並行尋問
新ローマ拠点、地下。
アルノは三室の回線を開いた。
「全室、最優先は第二波についてです。後続班、館外待機者、報告期限、連絡が途絶えた場合の手順。発注元と目的はその後にしてください」
襲撃地下班の男は、両手を前で拘束され、腰の鎖を床の固定具へ繋がれていた。
アルノが正面へ座った。
机には、押収された靴、車両用の鍵、端末が置かれていた。
ヴィクトルは壁際に立っていた。
男は左右を見ながら怯えた様子だった。
「あんたら二人だけか」
アルノは目を細めた。
「あの男は、いないのか」
「地下でお前を捕らえた、あの大男はいない」ヴィクトルが言った。「会いたいなら会わせてやるが」
男は震えながら下を向いた。
「そんなに怖かったか?」
「どこに潜んでるかわからなかった…常に俺の位置がバレてた」
カイは車の反射を見ていたと言っていた。ヴィクトルは満足気にアルノに向いた。
アルノはなんの反応もしなかった。
「では始めます。後続班はいますか」アルノが言った。
「…いない」
「館外に残っていた人員は」
「二人」
「報告期限は」
男は答えなかった。
「連絡がなければ、別の部隊が動きますか」
「…この班に予備はいない」
「館外の二人は」
「撤収する」
「何時に」
「十九時十分」
『北へ出た車両を追ってください』アルノが言った。
『やってる』ユキナガの声がイヤホンへ入った。『今のところ、こっちへ戻る動きはない』
「侵入に使用した車両は」アルノが言った。
男は答えなかった。
「配置端末の回収後、どの車両へ積む予定でしたか」
男の視線がヴィクトルへ向き、その後机の端末へ落ちた。
ヴィクトルは車両用の鍵を机の中央へ寄せた。
「気にしてるのはこっちだろ」
「……」
「靴底に荷台の蝶番と同じ赤いグリースがついてる。運転じゃないなら、荷室を開けてた」
男の顎が動いた。
「車両は何台ですか」アルノが言った。
「……二台」
『外周のタイヤ痕と合う』ユキナガの声がアルノのイヤホンへ入った。『一台は北へ出てる』
「地下から上がる予定時刻は」
「十九時」
「合流地点は」
「聞いてない」
ヴィクトルが鍵を裏返した。
「この鍵、切削のバリが残ってるな」
男が鍵を見た。
「リングに通した擦れもない。今日渡されたんだろ」
男は口を閉じた。
「受け取った場所は」アルノが言った。
「……テルミニの東」
「誰から」
「顔は見てない」
「言語は」
「綺麗な英語だ」
アルノが端末へ入力した。
「いい人間を選びましたね」
ヴィクトルがアルノを見た。
「だろ。香水返せ」
「では、もう少しお願いします」
アルノは立ち上がった。
「……」
ヴィクトルはため息をついて、アルノの座っていた椅子に腰掛けた。膝に肘を立てて顎を置いた。
「知ってること、全部喋れ。俺の香水のために」
同時刻。
二階班の男は、アオイが担当していた。
椅子を机の正面から少し外して置いた。
アオイは端末を開いた。
「では次に進みます。館へ入ってから、俺の部屋へ入るまで。最初からお願いします」
男がアオイを見た。
「何回やるんだよ……」
「あなたが毎回話す内容が変わるからです」
「……通信室へ向かった」
「館内図はたまたま、外で拾って持っていた。通信室の場所は分かっていたんですね」
「図面に書いてあったから」
「では、なぜ反対側にある俺の部屋へ入ったんですか」
「暗かった」
「俺の部屋だけ照明が点いて、扉が開いた」
男が黙った。
「開いた扉へ入るよう、指示されていたんですね」
「道を間違えた」
「分かりました」
アオイは端末を閉じた。
イヤホンを外し、端末の横へ置いた。
「では、もう一度お願いします。館へ入ってから、俺の部屋へ入るまでです」
「…いい加減にしてくれ」
「答えが変わっていますので繰り返します」
アオイが立った。
男の背後へ回り、椅子の背へ手を置いた。
「もう話しただろ、もう後続はない。東側から俺らは、」
「通信室へ向かったんですね」
アオイが男の肩甲骨に手のひらを置いた。
