同じ寝相
レナート宅。
ルカが玄関を開けた。床に書類の束があった。その周囲には、大量の論文とメモが散らばっていた。
「うわ」ユキナガが言った。
「踏まないようにね」
毛布に包まれたユキナガは、ルカに身体を支えられて書類の間を進んだ。
「教授どこ行ったの」
「買い物だって」
ルカは廊下の扉を開けた。
「お風呂こっち」
ユキナガの腕は多少は動くようになっていたが、肩へ力を入れると痛んだ。襟に乾いた血が残るシャツのボタンを指で挟み、外そうとしたところで手が震えた。
ルカが手を伸ばした。
「触んな」
「えー、だって無理でしょ?」
ユキナガはルカの手を避け、シャツを押さえた。右手でボタンを引いたが、途中で指が外れた。
ルカはその指先を見ていた。
ユキナガがため息をついた。
「……無理。やって」
「うん」
ルカは襟元からボタンを外した。肩を動かさないように袖を抜くと、手首の周囲に赤黒い擦過傷が残っていた。
「ユキ」
ルカがユキナガの手を取って、手首を見た。ユキナガの顔を見た。
「アルカの仕事って……いつもこんなふうに、ボロボロになるの」
ユキナガは床を見ていた。
「…初めてだよ。殴られたのだって、中学以来とか」
「猿島先輩?」
「え。懐かし。一個上の部長だっけ」
「あれはユキが猿島先輩の彼女取ったからでしょ」
「そうだっけ」
ルカは外したシャツを棚へ置いた。
「あ…そういえばカイにも任務中、殴られた気もしてきたわ……」ユキナガが少し笑った。
「ホストのときもよく殴られてたでしょ」
ユキナガが顔を上げた。
「……なんで知ってんだよ」
「見てたよ」
「なんでその時、声――」
「あの時行っても、俺はユキの力にはなれなかったし」
ルカはシャワーを出し、手で温度を確かめた。
ユキナガをバスタブの淵に座らせた。
ルカはシャワーヘッドを持ち、後ろから湯をかけた。髪や頬に残っていた乾いた血が流れ、排水口へ入っていった。
「俺にはユキが必要だし、ユキも俺が必要になって欲しい」
「……」
ルカがユキナガの頭にシャンプーをかけて、頭を洗った。
ユキナガは黙って洗われていた。
軽く流したあと、リビングからレナートの声がした。
「ルカ」
ルカはシャワーヘッドをユキナガへ渡し、浴室を出た。
ユキナガは湯を浴びながら、手を顔の前へ上げた。指を開いて握る。握る力は弱かったが、指は動いた。腕を持ち上げようとすると肩が痛み、すぐに下ろした。
台所から、研究室の外部接続と管理者権限という言葉が聞こえた。しばらくして、ルカがパンツとバスタオルを持って戻ってきた。
「はいこれ!」
「あ、ああ……」
ユキナガはパンツとタオルを受け取った。
風呂から上がると、レナートが台所のテーブルで頬杖をついていた。眼鏡は首から下がっていて、パソコンに何かを打ち込んでいる途中だった。
テーブルには書類が散乱していたが、ユキナガの前は空けられていた。ホットミルクの入ったマグカップと、白いシャツ、スラックス、靴下、未開封の肌着が並べられている。開封済みのパンツの包みもあった。どれも新品で、サイズの表記はルカの服と同じだった。
その横に新品の白いパジャマと、歯ブラシもあった。
ユキナガは未開封の肌着を見てから、レナートを見た。
「……いいの」ユキナガが言った。
「ルカのものを、勝手に使わないように」レナートが言った。
「……助かる」
ユキナガはすぐにパジャマを取った。袖を通したところで腕が止まり、ルカが前へ回ってボタンを留めた。
レナートは頬杖をついたまま、ルカの手元を見て目を細めた。
「弱っていれば、お兄ちゃんも少しは可愛いのにね」レナートは言った。
ユキナガはマグカップを両手で持った。右手の震えが伝わり、マグカップが小さく揺れた。飲むと、切れた口の端が少し痛んだ。
レナートはユキナガがカップを置くまで見ていた。ルカが空いたカップを受け取ると、レナートは客室の方へ顔を向けた。
「客室を使いなさい」
歯磨きをした後、ルカはユキナガを支え、廊下の奥へ連れていった。
レナートが仕事を一段落させてから客室へ行くと、二人は客室の狭いベッドで向かい合って横になっていた。
「ルカ、君への話はまだ終わって――」
レナートは言葉を止めた。
ベッドの上で、ユキナガは腕を胸の前へ置き、ルカは向かい側で同じ姿勢を取っていた。二人とも寝息をたてていた。
レナートはそれを見て、客室の照明を消した。




