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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十三章「偏光の聖堂 ― Polarized Cathedral」

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覚悟



 新ローマ拠点、別棟通信室。


 六枚のモニターに、会場と外周の状態が分かれて表示されていた。


 西側接続路ではアオイが交戦を継続している。フィンは記録官の退避車両を通すため、北西交差点へ移動していた。


 ヴィクトルの表示は一階北側で停止したまま、灰色になっている。


 ユキナガはアオイの前に残っている人数を数え、第二退避口までの経路を更新した。カイと記録官の位置が地上へ近づいている。


 モニターに、新しい通知が出た。


 LUCA:二十七番、再接続

     大学側からじゃない

     外からそっち入ってる


 ユキナガは会場側の映像を残したまま、二十七番の通信記録を開いた。


 未割当の経路から短い接続が繰り返されている。


 次の瞬間、窓の外で爆発音がした。


「…うわ」


 建物が揺れた。


 咄嗟にモニターを押さえた。


 六枚のモニターが一斉に白くなり、照明が消えた。


 一秒遅れて非常灯が点いた。


『ユキ――』


 リヴァの音声が途切れた。


 外周映像がまとめて黒くなった。


 フィンとアオイの位置情報が止まり、東京側への同期表示が赤へ変わる。


「クソ」


 ユキナガは大学側の通常経路を切り離した。


 ローカルの監視系統と、東京へ繋がる非常用のバックアップ回線だけが残っていた。


 一階廊下の映像を開く。


 非常灯の下に、人影が二つあった。


 予備の退避路は、さっきの爆発で吹き飛ばされていた。


「……やられた」


 一人はすでに外部回線の中継設備の前にいる。


 もう一人は通信室へ続く階段を上がっていた。


 いつ入ったのか分からなかった。


「はーあ」


 椅子に深く腰掛け、背もたれを揺らした。


 ユキナガはテーブルの上の煙草を取って、火をつけた。


 咥えながら、ユキナガは中継設備の扉と、階段上の防火扉を同時に施錠した。残っている音声回線を会場内のアルノへ繋ぐ。


「アルノ、こっちに二人きてる。外部回線やられた」


 一拍あった。


『退避してください』


「無理。階段取られてる」


『別経路は』


「爆破されちゃって、ないんだよね」


 階段側の男が防火扉の前まで上がってきた。


 中継設備側では、もう一人が壁際の配線盤を開けている。


『こちらから人員を――』


「いい、いらない」


 一拍あった。


 アルノの声の後ろで銃声がした。


「全員の最終位置だけ送る」


 ユキナガは現在位置の固定処理を実行した。


 カイと記録官は第二退避口へ移動中。フィンは北西交差点。アオイは西側接続路。リヴァは射点。アルノとジュリオは会場内。ヴィクトルは一階で停止。


 各位置へ、最後に取得した時刻を付けた。


 映像と音声についても、最後に受信したデータを切り分けて保存した。ファイルを東京へ送信した。


 進行表示が上がっていく。


 八十七。


 九十三。


 防火扉の保守盤が外れた。


 九十七。


 中継設備側の男が配線の奥へ工具を入れる様子が見えた。


 東京側への送信表示が一瞬ちらついた。


「行け……」


 九十九。


 階段側の防火扉が開いた。


 百。


「最終位置、東京へ送信完了」


『了解。ユキナガー』


 アルノの声が途切れた直後、残っていた外部映像が消えた。


 会場側の位置情報も止まった。


 東京側のミラーが切れた。


 アルノとの回線表示が消えた。続いて、全員の音声も灰色へ変わる。


 部屋は窓から差し込む光だけになった。


 ユキナガは煙を吐いた。灰皿に置いた。


 扉の認証盤が外される音がした。


 ユキナガはデスク下の引き出しからHK VP9を取り出し、薬室を確認した。椅子を押し退け、通信卓の側面へ身体を寄せた。


 照準を向けた。


 扉が枠から数センチ離れた。


 男は身体を出さず、盾だけを通信室の中へ押し込んできた。


 ユキナガが撃った。


 弾が盾に当たり、硬い音が室内へ響いた。


「…あー、全然無理そ」


 二発目も正面へ入った。盾の向こうで男の靴が一度下がったが、すぐに床を踏み直した。


 通信卓と扉の間は狭かった。


 盾がユキナガの右肩へ当たり、そのまま通信卓の側面へ押しつける。


 ユキナガは銃口を盾の外へ出そうとした。盾の下から伸びた手が右手首を掴み、机の縁へ打ちつけた。


 VP9が床へ落ちた。


 もう一人が盾の横から入り、銃を蹴って通信卓の下へ送る。ユキナガの左腕を取り、背中側へ回ろうとした。


 ユキナガは身体を沈め、倒れていた椅子を蹴った。


 椅子の脚が男の脛へ当たった。


 男の重心が動いた隙に左腕を抜いたが、右肩は盾と通信卓の間に挟まれたままだった。


「へー、ほんとに一人でこれ回してんのか」


