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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十三章「偏光の聖堂 ― Polarized Cathedral」

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デブリーフィング



 第三セーフハウス。


 医療担当が持ち込んだ器材は片づけられ、低いテーブルが部屋の中央へ戻されていた。病院と臨時医療所へ運ばれたカイ、アルノ、ヴィクトルは戻っていた。ほかの全員も再検査を終え、ユキナガはレナート宅から合流していた。


 アルノはテーブルの前の椅子に座っていた。脇腹の固定がジャケットの下に残っていた。


 反対側ではアオイが端末を操作していた。大学側との回線は切られ、画面に開かれているのは現地端末と東京側に残った複製記録だった。ルカは呼ばれていない。


 ユキナガはベッドに座り、右腕を折った毛布の上へ載せていた。両手首には包帯が巻かれていた。ユキナガの端末はアオイの前に置かれたままだった。


 カイは左腕を固定して壁際に座り、リヴァはその隣にいた。フィンは窓際に立ち、ヴィクトルはもう一脚の椅子に座っていた。


「ジュリオ・ヴァレーリは、現在行方不明です」アルノが言った。


「え、」


 ユキナガが顔を上げた。右腕が毛布からずれ、眉を寄せて元の位置へ戻した。


 リヴァが下を向いた。


「……見つかってないの」ユキナガが言った。


 ヴィクトルが左手首を見た。そこに時計はついていない。


「死んでたら、わざわざイヤーピースを外して、椅子に置いていかないだろ」ヴィクトルが言った。


 アオイがアルヴェナ聖堂の見取り図を開いた。祭壇前から回収された端末とイヤーピース、正面扉から続いていた血痕の位置が表示される。


「血痕はジュリオのものと一致しました。回収車が到着した時、本人はいませんでした」アルノは画面を見た。「周辺の病院、警察、欧州支部の連絡先にも該当する収容記録はありません。現時点では生死を確定せず、行方不明として扱います」


 ヴィクトルは膝の上で指を組みかけ、手首の包帯に触れる前にやめた。


 アルノは端末へ視線を戻した。


「作戦結果を確認します。記録官および四勢力の代表は全員退避。合意文書の認証も完了しました。Operation FORUMの目的は達成しています」


 アルノはフィンへ顔を向けた。


「フィン。私との通信断絶後、指揮を引き継いでいただき、ありがとうございました」


 フィンはアルノを見た。一度頷いた。


「心細かったよ、アルノ」


「おかげで任務は達成されました」


 アオイが資料を開くと、東欧側の人員から回収した端末の画面が拡大された。


「まずこれが懸賞金の記録です」アオイが言った。「ノルドハウンの人員を行動不能にする指示。ヴィクトルは行動不能で五千ユーロ。記録官の護衛は生け捕り二万、死亡なら五千。外周の特殊部隊は殺害で一万」


「俺を生け捕りにしようとした連中はいた」カイが言った。


「一万ユーロは184万6千500円です」アオイは言った。「大金です」


「はい」アルノが言った。


 フィンが少し笑った。


 アオイが表示を下へ送ると、金額のない対象欄が開いた。


「リヴァは無傷で確保。位置の提供にも報酬が出ますが、金額の表示はありません」


 カイの右手が床の上で握られた。リヴァは画面を見たまま、膝へ置いた指を動かさなかった。


「更新時刻は一律ではありません」アオイが言った。「会場の退避状況に合わせて、対象と条件が追加されています」


「殺す相手、生かす相手、止める相手が分けられてる」ヴィクトルが言った。「戦力への値段じゃない。人を別々の位置へ動かすための金だ」


「端末を所持していたのは、東欧側の搬入経路を使った人員です。ただし、東欧の代表または組織が発注したと示す記録はありません」アルノが言った。「既存の交戦へ、外部から懸賞を流した可能性を残します」


「……ヴィクトルって、どこに居たの」リヴァが顔を上げて言った。


「……」


 ヴィクトルは目線を窓の方に向けた。


「こちらが保持していた最終位置は一階北側です」アルノが言った。


「…会合では代表として入っていたノルドハウンの代理人が、退避列を離れたから追った。北側地下二階の旧区画。そこで資料を見ていたら、俺に出た懸賞金目当ての連中に殴られて、閉じ込められてた」


 リヴァが眉を寄せた。


「三年前に死んだ男の認証コードが、当日発行の書類に使われていた。バチカン管理下の聖堂につながる管理番号もあった。ジュリオが追っていた、三年前にアルカに切られた女の残した数列と一致した」


 アオイとフィンが顔を上げた。


「その番号がアルヴェナ聖堂の特定につながりました。情報の価値は認めます」アルノが言った。「ただし、通信が切れたあとも単独で追跡を続け、位置を更新できなくなった。こちらからは回収不能でした」


