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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十四章「帰還偏差 ― Return Deviation」

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FP相談会



 東京拠点 共用スペース 午後八時二分。


 フィンたちが帰ってきて、数日が経っていた。


 夕食を終え、共用スペースに人が集まっていた。惣一は洗い物をしていて、それをアオイが手伝っていた。


 テレビの中で、荷物を積んだ男が山を登っていた。カイはソファに座り、コントローラを操作していた。


 隣のリヴァが煙草を咥えながら膝を抱えていた。自分でしたばかりのボルドーのネイルを時折光に翳して見ていた。


 カイの反対側にはユキナガがいて、頭の後ろに両手を重ねてソファの背もたれに沈んでいた。同じ煙草を咥えながら、カイのゲーム画面を眺めていた。カラムは端末を触っているアルノと向かい合って、奥の一人がけソファに沈んでいる。


 フィンはカウンターに座りながら、頬杖をついていた。


「苗字どうしよ。やっぱり何かしら、あるほうがいいかなー」


「せっかく自分で選ぶなら五十嵐とかにすれば」ユキナガが言った。「かっこいいやつ」


「イガラシ…」フィンが呟いた。「日本の名前か。それもいいかもね」


「Montagu-Douglas-Scott(モンタギュー=ダグラス=スコット)は」カイが言った。


「よく知ってるねそれ」フィンが笑った。「スコットランド王室だっけ」


「そんなに長い苗字もあるんだ」リヴァが言った。


「まあ、リヴァもコードネームだけだしいいんじゃない?無理につけなくても」ユキナガが言った。


 フィンが少し黙った。


「リヴァ」フィンが言った。


「ん?」


 リヴァが煙草を指先に持ったままフィンの方を振り返った。


 フィンがカウンターの椅子を手で二回叩いた。


「ちょっといい?」


 リヴァはカイの隣から立ち上がり、フィンの隣に座った。カイが目で追った。


 リヴァが椅子に座った。


「どしたの」


 フィンは灰皿をリヴァの前に置き、自分のを一本抜いて火をつけた。


 煙を吐いてから、ポケットから手のひらサイズの紺色の小さな箱を出した。


 その箱をリヴァのすぐ前に置いた。


「なにこれ」


「お土産」


 リヴァが開けると、中にピンクサファイアのピアスが入っていた。小さな一粒石だった。


「わ。いいの?」


 フィンが煙草を持った手で頬杖をつきながら、笑った。


「苗字、お揃いにする?」


 間があった。


 リヴァが固まった。


「ぇ……」


 カイがコントローラをソファに置いた。


 ユキナガが飲んだ水のグラスを強くテーブルに置いた。


「お前それ…」


「ピアスだよ?指輪じゃないよ」


「だとしてもあれだそれは」ユキナガが言う。


「跪いてないよ?」フィンが笑った。


「あーあ確信犯じゃん」


「苗字はアオイとでも揃えろ」カイが言った。


「ええ……」アオイが言った。


「モリ・フィン…」リヴァが笑った。


「急に近所の人みたいになった…」



 その時玄関が鳴り、アオイが開けに行った。


 戸口からヴィクトルが入ってきた。久々に顔を見せたヴィクトルは鞄を持ったまま、ソファの近くにいるカラムの傍で足を止めた。


「こいつ借りるぞ」


 カラムが顔を上げると、ヴィクトルはユキナガへ顎を向けた。


「ユキ、バーあけろ」


 ユキナガが立ち上がったところで、リヴァがカウンターから声をかけた。


「ヴィクトル、こんばんはしてない」


 ヴィクトルはリヴァを見て、ため息をついた。リヴァの手を取り、甲に口づける。


「こんばんは、姫」


 リヴァは眉間に皺を寄せ、戻された手を膝へ置いた。


「いい色のネイルだな」ヴィクトルが言った。


 カイが立ち上がってリヴァに近づき、リヴァの手を取って甲を袖で拭いた。


 キッチンでは惣一が洗い物をしていた。ヴィクトルはその前を通りながら、流しに向いた背中へ声をかける。


「黒だった」ヴィクトルは言った。「何で知ってんだこんなこと」


 惣一は皿をすすぎ、水切り籠へ立てた。


 ヴィクトルは後ろにいるカラムを見てから、惣一へ視線を戻した。


「いいか。俺に、お前の部下の面倒を見る義理は無い。だがこいつのためにやるだけだ。勘違いするな」


「結構」


 惣一が次の皿を取り上げた。


 フィンがカウンターから声をかけた。


「何があったの?」


「金回り洗ってた。こいつ全然管理してない」


 ヴィクトルはカラムへ向き直った。


「お前、日本語は誰に教わった」ヴィクトルが言った。「前から気になってた」


「……日本人」


「子供の頃からいた組織の人間か」


「……組織なくなった後。世話に、なった」


「そうなんだ」フィンが言った。


「仕事の取り方……その日本人に教わった」


「成程な」ヴィクトルが言った。「で、そいつがいなくなって別のやつに今は委託してるわけだ」


「……死んだから」


 ヴィクトルがカラムを横目で見た。


「ほかにはその日本人に何を教わった」ヴィクトルが言った。


「……オムライス」