 言いながら、盾を持った男が位置を変えた。


 上縁がユキナガの胸へ入り、身体ごと壁際へ押し戻される。


 もう一人が右手首を取り直した。


「うわ、」


 ユキナガの手首を掴んでいた男が、顔を寄せた。


「狙撃手の場所を言え」


 ユキナガは男を見た。


「……」


「言え」


「やだ」


 拳が腹へ入った。


「っ――」


 息が抜けた。


 体が折れた。


 ユキナガは咳き込んだ。


 右手首を掴まれたままで、床へ倒れることもできず、ぶら下がっていた。


 声が出なかった。


「もう一度聞くぞ、ほら。歯食いしばれ」


 男がユキナガの頬を平手で叩いた。血の味が広がった。


「……っ、」


「遅ーい」


 ユキナガが男を睨んだ。


 男が笑った。


 無言でもう一度平手で叩いた。


「っ……」


 顔が横に流れた。


 口元の血が床に落ちた。


「リヴァちゃんどこって聞いてんの」


 一瞬息が止まった。気づかれないように荒い息を不規則に続けた。


「……知らない」


 男がユキナガを見た。ため息をついた。


 しばらくして、手を離した。


「じゃ、座れ」


 肩を押され、そのまま床へ腰を落とした。


「……っ」


 両手首を首の後ろでまとめられた。


 手首に短い鎖が掛けられ、そのまま壁際を肩の高さで這う古い配管へ繋がれた。


 ユキナガは一度、腕を下ろそうとした。


 鎖が鳴った。


 下がらない。


 今度は肘を上げた。


 それも途中で止まった。


「……最悪」


 力を抜いた。


 両手は首の後ろに残ったまま、肘だけが中途半端な高さで開いた。


 ユキナガは壁へ背中を預けた。


 一人が拘束具を引いて確認した。


 もう一人はVP9を拾い、弾倉を抜いた。銃を自分の腰へ収めてから、通信卓の端末へ外部記憶装置を接続する。


「…手慣れてんじゃん」


 襲撃の二人は通信卓へ向いた。


 ユキナガは床に座ったまま、モニターを見た。


 画面は暗くなっていた。


「お兄さんたち、誰?」ユキナガが言った。


 一人がユキナガに向いた。こめかみに傷のある、三十くらいに見える男だった。


 カイと同じくらい背が高く、体格も良かった。


「フォーラム参加勢力の傭兵?」


 どちらも答えなかった。


「あんた、白人にしちゃ肌が濃いね」


 端末を探している方の男が、ユキナガを横目で一度見た。


「そっちのやつは白人っぽいけど」


「余計なことばっか喋ってんな」


 傷のある男が、ユキナガの前にしゃがんだ。


 ユキナガの頬を軽く数回叩いた。


「早く言え、女はどこだ」


「知らない」


「退避先は」


「知らない」


「最後の連絡はいつ取った」


「……質問変えても答え一緒だよ」


 ユキナガの手首の鎖が小さく小刻みに鳴った。


 傷のある男が、鳴った鎖へ視線を向けた。


 それから、もう一度ユキナガの顔へ視線を戻した。


「お前、いくつだ」


「……は?」


「歳」


「今それ聞く?」


 男が笑った。


 通信卓を調べていたもう一人が顔を上げた。


「遊ぶな」


「持ち帰らず吐かせられたら上々って話だったろ」


「……俺、連れてかれんの」


「それはお前次第」


 傷のある男が、ユキナガへさらに近づいて顔を寄せた。


 ユキナガは壁へ背中を押しつけた。


「……何」


 男が顎へ手をかけた。


 ユキナガが顔を振って手を外した。


 男が笑った。


「あんた何人なの」


「お前の国と同じ、死刑のある国」


「……へえ」


「石打ちも残ってるぞ」


 ユキナガが笑った。


「こっわ」


 通信卓では、傷のない男が端末を調べ続けていた。


 一度こちらを見て、ため息をついた。


「懸賞金でもかかってる訳」ユキナガが言った。


 傷のある男が、もう一人を振り返って言った。


「懸賞金か。あったらいいなあ」


「な。ほんとだよ」


 傷のある男はユキナガの前にしゃがんだまま、切れた唇を見た。


 そこに親指を当てた。


「言ったら楽になるぞ」


「言うと思う?」


「じゃあ聞き方変えるか」


 ユキナガの表情が少し止まった。


 男の手が、シャツの裾へ触れた。


 ユキナガが身体を引いた。


 鎖が鳴った。


 男はそれを見て、口元だけで笑った。


「殴る方がいいか?」


 傷のない男が振り返った。


「使い物にならなくするなよ」


「分かってるって」


 傷のある男がユキナガを見た。


「女どこ?」


 ユキナガの喉が一度動いた。


 男がユキナガを引いた。


 金具が小さく鳴った。


 ユキナガは顔を伏せた。


「……その覚悟はできてなかったな」


 傷のある男がユキナガの拘束と手首の間に、細い布を挟んだ。


「これで痛くない」


「……」


「礼は?」


 通信卓の向こうで、傷のない男の端末が震えた。


 男が画面を見る。


「……南が閉じた」


「何分」


「もうない」


 傷のある男はユキナガを見ていた。


 傷のない男が言った。


「ダリ、急げ」

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