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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十四章「帰還偏差 ― Return Deviation」

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テムズ川沿い


 ロンドン、テムズ川沿い。


「この先で停めて」


 テオが運転席へ声をかけた。車は川沿いの道から脇へ入り、遊歩道へ下りる階段の近くで停まった。


「少し歩こう」


 テオが先に降り、フィンも続いた。川から吹いてきた風が、柔らかい日差しと混ざり、空気が穏やかだった。


 後続の車からアオイとカラムも降りてきた。


 フィンは遊歩道に面した小さなアイスクリーム屋を見つけ、アオイへ顔を向けた。


「アオイ、あそこアイス売ってるよ。カラムと二人で買ってここで食べながら待ってて」


 アオイは眉間に皺を寄せた。

 

 フィンがカラムに言った。


「好きなの選んでいいよ。終わったら俺も食べる」


 アオイはフィンとテオを見てから、店の方へ歩き出した。カラムもついていき、窓口の横へ出ているメニューの前で足を止めた。


 テオは川沿いを歩いた。


 フィンも隣へ並び、綺麗に舗装された道を進んだ。


 少し歩くと、この時間人は殆どいなかった。




「……父のしてたこと、フィンのことを調べていくうちに知ったんだ」


 テオが言った。フィンは川を見ていたが、顔をテオへ向けた。


「君は悪者じゃないって、僕が一番知ってる。父は死んだ方がいい人間だったことも」


 テオはフィンを見て、柔らかく笑った。


「まさか元SASで、イートンでは僕の先輩だったとは思いもしなかったけど」


「……よく、そこまで調べたね」


 テオの視線が、フィンの襟元から顔へ戻った。


「多分、君が殺したんだろ。父を」


 フィンは答えなかった。


 テオは川へ目を戻した。


「父たちのことを調べるために近づいてきたのも、途中で気づいてたよ。僕の話より、そっちの方が聞きたいんだなって」


 フィンは隣に立ったまま、テオを見ていた。


「それでも、君の気を引きたくて、知っている情報を全部話した」


 テオが指を組んだ。


「だから、父が死んだことは僕のせいでもある」


「違う。そこは関係ない」


 フィンが言うと、テオは顔を上げた。しばらくフィンを見ていたが、また手元へ視線を落とした。


「あの後、僕の兄さんにも話した。兄さん、会社を継いでから頑張って立て直してるよ」


 遊歩道を自転車が通った。フィンがテオの外側へ寄り、通り過ぎるのを待つと、川の近くのベンチを指さした。


「今度はフィンたちのお世話にならないように、僕も手伝ったんだ」


「……そっか」


 二人はほとりのベンチに座った。


「煙草、吸っていいよ」テオが言った。


「……嫌いでしょ」


「話したこと、覚えててくれてる。嬉しい」


 テオはフィンのジャケットの右ポケットを触った。Camelと携帯灰皿を取り出した。


「一本貰える?」


 返事を待たず、テオが一本抜いて火をつけようとした。吸いこんで少しむせた。


「体に良くないよ」フィンが言った。


「フィンの真似したかったから、いい」


 テオが一本抜いてフィンに差し出して、フィンも咥えた。ライターを受け取って火をつけた。


「あんなにひどい家なんて、知らなかった」テオが言った。


 フィンが煙を吐いて、足を組んだ。笑顔を作って、少し体をテオに向けた。肩をすくめた。


「でも、嬉しかった。船で言ってたことは嘘じゃなかったんだって」テオが言った。


 テオが顔を向けた。


「ねえ、僕のことも殺す?」


 フィンの手が止まった。


 テオは携帯灰皿に煙草を押しつけてから、フィンの顔へ手を伸ばした。川からの風で額へ落ちてきた髪を払い、フィンの目を見た。


「フィン、ごめんね。僕の我が儘で迷惑をかけて」


 テオが腕を伸ばし、フィンへ抱きついた。フィンは火のつている煙草をテオから離した。


 テオの腕が背中へ回った。


 ジャケットの下に隠していた拳銃が、テオの身体へ硬く当たった。テオはそこへ身体を寄せたまま、フィンの肩に顔を伏せた。


「僕、知りすぎたよね」


 フィンはテオの顔を見ようとした。テオは離れず、フィンの背に回した片腕へ力を入れた。


「フィンに会いたかっただけ。もう一度、どうなってもいいから会いたかった」


 間があった。


「愛してるんだ」テオが言った。


 フィンが息を吐いて、目を閉じた。


「うん」フィンのまつ毛が震えた。


 二人の間を、風が通り過ぎた。


「あ……」


 テオの声に目を開けると、テオの背後にアオイが居た。


