰を落とした。


 リヴァの手が振れた。


 ぱん、と音が響いた。


 オラヴルの顔が横を向いた。


 そのまま動かなかった。


 リヴァの手が少し下がる。


「……オラヴル?」


 オラヴルがゆっくり顔を戻した。


 口元には何も浮かんでいなかった。


 ただ、目だけが変わっていた。


 さっきまで書類を読んでいた時とは違う、冷えた青がまっすぐリヴァへ向いている。


 リヴァが瞬いた。


「痛かった?」


「いや?」


 フィンが眉を上げた。


「オリ?」


「上手だね」


 オラヴルはそう言って、リヴァの手首を取った。


 掌を上へ向けさせる。


 指先で、さっき自分の頬を打った手のひらをゆっくり撫でた。


「なるほどね」


 声は穏やかなままだった。


 そなら声にアオイが端末から手を離した。


「え、こわ……」アオイの呟きが漏れた。


 リヴァが自分の手とオラヴルの顔を交互に見た。


「オラヴル、ご、ごめ…」


「ん?」


 リヴァの肩が止まった。


「オラヴルも、やる…?」


 オラヴルが穏やかに笑った。


「そんな可哀想なこと、できないよ」


 奥で端末をみていたアルノの喉が、微かに動いた。


 オラヴルは何事もなかったように席へ戻り、書類に戻った。


 カイがアルノを見た。


「アルノもやられろ」


 アルノが端末から顔を上げる。


「……なんですか」


「アルノはやる方が得意だもんね」リヴァが言った。


「リヴァに最初に会った時、やっただろ」


 アルノが黙った。


「両腕捕まってた」


 アオイの視線が横へ動いた。


「何ですかその状況……」


「アルノの趣味だった」リヴァが言った。


 フィンもアルノを見る。


「…あなたを初めて保護した時は、事情がありましたので」


 リヴァは少し考えてから、アルノの前まで歩いた。


 アルノは端末を持ったまま動かなかった。


「リヴァ、待っ、」

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