FP相談会
東京拠点 共用スペース 午後八時二分。
フィンたちが帰ってきて、数日が経っていた。
夕食を終え、共用スペースに人が集まっていた。惣一は洗い物をしていて、それをアオイが手伝っていた。
テレビの中で、荷物を積んだ男が山を登っていた。カイはソファに座り、コントローラを操作していた。
隣のリヴァが煙草を咥えながら膝を抱えていた。自分でしたばかりのボルドーのネイルを時折光に翳して見ていた。
カイの反対側にはユキナガがいて、頭の後ろに両手を重ねてソファの背もたれに沈んでいた。同じ煙草を咥えながら、カイのゲーム画面を眺めていた。カラムは端末を触っているアルノと向かい合って、奥の一人がけソファに沈んでいる。
フィンはカウンターに座りながら、頬杖をついていた。
「苗字どうしよ。やっぱり何かしら、あるほうがいいかなー」
「せっかく自分で選ぶなら五十嵐とかにすれば」ユキナガが言った。「かっこいいやつ」
「イガラシ…」フィンが呟いた。「日本の名前か。それもいいかもね」
「Montagu-Douglas-Scott(モンタギュー=ダグラス=スコット)は」カイが言った。
「よく知ってるねそれ」フィンが笑った。「スコットランド王室だっけ」
「そんなに長い苗字もあるんだ」リヴァが言った。
「まあ、リヴァもコードネームだけだしいいんじゃない?無理につけなくても」ユキナガが言った。
フィンが少し黙った。
「リヴァ」フィンが言った。
「ん?」
リヴァが煙草を指先に持ったままフィンの方を振り返った。
フィンがカウンターの椅子を手で二回叩いた。
「ちょっといい?」
リヴァはカイの隣から立ち上がり、フィンの隣に座った。カイが目で追った。
リヴァが椅子に座った。
「どしたの」
フィンは灰皿をリヴァの前に置き、自分のを一本抜いて火をつけた。
煙を吐いてから、ポケットから手のひらサイズの紺色の小さな箱を出した。
その箱をリヴァのすぐ前に置いた。
「なにこれ」
「お土産」
リヴァが開けると、中にピンクサファイアのピアスが入っていた。小さな一粒石だった。
「わ。いいの?」
フィンが煙草を持った手で頬杖をつきながら、笑った。
「苗字、お揃いにする?」
間があった。
リヴァが固まった。
「ぇ……」
カイがコントローラをソファに置いた。
ユキナガが飲んだ水のグラスを強くテーブルに置いた。
「お前それ…」
「ピアスだよ?指輪じゃないよ」
「だとしてもあれだそれは」ユキナガが言う。
「跪いてないよ?」フィンが笑った。
「あーあ確信犯じゃん」
「苗字はアオイとでも揃えろ」カイが言った。
「ええ……」アオイが言った。
「モリ・フィン…」リヴァが笑った。
「急に近所の人みたいになった…」
その時玄関が鳴り、アオイが開けに行った。
戸口からヴィクトルが入ってきた。久々に顔を見せたヴィクトルは鞄を持ったまま、ソファの近くにいるカラムの傍で足を止めた。
「こいつ借りるぞ」
カラムが顔を上げると、ヴィクトルはユキナガへ顎を向けた。
「ユキ、バーあけろ」
ユキナガが立ち上がったところで、リヴァがカウンターから声をかけた。
「ヴィクトル、こんばんはしてない」
ヴィクトルはリヴァを見て、ため息をついた。リヴァの手を取り、甲に口づける。
「こんばんは、姫」
リヴァは眉間に皺を寄せ、戻された手を膝へ置いた。
「いい色のネイルだな」ヴィクトルが言った。
カイが立ち上がってリヴァに近づき、リヴァの手を取って甲を袖で拭いた。
キッチンでは惣一が洗い物をしていた。ヴィクトルはその前を通りながら、流しに向いた背中へ声をかける。
「黒だった」ヴィクトルは言った。「何で知ってんだこんなこと」
惣一は皿をすすぎ、水切り籠へ立てた。
ヴィクトルは後ろにいるカラムを見てから、惣一へ視線を戻した。
「いいか。俺に、お前の部下の面倒を見る義理は無い。だがこいつのためにやるだけだ。勘違いするな」
「結構」
惣一が次の皿を取り上げた。
フィンがカウンターから声をかけた。
「何があったの?」
「金回り洗ってた。こいつ全然管理してない」
ヴィクトルはカラムへ向き直った。
「お前、日本語は誰に教わった」ヴィクトルが言った。「前から気になってた」
「……日本人」
「子供の頃からいた組織の人間か」
「……組織なくなった後。世話に、なった」
「そうなんだ」フィンが言った。
「仕事の取り方……その日本人に教わった」
「成程な」ヴィクトルが言った。「で、そいつがいなくなって別のやつに今は委託してるわけだ」
「……死んだから」
ヴィクトルがカラムを横目で見た。
「ほかにはその日本人に何を教わった」ヴィクトルが言った。
「……オムライス」
ヴィクトルが顔を上げてカラムを見た。
「真面目にやれ」