服越しにもわかる冷たい手に、男の背筋が伸びた。
「……そうだ、そうだから」
「俺の部屋は反対側です」
「暗かった!」
「扉が開くことは、事前に聞いていましたか」
「迷ったんだって!」
「誰から」
「それは知らない!」
アオイが男の肩を掴んだ。
男が身体を捻った。
椅子の脚が床を擦った。
アオイは拘束された腕ごと上体を机へ伏せさせた。
重い音がした。
男の顔が木の天板へ当たった。
血が一滴、机へ落ちた。
「……クソ日本人め」
アオイが一拍止まった。
「……日本人。……どうしてそう思ったんでしょうね」
男が黙った。
「では、もう一度はじめから聞きますので、正確に話してくださいね」
アオイは男の肩を押さえたまま、端末を開き直した。
正面班の男は、ジュリオの前に座っていた。
壁の時計は、午前一時を過ぎていた。
ジュリオは足を組んで、片腕を椅子の背に置いていた。
男は動かなかった。
「俺もう眠いんだけど。そろそろ残りの情報も話してくれない?」
男は動かなかった。
「写真は誰から渡された?」
男は答えなかった。
「ねえやっぱ殴んなきゃ駄目?隣の物音と痛そうな声、聞こえたでしょ?あれされたい?」
男は壁を見ていた。
返答はなかった。
ジュリオは煙草の箱を机へ置いた。
「二時間だぞ。そろそろ俺の顔にも飽きただろ」
扉が開いた。
リヴァが立っていた。
白いシャツの上に薄い上着を羽織っていた。
「わあ。可愛い子きた」
「起きちゃったから様子見に来た」
男がリヴァを見た。
視線が止まった。
ジュリオが椅子から背を離した。
「代わる?Bella」
「うん」
「ええ本気??」
ジュリオが廊下を見ると、アルノが入口に立っていた。
「休んでください」アルノが言った。
ジュリオは席を立った。
男に向かって囁いた。
「俺の女だから、口説くなよ」
男が薄く笑った。
リヴァが椅子へ座った。
男は顔を背けた。
脚を揺らした。
リヴァはしばらく男の顔を見ていた。
「……ねえ、プリン好き?」
男がリヴァを見た。
「……何だ」
男が首を傾げた。
「プリン。私は好き」
「……それが何だ」
「イタリアの、ちょっと固いよね」
「知らない」
「食べたことないの?」
「ない」
「甘いもの嫌い?」
男は答えなかった。
リヴァは机の上の紙コップを見た。
「今日、何食べた?」
「……」
「私は夕ご飯パニーノの半分しかたべてなくて」
「聞いてどうする」
「お腹空いたなーって」
男が息を吐いた。
「車の中でパン食った」
リヴァは少しだけ笑った。
「何パン?」
「なんかしょっぱかった」
「ずっと車にいたのにパン一個?」
「…二個もらった。一つはクロワッサンみたいなの」
「え、おいしそうじゃん」
「甘かったから美味くなかった」
「お水飲む?」
「…いらないよ、」男の語気が柔らかくなった。
「車、どこに停めてたの。テルミニ?」
「違う」
「私、テルミニの近くあんまわかんない。噴水ある?」
「あるんじゃないかな」
「噴水の方じゃないんだ」
「俺らはもっと北側だよ」
男が言ってから口を閉じた。
男は紙コップを見た。
「水、飲んでいいよ」
「…くれ」
リヴァは立ち上がって、紙コップを持った。
「待ってください」アルノが入口の方から言った。「私がやります」
アルノが紙コップを受け取って男に飲ませた。
「…ありがとう」男がリヴァに言った。
「殺すなって言われてた?私のこと」
「まあな」
「私の名前知ってる?」
「知らされてない。教えてくれないか?」
「リヴァ」
男が目を見開いた。
「…それ言っちゃっていいのか?」
「んー、わかんない」
「いい名前だな。さっきのやつは彼氏?」
「ほんっとやめて、違う」
「じゃあキスしてた金髪は?」
「……」
「それともそこの眼鏡?」
男は笑った。拘束の金属が鳴った。
「ずいぶん大事にされてるね」
「……私を見つけたら、外の人に言う予定だった?」
男は答えなかった。
「その人たちは入ってこなかったね」
「位置情報を受け取るだけだった。捕えろとは言われてないんだ」
