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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第二章「交点のノイズ ― Noisy Intersection」

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深夜、ウィーン


 ウィーン 深夜。



 出発前、アルノはマガジンに弾を込めた。


 七発。


 人差し指の腹で、一発ずつ押さえた。


 刻印の向きを確認した。全部、同じ方向を向いている。


 薬莢の底面が、均等に並んでいる。


 マガジンをグリップに押し込んだ。


 スライドを引いた。


 右手でサプレッサーの緩みを確認した。


 金属が噛み合う音がした。


 その音を、聞いた。


 問題なかった。




 リンク通りから二本入った路地だった。


 ウィーンの旧市街は、どこを歩いても石畳だった。


 アルノは路地の入り口で立ち止まった。


 雨上がりだった。


 石畳の隙間に水が残っていた。





 対象はホテルの一室にいた。


 五階建ての、古いホテルだった。


 十九世紀の建築だった。




 午前一時〇〇分



 右ポケットを確認した。左ポケットを確認した。


 左右にマガジンが一つずつ。重さが均等だった。


 歩いた。重心がズレなかった。


 裏口から入った。


 錠前を開け、扉を開いた。一センチだけ開けた。


 中の空気を確認した。暖房の熱気があった。煙草の煙があった。


 気配が四つ。


 一階に一人、二階の廊下に一人、対象の部屋に一人。


 水音がしていた。


 室内に、もう一人いる。


 扉を開けた。蝶番が古かった。一定の速度で開けた。音がしなかった。


 


 石畳ではなく、大理石の床だった。


 踵を浮かせて、爪先だけで歩いた。音がしなかった。


 一人目の背後に近づいた。


 首に腕を回した。


 顎を固定した。


 一度だけ捻った。


 小さく、湿った音がした。


 崩れた体を受け止めた。


 静かに下ろした。


 



 

 階段を上がった。


 二階の廊下に出た。


 護衛が一人、廊下の端に立っていた。


 背中を向けていた。窓の外を見ていた。


 ウィーンの夜景が窓の外にあった。


 シュテファン大聖堂の尖塔が見えた。


 護衛がそれを見ていた。


 廊下を進んだ。


 護衛の背後に来た。


 首に腕を回した。


 顎を固定した。一度だけ捻った。


 小さく、湿った音がした。


 崩れた体を受け止めた。


 床に下ろした。


 男の足首が、不自然な角度で曲がっていた。


 通路にはみ出していた。


 足を壁側へ寄せた。


 立ち上がった。視線を外した。


 続けた。


 


 対象の部屋の前に、三人目がいた。


 アルノを見た。


 銃を向けようとした。


 アルノが先に動いた。


 Walther PPKを抜いた。


 グリップの底で側頭部を打った。


 男がよろめいた。


 アルノは至近距離で、喉に一発撃った。


 倒れた。


 流れた血が、革靴の端に触れた。


Mist.(クソ)


 布を出した。


 靴先を拭いた。


 ポケットに戻した。


 


 部屋のドアを開けた。


 部屋の奥に、対象がいた。椅子に座っていた。五十代の男、対象だった。震えていた。


 だが、バスルームの扉が開いており、シャワーの音がしていた。


 まだ中に、もう一人いる。


 アルノは対象の男から視線を外さず、バスルームの入り口の脇に立った。


「Entschuldigu(すみません)ng.」


 シルエットが動いた。


 シャワーカーテンを開けようとした。


 開く前に、その動きごと押し止めた。


 シルエット越しに引き金を引いた。


 薬莢が床に落ちた。


 タイルの上だった。


 高い音がした。


 バスルームの反響で、少し伸びた。


 アルノはその音の高さを確認した。


 薬莢がタイルの溝に入った。


 アルノはそれを見た。


 回収しづらかった。


 シャワーの音を止めた。


 アルノはWalther PPKを下げた。


 シャワーカーテンに、返り血が広がっていた。


 アルノのシャツには来なかった。


 薬莢を拾った。


 シャツを確認した。


 問題なかった。


 袖口を確認した。


 汚れていなかった。


 


 アルノは、対象を見た。まだ震えていた。


「…Wer sind (誰なんだ)Sie?」男は言った。


 アルノは答えなかった。


 端末を出した。


 対象の顔を照合した。


 一致した。


 端末をポケットに入れた。


 ポケットの中で、端末の角度を整えた。縦に、真っ直ぐに。


 それから対象を見た。


Bitte.(お願いだ)」男は言った。


「Ich habe eine(家族がいる) Familie.」男は震えていた。「Kinder.(子供が)


 アルノは少し間を置いた。


Ich weiß.(知っています)」と言った。


 男が目を見開いた。


「Dann warum?(なぜ)


 アルノは眼鏡を一度だけ押し上げた。


「Weil es meine Ar(仕事だから)beit ist.」



 


 男がテーブルを蹴った。


 立ち上がろうとした。


「Nein, bitte, (嫌、お願いだ)bitte——」


 アルノは一歩右に避けた。


 テーブルが床に落ちた。


 男が床に膝をついていた。


 両手を合わせていた。


「Ich flehe Sie(お願いだ どうか) an.」


「Meine Kinder(子供たちに) brauchen(親が必要だ) mich.」


 眼鏡の奥の金色な目が、動かなかった。


「Das bezweifle(でしょうね) ich nicht.」


 一拍置いた。


Trotzdem(それでも).」


 ゆっくりと左手に銃を持ち換えた。


 照準を合わせ、引き金を引いた。


 


 部屋を見た。


 男が床に倒れていた。


 殺した男のネクタイが、崩れていた。


 アルノは屈んだ。


 男のネクタイを直した。結び目を中心に戻した。


 立ち上がった。


 アルノはテーブルを起こした。椅子を元の位置に戻した。


 来た時の配置に戻した。


 部屋を出た。




 階段を降りた。


 一階を通った。


 一人目の横を通った。


 裏口から出て、扉を閉めた。


 錠前を元通りにした。


 三十秒かかった。


 


 路地に出た。


 遠くからオペラ座の方角に、人の声がした。


 夜公演が終わった時刻だった。


 眼鏡を直した。


 それから歩き出した。


 石畳の水たまりを避けていた。


 来た時と同じ経路だった。


 角を曲がった。


 ゴミ箱があった。手袋と白いハンカチを落とした。


 振り返らなかった。


 ウィーンの夜の中を、アルノは歩いた。





 ホテルから五ブロック離れた路地で、端末が振動した。


 石畳の上で、アルノは立ち止まった。


 画面を見た。


 リヴァからだった。


 時刻を確認した。日本は、もう朝だった。


「はい」


「あ、出た」


 リヴァの声だった。少し眠そうだった。


「何かありましたか」


「ううん」少し間があった。「なんとなく」


 アルノは答えなかった。


 石畳の水たまりが、街灯を反射していた。


「今、外?」


「そうです」


 アルノは空を見た。雲が低かった。


「……なんか、気になっただけ」リヴァが言った。


 アルノは眼鏡を押し上げた。


 石畳を見た。


「……そうですか」


「ごめん、仕事中だった?」


「終わりました。この後日本に戻ります」


「え、海外にいるの」


 アルノは答えなかった。


「……」


 数秒、石畳の上で沈黙だけが続いた。


「……気をつけて帰ってきて」


 リヴァが小さく言った。


「…はい」


 そのあとで、アルノは通話を切った。


 それから少しだけ、その場に立っていた。


 遠くから音楽が聞こえた。


 今夜初めて聞いた。


 それから歩き出した。

”Cosi fan tutte” / Mozart

"Sonne" / Rammstein

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