 ヴィクトルが顔を上げてカラムを見た。


「真面目にやれ」


「……」


「あれ美味しいよね。他は」フィンが横から言った。


「……ぬか漬け」


 惣一が一瞬カラムを見た。


「違う」ヴィクトルがこらえきれず笑った。


「カラム」フィンが声のトーンを落とした。


 カラムが眉に皺を寄せた。


 ユキナガがバーの扉を開け、顔を出した。


「開けたよ」


「助かる」


「会議室とかでいいだろ、わざわざバーじゃなくても」


「堅苦しいだろ。ただのファイナンシャルプランナーとの相談だ」


「こんなFPいてたまるかよ」


 ヴィクトルは鞄を持ち直した。


「来い」


 カラムが立ち上がり、二人でバーへ入った。





 しばらくして、バーの扉が開いた。


「皇族の資産管理でもさせてる金額だぞ、わかってんのか」ヴィクトルがカラムに言いながら出てきた。


「……」


 カラムは共用スペースへ戻ると元いた場所へ座った。ヴィクトルはノートPCと紙の束を鞄へ戻しながらキッチンへ向かった。


「後任の奴にごっそり抜かれてた」ヴィクトルが言った。「報酬の差額と架空経費。余計な支払いは全部止めた」


 惣一が洗い終えた皿を水切り籠へ置いた。


「戻るか」


「戻させる。記録は揃ってる」


 ヴィクトルは鞄を閉じた。


「今後の口座も整理した。アルカからの報酬は別にする。いいな、アルノ」


「承知しました」アルノが奥のテーブルから言った。「助かります」


 リヴァがカウンターに座り、ヴィクトルを見ていた。その耳にはピンクサファイヤのピアスがついていた。


 ヴィクトルがピアスと、入っていた箱を見た。


「おい、誰だリヴァにプロポーズしたのは」


「あ…バレた?」フィンが頬を掻いた。


「ガラードのサファイアだろ、それ。ダイアナの婚約指輪作った店だぞ」


「なんでそんなん知ってんだよ」ユキナガが言う。


「昔女にせがまれた」


 リヴァの視線がヴィクトルの左手首で止まる。


「そういえばヴィクトル、時計戻ってる…」


 ヴィクトルの左手首には、ローマの時にしていた時計と同じものがあった。


「……まさか同じの、新しく買ったのかよ」ユキナガが言った。「ヴィクトル本人より高いやつ」


「喧嘩売ってんのかクソガキ」ヴィクトルが袖をまくった。「取り返した。シリアルナンバーで追える」


「ええ…」ユキナガが言った。


「ちなみに盗った奴らはお仕置き済みだ」


「……なにしたの」リヴァが言った。


「留置所」


「よかった。普通だった」アオイが言った。


「スリランカのな」


「………」アオイが天井を向いた。





 地下資料室。


 惣一は机に向かっていた。


 古い資料を開いたまま、指にHighlightを挟んでいた。灰皿には吸い殻が何本か重なっている。


 扉が開いた。


「惣一」


 惣一が顔を上げた。


「どうした」


 リヴァは扉の内側に立ったまま、黙っていた。


「……」


「また何か交渉しにきたか」


 リヴァの肩が固まった。


「……そうじゃない」


 惣一が少し笑った。


 煙草を灰皿へ置いた。


「惣一ってなんで、刺青入ってないの」


 惣一の目が止まった。


「……ヤクザでも入れてねえ奴はいる」


「やっぱりヤクザなの」


「前はな」


 少し間があった。


 惣一が資料へ目を戻した。


「お前は甘露煮の豆は食えるか」


「え」


「なんだ」


「いや、」


 惣一がリヴァを見る。


「俺が普通の質問をしたのが意外か」


「うん」


「……そうか」


 リヴァは少し考えた。


「……甘いやつなら、食べれる」


「結構」


 惣一が煙草を取った。


 火をつけ、煙を横へ逃がした。


「なんでヤクザやめたの」


「潰した。腐ってたから」


「え」


「俺のことを聞きに来たんじゃねえのか」


「……そう、だけど」


 惣一は煙草を吸った。


 リヴァは机の上の古い資料へ視線を落とした。


 少しして、顔を上げた。


「アンカーってなに」


 惣一の指が止まった。


「……当然、そうなるよな」


「レオンハルトにそう呼ばれた。惣一も、初めて会った時にそう呼んだ」


 惣一はしばらく黙っていた。


 煙草の先から灰が落ちた。


「全部は知らねえ」


「うん」


「ただ、そう呼ばれた人間の周りには、色んなものが集まる」


 リヴァが惣一を見る。


「弾が当たるのもそれ?」


「弾だけじゃねえ。人もだ」


 惣一は灰を落とした。


「自分でも理由が分からねえまま、その人間に執着する」


「……」


「それが能力なのか、別の何かなのかは知らねえ。噂だ」


 リヴァは黙っていた。


「だから最初、私のこと知ってたの」


「存在はな」


「私のことは?」


「知らなかった」


 間があった。


 しばらくして、リヴァが椅子から立ち上がった。


 リヴァが扉へ向かった。


 手を掛けたところで、惣一が呼んだ。


「リヴァ」


 リヴァが振り返った。


「え、今名前……」


 惣一が小さく笑った。


「お前のコードネーム、誰がつけたと思っている」


「……」


 リヴァの手が、扉の取っ手の上で止まった。

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