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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十二章「閉鎖系の外乱 ― Disturbance in a Closed System」

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並行尋問




 新ローマ拠点、地下。


 アルノは三室の回線を開いた。


「全室、最優先は第二波についてです。後続班、館外待機者、報告期限、連絡が途絶えた場合の手順。発注元と目的はその後にしてください」


 襲撃地下班の男は、両手を前で拘束され、腰の鎖を床の固定具へ繋がれていた。


 アルノが正面へ座った。


 机には、押収された靴、車両用の鍵、端末が置かれていた。


 ヴィクトルは壁際に立っていた。


 男は左右を見ながら怯えた様子だった。


「あんたら二人だけか」


 アルノは目を細めた。


「あの男は、いないのか」


「地下でお前を捕らえた、あの大男はいない」ヴィクトルが言った。「会いたいなら会わせてやるが」


 男は震えながら下を向いた。


「そんなに怖かったか?」


「どこに潜んでるかわからなかった…常に俺の位置がバレてた」


 カイは車の反射を見ていたと言っていた。ヴィクトルは満足気にアルノに向いた。


 アルノはなんの反応もしなかった。


「では始めます。後続班はいますか」アルノが言った。


「…いない」


「館外に残っていた人員は」


「二人」


「報告期限は」


 男は答えなかった。


「連絡がなければ、別の部隊が動きますか」


「…この班に予備はいない」


「館外の二人は」


「撤収する」


「何時に」


「十九時十分」


『北へ出た車両を追ってください』アルノが言った。


『やってる』ユキナガの声がイヤホンへ入った。『今のところ、こっちへ戻る動きはない』


「侵入に使用した車両は」アルノが言った。


 男は答えなかった。


「配置端末の回収後、どの車両へ積む予定でしたか」


 男の視線がヴィクトルへ向き、その後机の端末へ落ちた。


 ヴィクトルは車両用の鍵を机の中央へ寄せた。


「気にしてるのはこっちだろ」


「……」


「靴底に荷台の蝶番と同じ赤いグリースがついてる。運転じゃないなら、荷室を開けてた」


 男の顎が動いた。


「車両は何台ですか」アルノが言った。


「……二台」


『外周のタイヤ痕と合う』ユキナガの声がアルノのイヤホンへ入った。『一台は北へ出てる』


「地下から上がる予定時刻は」


「十九時」


「合流地点は」


「聞いてない」


 ヴィクトルが鍵を裏返した。


「この鍵、切削のバリが残ってるな」


 男が鍵を見た。


「リングに通した擦れもない。今日渡されたんだろ」


 男は口を閉じた。


「受け取った場所は」アルノが言った。


「……テルミニの東」


「誰から」


「顔は見てない」


「言語は」


「綺麗な英語だ」


 アルノが端末へ入力した。


「いい人間を選びましたね」


 ヴィクトルがアルノを見た。


「だろ。香水返せ」


「では、もう少しお願いします」


 アルノは立ち上がった。


「……」


 ヴィクトルはため息をついて、アルノの座っていた椅子に腰掛けた。膝に肘を立てて顎を置いた。

 

