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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十四章「帰還偏差 ― Return Deviation」

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久々の和食



 夕食の時間だった。


 惣一は鍋から大根の味噌汁をよそい、並んだ椀へ順番に入れていた。テーブルの中央には、鰤の照り焼きを盛った大皿と筑前煮の大鉢、切り分けただし巻き卵、ほうれん草のおひたし、白菜と胡瓜の浅漬けが並び、木のおひつから湯気が上がっている。


 カズマは惣一から椀を受け取り、包帯の巻かれた左手を使って配っていた。カラムも箸や取り皿を運んでいたが、自分が置いた箸をカズマが直しているのをみて、席に座った。


 ミントも席について、魚をもらっていた。


 オラヴルが顔を上げた。


 戸口にいるリヴァを見て、くすんだ青い目が見開いた。


「……リヴァ」


「飯出せ、早く」惣一が言った。


「……」


 オラヴルはおひつを引き寄せた。茶碗へ白飯をよそい始める。


 帰国した七人は、まだ廊下側に立っていた。


「……これはどういう状況ですか」アルノが言った。


「座れ」


 惣一は味噌汁をよそい続けていた。


 誰も動かなかった。オラヴルは人数分の茶碗を前に、顔へ片手を当てた。


「座ってくれ……」


 アルノが先に椅子を引いた。フィンとアオイが続き、ユキナガも席へ向かった。カイがリヴァの椅子を引き、自分もその隣へ座る。


 ヴィクトルは椅子へ手を掛けず、玄関へ身体を向けた。


「……俺はいい。帰る」


「お前からの報告も聞く。座れ」惣一が目も合わせずに言った。


「嫌だね」


「あのイタリア人の話もある」


 ヴィクトルは眉を寄せて惣一を見た。


「……」


 しばらくして椅子を引き、腰を下ろした。


 ユキナガは大皿と大鉢が並んだ食卓を見渡した。


「何で日本食……」


「ローマだったから、日本食恋しいかなって思ったんでしょ、ボス」カズマが言った。


 惣一は答えなかった。


「毎日日本食……みんなでたべてた」カラムが言った。


「…この空気を毎日…?」アオイが言った。


 アオイの声に反応して、惣一が顔を上げた。


 目があって、アオイが顎を引いた。


「あ……森葵です。は、はじめまして…」


「居たのか」


 惣一がそれだけ言った。アオイが固まっていた。


 最後の椀を置き、ユキナガの前へ小皿を出した。鰤は骨を除かれ、ほぐされていた。


「……なんで俺のだけほぐしてあんの」


 フィンが覗き込んだ。


「手、使いにくいから?」フィンが言った。


「……」


 ユキナガは惣一を見たが、惣一はもうカラムから取り皿を受け取っていた。


 配膳が終わると、カラムが両手を合わせていた。


 アルノがカラムを見た。


 他の面々もカラムを見た。


「……いただきます」


 アオイとカズマの声が続き、ほかにも低い声がまばらに重なった。大皿へ箸が伸び、椀の触れる音が食卓に広がった。


 リヴァは手を合わせなかった。箸も取らず、惣一を見ていた。


「ジュリオは」


 惣一がおひつから自分の茶碗へ白飯をよそった。


「欧州の指揮から外した。無期限の現地協力に移してある。失踪の照会は俺のところで止まる」


「…失踪…」リヴァが言った。


「欧州支部に帰らず、逃げたのか」ヴィクトルが言った。


「ああ、逃した。…緑の庇からな」


「……ジュリオ、」


 リヴァの目に涙が溜まった。


 以前ジュリオから聞いた、逃走経路の目印だった。


「食え」


 惣一が言った。


 リヴァは俯き、箸を取った。滲んだ涙が落ちる前に目元を袖で拭い、手を合わせた。


 だし巻き卵を一切れ取って、少し齧った。


 一拍止まって、残りをカイの皿に置いた。


 ヴィクトルは箸を持たず、惣一を見ていた。


「…アルバンは何故ローマに居た」


「アルカがローマで任務するって話を、あの男が拾うところへ流しただけだ」


 惣一はヴィクトルへ顔を向けた。


「お前はあの男に何と言った」


「聖堂の場所だけ伝えた。リヴァがいるかもしれないと」


「成る程な」惣一は言った。「あそこまで使えるとは思ってなかった」


 アルノが箸を置いた。


「つまりあなたは、リヴァが捕まるところまで計画に入れていたということですか」


「…そうしなきゃ、レオンハルトは出てこなかっただろ」


「だからって、」アルノが言った。


「リヴァの奪還計画、聞いてたぜ俺ら」カズマが言った。漬け物を食べていた。


「……」アルノが黙った。


「俺とカラムも、惣一とイタリア行くかもって聞いてた」カズマが言った。「バケモン来たせいで無くなったけど」


 アルノがカズマを見たあと、惣一へ目を戻した。


「……正気ですか」


 惣一は筑前煮を取り皿へ移した。


 カイが立ち上がった。固定された左腕は動かさず、右手をテーブルについた。


「リヴァを餌におびき寄せたのか」


 惣一がカイを見た。


「餌になったのはお前だろうが」


 カイの右手に力が入った。


「それでもーー」


 リヴァは箸を置き、カイを見上げた。


「カイ、座って」


 カイは惣一を見たまま椅子へ戻った。


「惣一、教えてほしい。私のこと」リヴァが言った。


 惣一がリヴァを見た。そして目を逸らした。


「うちに合流する前、お前はレオンハルトのところにいた。詳しくは知らねえ」


 オラヴルの箸が止まった。顔は上がらなかった。


「部屋に行った時に…惣一が怒ってた"あいつ"ってレオンハルトのこと?」


 フィンが、リヴァを見た。


 惣一はため息をついてから、リヴァの方を見ずに言った。


「…そうだ」


 リヴァは惣一を見ていた。


「……惣一は、私たちの味方なの」


 全員が食べる手を止めた。音が途切れた。


「好きに解釈しろ」


 アルノは脇腹を押さえた。


「なぜ欧州支部に、あなたが働きかけられないんですか」


「ほかのコアと縄張りが違う」


「あなたの管轄がアジア圏とアメリカであることは知っています」


 惣一は茶碗を置いた。


「今回で、少なくとも欧州支部に、あいつの息がかかってることが確認できただろ」


「……つまりそれって」フィンが言った。


「アルカの中にも敵がいるってこと」ユキナガが言った。


 魚を食べ終えたミントが歩いてきて、リヴァの膝の上に飛び乗った。


 ローマに行く前より、少し丸くなっていた。


「その為に、俺が来た」


 惣一が言った。

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