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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十三章「偏光の聖堂 ― Polarized Cathedral」

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Camel



 第三セーフハウス。


 医療担当がユキナガの処置を終え、アルノのそばへ戻ってから、しばらく経っていた。


 ユキナガを包んでいた毛布が動いた。


 目を開けたまましばらく床を見ていた。腕は毛布の中で動かず、起き上がろうと腹へ力を入れたところで、浅く息を吐いた。


 カイは左肩を押さえたまま、壁へ背中を預けていた。ヴィクトルは床に横になっていた。二人はユキナガを見ていたが、少しして視線を外した。


 フィンがそばへ屈んだ。


「ユキナガ」


 ユキナガは顔を上げた。フィンを見て、視線はすぐ床へ戻った。


「……終わった?」


「終わったよ。全保護対象、退避完了」


「ん。おつかれ…」


 ユキナガがしばらくそのまま床を見ていた。


「風呂入りたい……」小さく呟いた。


 アオイが浴室の扉を見た。


「狭いですね」


「…文句言うな。ここが一番近くて安全だ」ヴィクトルが言った。


「…腕まだ上がんないし」ユキナガが言った。息を吐いた。


 その時、フィンの端末が鳴った。


 画面に表示された名前を確認し、耳へ当てる。


『ユキお風呂入りたいだろうから、うちに持って行っていい?』


「…ちょっと待ってね」


 フィンは通話口を手で塞いだ。


「ルカが、ユキナガ来ていいって」


「……教授の家だろ」


 ヴィクトルの言葉に、フィンは黙った。


 床にいるユキナガの顔を覗き込んだ。


「……どうする」


 ユキナガは毛布を握ったまま、しばらく床を見ていた。


「……行く」


 フィンは端末を耳へ戻した。


「家族だし安心するでしょ。ルカ、お願い」


『わかったー』


 ヴィクトルがため息をついた。





 第三セーフハウス 建物裏。


 深い緑色のランチアが、建物の裏に入った。


 助手席からルカが降り、後部座席の扉を開けた。フィンはジャケットを着直し、毛布に包まれたユキナガを両腕に抱え、頭を扉の上へ当てないよう身体を屈めて座席へ載せた。


 ルカは反対側から後部座席へ入り、ユキナガへ抱きついた。


 運転席からレナートが後部座席の二人を確認してから、フィンへ顔を向ける。


「責任者の彼は?」


 フィンは右手で髪を気だるげにかき上げた。ルカがそのしぐさを見て首を傾げた。


「指揮官は、先日の傷口が開いて重症で意識が戻りません。たたき起こしましょうか?」フィンが言った。


 レナートが少し止まった。


「……君は?」


 フィンは頭を車内に半分入れたまま、張りつけた笑顔を向けて英語で答えた。


「初めまして。副指揮官を任されております。フィン・ハクスリーです」


 フィンの英国発音を聞き、レナートが目を細めた。


「いい家の子らしいね」


「はい。父は英国の元国防大臣で、現在は貴族院議員です。兄は下院議員です」


 レナートの目が止まった。


「……なんでそんな子が、こんな所で働いているんだい」


「国家間の紛争解決が主な業務ですので」


 数秒の間を置き、後部座席へ視線を向ける。ルカはユキナガを抱いたまま離れていなかった。


「……君たちのせいで、またこんな迷惑を被っているのだが?」


 フィンは笑顔のまま言った。


「わかりました!ご迷惑でしたらかまいません!」


 後部座席へ身体を更に入れた。


 ルカの腕の中から、ユキナガを抱き上げようとした。


「教授やめてええ、ユキどっかいっちゃうよおお」


 ルカがユキナガへ強く抱きついた。揺さぶられた頭が座席の背へ当たり、ユキナガが毛布の中で身体を縮めた。


「吐きそう………勘弁して……」


 レナートがため息をついた。


「シートは汚さないでくれ」


 フィンが後部座席から身体を戻す。


「一晩だけだ。明日帰す。お父さんによろしく」


「お疲れ様です」フィンが笑顔で言った。


 フィンが後部座席の扉を閉めた。


 レナートはランチアを発進させた。赤い尾灯が通りの先へ進み、角を曲がった。


 フィンの笑顔が消えた。


 建物の壁際へ移ってしゃがみ、両肘を膝へ載せた。ジャケットの内側からBenson & Hedgesの箱を出し、一本を咥えて火をつける。


 煙を吸い、下を向いて長く吐いた。


「はー……」


「……お疲れ様です」


 フィンが声に驚いて顔を上げると、アオイが煙草を持って立っていた。


「俺に気づかないなんて、相当疲れてますね」


「今、新米軍人キャラ入ってたから遅れた」


「……にしてはかなりフィンでしたけど」


 フィンが少し横を向いた。


 アオイはフィンの隣へ腰を下ろし、壁に背中をつけた。膝を立てると、黒いパンツから石片と乾いた血が落ちた。


「アルノ、カイ、ヴィクトルは搬送の準備に入りました。ユキナガは明日再検査だそうです」


「お疲れ様」煙を吐いた。「…もう疲れて脚動かないや」


「俺も全身痛いです。誰かが俺に丸投げするせいで……」


「でも出来たじゃん」


 アオイがMEVIUSに火をつけた。煙を吐いた。


「……フィン、とんでもない家柄だったんですね…」


「わざわざ出してなかったけど。なんかもういいや、って思った」


 フィンは少し下を向いた。


「引いた?」


「ドン引きですよ」アオイが言った。「でもフィンはフィンなんで」


「……」フィンがアオイを見た。「……口説いてる?」


「は?」


 二人の煙草から同じタイミングで灰が落ちた。


 揃って足元へ視線を落とし、フィンが一口吸った。


「また、死ねなかったね」フィンが煙を吐きながら言った。


 アオイも一口吸って、煙を吐いた。


「はい。残念です。絶好の機会でした」


 アオイは血の固まった右手で煙草を持ち、足を開いて膝に腕を置いて、頭を下げた。


 フィンは短くなったBenson & Hedgesを足元へ落とし、かかとで火を消した。


「隠さなくなったんだ」


「もういいや、と思いまして」アオイが笑った。


 フィンが左手でポケットからCamelを一本取り出した。火をつけた。


「リヴァの加護が効いたね」


「マジでありそう……」


 フィンがBenson & Hedgesの箱を放り投げた。


「え、それ捨てるならくださいよ」


「やだよ」


 フィンがその箱をかかとで踏んだ。


「金持ち不良め…」


「たまにはグレないと。ね」


 フィンがCamelをくわえたまま、上を向いて煙を吐いた。


 しばらく二人で壁に背をつけ、そうしていた。

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