「時計盗られた」


「はい。続けます」


 ヴィクトルが椅子へ背中を預けた。包帯の下で両手首を動かし、すぐに止めた。


 アオイは端末を操作し、二十七番の接続履歴を表示した。


「ルカから提出された複製ログです。二十七番は大学側からではなく、外部経路から再接続されています」アオイが言った。「リヴァの発砲と同時に観測値が上がり、射点の座標が外へ送信されました」


「俺の画面に出た時には、大学の正規経路から外れてた」ユキナガが言った。


 カイは画面を見ていた。


「聖堂で、セオドールが言っていた。リヴァが能力を使ったこと、場所が分かったこと。……リヴァが来る前だ」


「外部接続を使い、観測結果を受け取っていた実行者は、セオドール・カインと見ていいでしょう」アルノが言った。


「大学で会った」リヴァが言った。「服が違ったけど。聖堂にいたのは、あの神父だった」


 アオイがセオドールの経歴を開いた。ローマ大学の在籍記録と、聖座系文化財保護財団への移籍記録が画面に並ぶ。


「モランディ研究室の元学生です。今は聖座系財団の特別事業部門にいて、アルヴェナ聖堂も財団の管理対象です」アオイが言った。


「がっつり裏の仕事してんのか。神父が」ユキナガが言った。


「二十七番を含む観測系はモランディ研究室の設備で、研究と管理の責任者はレナートです」アオイが言った。


 フィンが息を吐いた。


「作戦中、教授はルカに締め出されてた」ユキナガが言った。「管理者操作も入ってない。あの時間に教授が二十七番を直接触った可能性は低いから、知らなかったのかも」


「セオドールとの現在の関係、研究内容、外部利用の許可について、レナートとルカを分けて確認する必要があります」アルノが言った。


 フィンが顔を上げた。視線がユキナガの包帯へ移り、そこで止まった。


「……昨日、ユキナガを教授の家に送っちゃった。俺」


「ええ」アルノの声は変わらなかった。「襲撃を受けた通信担当を、照会の済んでいない外部協力者の居宅へ移した。指揮判断としては認められません」


「そう、だよね」


 フィンは窓際から離れず、ユキナガを見ていた。


 カイが口を開いた。


「だが―」


「でも助かった。ありがと」カイが言いかけたところで、ユキナガが遮った。


「それは結果論です」アルノが言った。


 ユキナガは口を閉じた。フィンも下を向いた。


 アオイが聖堂内の見取り図へ戻した。祭壇前の椅子、レオンハルトがいた長椅子、正面扉までの位置が表示された。


「聖堂での発言を確認します」アルノが言った。「カイ」


「レオンハルトはリヴァを、惣一と同じく『アンカー』と呼んだ。レオンハルトとセオドールはリヴァの過去を知っている。それから、『情動は前より深く定着してる。同じ条件付けじゃ落ちない』と話した」カイが言った。


「アルバンも」リヴァは画面から目を離さなかった。「レオンハルトのところにいた私は、今とは違ったって。……何か知ってる」


「他には」アルノが言った。


 カイがリヴァを見た。少しだけ身体を隣に座るリヴァに近づけた。


「……狙撃手にしたのは正解だった、とも」カイが言った。


 リヴァは黙っていた。


 アルノはリヴァの前にある床へ視線を置いた。


「記憶と身体反応は」


「アルノ」カイが言った。


 リヴァは話した。


「……アンカーって呼ばれた時、脚に力が入らなくなった。置けって言われて、銃とイヤーピースを置いた。帰るって言われたら、身体が動いた。止まりたかった」


 カイがリヴァへ顔を向けた。右手を床についたまま聞いていた。


「記憶を失う以前、リヴァがレオンハルトとセオドールの管理下にいた可能性は高いと判断します」アルノが言った。「『アンカー』の意味、何をさせられていたか、どう離れたか、記憶を失った理由は未確定です」


「俺のとこは」ユキナガが話し出した。


 フィンがユキナガを見た。


「……通信室に来た二人は、狙撃地点を聞いてきた」ユキナガが言った。「リヴァの名前まで把握してた。懸賞金で動いてる連中じゃなかった。片方はダリって呼ばれてた」


「その男は聖堂にも居た。俺を運んだのも同じ組織だ。最後にはレオンハルトに撃たれた」カイが言った。


「は?撃たれたんですかその人」アオイが言った。


「ああ。アルバンごとリヴァを撃とうとしたところで、レオンハルトに撃たれた。貫通した弾が俺にも入った」


「……気持ち悪いですねそれ……」


 ユキナガが床を見ながら言った。


「死んだ?」


「わからない」


「そっか」ユキナガが言った。


 アオイが画面を縮小した。前日の拠点襲撃からアルヴェナ聖堂までの記録が、一つの時間軸に並び直される。


「FORUM前の拠点襲撃では、こちらの初動と保護順位が観測されました」アルノが言った。「当日は、勢力間の交戦、対象別の懸賞、ノルドハウン代理人の離脱、死亡者の認証コードを使った偽造、通信室への実力行使、二十七番からの観測が同時に進んでいます」


