修道服
ローマ旧市街 北西交差点。
フィンが鐘楼の向こうへ顔を向けたとき、向かいの路地口から男が身を乗り出した。ノルドハウンの車両へ向けていた銃身が、石壁の外へ出る。
男の胸が跳ねた。身体が壁へ当たり、銃が路面へ落ちたあとで、AXMCの発砲音が旧市街へ届いた。
「今、行って」
フィンが言うと、アオイが遮蔽から腕を出した。止まっていた車両のエンジン音が上がり、前輪が交差点へ入る。ジュリオが車体の横を進み、アオイは向かいの建物へ銃口を残したまま後退した。
フィンはその場から、ノルドハウンの車両が交差点を抜けるのを見ていた。
イヤーピースへ、ルカの声が割り込んだ。
『二十七番、跳ねてる。発砲と同時に外へ流れた』
「何が出た?」
『リヴァの射点。座標まで抜かれてる』
「リヴァ、射点を捨てて。すぐ下りて」
返答はなかった。
フィンはイヤーピースを押さえた。
「リヴァ、聞こえる?」
ノイズしか返ってこなかった。
「ユキナガ、ルカ、どうなってる」フィンが言った。
『リヴァのとこだけ弱い、なんか妨害入ってるかも』ルカの声がした。
「フィン、人員増えてます」アオイが言った。
フィンはリヴァの射点がある方角を見た。
ここを離れれば、交差点には負傷したジュリオとアオイが残る。ノルドハウンの車両はまだ交差点を抜けきっておらず、安全区画への到達報告も来ていなかった。
フィンは車両へ視線を戻した。
頬に汗が伝った。
イヤーピースにユキナガの声が入った。
『ノルドハウン、安全区画に入った』
フィンは端末に並んだ退避記録を確認した。
「全保護対象、退避完了。FORUM終了。以降、人員回収へ切り替える」
ローマ旧市街 リヴァ射点。
リヴァはAXMCを構えて、まだ外を見ていた。
イヤーピースからは、現地の声がとぎれとぎれ聞こえている。
スコープから目を外し、震えの残る右手を握った。深く息を吸う。
背後に気配がした。
「……っ」
リヴァはGlock 19を抜き、両手で男の胸へ向けた。そのまま立ち上がる。
「フィン、誰か来た」
ノイズが入って、消えた。
男へ向けた銃口が揺れている。リヴァの足もふらついていた。
男はそれを見て、眉を少し上げた。こめかみに傷があり、両手は身体の横へ下ろしたままだった。
「あー。しんどそう」
リヴァは銃を向けたまま、男を見た。
「誰」
「リヴァちゃん。君のこと大ー好きな男が、こっちで待ってるよ」
銃口の揺れが止まった。
「黒いスーツのでかいの。今は椅子に縛られてる」
「……なにしたの」
男はリヴァの顔を見ながら続けた。
「さすがにあれだけ皆で殴れば、元気無くなっちゃった」
リヴァが銃を握り直した。
男の視線が銃口へ落ちた。口元が上がる。
「今頃、遊ばれてなきゃいいけどな」
リヴァが銃口を下げた。まだ息は荒い。
「あれ?」
「……撃ったら、カイの場所がわからなくなる」
遠くで鐘が鳴った。
「賢いな」
男は踵を返した。
「おいで、リヴァちゃん。連れてってやる」
Glock 19を下げたまま、男の後を追った。
聖堂。
午後の光が、高い窓から身廊へ差し込んでいた。
カイは祭壇の手前に置かれた木製の椅子へ固定されていた。頭は下がったままだった。
男たちは壁際に整列していた。
色硝子から落ちた赤い光が、椅子の脚を少しずつ横切っていった。呼吸に合わせて、カイの肩が浅く上下していた。
正面扉が開いた。
外から入った白い光が、身廊の中央まで伸びた。その中へ、一人の司祭が入ってきた。
足首まである白い修道服が、歩くたび石床の上で静かに揺れた。背中へ流れる長い髪もほとんど白く、高窓の光が重なるところに淡い赤が透けていた。
男はゆっくり身廊を進んだ。長椅子にいた一人が立ち、通路を空けた。
白い裾が、石床に落ちた血のすぐ横を通った。
カイは顔を上げなかった。
男は椅子の横で止まった。
「こんにちは」
カイの瞼が動いた。
「起きてた。良かった」
白い袖から手が伸び、カイの頬に触れた。腫れた頬を指先でゆっくり撫でた。
手が肩へ置かれた。指先がシャツの皺に沿って止まる。
「痛かったね」
カイはゆっくり顔を上げた。
目の前に白い顔があった。睫毛も髪と同じように淡く、伏せた瞳の色も薄い。
「彼女が能力を使ったよ」
カイの目が開いた。
「場所がわかったんだ」
椅子が大きく鳴った。
カイの身体が前へ出た。背中側で両手を引き、足首の金具も引いた。
木製の脚が石床を擦る。途中で身体が折れても拘束具を引く手は止まらなかった。椅子がもう一度動いた。
「……やめろ」
司祭は肩へ手を置いたまま、カイを見ていた。
「来るかな」
カイが顔を上げた。
「あいつは来ない、何をする気だ」
声は掠れていた。
男は少し首を傾けた。
「連れて帰るだけだよ」
カイは背中側で両手を握った。
「……なんだと」
白い指が肩から離れ、男が正面扉を向いた。
正面扉の向こうから足音が近づいた。
カイの目が開いた。
「待て、やめろ」
足音は二つあった。
扉が開く。
「ほら、着いた」
こめかみに傷のある男が入ってきた。その後ろから、リヴァが身廊へ足を踏み入れた。
リヴァの髪が頬へ張りついていた。顔色は白く、身体の横へ下ろした片手が細かく揺れている。
目が合った。
「カイ」
カイの両手が背中側で動いた。拘束具が激しく鳴り、足首の金具も引かれた。椅子が石床を擦って前へずれた。
「来るな、帰れ!」




