固執
アルヴェナ聖堂。
少し前。
レオンハルトは足を止めなかった。
「そっちでやれ」
「はいよ」
ダリの声が背後から返った。
リヴァの右脚がひきつるように止まり、レオンハルトとの距離が開いた。
「……カイ」
掠れた声が身廊へ落ち、石壁に薄く返った。
リヴァは振り返った。長椅子の向こうで、カイの首筋にはまだ自分のGlock 19が当てられていた。
カイもリヴァを見ていた。
リヴァの右手が強く握られていた。
レオンハルトがジッポライターを開いた。
「……」
身体が震えながら前へ傾いた。止めていた足が石床から離れ、レオンハルトとの距離が縮まっていく。
セオドールはリヴァの表情を見ながら片膝を上げて立った。
カイの両手が拘束具の中で動いた。
「リヴァ、……」
開け放たれた正面扉の外から、黒い影が白い光を遮った。
リヴァが顔を上げた。
「…え……?」
大きな黒い影だった。
「……アルバン…?」
黒いコートの肩が、開いた扉を狭く見せていた。
サングラスをかけている。高い天井と白い石柱、祭壇へ続く長椅子の中で、その身体が暗く浮いていた。
レオンハルトは身廊の中央で足を止めた。正面扉まではまだ距離があった。
「……失敗作か」
レオンハルトは言った。
カイは頭を上げ、ただ見ていた。ダリの銃口はまだ首筋にある。
アルバンは正面扉を背に、レオンハルトを見ていた。
「レオンハルト」
アルバンのその言葉に感情はなかった。
アルバンの顔を、レオンハルトが見返した。
「…まだアンカーに固執してるのか」
アルバンの顔がリヴァへ向いた。
「彼女は今、リヴァ、だ」
レオンハルトは答えなかった。
正面扉側へ移っていた四人が、アルバンより身廊の奥にある左右の側廊で銃を抜いた。二人ずつ石柱の内側へ入り、正面扉のアルバンへ銃口を向ける。
最初の銃声が鳴った。
弾はアルバンの左肩を外れ、扉脇の木枠を穿った。続いて左右から発砲が重なり、木枠から木片が飛んだ。足元の石床が砕け、白い破片が黒いコートへ当たった。
アルバンは身を伏せず、銃撃の中を進んだ。さらに弾が胸の左右と肩の上を抜け、足元の石床を砕いた。
一発も当たらなかった。
四人の指が止まり、銃声が途切れた。残響が聖堂の高い天井を巡り、正面扉から差す光の中を硝煙と白い石の粉が流れた。
セオドールの目がアルバンの周囲を移った。扉、敷居、石床に残った弾痕を追い、最後にリヴァを見る。
「リヴァに撃たせる?アンカーなら」
「撃てない。あれには」
レオンハルトはDavidoff Classicを指に挟んだまま答えた。
アルバンが身廊を進み、薬莢を踏んだ。四人の男は銃を下ろし、石柱の内側へ退いた。
アルバンはレオンハルトの横を通り、リヴァの前で止まった。
リヴァが顔を上げた。目元は濡れ、呼吸はまだ速かった。
「迎えに来た」
アルバンはそう言って両腕でリヴァを抱え上げ、その身体を右腕へ移した。
リヴァの右手が宙に残り、視線が身廊の奥へ走った。
「……カイ、」
カイが顔を上げた。
ダリはカイの前に立ったまま、首筋へ押し当てていたGlock 19を離した。
「クソ、……っ」
ダリがその銃をアルバンに向けた。アルバンの右腕にはリヴァがいた。
レオンハルトの右手が動いた。
銃声は一発だった。
ダリの右上腕が弾けた。貫通した弾がその後ろにいたカイの左肩へ入り、椅子が揺れた。
「……っ」
Glock 19がダリの手から落ち、石床を滑って長椅子の下へ入った。
「カイ!」
リヴァがアルバンの腕の中で身を捩った。伸ばした手はカイへ届かず、指先が空を掻いた。
レオンハルトの右手には拳銃があった。
左手に持ったDavidoff Classicの先から、灰が石床へ落ちた。
撃った二人には目を向けず、アルバンの腕の中にいるリヴァを見ていた。
「面倒だ、もういい」
レオンハルトが拳銃を下ろした。
アルバンはカイへ向きを変えた。
「カイ」アルバンが呟いた。
右腕にリヴァを抱えたまま、長椅子の間を進んだ。
ダリは右腕を押さえ、石床へ膝をついていた。
「なんだ、それ……っ」
ダリが呻きながら言った。
四人の男も銃を持ったまま動かなかった。
カイの意識は無かった。
レオンハルトは長椅子に座り、脚を組み直した。
アルバンは空いた手でカイの拘束具の留め具を外し、その身体をもう片方の腕で抱え上げた。
二人を両脇に抱え、正面扉から外へ出た。




