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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十三章「偏光の聖堂 ― Polarized Cathedral」

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俺が取る

 数分前 会場、一階。


 アルノは、会場奥から退避口へ続く廊下に立っていた。


 アルノの端末から、ユキナガの回線が消えた。


「ユキナガ、応答してください」


 返らなかった。


「……」


 アルノは端末を閉じた。一度脇腹を押さえた。


 会場側から、海運側の代表と警護が来た。二人が後ろを何度も振り返っている。


「そのまま進んでください」


「車両の位置が確認できていない」


「外で確認してください。戦闘をしている人員を早く戻して下さい」


「知らん。勝手にやってるだけだろ」


 アルノが眼鏡を上げた。


「……移動してください」


 男が口を閉じた。


 アルノは退避口へ続く扉を開けた。


「こちらです」


 警護が代表を先へ通した。


 また銃声がした。


 東欧側の代表はすでに独自退避へ入り、北アフリカ側の車両も西へ抜けている。それでも館内と外周の発砲は続いていた。


 アルノは廊下の壁際へ寄った。


 退避路の角から、ジュリオが戻ってきた。


「東側、抜ける。海運の代表も行った」


「そのまま前を開けてください」


 ジュリオはアルノを見た。


「ユキナガは?俺戻るか」


「行かないでください」


 ジュリオが眉を動かした。


「でも、あいつ一人だろ」


 会場側で三発続けて鳴った。


 ジュリオが少し屈んでそちらを見た。


「前をお願いします」アルノが言った。


 ジュリオは何も言わず、退避口へ向かって走った。


 階段から、記録官が先に上がってきた。すぐ後ろにカイがつき、財団側の警護責任者が最後に続いた。


 カイのスーツの肩には、石粉が白く付いていた。


 アルノは記録官を確認し、カイに尋ねた。


「負傷は」


「ない」カイが答えた。


「原本は」


 記録官が書類ケースを持ち上げた。


「そのまま退避してください」


 カイは動かなかった。


「ユキナガの所に行く」


「駄目です」


 短い沈黙が落ちた。


 アルノの右手が、端末を強く持っていた。


「昨日、確認しましたね」


 カイが黙った。


 それから記録官へ向いた。


「行くぞ」


 三人が先へ進んだ。アルノも後方を警戒しながら、そのあとに続いた。


 会場側で発砲音がした。さっきより近い。


 石壁の角に弾が当たり、粉が散った。


 アルノが身を引いた。


 退避路の前方でジュリオが足を止め、アルノを待った。


「会場側から来てる。見えたのは四人、海運っぽい。訓練されてる」


「あなたは前へ」


「俺が殿(しんがり)をやる。まだいるかもしれない」


「駄目です」


 ジュリオがアルノの肩に手を置いて、首を振った。


「アルノ、俺でいい」


「……」


 ジュリオの指がアルノの肩に食い込んだ。


「俺でいいんだ」


 一瞬アルノの目が揺れた。すぐに戻った。


「……私が殿を指定すると言いました」


 アルノはPPKを抜いた。


 ジュリオが目を閉じ、息を吐いた。


 肩の手を置きなおした。


「……お前はリヴァと幸せになれ」


「は?」


 間があった。


 アルノが右下を向いた。


「……前を、開けてください」


 ジュリオは少ししてようやく手を外した。


「……わかった」


 ジュリオが背を向け、走った。


 アルノがPPKのセーフティーを外した。


「勝手なこと言いやがって」


 眼鏡を上げた。


 アルノは一人になった。


 石造りの回廊の会場側から、複数の足音が近づいてくる。


 柱の陰から半身だけ出した。先頭に拳銃を持った男、その後ろに二人いる。もう一人は角の奥に残っていた。


 アルノは一発撃った。


 先頭の男が壁際へ退いたのを見て、すぐに退避口側の次の柱まで下がった。


 腕時計を見た。


「カイ、状況を。フィンと連携してください」


 通信は返ってこなかった。


 敵が角から出る。アルノは二発撃ち、男たちが遮蔽へ戻った間にさらに下がった。


 脇腹に痛みが走った。


「……っ」


 足が一度止まった。


 右手を当てる。掌に血がついた。


 そのまま眼鏡を押し上げると、レンズの端に赤い跡が残った。


 イヤーピースに手を当てた。


「アオイ、東欧の人員に出ている指示を確認してください」


 アルノは一発撃って相手を戻し、次の角へ入った。


 防火扉が見えた。


 閉鎖区画の最後だった。扉の先には、記録官たちが進んだ退避路が続いていた。


 アルノはイヤーピースへ触れた。


「ユキナガ、防火扉を――」


 言葉が止まった。


「……」


 アルノは扉脇の非常盤へ向かい、透明なカバーを開けた。通常制御は落ちている。


 手動へ切り替えた。


 警報灯が点き、低いブザーとともに防火扉が横へ動き始める。


 回廊の会場側から男が走ってきた。


 アルノが撃った。


 男の身体が柱へ隠れる。


 扉は、人ひとりが通れる幅まで閉じていた。


 もう一人が出た。


 アルノは一発撃った。


 スライドが後退したまま止まった。


 アルノは空になったPPKを握ったまま、防火扉の隙間へ向かって下がった。


 敵のいる回廊側から銃声がした。石が砕ける。


 アルノは扉の隙間へ身体を滑り込ませ、退避路側へ抜けようとした。


 脇腹が縁へ当たった。


「っ――」


 一瞬、動きが止まった。


 回廊側から腕が伸びた。


 アルノはPPKのグリップで手首を叩き、身体を捻って隙間を抜けた。