「知ってること、全部喋れ。俺の香水のために」





 同時刻。


 二階班の男は、アオイが担当していた。


 椅子を机の正面から少し外して置いた。


 アオイは端末を開いた。


「では次に進みます。館へ入ってから、俺の部屋へ入るまで。最初からお願いします」


 男がアオイを見た。


「何回やるんだよ……」


「あなたが毎回話す内容が変わるからです」


「……通信室へ向かった」


「館内図はたまたま、外で拾って持っていた。通信室の場所は分かっていたんですね」


「図面に書いてあったから」


「では、なぜ反対側にある俺の部屋へ入ったんですか」


「暗かった」


「俺の部屋だけ照明が点いて、扉が開いた」


 男が黙った。


「開いた扉へ入るよう、指示されていたんですね」


「道を間違えた」


「分かりました」


 アオイは端末を閉じた。


 イヤホンを外し、端末の横へ置いた。


「では、もう一度お願いします。館へ入ってから、俺の部屋へ入るまでです」


「…いい加減にしてくれ」


「答えが変わっていますので繰り返します」


 アオイが立った。


 男の背後へ回り、椅子の背へ手を置いた。


「もう話しただろ、もう後続はない。東側から俺らは、」


「通信室へ向かったんですね」


 アオイが男の肩甲骨に手のひらを置いた。


 服越しにもわかる冷たい手に、男の背筋が伸びた。


「……そうだ、そうだから」


「俺の部屋は反対側です」


「暗かった!」


「扉が開くことは、事前に聞いていましたか」


「迷ったんだって!」


「誰から」


「それは知らない!」


 アオイが男の肩を掴んだ。


 男が身体を捻った。


 椅子の脚が床を擦った。


 アオイは拘束された腕ごと上体を机へ伏せさせた。


 重い音がした。


 男の顔が木の天板へ当たった。


 血が一滴、机へ落ちた。


「……クソ日本人め」


 アオイが一拍止まった。


「……日本人。……どうしてそう思ったんでしょうね」


 男が黙った。


「では、もう一度はじめから聞きますので、正確に話してくださいね」


 アオイは男の肩を押さえたまま、端末を開き直した。






 正面班の男は、ジュリオの前に座っていた。


 壁の時計は、午前一時を過ぎていた。


 ジュリオは足を組んで、片腕を椅子の背に置いていた。


 男は動かなかった。


「俺もう眠いんだけど。そろそろ残りの情報も話してくれない?」


 男は動かなかった。


「写真は誰から渡された?」


 男は答えなかった。


「ねえやっぱ殴んなきゃ駄目?隣の物音と痛そうな声、聞こえたでしょ?あれされたい?」


 男は壁を見ていた。


 返答はなかった。


 ジュリオは煙草の箱を机へ置いた。


「二時間だぞ。そろそろ俺の顔にも飽きただろ」


 扉が開いた。


 リヴァが立っていた。


 白いシャツの上に薄い上着を羽織っていた。


「わあ。可愛い子きた」


「起きちゃったから様子見に来た」


 男がリヴァを見た。


 視線が止まった。


 ジュリオが椅子から背を離した。


「代わる?Bella」


「うん」


「ええ本気??」


 ジュリオが廊下を見ると、アルノが入口に立っていた。


「休んでください」アルノが言った。


 ジュリオは席を立った。


 男に向かって囁いた。


「俺の女だから、口説くなよ」


 男が薄く笑った。


 リヴァが椅子へ座った。


 男は顔を背けた。


 脚を揺らした。


 リヴァはしばらく男の顔を見ていた。


「……ねえ、プリン好き?」


 男がリヴァを見た。


「……何だ」


 男が首を傾げた。


「プリン。私は好き」


「……それが何だ」


「イタリアの、ちょっと固いよね」


「知らない」


「食べたことないの?」


「ない」


「甘いもの嫌い?」


 男は答えなかった。


 リヴァは机の上の紙コップを見た。


「今日、何食べた?」


「……」


「私は夕ご飯パニーノの半分しかたべてなくて」


「聞いてどうする」


「お腹空いたなーって」


 男が息を吐いた。


「車の中でパン食った」


 リヴァは少しだけ笑った。


「何パン?」


「なんかしょっぱかった」


「ずっと車にいたのにパン一個?」


「…二個もらった。一つはクロワッサンみたいなの」


「え、おいしそうじゃん」


「甘かったから美味くなかった」


「お水飲む?」


「…いらないよ、」男の語気が柔らかくなった。


「車、どこに停めてたの。テルミニ?」


「違う」


「私、テルミニの近くあんまわかんない。噴水ある?」


「あるんじゃないかな」


「噴水の方じゃないんだ」


「俺らはもっと北側だよ」


 男が言ってから口を閉じた。


 男は紙コップを見た。


「水、飲んでいいよ」


「…くれ」


 リヴァは立ち上がって、紙コップを持った。


「待ってください」アルノが入口の方から言った。「私がやります」


 アルノが紙コップを受け取って男に飲ませた。


「…ありがとう」男がリヴァに言った。


「殺すなって言われてた?私のこと」


