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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十三章「偏光の聖堂 ― Polarized Cathedral」

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解釈違い




 新ローマ拠点 別棟通信室



 ユキナガは壁際の床に座っていた。


 身体はずり落ち、背中が壁に残っていた。


 両手首は首の後ろでまとめられたまま、短い鎖で配管へ繋がれている。肘は顔の横に立てられていた。


「……っ」


 拘束具と手首の間には、細く折った布が挟まっていた。汗を吸って、色が変わっている。


 右足首は、倒れた椅子の根元に固定されている。


 服はまともな状態ではなかった。


 ユキナガは俯いて、床の一点をただ見ていた。


 前髪が額から落ちて、頬に張りついている。


 浅い呼吸に合わせて、胸が動いていた。


「は……っ」


 指先が一度、小さく動いた。鎖が鳴った。


 六枚のモニターは暗かった。


 ユキナガの息を吸う音だけが、響いていた。




 スピーカーに細いノイズが走った。


 前髪の奥で、目が動いた。


 天井近くのスピーカーを見た。


 息を吸おうとして、乾いた喉が引き攣った。


 そのまま、えづきながら咳をした。


 鎖が鳴る。


 息が思うように吸えず、視界が滲んだ。


 無音だった部屋に、いつのまにか小さなモーター音がしていた。


 目を閉じた。


 息を浅く吸った。


「……居んだろ、ルカ」


 声が小さく出た。


 細いノイズが返った。


 しばらく静寂があった。


『……うん』


 ルカの声がしてから、鼻を啜る音がした。


 ユキナガの頭が壁へ戻った。


 数秒、そのままでいた。


 ほんの少し口角が上がった。


「……きっも」


 息を吸おうとしても、うまく入らなかった。


 歯を食いしばった。鎖が鳴る。


 暗いモニターへ目だけを向けた。


「手伝え」


『……どこからやる』


 しばらく、ユキナガの荒い息が響いた。


 ルカは待った。


 スピーカーから、ルカがキーボードを叩く音が聞こえていた。


「……主系統は、捨てる……外から返ってる経路は」


 キーを叩く音がした。


『四番。予備二番は途中で落ちてる』


「…四番から現地端末拾って……最終応答が新しい順、に。物理で死んでるの、追わない」


『もう一覧出した』


「……早」


 ユキナガが少し体をモニターに向けようとした。


 鎖が鳴った。


 腕の痛みで、動きが止まった。


『フィン、アオイ、ジュリオ、リヴァは返ってる。カイとアルノは応答なしだよ』


「……四つまとめて。フィンを親にする」


『やってる』


 ユキナガは目を閉じた。


「…腹立つ…」


 ルカが少し笑った。


『読み込んでる、少し待ってね』


 ユキナガは視界に入る髪を退かそうと、頭を振った。


 腕に痛みが走った。


 声を殺し、諦めて頭を壁に預けた。


「…ルカ」


 スピーカーから、ルカがキーボードを叩く音がしていた。


 もう一度ユキナガは咳をした。


 目をつぶった。


「………一人にして、ごめん」


 音が止まった。


 部屋に響くモーター音は、さっきより大きくなっていた。


 長い沈黙があった。


 キーボードを叩く音が再開された。


『そこ謝るの、ユキの解釈違いかも』


「……」


『…成績もテニスも、俺よりできなかったよね。朝も起きれない。身長もずっと俺の方が高かった』


「……ディスってんの」


 ルカの吐息みたいに笑う声がした。


『それなのに、昔から一人で生きていける、って顔してた』


「……」


『誰よりも強くて、カッコいいユキが大好き』


 ユキナガは右足首の拘束具を見た。


 少しだけ床から上げられているせいで、痺れて感覚がなくなっていた。


「……今、すげえ格好悪いけど」


『それは解釈違いじゃないから平気。好きだよ』


「…は?」


『さて!』


 ルカが強くキーボードを押した。


『次。どれ見るー?兄さん』


 消えていた六枚のモニターのうち、一枚が点いた。遅れて、もう一枚ついた。


 ユキナガが固まった。


「え?」


 旧市街の交差点が映り、黒い車両と石壁の間を人影が走っている。


「……なんでモニターがつくんだよ」


『ちょっと準備しといた』


