久々の和食
夕食の時間だった。
惣一は鍋から大根の味噌汁をよそい、並んだ椀へ順番に入れていた。テーブルの中央には、鰤の照り焼きを盛った大皿と筑前煮の大鉢、切り分けただし巻き卵、ほうれん草のおひたし、白菜と胡瓜の浅漬けが並び、木のおひつから湯気が上がっている。
カズマは惣一から椀を受け取り、包帯の巻かれた左手を使って配っていた。カラムも箸や取り皿を運んでいたが、自分が置いた箸をカズマが直しているのをみて、席に座った。
ミントも席について、魚をもらっていた。
オラヴルが顔を上げた。
戸口にいるリヴァを見て、くすんだ青い目が見開いた。
「……リヴァ」
「飯出せ、早く」惣一が言った。
「……」
オラヴルはおひつを引き寄せた。茶碗へ白飯をよそい始める。
帰国した七人は、まだ廊下側に立っていた。
「……これはどういう状況ですか」アルノが言った。
「座れ」
惣一は味噌汁をよそい続けていた。
誰も動かなかった。オラヴルは人数分の茶碗を前に、顔へ片手を当てた。
「座ってくれ……」
アルノが先に椅子を引いた。フィンとアオイが続き、ユキナガも席へ向かった。カイがリヴァの椅子を引き、自分もその隣へ座る。
ヴィクトルは椅子へ手を掛けず、玄関へ身体を向けた。
「……俺はいい。帰る」
「お前からの報告も聞く。座れ」惣一が目も合わせずに言った。
「嫌だね」
「あのイタリア人の話もある」
ヴィクトルは眉を寄せて惣一を見た。
「……」
しばらくして椅子を引き、腰を下ろした。
ユキナガは大皿と大鉢が並んだ食卓を見渡した。
「何で日本食……」
「ローマだったから、日本食恋しいかなって思ったんでしょ、ボス」カズマが言った。
惣一は答えなかった。
「毎日日本食……みんなでたべてた」カラムが言った。
「…この空気を毎日…?」アオイが言った。
アオイの声に反応して、惣一が顔を上げた。
目があって、アオイが顎を引いた。
「あ……森葵です。は、はじめまして…」
「居たのか」
惣一がそれだけ言った。アオイが固まっていた。
最後の椀を置き、ユキナガの前へ小皿を出した。鰤は骨を除かれ、ほぐされていた。
「……なんで俺のだけほぐしてあんの」
フィンが覗き込んだ。
「手、使いにくいから?」フィンが言った。
「……」
ユキナガは惣一を見たが、惣一はもうカラムから取り皿を受け取っていた。
配膳が終わると、カラムが両手を合わせていた。
アルノがカラムを見た。
他の面々もカラムを見た。
「……いただきます」
アオイとカズマの声が続き、ほかにも低い声がまばらに重なった。大皿へ箸が伸び、椀の触れる音が食卓に広がった。
リヴァは手を合わせなかった。箸も取らず、惣一を見ていた。
「ジュリオは」
惣一がおひつから自分の茶碗へ白飯をよそった。
「欧州の指揮から外した。無期限の現地協力に移してある。失踪の照会は俺のところで止まる」
「…失踪…」リヴァが言った。
「欧州支部に帰らず、逃げたのか」ヴィクトルが言った。
「ああ、逃した。…緑の庇からな」
「……ジュリオ、」
リヴァの目に涙が溜まった。
以前ジュリオから聞いた、逃走経路の目印だった。
「食え」
惣一が言った。
リヴァは俯き、箸を取った。滲んだ涙が落ちる前に目元を袖で拭い、手を合わせた。
だし巻き卵を一切れ取って、少し齧った。
一拍止まって、残りをカイの皿に置いた。
ヴィクトルは箸を持たず、惣一を見ていた。
「…アルバンは何故ローマに居た」
「アルカがローマで任務するって話を、あの男が拾うところへ流しただけだ」
惣一はヴィクトルへ顔を向けた。
「お前はあの男に何と言った」
「聖堂の場所だけ伝えた。リヴァがいるかもしれないと」
「成る程な」惣一は言った。「あそこまで使えるとは思ってなかった」
アルノが箸を置いた。
「つまりあなたは、リヴァが捕まるところまで計画に入れていたということですか」
「…そうしなきゃ、レオンハルトは出てこなかっただろ」
「だからって、」アルノが言った。
「リヴァの奪還計画、聞いてたぜ俺ら」カズマが言った。漬け物を食べていた。
「……」アルノが黙った。
「俺とカラムも、惣一とイタリア行くかもって聞いてた」カズマが言った。「バケモン来たせいで無くなったけど」
アルノがカズマを見たあと、惣一へ目を戻した。
「……正気ですか」
惣一は筑前煮を取り皿へ移した。
カイが立ち上がった。固定された左腕は動かさず、右手をテーブルについた。
「リヴァを餌におびき寄せたのか」
惣一がカイを見た。
「餌になったのはお前だろうが」
カイの右手に力が入った。
「それでもーー」
リヴァは箸を置き、カイを見上げた。
「カイ、座って」
カイは惣一を見たまま椅子へ戻った。
「惣一、教えてほしい。私のこと」リヴァが言った。
惣一がリヴァを見た。そして目を逸らした。
「うちに合流する前、お前はレオンハルトのところにいた。詳しくは知らねえ」
オラヴルの箸が止まった。顔は上がらなかった。
「部屋に行った時に…惣一が怒ってた"あいつ"ってレオンハルトのこと?」
フィンが、リヴァを見た。
惣一はため息をついてから、リヴァの方を見ずに言った。
「…そうだ」
リヴァは惣一を見ていた。
「……惣一は、私たちの味方なの」
全員が食べる手を止めた。音が途切れた。
「好きに解釈しろ」
アルノは脇腹を押さえた。
「なぜ欧州支部に、あなたが働きかけられないんですか」
「ほかのコアと縄張りが違う」
「あなたの管轄がアジア圏とアメリカであることは知っています」
惣一は茶碗を置いた。
「今回で、少なくとも欧州支部に、あいつの息がかかってることが確認できただろ」
「……つまりそれって」フィンが言った。
「アルカの中にも敵がいるってこと」ユキナガが言った。
魚を食べ終えたミントが歩いてきて、リヴァの膝の上に飛び乗った。
ローマに行く前より、少し丸くなっていた。
「その為に、俺が来た」
惣一が言った。




