花束
東京拠点 午前九時二十分。
「……何、これ」
リヴァがパンケーキを食べた後、シャワーを浴びようと自室へ戻った時だった。
廊下の先が花で埋まっていた。白と赤の薔薇、百合、淡い紫の蘭。いくつもの大きな花束が床から重なり、リヴァの部屋の扉は取っ手までほとんど隠れていた。
「ん??」
「は?………え?」
後ろを歩いていたユキナガも足を止めた。端末へ視線を落とし、すぐに拠点内の記録を開く。
「……侵入ログなし、誰がやってんだこれ」ユキナガが小走りでモニタールームに向かった。
「フィン、ちょっと来て異常事態。廊下見て」ユキナガが走りながらフィンに通信を入れた。
「カイ、リヴァの側来て。すぐ」
共用スペースにいたカイが洗い物を切り上げて上がってきた。同じ頃、フィンの自室のドアも開いた。
「わあ。これ何??誰?」
「全員へ、リヴァの部屋の前に大量の花置いたひといるー?」
声を聞いたカラムとアオイもそれぞれの部屋から出てきた。廊下へ出たアオイは、花で塞がれたリヴァの部屋を見て足を止めた。
「……さっきまでなかったですけど…」
リヴァが花へ近づこうとすると、カイが一歩前へ出て進路を塞いだ。
「触るな」
アオイが花に近づき、奥の方を確認した。
「……爆発物はなさそう、ですね」
フィンは少し離れた場所から花を眺めていた。
「綺麗だねー」
「うん、綺麗」リヴァが言った。
「誰かこんなことやるやついるかなあ」フィンが言った。
「ヴィクトルでは……」アオイが言った。
リヴァが笑った。
「ヴィクトルかも」
「あいつは何かに、かこつけてやるだろ」カイが言った。「意味なくはやらない」
「帰還祝いとか、ですか?」アオイが言った。
「あと、やるなら夜だ」
「だよねえ。リヴァの反応一番に見たがりそうだし」フィンが言った。
カラムは花の正面には寄らず、廊下の奥と階段側へ順番に目を向けた。
「中の誰かなら、これだけ運べば気づくよね」フィンが言った。
朝から共用スペースには何人もいた。花束は一人で抱えられる量ではなく、床にも包装紙や茎が重なるほど置かれている。
通信からユキナガの声がした。
『……カメラがおかしい』
フィンが顔を上げた。
「何?」
『九時十四分。まだ何もない。花もない』
少し間が空いた。
『……その後。一瞬映像が飛んでる』
「切られた?」アオイが言った。
『いや。ログも回線も正常。カメラ自体は落ちてない』
ユキナガが黙った。
『……戻った』
さらに数秒、返事がなかった。
『花ある』
廊下にいた全員の視線が、リヴァの扉の前へ向いた。
『……全部』
しばらくして、ユキナガがモニタールームから戻ってきた。花の山と天井のカメラを見比べてから、両手で頭を抱える。
「……ローマの0.7秒のやつと同じでは」アオイが言った。
「あ……」
リヴァがユキナガを見た。
「……映らないやつ、一人だけ知ってる」
フィンの表情から笑みが消えた。
アオイが花束の上を指した。
「カードがあります」
一番上の白い花束に、小さなカードが一枚挟まっていた。
そこには一言だけ書かれていた。
『Njeri i dashur.』
「アルノに聞きます?」アオイが言った。
「一旦様子見しよ。今日は寝かせといてあげろって惣一にさっき言われたし」フィンが言った。
ユキナガが端末を向け、文字を読み取らせた。
「……『大切な人』だって」ユキナガが言った。
画面の下に、検出された言語が表示された。
リヴァがカードを抜き取って、顔を上げた。
ユキナガが額を押さえた。
「アルバニア語だ」
ユキナガが息を吐いた。
「……やっぱりあいつ」
リヴァが白いバラを一本抜いて、匂いを嗅いだ。




