醤油と焼いた魚の香り
ヴィクトルのチャーター機。
機体は巡航高度に入り、客室には低いエンジン音が続いていた。
リヴァとカイは窓側の並びに座り、ヴィクトルとフィンがその向かいにいた。後方のソファにはユキナガとアオイがいて、アルノは通路側の一人掛けで事情聴取の記録を読み終え、端末を閉じた。
アルノの座席脇には白ワインのグラスがあり、中身は半分まで減っていた。
「レナート教授とルカへの事情聴取ですが。どちらとも情報流出の関与は認められませんでした」
「セオドール神父は?」フィンが言った。
「突然レナート教授とも連絡がつかなくなったそうです。取り乱した様子でした」
アオイが背もたれから起き上がった。
「それって、バチカンに問い合わせてもだめなんですか」
「……回答はありませんでした」
ヴィクトルはシャンパンを片手に言った。
「あいつらは都合のいいことしか言わない」
「敬虔なカトリックでしょヴィクトル」フィンが言った。
ヴィクトルはフルートグラスを揺らした。
「組織を愛しているわけではない」
「へえ」フィンは立ち上がり、奥のスペースに移動してCamelに火をつけた。
リヴァも席を立って後方へ移り、カイが片手に水を持ってついていった。リヴァはMarlboroを取り出して、火をつけた。
事情聴取を受けたルカは、卒業を控えてローマに残っていた。
「ルカはいいの。空港にも来なかったけど」リヴァが言った。
「電話だけした。なんか、あっさりだった。あいつなりにやり切ったと思ったんじゃないかな」
ヴィクトルは黙ってその顔を見ていた。
リヴァは煙草の火を見てから、咥えたまま窓の方を向いた。ヴィクトルはその横顔を見た。
「ジュリオが心配か」
「……うん」リヴァが言った。
「あいつは大丈夫だ。生きてる。死んでたらもっと盛大に死んでるはずだ」
「それは同意します。静かに死ぬタイプじゃなさそうなので」アオイが言った。
「なんか言ってること怖い…」
アオイは口を開きかけ、そのまま背もたれへ戻った。フィンは上向きに煙を吐いた。
アルノが白ワインを一口飲んだ。
「当面、行動には注意してください。引き続き単独で外に出ることは控えて。任務も最低二人から組みます」
「うわ。もう任務の話?休ませてよ」フィンが言った。
「ああ…セラヴィ」アオイがそう言って、置いてあったウイスキーを飲み干した。
「まずコアに話を聞くところからだろ」ヴィクトルが言った。
「……カラムとオラヴルとミント。元気にしてるかな」リヴァが言った。
「やつれてるかもな」ヴィクトルが言った。「猫も」
リヴァの指が、膝の上で閉じた。
「カズマ、グレイ倒してきたんでしょカラムと。すごいよね」フィンが言った。
「倒してはいません。むしろ日本に居ることが確定している分、警戒をあげます」
「帰ったら、出国記録出てないか洗う」ユキナガが言った。
「助かります」
「……これから、どうなるんだろう」リヴァが呟いた。
カイがリヴァの顔を見た。
東京拠点。
アルノが玄関を開けた。扉を開けても中から足音は近づかず、いつもなら姿を見せるオラヴルも出てこなかった。
アルノは廊下の先を確認して中へ入った。その後ろへカイが入り、リヴァが続いた。誰も上着を脱がなかった。
共用スペースへ続く戸は閉まっていた。アルノがそこまで進むと、残る六人も廊下で足を止めた。アルノが取っ手を握り、戸を開けた。
醤油と焼いた魚の香りが、温かい空気と一緒に流れてきた。
共用スペースのテーブルには、カラム、カズマ、オラヴルが一列に並ばされていた。カズマの左手には包帯が巻かれ、オラヴルは青い顔で椅子の背にもたれていた。カラムが戸口へ顔を向けた。
惣一は台所に立ち、火から下ろした鍋の中身を器へよそっていた。
「……ただ、いま」リヴァが言った。
返事はなかった。