「……あとで怒られろ、お前」


 画面の端に映像系統が並んだ。黒い枠も多く、返っている映像は会場外周と一部の通路に限られている。


「教授は」


『締め出した』


 スピーカーの向こうで、コン、コン、と二度鳴った。


『あと三時間は入れないよ。外から解除すると管理者操作がログに入る。時刻同期も触る』


「…うわ」


『観測中に余計な入力入れるなって言ったのは教授』


 もう一度、コン、コン、と鳴った。


 ユキナガがモニターを見ていた。


「フィン通せ」


『今。どーぞ』ルカが言った。


 イヤーピースに雑音が入り、その奥からフィンが何か話している声が聞こえた。


「フィン」


『…ユキナガ。よかった』


 鎖が鳴った。少し体を動かすと、肩が悲鳴を上げた。


「現地四つまとめた。位置も、返す……っ」


 ユキナガの声を聞いて、フィンが一拍止まった。


『……大丈夫?』


 ユキナガの荒い息がしばらく無線にあった。


「…死にそうな感じじゃないから…平気」


『…信じるよ』


 ユキナガの鎖が鳴った。顔を顰めた。


「……でも終わったら、ちょっと早めに来て欲しいかも…」


『僕からもお願い。拘束の姿勢がきつそう』


「は?カメラまでついてんのキッショ!!」


『……わかった。ちょっと我慢しててね』


 そのタイミングで、二枚目のモニターに映像が戻った。


 ユキナガが息を吐いてから、話した。


「西、映像戻った……ルカ、位置をフィンに送れ」


『りょ』


 フィンの端末表示が動いた。


『………来た。取るよ』


『リヴァの無線だけ、もうちょっとかかる』ルカが言った。


「わかった」ユキナガが答えた。「俺のとこ来た敵、所属不明、狙撃地点知らない、でもリヴァの名前知ってた」


『……了解』フィンが言った。


 フィンの画面の端で一つの人影が路地へ下がった。続けて銃声が入り、アオイの位置表示が北へ動く。


『西、開きました』


「車流して」


『了解』


 ユキナガは次の表示へ目を移した。


「東京ミラー返せ、ルカ」


『今いけたよ』ルカが言った。


 数秒後、画面の隅に東京側の同期表示が点いた。同時に別の映像が開く。


『ユキ、これ』


 爆発の跡が残る一階の回廊だった。白い埃の向こう、壁際に手をついたアルノが動いていた。


 ユキナガの呼吸が一度止まった。


「……アルノ、一階の回廊。怪我してそう」


『わかった。まだノルド撤退終わってない。今は回収に回せない』フィンが言った。


 ユキナガは数秒、画面を見た。


「了解」


 別の窓が更新された。北西交差点の手前で、ノルドハウン代表を乗せた車両が止まっている。


「そっちは」


『西を開けても変わってない。向かいの射線が残ってる』


「フィン」


『取れないよ。こっちから入ると車より先に撃たれる』


「アオイは」


『難しそう、です』


「ルカ、変えろ」


 ルカは外周映像を二つ切り替えた。どちらにも、止まった車両の前方へ弾が入る瞬間が映っていた。


「他の経路」


『ない。さっき潰れた』


 鎖が鳴った。


 ユキナガは息を整えてから、目をつぶって唇を噛んだ。





 ローマ旧市街 北西交差点。


 

 イヤーピースに、ノイズが入った。


 現地のノイズとは違う、細かい砂嵐のような音だった。


 フィンが一拍止まった。


 端末には東京ミラー回線の接続が緑色で表示されていた。



『フィン、リヴァに撃たせろ』


 惣一の声だった。


 フィンは顔を上げた。


 間があった。


 辺りを一度見た。


 アルノはいなかった。


 無線は静かなままだった。


 フィンはイヤーピースに手を伸ばした。


『待って』


 フィンが口を開こうとした瞬間、ユキナガが割り込んだ。荒い呼吸が無線に混じっていた。


『リヴァ側のカメラ戻ってない。撃ったあと動けなくなっても見えない。何が起きるか分かんない。カイだって居ない』


 少し間があった。


 イヤーピースからノイズがした。


 リヴァの音声が入った。


『ノルドハウンの車出たら、終わる?』リヴァが言った。


「うん。任務終わり」フィンが言った。


『みんなで帰れる?』


 フィンは止まった車両を見た。


「終われば、……探しに行ける」


 無線が静かになった。


『じゃあ撃つ』


「…リヴァ、撃って」フィンが言った。


 数秒後、銃弾が飛んだ。

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