↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十三章「偏光の聖堂 ― Polarized Cathedral」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

207/245

ノルドハウンの代表

 ローマ旧市街、会場北西側。同時刻。


 ジュリオは壁際に座り込んでいた男の前で屈んだ。


 ノルドハウン側の人間だった。四十代くらいで、整えられていた髪が汗で額に張りついている。左脚の膝下が血で濡れ、自分ではほとんど体重を掛けられないようだった。


「立てるか」


 男がジュリオを見上げた。顔色が悪く、呼吸も浅い。


 爆発にも巻き込まれたのか、顔は血と煤で汚れ、破片による細かな傷が散っていた。


 ジュリオは左右を見た。開けた場所だった。


「ここは危ないな」


「……俺、死ぬのか。嫌だ」


「こんなんで死なねえよ。ローマまで来てこんな廊下で死ぬな。掴まれ」


 男の腕を肩へ回させ、腰を入れて身体を引き上げた。男が息を詰め、片脚でどうにか立つ。


「言われた通りに、しただけなんだ」


「何?」


「ケースは、ちゃんと置い……」


 そこまで言って、男の意識が飛びかけた。ジュリオが支えた。


「いい、話すな」


 ジュリオは男を支えたまま通路の先を見た。石段の下に、裏通りへ抜ける鉄扉がある。


「代表はどこ行った、わかるか」


 男がジュリオを見た。


 口を開いたが、目が虚だった。


 返事はなかった。


「いい。あとでいい」


 肩に掛かる重さを直し、石段を下りた。負傷した脚が段差へ触れるたび、男の身体が沈む。


『ジュリオ』


 アオイの声が入った。


『北西の裏口、右――』


 ノイズが被った。


「右、何」


『三十秒前はクリアです』


「三十秒前か」


 鉄扉の向こうで靴音がした。


 ジュリオは男を壁へ寄せ、拳銃を抜いた。扉が少し開き、隙間から男がこちらを見た。


 目が合った。


 扉はすぐに閉じた。


「Cazzo」


 ジュリオは鉄扉から離れた。


「東欧の奴らだな」


 左手に、曇りガラスの嵌まった細い木製扉がある。ノブを回すと開いた。使われていない配膳室で、古い作業台と棚の奥にもう一枚、外へ出る扉があった。


「こっちだ」


 男を引きずるように中へ入れた。


 ジュリオは奥の扉を数センチ開け、路地を確認した。人影はなかったが、左手は建物が張り出し、その先が見えない。


「フィン。配膳口から一人出す。代表も引き続き探してる」


 返事はなかった。


 ジュリオは一度振り返った。男の唇から色が抜け始めている。


「堪えろよ」


 ジュリオは先に路地へ出た。右を確認してから男を外へ出し、肩へ腕を掛け直す。


 路地の先まで二十メートルほどだった。そこを曲がれば西側の退避線へ出られる。


 歩き出したところで、路地の先にある建物の角から男が出た。


 ジュリオが負傷者を壁側へ押し、拳銃を上げた。一発撃つと、相手が角へ引いた。


 そのまま二人分の身体を前へ進める。


『ジュリオ、待って。左の死角に二人戻った』


 警告とほとんど同時に、左手の路地から銃声がした。


 左脚から力が抜け、ジュリオの肩が石壁へ当たった。


「っ」


 負傷者を落とさないよう腕を回したまま、右手で二発返す。左手の死角から出かけていた男が引っ込んだ。


 ジュリオは壁に背をつけた。


「……無線、遅え……」


『ジュリオ、撃たれた?』


「ズボンに穴空いただけ」


 太腿の外側に穴があり、ズボンへ黒い染みが広がり始めていた。


 無線の返事が返るまでの間隔が伸びていた。


『……一旦信じるからね、それ』


 フィンの声が、無線越しの二発の銃声に掻き消えた。


「……アオイ、そっちから回れるか?」


『二分くらいかかります』


 ジュリオは拳銃をしまった。


 肩を入れ直して立った。最初の一歩で左膝が沈んだが、壁へ手をついて持ち直した。


「終わったら休暇取る…絶対…」


 負傷者を支えたまま路地を進んだ。太腿の奥が脈に合わせて熱くなっていた。


 角を曲がると、アオイが反対側から走ってきた。そのまま負傷者の反対側へ入る。


「早」ジュリオが言った。「通信のラグか」


「持ちます」


「そんなヒョロくて?」


「これでも日本人の中ではあるほうです……」


「車は?」


 アオイはジュリオの足を見た。すぐに目線を戻した。


「一台来ます」


 通りの向こうから黒い車両が入ってきた。アオイが片手を上げ、車は二人の前で止まった。


 後部ドアを開け、男を座席へ押し込もうとしたところで、アオイが顔を上げた。


「重傷者です。手当を……あれ」


「何」


「この人、代表ですよ」


「は!?」


 ジュリオが男を見た。


「……嘘だろ」


 男が浅い呼吸のまま頷いた。


「先言え……」


 アオイが男の脚を車内へ入れた。


「資料、見ました?」


「顔色悪すぎてわからなかった……」


 ジュリオがドアを閉めると、車両は北西の出口へ向かった。


「フィン、代表見つけた。今出した」


『へ?代表?』フィンが言った。


『……ジュリオがずっと運んでた人?』


「そうらしい」


『ついてるね』


 ジュリオは太腿を一度押さえた。


 その場に残った途端、左脚の痛みが一段強くなっていた。


『アオイは西へ戻って。車援護するよ』


「了解です」


 アオイは来た道を戻った。


 ジュリオも歩き出そうとした。


『代表の車、止まった』


 ジュリオが足を止めた。


「どこ」


『北西から出る手前。前が塞がって――』


 遠くで銃声が続いた。


『車が出られない』


 ジュリオは配膳室へ戻り、会場北側へ繋がる通路を上がった。石段を数段上がったところで左脚から急に力が抜け、手すりを掴んだ。


 細い通路の先から、代表を乗せた黒い車両の後部が見えた。交差点の手前で止まっている。


 向かいの建物から撃たれ、車両の前方の石壁が欠けた。


 ジュリオはすぐに身体を引いた。


「駄目だ。通路全部見られてる」


 次の遮蔽物までは十数メートルだった。左脚へ体重を掛けると膝が落ちた。


 イヤーピースに小さなノイズが走った。


『ジュリオ』


 リヴァの声だった。


「大丈夫、俺のことは気にしないで」


 少し間があった。


『……撃てる』


「いや、そっちの斜線から少し外れてる」


『ううん、撃てる』


 ジュリオの顔から笑みが消えた。


 アオイがすぐに返した。


「リヴァ、ダメです。能力使用の許可が出ていません」


『でも――』


 リヴァの声が途中でノイズに掻き消えた。


「…今、応答できるのは俺とジュリオだけです」


「なあ、俺らの指示で撃たせたらどうなる?」ジュリオがアオイに言った。


「たぶん首飛びます!」


「そりゃまずい!」


 ジュリオは止まった車両の方を見た。


「フィン!」


 返事はなかった。遠くで銃声が鳴り、イヤーピースのノイズが大きくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。