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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十四章「帰還偏差 ― Return Deviation」

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変わらない朝

「大丈夫ですよ。上手です」


「……っ、」


「あと少しです。ちゃんと飲み込んで」


「うっ、……」


「まだ吐かないでください。苦しいですね」


「……っ、やめ……てください」


「駄目ですよ」


 ヴィクトルは共用スペースへ下りたところで足を止めた。


 ユキナガのバーから光臣の声が聞こえている。続いて、浅い呼吸と小さくえずく音がした。


 足音を殺して扉へ近づく。


「……もう、許してください……クソ、なん…」


 アルノの声だった。


「偉いですね。もう一度だけ。はじめから」


 ヴィクトルは扉の隙間へ手を伸ばし、中を覗こうとした。


「アル――」


 声を出しかけたところで、背後から煙草の香りがした。


 振り返ったところで、意識が途切れた。




 次に薄く目を開けた時、ヴィクトルはテーブルへ頬をつけていた。視界が滲み、酒瓶の並んだ棚とカウンターの輪郭がぼやけている。


 場所は、ユキナガのバーだった。


 少し離れたところに光臣がいた。


「……お前………」


 掠れた声が出た。拘束はされていないが、体は動かない。


 光臣の腕の中にはアルノがいた。眼鏡を外され、肩口へ額を預けたまま身体を支えられている。呼吸は浅く、光臣は片腕をアルノの背へ回しながら、空いている手で紙へ何かを書き込んでいた。


「父親は……政治学の、クソ教授」


「はい。正解です」


「母は……病気で、もう……」


「はい」


 アルノが小さくえずいた。光臣は前へ崩れかけた身体を腕の中へ戻した。


「まだ吐かないでください。もう少しです」


「……も、無理です……」


「分かってます。そのまま泣いてていいですよ」


 アルノの目は薄く開いていた。


「兄弟は?」


「……いない、」


 ヴィクトルは腕へ力を入れて身体を起こそうとした。肘がテーブルの上で滑った。


「……アルノ」


 アルノは反応しなかった。


 光臣がヴィクトルへ顔を向けた。


「そいつから……離れろ」


「起きましたか」


「触るな……」


 ヴィクトルはもう一度身体を起こそうとしたが、指先から力が抜けた。


 光臣はアルノを支えたままヴィクトルを見た。


「もうすぐ効いてきますからね」


 ヴィクトルは口を開いた。


 声は出なかった。


「まだ一人目…先は長い」光臣は息を吐いた。


 ヴィクトルは視界が暗くなり、なにも聞こえなくなった。






 東京拠点 共用スペース 午前七時三十分。


 アルノが階段を下りてきた。


「おはようございます」


 ネクタイを締め、棚からアプリコットのジャムを取り出した。


 袋からパンを出し、トースターに入れる。


 背後から足音がした。


「よお」


 ヴィクトルが顎をさすりながら入ってきた。


「ヴィクトル、パンは」


「いる」


 アルノは一枚追加した。


「顎がなにか」


「なんか痛い気がする」


「相変わらず痛がりですね」


「あとなんか喉が変な感じだな」


「……ヴィクトルもですか」アルノが言った。「多分乾燥ですね」


「そういやさ、俺昨日ベッドで寝た記憶無いんだよね」フィンが言った。


「はあ?何言ってんの」


 ユキナガがソファから声を上げた。そのすぐ横にはルカが居た。


「えー?疲れすぎじゃない?」


「昨日23時ごろにルカと別れて、俺らは普通に寝たけどな」


「ね」


 ヴィクトルがフィンを見て、眉を寄せた。


 リヴァが入ってきた。


「おはよ」


「おはようございます」アルノが言った。「トースト焼きますか」


 リヴァは首を振った。


「なんか、口の中きもちわるい…お茶のみたい」


 カウンターに座っていたフィンが立ち上がった。その横にはオラヴルが居る。カラムはいなかった。


「なんかわかる。ミント系飲みたくない?」フィンが言った。


「スペアミント、僕も淹れたかったからすぐ準備するよ。待ってて」


「オリ、ありがと」


 リヴァは足元にいた猫のミントを抱き上げて、ソファにいるカイの横に座った。


 ミントを膝の上に乗せ、撫でた。


「カイ、なんか眠そう」


「…今朝トレーニング行かなかった」


「珍しいね」


「日向先生は?」ユキナガがルカに言った。


「なんか惣一と確認あるからって出てったよ。ここにいなさいって」


「早速同行させられてて可哀想ー、あの教授」


 共用スペースのドアが開いた。アオイがカズマを小脇に抱えていた。


「あのー、…オラヴル、なんかこの子落ちてたんですけど…」


 小さくうめいているカズマにアオイが肩を貸し、ソファに座らせた。


「…なにしたの、カズマ」リヴァが言った。


「知らねえよ……今朝から気持ち悪くて……」


 オラヴルがティーポットに蓋をして、すぐに小走りになってカズマの横に跪いた。


「吐き気?」


「……よくわかんねえ、ぐるぐるする……」


「何か変なもの食べたんだろう」


「お前らと夕飯食べてただろ……クソ…吐き気止めよこせ…」


「まず見てからね。処置室いくよ」


「オラヴルは平気なの?」リヴァが言った。


「こんな早くから起きてる時点で正常じゃない」ヴィクトルが言った。


「みんなして風邪引いたとか?」ユキナガが笑って言った。


 オラヴルがカズマを担いで、部屋を出た。


「…なんか昨日変なものあったかな……」リヴァがつぶやいた。


「惣一が悪くなった食材使ったとか、あんまりやりそうにないですが……」


 フィンがティーポットからハーブティーを入れた。


「なんか自分も胃が変な気がしてきました」


「プラシーボだろ」ヴィクトルがアオイに言った。


「そうですかね……」


 リヴァは膝にいるミントを撫でていた。


 その時、廊下から声がした。


「誰かー、カラム落ちてるー!処置室持ってきてくれないかい」


 カイが小さく息を吐いて、立ち上がった。



 

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