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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十四章「帰還偏差 ― Return Deviation」

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泣き上戸



 東京拠点 共用スペース 午前一時四十八分。


 次の日の夜。


 キッチンの手元灯だけが点いていた。音を絞ったテレビがついたまま、ローテーブルには空になったビール缶がいくつも転がっている。夕食の名残の小皿と、レモンを切った小さなナイフもそのまま残っていた。


 アオイはソファの端に座っていた。Tシャツにスウェットパンツ姿で、片手に缶を持っている。


 二階から降りてきたリヴァは、空のグラスを持ってキッチンへ向かいかけた。ソファの前を見て足を止める。


「……アオイ、まだ飲んでたの」


 アオイが顔を上げた。


「一人でやってるだけなので、気にしないでください……」


 リヴァはローテーブルを見た。空き缶は足元にも増えていた。


「そんなに飲んでるの、初めて見た」


「誰のせいだと……」


「え?」


 リヴァが近づく。アオイはその腕を掴み、強く引いた。リヴァの身体が傾き、そのまま隣へ座る。


「うわ」


「座ってください」


「酔うとそうなるタイプ?」


「あなたが自分の価値を分かってないからです」


「……」


 アオイは持っていた缶をテーブルへ置いた。


「なんでこんなに愛されてて、自分の価値を下に見積もるんですか」


「レナートのこと?」


「その間、自分がどんな気持ちで待ってたと思ってるんですか」


「……ごめ」


「アルノやカイに死ぬほど詰められました。そりゃそうです。止めるべきでした」


 リヴァは手の中のグラスへ目を落とした。


「でも少し進んだよ」


「そんなの自分でやらなくていいんですよ!言ってくれたら、自分があの教授に尋問でもなんでも――」


 途中で声が詰まった。


 アオイが目元を手の甲で拭う。濡れた手を見て眉を寄せたが、次の涙がすぐに頬を伝った。


「俺に死ぬなとか言うくせに、自分の価値は分かってないじゃないですか!自分のことそんな雑に扱うなよ!」


 リヴァが顔を覗き込む。


「……なんで泣いてるの」


「……うう……俺、あなたからの呪いのせいで死ねないんです」


「……」


 アオイは鼻を啜った。涙を拭っても、また落ちてくる。


「フィンも殺さないといけなくなっちゃったし」


「……?」


「ローマでは全滅しそうだったし……カイはいなくなるし、ヴィクトルもいなくなるし、あなたもいなくなるし」


「……うん」


 アオイは俯いた。


「俺だけ、ほとんど何もなかったんですよ」


 リヴァは黙って隣にいた。


 アオイの視線がローテーブルへ落ちる。空き缶の間に残っていたナイフを取った。


 リヴァの手を掴み、その柄を握らせる。両手でリヴァの手を包むと、そのまま自分の方へ引いた。


「アオイ」


「……」


 アオイは泣いたままリヴァを見た。


「……リヴァなら、いいです」


 両手に力が入る。


「殺してください」


「やめて、アオイ」


「早く」


「やだ。せっかく生き残ってるのに」


「見てください」


 リヴァが目を合わせた。


「飲みすぎ、アオイ」


「早くしろって!」


 リヴァが強く手を引いた。ナイフを外し、そのまま床へ投げる。硬い音を立ててローテーブルの向こうまで滑った。


 アオイの両手が宙に残った。


 二人とも動かなかった。アオイは肩で息をしながら床を見ていた。


 廊下から足音がした。


 フィンが共用スペースへ入ってくる。床に落ちたナイフを見てから、泣いているアオイへ目を移した。


「まだ起きてたんだ」


 リヴァが振り返った。


「フィン」


 フィンはそのままリヴァのそばへ来た。


 リヴァの頬に手を添えて上を向かせ、唇を重ねた。


「は?おい」


 アオイの声が飛んだ。


 フィンが離れ、アオイを見る。


「何?アオイ」


 アオイはリヴァの袖を掴み、自分の方へ引いた。


「なんで今、」


 フィンが二人を交互に見た。


「……二人で何してたの?」


「フィンには関係ないです」


「冷たいじゃん」


 アオイは涙を拭いもせず、リヴァの袖を握り直した。


「こっちはっ……朝まで、待ってたんですよ」


 フィンが少し眉を上げる。


「それ、俺のせいじゃないでしょ」


「知らねえよ。お前が触ってんの見たらムカつくんだよ」


 フィンがアオイを見た。


「アオイ、リヴァのこと好きなの?」


「話逸らすな!」


 フィンは少し黙った。


「ふーん」


 リヴァの腰へ腕を回し、そのまま自分の膝へ座らせる。髪を肩から退け、首筋へ唇をつけた。


「っねえ、フィン」リヴァが身を捩った。


「お前、マジでやめろ」


 アオイが身を乗り出した。


「レナート教授といたんだって?」


「……」


「顔はいいけどさ、顔だけじゃん。あんな教授」


「頭もいい」リヴァが言った。「はず」


「そんなこと言っちゃうんだ?お仕置きしなきゃかな」


 フィンがもう一度口づけようとしたところで、リヴァがアオイを見た。


 アオイは据わった目でリヴァを見ていた。


 リヴァはフィンの肩を押した。


「フィン、やめてあげて……」


 リヴァはフィンの膝から降り、そのままアオイの後ろへ行った。


「アオイ」


「……は?」


 返事を待たず、アオイを後ろから抱きしめた。


 アオイの身体が固まった。


 フィンも止まった。


「……へ?」


 さっきまでフィンを睨みつけていたアオイは、何も言えなくなった。


 リヴァはアオイの頭へ手を置き、乱れた髪を撫でる。


「辛かったねー」


「……」


「よしよし」


 もう一度撫でられると、アオイの肩から力が抜けた。フィンへ向けていた荒い顔も消え、俯いたままされるがままになっている。


 リヴァが髪を撫でるたび、アオイは少しずつ力が抜けた。


 フィンの口元には、まだ薄い笑みが残っていた。


 目の奥だけが冷えていた。


「……」


 リヴァはそちらを見ず、アオイの後頭部をもう一度撫でた。


「もう寝なよ」


 アオイが小さく頷いた。


 リヴァはアオイから離れ、空のグラスを持ち直した。


「じゃ、おやすみー」


 そのまま足早に階段へ向かう。


 途中で一度も振り返らず、足音が二階へ消えていった。


 アオイはしばらく階段を見ていた。


「面倒くさがられた……」


 袖で涙を拭いて、視線を戻す。


 フィンはさっきと同じ場所に立っていた。


 笑っていた。


「さて。今夜は寝かさないよ、泣き上戸のアオイ。たっぷり聞こうか」


「え……俺、今危機的状況……?」


「リヴァのこと、いつから好きなの?」


 アオイは目の前の缶を一口飲んだ。乱暴にテーブルに置く。


「…知りませんよ」


「じゃあナイフで何してたの」


「……」


「まだ朝までは時間あるね」


「ああ…尋問される……」


 アオイは目から落ちた雫を袖で拭った。


 フィンはアオイの頭を一度撫でた。


「大丈夫、優しくするよ」


「う……怖い…」


「話したらすぐ終わるからね」


「リヴァ……助けてください…」

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