第二退避経路
地下会議室では、最後の議題に入っていた。
記録官が文書を読み上げた。
「次期契約をもって、東欧側の武装警護契約および港湾情報へのアクセス権を終了します」
東欧側の代理人が椅子へ深く座った。
「同意しない」
「異議として記録します。残る三者間の契約成立には影響しません」
北アフリカ、海運、ノルドハウンの代表が順に署名した。東欧側の欄だけが空いた。
記録官が認証を終えた原本を封筒へ入れ、封を閉じた。
銃声がした。
一発。会議室の全員が止まった。
二発目。
カイが動いた。記録官と扉の間へ入り、書類ケースを持たせた。
「立て」
記録官が立った。東欧側の警護がジャケットへ手を入れた。
『地下、全員抜かないでください』
アルノの声が各陣営の護衛を含む全体の回線に入った。
『発砲元未確認です』
警護の手が止まった。その直後、館内の別方向でも銃声がした。
二階で、ジュリオが顔を上げた。廊下の向こうで人が走った。
「……やっぱ仲良く話し合いじゃないな」
そのまま階段へ向かった。
外周では、フィンが建物を見た。アオイが眼鏡を押し上げた。
「始まりましたね……」
「みたいだね」
フィンの視線が西へ移った。
三階で、リヴァはチョコレートの包みを窓際へ置き、AXMCを構えた。
会場正面、西側路地、屋根、鐘楼をスコープの中で順に流した。
新ローマ拠点、別棟。
ユキナガが六枚の画面を切り替えた。館内映像、各員の位置、退避車両、通信波形。
「全員生きてる」
キーを叩いた。
会場一階では、アルノが端末を見た。
『ジュリオ、第二経路を開けてください』
『向かってる』
『アオイ、代表側へ。カイのサポートを』
『はい』
『フィン、西側を維持してください』
『了解』
地下会議室。
財団側の警護責任者が端末を見た。
「第一退避車両が予定位置にいません」
カイは扉の脇から廊下を見た。
「徒歩で出る」
「地上経路が確認できていない。九十秒ください」
『その場で待機させてください』
アルノだった。
『ユキナガ、計測』
『始める』
カイは記録官を柱の内側へ下げ、自分が廊下側へ立った。
東欧側の代表が立ち上がった。
「我々は独自に退避する」
警護が一人、代表の前へ入った。さっき記録官に声をかけた通訳もいた。
カイはそちらを見た。動かなかった。
イヤピースにアルノの声が入った。
『東欧側、独自退避を確認。追わないでください』
西側では、黒い車両が一台、列から出た。北アフリカ側の車だった。
予定位置を離れ、そのまま西の路地へ入った。
「車、一台動いた」フィンが言った。
『許可取ってないよそれ』ユキナガの声。
車両が角を曲がった。フィンは、その角を少し長く見ていた。
『停止命令、返答なし』
間があった。
『記録官の方、停止から三十秒』
通信に薄いノイズが混じった。すぐ消えた。
地下では、廊下から足音が近づいた。会場警備の証明証を下げた男が一人、扉の前へ現れた。
「上階で発砲です。東側階段を――」
「止まれ。そこで言え」
カイが言った。
男が止まった。
「退避経路を伝えに来た」
一歩、近づいた。
カイの左手が後ろへ伸びた。記録官の胸元を押し、さらに壁側へ下げる。
カイが拳銃を抜いた。
「会場警備の一覧にいなかった」
男の右手がジャケットへ入った。
カイが先に撃った。
男が石壁へぶつかった。拳銃が床へ落ちた。
カイは男を見なかった。
「行くぞ」
「まだ待機中では」
財団側の警護責任者が言った。
「こいつが入れた時点で待機する意味はない」
記録官を扉から離した。
「記録官を見ていろ」
財団側の警護責任者が足を止めた。
外周では、西の路地から黒い車両が再び見えた。さっきとは位置が違っていた。
フィンは腕時計を見て、それから会場へ視線を戻した。
会場内の銃声は、さっきより近かった。
『六十秒』ユキナガが言った。
『第二退避を開始します』
ジュリオは階段の踊り場にいた。下から上がってきた男の腕を壁へ叩きつけた。
拳銃が落ちた。
男の膝を蹴り、階段脇へ押し倒した。次の扉を開けた。
「第二退避経路、通せる」
返事を待たず、さらに先へ進んだ。
カイは記録官を連れて階段を上がった。曲がり角で止めた。
「待て」
一人で半歩だけ先へ出た。右の廊下、開いた扉の向こうに人影があった。
戻った。
「行く」
記録官が進んだ。背後から海運側の代表と警護が来た。
警護の一人が前へ出ようとした。
カイがその前へ身体を入れた。
記録官が角を曲がり、カイも続いた。
後ろで銃声がした。
退避路の手前で、通信に短いノイズが走った。
角を曲がると、ジュリオがいた。拳銃を下げ、足元には男が一人倒れていた。
「チャオ」
「遅い」
「ごめんごめん」
カイはジュリオの横を通り、記録官を先へ進ませた。
遠くで、また銃声がした。




