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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第二章「交点のノイズ ― Noisy Intersection」

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刺青



 新拠点 午前七時十分。



 通信室のドアが、半分開いていた。


 カイが中を覗くと、ソファにリヴァが座っていた。


 一面には、散らばったコード類。六枚のモニターはついていて、何かが稼働していた。


 リヴァがカイに気づいた。


 リヴァの膝に、ユキナガの頭があった。


 ユキナガは寝息を立てていた。


「…何故そんなことになっている」カイは言った。


「朝方コーヒー持ってきたら、そのまま寝ちゃった」リヴァが言った。


 ソファの隣のテーブルに、飲まれてないコーヒーが置いてあった。


 カイが起こそうと一歩近づいた。


 リヴァが人差し指を口に当てた。


「……」カイが止まった。


「徹夜でシステム復旧してたんだって」


「だが」

 

 そこまで言って、カイが言い淀んだ。


「カイもする?膝枕」リヴァが笑って言った。


「………」カイが目を逸らした。


「……え?」


 カイが煙草の箱を指で一回弾いた。


「……まあ」


「まあ?」


「……」


 カイは煙草を一本抜いた。指に挟んだまま止まった。


「お前が……ユキナガにするなら」


 リヴァはカイを見た。カイはまだ前を向いていた。


 カイは煙草に火をつけた。一口吸って、煙を吐いた。


 ようやく彼女を見た。


「…忘れるな」


「…しろってこと?」


「忘れるな」


「……」

 




 その日の夕方。


 廊下でカズマと鉢合わせた。


 鉢合わせたというより、待っていたようだった。


「ねえ暇?」


「…」


「そんな警戒しないでよ」


 カズマが笑う。黒いシャツの袖は、肩近くまで雑に捲られていた。


 包帯はないが、リヴァの左手の傷は、まだ治っていなかった。


「カズマって、この拠点のどこにいるの」リヴァは聞いた。


「どこか」


「部屋は」


「忘れた」


 カズマが壁から背中を離した。


「寝られればどこでもいいし」


 一歩、こちらに来た。


 リヴァは動かなかった。


 カズマが、リヴァの左手を取った。


 五本の指に、一文字ずつ黒い文字が入っていた。


 線は少し歪んでいた。


 その手のひらで、リヴァの手を包んだ。


「何してるの」


「見てる」彼は言った。


 手の甲を上に向けた。


 リヴァの傷を見た。


「消えてないな」


 カズマは少し笑った。


「よかった」


 カズマが手を放した。


「じゃあちょっと来て」


 連れていかれたのは、地下一階、資料室の隣の小部屋だった。


 段ボールが積んであって、折りたたみの椅子が二脚、壁際に立てかけてあった。部屋の隅に古い木のテーブルがあった。


「何するの」


「暇つぶし」カズマは言った。


 段ボールを挟んで椅子を二脚出して、向かい合わせに置いた。座った。リヴァも座った。


「ナイフ持ってる?」


「持ってない」


「そう」カズマは自分のナイフを出した。テーブル代わりの段ボールに置いた。「じゃあこれ使って」


「何に」


「当ててみて。俺に」


 リヴァはナイフを見た。それからカズマを見た。


「嫌」


「お前、狙ったら当たるんでしょ。それを見てみたい」


「当たるよ」


「多分だけど」カズマは言った。前のめりになった。「当たらないと思う。だから試したい」


 リヴァは何も言わなかった。


「俺、誰かに本気で相手されたことあんまり無いんだよね」


 カズマが少し目線を落とした。


 椅子が小さく鳴った。


「試さない」


「なんで」


「怪我させたくない」


 カズマは少し止まった。


 それから、また笑った。


「それ、俺への心配?」


 立ち上がった。


 リヴァは立ち上がろうとした。


 カズマの手が、肩に乗った。立てなかった。


 カズマが身を屈めた。黒いシャツの襟元から、首の両側を埋める刺青が見えた。


 黒い波が左右対称に首を覆い、鎖骨の方まで落ちている。


「ね。俺を使いこなせると思う?」


 カズマがリヴァの肩に置いた手が、首の方に動いた。


 耳の後ろ、髪の生え際のあたりに指が触れた。


「離して」


「嫌」彼は言った。「お前の顔、今すごく面白いから」


 カズマが右手で煙草を咥えた。


 右の前腕から肩にかけて、赤い薔薇が絡んでいた。葉だけが暗い緑で、ほかに色はなかった。


 花の間に、Aún respiroと黒い文字が入っていた。


 カズマがジッポライターを開き、火をつけた。


 その瞬間、彼女の表情が変わった。


 息が止まった。


「?」


 カズマは怪訝な顔をした。


「何——」


 言いかけたとき、ドアが開いた。


 カイだった。


 一瞬で状況を見た。リヴァの肩に手を置いているカズマ、目の焦点が合わないリヴァ、逃げ場のない椅子、ナイフが乗った段ボール。


 部屋の温度が変わった。


「離せ」


「あ、カイ」カズマはゆっくり振り返った。「俺に命令しにきた?」


 カイが動いた。


 説明なく、最短で拳が出た。


 カズマの体が一センチずれた。


「いいの?そんなことして」カズマが笑った。


 カイは止まらなかった。


 カイは踏み込む足を変えた。左から来た。カズマがその分岐を読んで、すでに外れていた。


「そういう目で見られるの久しぶり」カズマは笑った。


 お互い息も上がっていなかった。


 カズマはナイフを出した。


 カイの視線がナイフに落ちた。リヴァの位置を確認し、重心が落ちた。


「カイって」カズマは言った。「意外といい動きするな」


 カイは答えなかった。


 また動いた。


 カズマが今度は前に出た。カイの踏み込みに合わせて、懐に入ろうとした。ナイフの柄を逆手に持ち替えた。


 カイの左腕が先に来た。


 掴む動きだった。カズマの手首を取ろうとした。


「だる」


 カズマが一歩引いた。


 カイが右側から拳を振るった。


 カズマが首を逸らした。拳の風圧が顔の横を通った。


 カズマの笑いが戻った。


 ナイフをポケットに戻した。


「あとちょっとだった」


 


「続き、また今度しよ」リヴァに言った。


 カイの横を通り過ぎた。カイは動かなかった。


「次はノックくらいしなよ」


 カイは何も言わなかった。


 カズマが廊下に消えた。


 カイがリヴァの前に来て、片膝をついた。


「怪我は」


「…ない」


 リヴァはカイを見た。


 段ボールの上に、ナイフの跡が残っていた。


 カイはリヴァの前に片膝をついたまま、動かなかった。

”Ciudad Hermosa” / Natalia Lafourcade



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