 足音は聞こえなかった。


 アオイの手がテオの右手首を背中に押して留めていた。


 テオの指にはナイフの柄が握られていた。刃先がアオイの腕の下で止まっている。


「手、開いてください」


 アオイが言った。


 テオは右腕を取られたまま、左手でフィンの袖を掴んでいた。


「……テオ」


 テオはフィンを見た。アオイがもう一度手を開くよう言っても、指は柄から離れなかった。


 テオの左手が、フィンの袖を引いた。


 フィンは動かなかった。テオは袖を掴んだまま、フィンの方へ身体を寄せようとした。アオイが右腕を押さえ直すと、テオの肩が止まった。


「一緒に居たかった。ずっと」


 テオが指を緩めると、アオイはその手からナイフを取り上げた。


「ねえ。もう会えないなら、いっそのこと」


 テオの指が袖口へ滑った。布を掴み直そうとして、フィンの手首に触れた。


「それで、ナイフを持ってきたの」


 テオは唇を閉じた。フィンの手首へ指をかけたまま、視線を下げた。


 アオイはテオの右手首を保持していた。フィンがそちらを見ると、アオイも顔を向けたが、手は離さなかった。


「フィンがいなくなるのが嫌だった」


 テオが言った。


 フィンはテオの左手へ触れた。手首にかかっていた指を外し、テオの身体の前へ戻した。


「アオイ、離していいよ」


 アオイはテオの手元を確認してから、掴んでいた手首を離した。テオは右手を左手で包み、フィンとの間に空いた距離を見た。


 上の道路では、テオの運転手が車のそばに立っていた。


 フィンの口が開き、閉じた。


 カラムが、赤い何かのフルーツのアイスバーを食べながらこちらを見ていた。右手はジャケットの中に入っていた。


 テオはフィンの横を通り、階段へ向かった。


 運転手が開けた扉に手を置き、テオが振り返った。


「またね、オリヴァー」


 フィンは返事をしなかった。


 テオが座席へ入り、扉が閉まった。窓越しにフィンを見ていた顔が、車の向きを変えるにつれて街路の映り込みに重なった。



 車が通りへ出てからも、フィンは川のほとりにいた。


 アオイがアイスを店からもらってきて隣へ来て、ベンチに座った。片手にはバニラのアイス。


「……フィン、気づいてましたよね」


 フィンは車が消えた方を見たまま、何も言わなかった。


「彼がナイフを持っていたこと」アオイが言った。


 川からの風が吹いた。フィンはジャケットのポケットへ両手を入れた。


「…俺のこと嫌いな人に殺されるより、俺のこと好きな人に殺される方がよくない?」


 アオイはしばらくフィンを見ていた。


「じゃあ、自分が殺すんで」


 フィンが顔を向けた。


「へ?」


「あ?」


「それは…」


「ダメですか」


 フィンはアオイの顔を見た。


「口説いてる?」


「いいえ、それは自意識過剰です」


 フィンが笑った。


「でも意外。来るならカラムが来ると思った」


 カラムが近づいて来て、アイスをフィンに渡した。チョコレートでコーティングされたアイスバーだった。


 自分の分はもう食べ終えて、もう片方の手には煙草があった。火がついていた。


「……撃てばいいから」


 カラムがフィンの隣に腰を下ろした。二人がけのベンチの奥にアオイが押し込まれてきつかった。


「でも誤射するかもよ?」


「しない」


「なんで」


「なんでも」


「あれ、思ったより俺愛されてる?」


「……黙って」


 アオイが笑った。


 フィンはアイスを一口齧った。



 いつのまにか食べ終えたアオイが、煙草に火をつけた。


「…てかアオイ、結構面白かったよ」フィンが言った。「威嚇したりもするんだね」


「惣一が、好きに暴れてこいって言ってたのは本当ですよ。それで、これ武力衝突になりそうだなと絶望してました……」


「俺、人事権とかないのに」フィンが笑った。「あれは盛ってる」


「フィンだって、あんな感じで帰って来てすでに長男転がしてるって。笑いましたよ」


「むかついたからやっちゃった」


「わざわざ覚えたての柔道でやることないじゃないですか」


 フィンとアオイが顔を見合わせて笑った。


 フィンが最後の一口を食べた。


 カラムが煙を吐いた。


「カラムだって、遊んでただけなのに4700って」


「……アオイに設定されて狙ってみてただけ…」


「当ててろよそこは」


「……黙って」


 フィンが笑った。目元が細くなった。


 しばらく三人で、川沿いの風を感じていた。


「お土産買って、帰ろっか。ありがと、二人とも」


「駄目です。まず傷の確認です」


「えー」


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