 重い音を立てて防火扉が閉まり、ロックが落ちた。


 アルノは壁へ片手をついた。


「……ヴィクトル、応答を」


 息が切れていた。


 次の瞬間、防火扉の向こう、敵のいる回廊側で爆発が起きた。


 扉脇の壁材が弾け、破片と白い埃が吹き込んだ。


 アルノの身体が横へ吹き飛ばされ、そのまま壁へ打ちつけられた。


 PPKが床を滑り、イヤーピースが耳から飛んだ。


 音が消えた。


 白い埃がアルノのいる退避路へ広がっていた。


 アルノは床に手をついた。一度滑り、もう一度つく。


「っ……」


 呼吸をした瞬間、脇腹が裂けるように痛んだ。シャツの下を血が流れている。


 少し離れた床にイヤーピースが転がっている。


 アルノはイヤーピースを拾って耳へ戻した。


 何も聞こえなかった。ノイズもなかった。


「……Scheiße(クソ)」


 壁へ背中を預けたまま、防火扉を見る。


 扉は閉じていた。


 爆発と同時刻。北西交差点。


 爆発の煙が交差点まで来ていた。


 フィンがイヤーピースへ触れた。


「アルノ」


 返事がなかった。


 アオイのいる西側の路地から、怒鳴り声と何かが倒れる音がした。


『フィン、何——』


 リヴァの声だけが薄く入った。


 フィンは煙の上がる会場を見た。


「アルノ落ちた」


 一拍置いた。


「俺が取る」


 フィンは会場から視線を外した。


「アオイ、聞こえる?」


 呼吸と咳が最初に聞こえた。


『聞こえてます。まだ生きてます』


「西、そのまま維持して。車両一本通すよ」


『了解、くっそ――』息の合間に悪態が無線に入った。


「リヴァ」


『いる、アルノが見えない』


「わかった。射点そのまま。絶対動かないで」


『……了解』


 フィンは交差点へ出た。


 北アフリカ側が残した警護車両は、まだ斜めに道を塞いでいた。運転席へ身体を入れ、シフトをニュートラルに入れてパーキングブレーキを外した。ドア枠へ肩を入れ、車体を路肩へ押し出した。


 石畳の向こうから、黒い車両が一台入ってきた。


 記録官の退避車両だった。


「カイ、通せるよ」


 返事がなかった。


 フィンはイヤーピースへ触れた。


「カイ」


 ノイズが走った。


 黒い車両が交差点へ入り、速度を落とした。


 アオイが路地から出てきた。ジャケットの肩が裂けていた。


 銃声が一発した。


 アオイが車体の陰へ入った。


「はいはい、まだいるんですね……」


 フィンが車両の反対側へ回った。


「リヴァ、カイ見える?」


『見えない』


「了解」


 フィンは拳銃を上げた。窓際に出た人影が引っ込む。


 記録官の車両が、そのまま交差点を抜けた。


「記録官車両、交差点通過」


『カイは?』


「射点を維持して」


 フィンは画面を見た。


 記録官の車両が西へ進む一方で、カイの位置は車両から離れ、南へ動いていた。


「カイ」


 返事はなかった。


 位置が数メートル動いた。


 止まった。


「カイ、応答して」


 数秒間があった。


 カイの位置表示が一度点滅した。


 消えた。


 フィンは端末を閉じた。


「アオイ、俺たちはここを維持」


 アオイが黙った。


 フィンは会場を見た。


「まだ記録官が抜け切ってない」


 西の通りへ出た黒い車両は、もう見えなくなっていた。


 遠くで銃声が二発続いた。


 アオイが息を吐いた。裂けたジャケットの肩を一度引き上げた。


「カイ、は…位置まで消えてますけど」


「うん」


「……行かない、んですよね」


 フィンは端末をもう一度出した。


 通知を確認して、イヤーピースに手を置いた。


「みんなへ。記録官車両、西側安全区画へ入った」


『了解』リヴァの声。


『よかった』ジュリオの声がした。


 フィンは画面を見た。


「一旦状況整理しよう」


 画面には更新時刻の違う表示が並んでいた。


「まず味方。カイは今、位置情報もロスト。アルノは会場一階に残ってる。応答無し。ヴィクトルもロスト。最後は一階奥…だけどもう情報が古い。ユキナガもロスト。拠点がどうなってるかもわからない」


「保護対象は、記録官、東欧、北アフリカ、海運まで退避完了。ノルドハウンの代表は未退避。ここを探さないと任務が終わらない」


「敵側。海運側と思われる武装員は中でアルノと交戦中、北アフリカ側も俺らと交戦中、東欧は俺らに報奨金だして殺しにきてて、ユキナガ側は原因不明」


 アオイが東欧側の人間の端末を片手に取っていた。


「自分らの顔も割れてます。リヴァについては狙撃手の女と出ていて、優先的に探させています」


「…多分この後も、報酬目当ての人員は増える。警戒しよう」


 ジュリオの回線が戻った。


『ノルドハウンについて報告。代表がいない。警護も一人いるが、足撃たれて動けない』


「ジュリオ、先にノルドハウンの代表を探して。その人を逃さないと任務が終わらない」


『分かった』


「他は?」


『ノルドばかり負傷多数だ。随行も人数足りない。救護依頼して搬送回す』


「頼んだ」


 遠くで車のエンジン音が上がった。


 アオイがフィンを見た。


 フィンは一度、会場の方を見た。


 煙が屋根の高さまで上がっていた。


 銃声が一発した。


 フィンが顔を上げる。


『フィン』


 ジュリオだった。


 今度は息が近かった。


『さっきの警護とは別だ。ノルドハウンの奴を、また一人見つけた』


「状態は?」


『生きてる。歩けない』


「東欧側の懸賞一覧にありました。ノルドハウンの人員を行動不能にしろと言う指令です」アオイが端末を見ながら言った。


 鐘の音が、煙の向こうへ消えていった。


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