「……」
「あれ美味しいよね。他は」フィンが横から言った。
「……ぬか漬け」
惣一が一瞬カラムを見た。
「違う」ヴィクトルがこらえきれず笑った。
「カラム」フィンが声のトーンを落とした。
カラムが眉に皺を寄せた。
ユキナガがバーの扉を開け、顔を出した。
「開けたよ」
「助かる」
「会議室とかでいいだろ、わざわざバーじゃなくても」
「堅苦しいだろ。ただのファイナンシャルプランナーとの相談だ」
「こんなFPいてたまるかよ」
ヴィクトルは鞄を持ち直した。
「来い」
カラムが立ち上がり、二人でバーへ入った。
しばらくして、バーの扉が開いた。
「皇族の資産管理でもさせてる金額だぞ、わかってんのか」ヴィクトルがカラムに言いながら出てきた。
「……」
カラムは共用スペースへ戻ると元いた場所へ座った。ヴィクトルはノートPCと紙の束を鞄へ戻しながらキッチンへ向かった。
「後任の奴にごっそり抜かれてた」ヴィクトルが言った。「報酬の差額と架空経費。余計な支払いは全部止めた」
惣一が洗い終えた皿を水切り籠へ置いた。
「戻るか」
「戻させる。記録は揃ってる」
ヴィクトルは鞄を閉じた。
「今後の口座も整理した。アルカからの報酬は別にする。いいな、アルノ」
「承知しました」アルノが奥のテーブルから言った。「助かります」
リヴァがカウンターに座り、ヴィクトルを見ていた。その耳にはピンクサファイヤのピアスがついていた。
ヴィクトルがピアスと、入っていた箱を見た。
「おい、誰だリヴァにプロポーズしたのは」
「あ…バレた?」フィンが頬を掻いた。
「ガラードのサファイアだろ、それ。ダイアナの婚約指輪作った店だぞ」
「なんでそんなん知ってんだよ」ユキナガが言う。
「昔女にせがまれた」
リヴァの視線がヴィクトルの左手首で止まる。
「そういえばヴィクトル、時計戻ってる…」
ヴィクトルの左手首には、ローマの時にしていた時計と同じものがあった。
「……まさか同じの、新しく買ったのかよ」ユキナガが言った。「ヴィクトル本人より高いやつ」
「喧嘩売ってんのかクソガキ」ヴィクトルが袖をまくった。「取り返した。シリアルナンバーで追える」
「ええ…」ユキナガが言った。
「ちなみに盗った奴らはお仕置き済みだ」
「……なにしたの」リヴァが言った。
「留置所」
「よかった。普通だった」アオイが言った。
「スリランカのな」
「………」アオイが天井を向いた。
地下資料室。
惣一は机に向かっていた。
古い資料を開いたまま、指にHighlightを挟んでいた。灰皿には吸い殻が何本か重なっている。
扉が開いた。
「惣一」
惣一が顔を上げた。
「どうした」
リヴァは扉の内側に立ったまま、黙っていた。
「……」
「また何か交渉しにきたか」
リヴァの肩が固まった。
「……そうじゃない」
惣一が少し笑った。
煙草を灰皿へ置いた。
「惣一ってなんで、刺青入ってないの」
惣一の目が止まった。
「……ヤクザでも入れてねえ奴はいる」
「やっぱりヤクザなの」
「前はな」
少し間があった。
惣一が資料へ目を戻した。
「お前は甘露煮の豆は食えるか」
「え」
「なんだ」
「いや、」
惣一がリヴァを見る。
「俺が普通の質問をしたのが意外か」
「うん」
「……そうか」
リヴァは少し考えた。
「……甘いやつなら、食べれる」
「結構」
惣一が煙草を取った。
火をつけ、煙を横へ逃がした。
「なんでヤクザやめたの」
「潰した。腐ってたから」
「え」
「俺のことを聞きに来たんじゃねえのか」
「……そう、だけど」
惣一は煙草を吸った。
リヴァは机の上の古い資料へ視線を落とした。
少しして、顔を上げた。
「アンカーってなに」
惣一の指が止まった。
「……当然、そうなるよな」
「レオンハルトにそう呼ばれた。惣一も、初めて会った時にそう呼んだ」
惣一はしばらく黙っていた。
煙草の先から灰が落ちた。
「全部は知らねえ」
「うん」
「ただ、そう呼ばれた人間の周りには、色んなものが集まる」
リヴァが惣一を見る。
「弾が当たるのもそれ?」
「弾だけじゃねえ。人もだ」
惣一は灰を落とした。
「自分でも理由が分からねえまま、その人間に執着する」
「……」
「それが能力なのか、別の何かなのかは知らねえ。噂だ」
リヴァは黙っていた。
「だから最初、私のこと知ってたの」
「存在はな」
「私のことは?」
「知らなかった」
間があった。
しばらくして、リヴァが椅子から立ち上がった。
リヴァが扉へ向かった。
手を掛けたところで、惣一が呼んだ。
「リヴァ」
リヴァが振り返った。
「え、今名前……」
惣一が小さく笑った。
「お前のコードネーム、誰がつけたと思っている」
「……」
リヴァの手が、扉の取っ手の上で止まった。