「まあな」


「私の名前知ってる?」


「知らされてない。教えてくれないか?」


「リヴァ」


 男が目を見開いた。


「…それ言っちゃっていいのか?」


「んー、わかんない」


「いい名前だな。さっきのやつは彼氏?」


「ほんっとやめて、違う」


「じゃあキスしてた金髪は?」


「……」


「それともそこの眼鏡?」


 男は笑った。拘束の金属が鳴った。


「ずいぶん大事にされてるね」


「……私を見つけたら、外の人に言う予定だった?」


 男は答えなかった。


「その人たちは入ってこなかったね」


「位置情報を受け取るだけだった。捕えろとは言われてないんだ」


「でも掴まれそうになった、怖かった」


「捕えたらもっといいと勝手に解釈したんだろうさ」


 男は続けた。


「俺も銃向けた。…すまなかったな」


「私も撃ったから、おあいこ」


 男は笑った。


「扉と位置と、誰がどこへ動いたかを知らせる仕事だった」


「眼鏡の人がまず動いて…みたいな?」


「そうそう、そんなかんじ。返事がなければ十九時十分で切る。別の実働は来ない」


「写真を持ってた人と、端末を取る人は別なんだね」


 男が頷いた。


「写真はいつ渡されたの?」


「当日。車の中でパン食ってる時」


「誰から?」


「しらない。英語だったよ」


「東欧の人だ」


「違う」


「違うんだ…どこの国の人?」


「…わからなかった、すまない」


 リヴァがアルノの方に向いた。


 アルノが腕を組んでいた。リヴァを人差し指で呼んで、顎を廊下に一度向けた。


「リヴァ、」男がリヴァに言った。


「なに?」


「気をつけな」


「……うん」


 リヴァとアルノは部屋を出た。


「……十分です」


「甘いものが嫌いだって引き出せた」


「はい。寝てください」


「わかった」




 リヴァは階段を上がった。


 ジュリオは壁際の椅子で目を閉じていた。


「俺、二時間いたんだけど?」


「あなたの質問で警戒が飽和していました。無駄ではありません」


 ジュリオが片目を開けた。


「慰めてる?」


 二階班の部屋の扉が開いた。


 アオイが出てきた。


 シャツは、袖から胸元まで血に濡れていた。袖口は揃ったままだった。


 扉の奥で、男は椅子へ戻されていた。


 片腕を胸へ抱え、鼻と口元から血を流し咳き込んでいた。


 机と椅子は元の位置に戻され、床は水拭きまでされていた。


 ジュリオが両目を開けた。


 フィンが外周から戻り、アオイを見た。


「お疲れ。働き者だね」


「どうも……」


 アオイは端末をアルノへ渡した。


「通信担当は生存確保、一人、かつ日本人と共有されていました」


 アルノは端末を受け取った。


「供述者の状態は」


「話せます」


 ジュリオは開いた扉の中を見た。


 何も言わなかった。


「寝るわ。おやすみ」


 ジュリオは立ち上がり、上階へ向かった。


「アオイ、外周の見張りをフィンと交代してください」アルノが言った。


「了解」アオイが言った。背筋が伸びた。


 アオイがとぼとぼ歩いて外へ向かおうとした。


「アオイ、服着替えたほうがいいかも」フィンが言った。


 アオイが自分の服を見た。


「……なんですかこの血は……」アオイが方向転換して部屋に向かった。「シャワー浴びて来ます」


「着替えるまで俺が戻るよ」


「すみません」


 フィンは再び裏手へ回った。


 ヴィクトルが地下班の部屋から出てきた。


「車両二台。鍵の受け渡しはテルミニ東側。搬出経路は北だ。後続班なし。館外の二人は報告が切れた時点で撤収してる」


「正面班から、所在確認と防衛行動の観測が別目的だったと取れました」


 アルノは三つの記録を並べた。


「三班とも、実働に共有された第二波はありません。別系統の作戦は不明」


 ヴィクトルは次の資料を取った。




 午前三時を過ぎた。


 アオイが着替えて外周へ出た。


 フィンが部屋に戻った。


 アルノは追報を送信した。


 ユキナガに通信を入れた。


「ユキナガ。お疲れ様でした。今日のところは寝てください。通信の監視はこのあとはヴィクトルが引き継ぎます」


「おいおい俺だって寝たいんだが」


「今夜は目視での監視も併用します。明日以降は回線を確認してから決めます」


「……」


「五時にカイを起こして、アオイと交代させてください」


 ヴィクトルは机の端に腰を預け、煙草へ火をつけた。


 廊下には二人しかいなかった。


「…教授を煽ったこと、許していませんので」


「またその話か。流石にこたえたか?」


「いいえ。てっきり収めに付いてきたと思ったからです」


「お前の困った顔が見たかった」


 アルノがヴィクトルを見た。


「さっさとユキナガと代われ役立たず」


「……」


「保護者なんだろ」アルノが睨んだ。


 ヴィクトルは煙草を咥えたまま、視線を返した。


 アルノは端末を開き、契約書の作成に入った。

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