Operation FORUM
新ローマ拠点 午前六時三十分。
鎧戸の隙間から朝の光が入っていた。
全員、支度を終えていた。
リヴァは黒のパンツに薄手の長袖。髪を低い位置でまとめていた。
カイは黒のスーツに白いシャツ、細い黒のタイ。右耳にイヤピースを入れていた。黒いサングラスは胸ポケットに差してある。
ヴィクトルは明るいグレーのダブルスーツだった。二列のボタンに白いシャツ、淡い黄色のタイをしていた。
フィンはネイビーのジャケットに白いYシャツ。アオイは黒のジャケットに黒のTシャツを着ていた。
フィンがテーブルから細い黒縁の眼鏡を取って、アオイに渡した。
「これ掛けて」
「なんでですか……」
「それっぽいから」
「……日本人のステレオタイプやらせてます?」
アオイは眼鏡を掛けた。
ジュリオは深いネイビーのスーツの袖口を整えていた。
「地味な色だなあ」
「目立ってどうするんですか」アオイが眼鏡を上げながら言った。
アルノは白いシャツにいつもより暗めなグレーのスーツ。ジャケットの下、脇腹には包帯の厚みが残っていた。
アルノが端末を閉じた。
「ユキナガ、大学側は」
「ルカとチャットだけ繋いでる。観測データも来てる。問題なし」
「東京側は」
「惣一まで同期してる。なんかあったら音声も入る」
アオイが姿勢を正した。
「確認しました」アルノが言った。
腕時計を見た。
「出ます」
ジュリオがドアを開けた。
石畳を走るスクーターの音が入ってきた。
ヴィクトルが廊下へ出た。フィンが続いた。
アオイもドアへ向かった。
「アオイ、死なないようにね」リヴァが言った。
アオイが振り返った。少し笑った。
カイがその横を通った。
「四七歩成」アオイが言った。
「三三角成」
カイが返した。
アオイがドアを押さえた。
「四八と」
アルノが二人を見て、ため息をついた。
「カイ、記録官を頼みました」
「ああ」
カイは胸ポケットからサングラスを出して、掛けた。
午前七時四十分。
リヴァは修復中の石造建物の三階にいた。
窓の外には赤茶の屋根が重なり、その向こうに会場の石壁と鐘楼が見えた。
AXMCを窓際の低い位置に据えた。
イヤピースにアルノの声が来た。
『全員、接続確認。Sniper』
「完了」
『Protection』
『完了』
カイの声だった。
『Outer』
『完了』フィンが言った。
『Response』
『聞こえてます』
アオイの声。
『Inside』
『問題ないよ』ジュリオが言った。
『Liaison』
少し間があった。
向こうで男たちの話し声が混じった。
『…聞こえてる』
ヴィクトルの声だった。
『Comms』
『全員取れてる』ユキナガが言った。
短い沈黙があった。
『では』アルノが言った。『各自、配置を維持してください』
会場 午前十一時十八分。
会場の壁には古い紋章が残っている。
地下の会議室では、四勢力の代表が席についていた。予定通りだった。
記録官が一階の控室から出た。
カイが先に廊下を見た。通過するスタッフが二人、壁際に警備が一人。奥の扉は閉じている。
記録官が歩き始めた。カイも半歩後ろにいた。人が来る側へ寄っている。
記録官が右へ曲がる前に、カイの視線は先にあった。
階段から男が上がってきた。東欧勢力の随員だった。記録官を見つけて、片手を上げた。
「Signore――」
近づいてきた。
カイが一歩入った。
「後にしろ」
声は低かった。
「なんだよ、俺が誰かわかってるのか?」
「東欧の通訳だ」カイは言った。「代表から離れる必要は無い、戻れ」
男は眉を寄せて、一度記録官を見た。カイが動かなかった。
男が退いた。
記録官はそのまま歩いていた。カイは振り返らず、元の距離へ戻った。
回廊の先で扉が開いた。黒いケースを持った会場スタッフが出てきた。
カイの右手が記録官の背中に触れた。記録官を壁側へ通し、自分が外側へ入った。
スタッフは立ち止まり、道を空けた。
カイはケースを見た。封印、搬入票、スタッフの首から下がった会場証。そのまま通した。
「ありがとう」
記録官が小さく言った。
「前を」
カイは答えた。
記録官が前を向いた。二人は階段を下りた。
玄関ホール。ジュリオが受付の前を通った。
黒いスーツを着たコンシェルジュが、招待客からカードを受け取っていた。
男が顔を上げた。片方の眉を上げた。
ジュリオと目が合った。
ジュリオは少し顔を傾け、そのまま歩いた。
「……静かで気持ち悪いな」
リヴァは窓から一歩下がった位置にいた。
ライフルは据えたまま、肉眼で通りを見る。
人間が四人。窓際に一人。路地から出てきた男が一人。停車していた白い車が動いた。
歩行者の流れに変化はない。
スコープへ目を移した。
リヴァはイヤピースに触れた。
「外、異常なし」
『異常なしを信用しすぎないでください。観測継続』
アルノだった。
リヴァは肩を落とした。
「はあい」
リヴァはまたスコープを覗いた。
「アオイ、眼鏡似合ってるね」
『あ、ありがとうございます……狙わないでくださいね……』
「見てるだけ」
『そう信じますけど…』
下の路地を風が抜けた。開いた窓から匂いが入ってきた。
「レストランの匂いして、お腹空いてきた」
『そこのカルボナーラ、マジで美味いぞ』ジュリオの声が入った。
『食いたい』ユキナガの声がした。
『惜しい、招待制なんだよな。俺とリヴァの』
『嘘つけ』
リヴァはポケットから小さなチョコレートを出した。アルノにもらったやつだった。
包みを開けた。一つ口に入れた。
口の中で溶かしながら、通りを見た。
会場内。
アルノは地下へ続く階段の手前にいた。
「失礼」
アルノは海運の警護担当に声をかけた。二人いた。
「地下へ入れるのは一名までです」
「…こちらは二名で登録している」
「登録人数と会議室への入室人数は別です」
片方が何か言いかけた。
「一名です」アルノは言った。
警護担当が一人残った。もう一人が階段を上がった。
アルノは次の参加者へ目を向けた。
ユキナガの前に六枚のモニターが並んでいた。
会場、外周、各員の位置。通信状態。大学から届く観測データ。
画面の隅にチャットが一件増えた。
LUCA:継続してるよ。問題ナシ^ - ^
ユキナガは読んだ。返さなかった。
別のログを開いた。
一件だけ、時刻がずれていた。
「定期的になんかズレるんだよな…」
ユキナガがカーソルを止めた。前後を開いた。
正常。次も正常。該当ログに印をつけた。
画面を戻した。
地下会議室の扉が閉まった。
記録官が席についた。
カイは壁際へ下がった。
記録官がペンを落とした。
カイは動かなかった。
記録官がカイを一度見て、自分で拾った。
カイは扉を見ていた。
イヤピースにアルノの声が入った。
『各員、現状維持』
誰も返事をしなかった。
会議は予定通り進んでいた。