「でも掴まれそうになった、怖かった」
「捕えたらもっといいと勝手に解釈したんだろうさ」
男は続けた。
「俺も銃向けた。…すまなかったな」
「私も撃ったから、おあいこ」
男は笑った。
「扉と位置と、誰がどこへ動いたかを知らせる仕事だった」
「眼鏡の人がまず動いて…みたいな?」
「そうそう、そんなかんじ。返事がなければ十九時十分で切る。別の実働は来ない」
「写真を持ってた人と、端末を取る人は別なんだね」
男が頷いた。
「写真はいつ渡されたの?」
「当日。車の中でパン食ってる時」
「誰から?」
「しらない。英語だったよ」
「東欧の人だ」
「違う」
「違うんだ…どこの国の人?」
「…わからなかった、すまない」
リヴァがアルノの方に向いた。
アルノが腕を組んでいた。リヴァを人差し指で呼んで、顎を廊下に一度向けた。
「リヴァ、」男がリヴァに言った。
「なに?」
「気をつけな」
「……うん」
リヴァとアルノは部屋を出た。
「……十分です」
「甘いものが嫌いだって引き出せた」
「はい。寝てください」
「わかった」
リヴァは階段を上がった。
ジュリオは壁際の椅子で目を閉じていた。
「俺、二時間いたんだけど?」
「あなたの質問で警戒が飽和していました。無駄ではありません」
ジュリオが片目を開けた。
「慰めてる?」
二階班の部屋の扉が開いた。
アオイが出てきた。
シャツは、袖から胸元まで血に濡れていた。袖口は揃ったままだった。
扉の奥で、男は椅子へ戻されていた。
片腕を胸へ抱え、鼻と口元から血を流し咳き込んでいた。
机と椅子は元の位置に戻され、床は水拭きまでされていた。
ジュリオが両目を開けた。
フィンが外周から戻り、アオイを見た。
「お疲れ。働き者だね」
「どうも……」
アオイは端末をアルノへ渡した。
「通信担当は生存確保、一人、かつ日本人と共有されていました」
アルノは端末を受け取った。
「供述者の状態は」
「話せます」
ジュリオは開いた扉の中を見た。
何も言わなかった。
「寝るわ。おやすみ」
ジュリオは立ち上がり、上階へ向かった。
「アオイ、外周の見張りをフィンと交代してください」アルノが言った。
「了解」アオイが言った。背筋が伸びた。
アオイがとぼとぼ歩いて外へ向かおうとした。
「アオイ、服着替えたほうがいいかも」フィンが言った。
アオイが自分の服を見た。
「……なんですかこの血は……」アオイが方向転換して部屋に向かった。「シャワー浴びて来ます」
「着替えるまで俺が戻るよ」
「すみません」
フィンは再び裏手へ回った。
ヴィクトルが地下班の部屋から出てきた。
「車両二台。鍵の受け渡しはテルミニ東側。搬出経路は北だ。後続班なし。館外の二人は報告が切れた時点で撤収してる」
「正面班から、所在確認と防衛行動の観測が別目的だったと取れました」
アルノは三つの記録を並べた。
「三班とも、実働に共有された第二波はありません。別系統の作戦は不明」
ヴィクトルは次の資料を取った。
午前三時を過ぎた。
アオイが着替えて外周へ出た。
フィンが部屋に戻った。
アルノは追報を送信した。
ユキナガに通信を入れた。
「ユキナガ。お疲れ様でした。今日のところは寝てください。通信の監視はこのあとはヴィクトルが引き継ぎます」
「おいおい俺だって寝たいんだが」
「今夜は目視での監視も併用します。明日以降は回線を確認してから決めます」
「……」
「五時にカイを起こして、アオイと交代させてください」
ヴィクトルは机の端に腰を預け、煙草へ火をつけた。
廊下には二人しかいなかった。
「…教授を煽ったこと、許していませんので」
「またその話か。流石にこたえたか?」
「いいえ。てっきり収めに付いてきたと思ったからです」
「お前の困った顔が見たかった」
アルノがヴィクトルを見た。
「さっさとユキナガと代われ役立たず」
「……」
「保護者なんだろ」アルノが睨んだ。
ヴィクトルは煙草を咥えたまま、視線を返した。
アルノは端末を開き、契約書の作成に入った。