 フィンが時間軸の西側を見た。


「まとめると、懸賞で外周を固定して、代表車両を止めた。撃たせれば射点が出る。通信を切って、リヴァを一人にしてからカイのところへ誘導した」


「北アフリカ、東欧、海運、ノルドハウン、聖座系財団は、同じ指揮系統じゃなさそうだな」ヴィクトルが言った。「それでも、最後の位置だけは噛み合った」


「各勢力へ直接命令した記録はありません。ただ、既存の利害対立へ相手ごとに異なる方法と報酬を重ね、こちらの配置が崩れるよう、一つの計画を複数の組織へ分割して実行させたと見ます」アルノが言った。


 アルノは画面を見た。


「仮説ですが、指示を出したのはレオンハルト・ヴェルナーと見ます」


 アオイが東京ミラー回線の音声記録を開いた。波形の下に、惣一の発言と現地側の応答が文字で表示される。


「フィン。惣一の指示について確認してもいいですか」アルノが言った。


「ノルドハウンの車両は、向かいの射線で止まってた」フィンが言った。「リヴァが撃たなければ最後の代表が出られず、FORUMも終わらなかった。人員回収へ切り替えることもできなかったよ」


「でも俺は、リヴァ側のカメラが戻ってないって言った」ユキナガが言った。「撃ったあと何が起きるか分からないって」


「その警告は東京側にも記録されています。惣一への音声回線は開いたままでした」アオイが言った。


「惣一の指示は作戦を完了させました。同時に、敵側が用意した条件も満たしています」アルノが言った。


「なんだ。コアが噛んでんのか。……胸糞悪い話だったな」ヴィクトルが言った。


 アルノがヴィクトルを見た。


「惣一が座標の流出を把握していたかは、記録からは判断できません」


「ユキナガとカイからリヴァの位置を吐かせられない。なら能力を使わせて、二十七番から地点を抜く。出来すぎてるだろ」


 部屋が静かになった。


 アオイが頭を抱えていた。


 フィンが立ち上がって、テーブルへ近づいた。


「最終許可は俺が出したよ」


「撃つって決めたのは私」リヴァが言った。


「責任の分配をしているのではありません」アルノが二人を見た。


 アルノが眼鏡を押し上げた。


「確認するのは、惣一が何を把握し、何を目的に命令したかです」


 アルノは作戦前に届いた指示まで時間軸を戻した。増員なし、撤収後の逆行禁止、最後に発砲要求が並ぶ。


「いずれも、FORUMを成立させる判断としては一貫しています。現地人員の回収は、その下に置かれていました」アルノが言った。


 カイは画面の中の短い音声記録を見ていた。


「……惣一は、味方なのか」


「……敵と断定する証拠もありません」アルノが言った。「ですが、少なくとも、我々と同じ優先順位ではありません」


 部屋の中で、端末の冷却音が続いていた。アオイは聖堂の記録へ戻し、レオンハルトが正面扉から退いた時刻を開いた。


「レオンハルトは、アルバンが来てから回収を打ち切った」カイが言った。「諦めたわけじゃない」


「アルバンに他の人からの弾が当たってなかった。私の弾も、届かないって言ってた。…気がする」


「リヴァの弾が当たらない」アルノが繰り返した。


「あの」アオイが言った。「そのアルバンって人が屋上に…カイとリヴァとヴィクトルを連れてきたってことは、その人は仲間ってことですか?」


「以前アメリカでカイを殺しかけて、リヴァを誘拐しています」


 アオイが固まった。


「話通じそうでレオンハルトと確定で敵対してるなら、手伝ってもらえば」


 ヴィクトルとリヴァが天井の方を向いた。


「あー……なるほど」フィンが言った。


「…アルバンが介入したため、レオンハルトが退いたと見るべきです。再度、リヴァの回収を試みると判断します」アルノが言った。「古い条件付けは現在のリヴァを完全には動かせなかった。そのため、カイを生かして拘束し、リヴァが自分から射点を離れる状況を作っています」


「今回のカイと同じ方法って、ほかの人にも使えるよね。警戒しないとだね」フィンが言った。


 アルノが頷いた。


 ヴィクトルがため息をついた。


「この後は?」


「帰りましょう」アルノが言った。「東京に」


「……惣一がやばい人だったら?」ユキナガが言った。


「元々やばい人でしょあれは」フィンが言った。


「それを明らかにします」

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