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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十二章「閉鎖系の外乱 ― Disturbance in a Closed System」

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地下駐車場

 


 資料室の錠が外れた。


 ヴィクトルが先に扉を押した。


 倒れた棚が床を擦り、二人が通れるだけの隙間が開いた。


 リヴァはヴィクトルの腕の下を抜けて、廊下へ出た。


 照明は戻っていた。


 ヴィクトルも続いて出た。ボルドーのシャツはまだ汗で張り付いていて、髪も少し崩れていた。


 廊下の受話器から、ユキナガの声がした。


『あとで棚戻して』


 ヴィクトルは資料室の中を振り返った。


「無理だな」


『戻せ』


 回線が切れた。


 二人は階段を下りた。


 一階の共用スペースには、全員が集まっていた。


 正面玄関から入った四人は、石柱の脇へまとめて拘束されていた。


 アルノはソファに座り、脇腹へ布を押し当てていた。ルカがその隣に立っている。


 ユキナガは端末を持ったまま、ルカに背中から抱きしめられていた。


「…どけって」


「やだ。ユキが無事でよかった」


 アオイは上腕に包帯を巻かれ、床に落ちた結束具を拾っていた。アルノの脇腹を見た。


「自分たち、顰蹙ですね…」


「意味がわかりません」アルノが言った。


 フィンはキッチンのカウンターへ腰を預けていた。


「おかえり、リヴァ」


「うん」


 フィンが笑った。


 ジュリオだけが、入口近くで頭を抱えていた。


「アルファに弾が入った」


 リヴァが階段を下りながら、ジュリオを見た。


「ジュリオの怪我は?」


「俺は無傷だ」


「よかった」


「よくない。左のフェンダーだぞ」


 ジュリオは両手で顔を覆った。ちょっと泣いていた。


「敵は何人でしたか」アルノが言った。


「三人。一人は気絶、二人は逃げた」


「追跡は」


「してない。アルファが撃たれたから」


「理由になっていません」


「なる。十分になる」


 アオイが拘束された男の数を確認した。


「中庭二人。片方は腿、片方は肩が外れてます」


 フィンが言った。


「二階は二人だよ。一人は通信室前、もう一人はアオイの部屋にいたから、拘束して一階に下ろした」


 アオイが固まった。


「え…今、自分の部屋って言いました…?」


「綺麗だったから」ユキナガが言った。


「……」アオイが天井を見た。


 裸の天使と目があった。


 アルノは端末へ人数を入力した。


「正面四名、中庭二名、二階二名、外周三名。合計十一名」


 リヴァは共用スペースを見回した。


「……カイは?」


「…そういえばいないな」ヴィクトルが言った。


 ユキナガが端末を見た。


「地下。位置情報はずっと動いてない」


「通信は?」


「切れてる。カメラも落ちたまま」


 リヴァは地下へ続く扉を見た。


「開けて」


「今やってる」


 ユキナガが端末を操作した。


 地下駐車場のシャッター表示は、閉鎖のまま赤く点滅していた。


「制御が戻ってない」


 ヴィクトルがユキナガの端末を覗き込んだ。


「地下区画だけ非常電源側へ切り替えろ。第三系統」 


「…そんなのあったのかよ」


「地下だけ厳重にしてあるだけだ」


 地下から、重い機構音が響いた。


「開いた」


 シャッターがゆっくり上がり始めた。


 ジュリオが顔を上げた。


「地下、何か置いてあった?」


 ヴィクトルの動きが止まった。


「何がだ」


「車。駐車場だろ」


 ヴィクトルの顔から、血の気が引いた。


「マセラティ」


「……他にもあったよな」


 ヴィクトルが額に手を当てた。


「フェラーリ・ローマ。アストンマーティンDB11」


「もしかしてまだある?」


「ベントレー・コンチネンタルGTも置いてた」


「呪文?」リヴァが言った。


 ヴィクトルが地下の扉を見た。


 ユキナガがため息をついた。


「何台置いてんだよ」


「俺の車たちは」


 ヴィクトルは階段を下り始めた。


 ジュリオがすぐ後を追った。


「無事じゃ済まないだろ」


 二人は地下へ駆けていった。


「カイ」


 リヴァも後を追った。





 最初に見えたのは、男の靴だった。


 床から浮いていた。


 そのままシャッターが上がりきった。


 カイが、気を失った男を背後から抱えるようにして立っていた。


 すぐ横には、アストンマーティンがあった。


 床には、ほかに三人倒れていた。


 一人は柱の脇。


 一人は車止めと車止めの間。


 もう一人は、ベントレーから不自然なほど離れた壁際。


 四人分の拳銃とナイフが、駐車区画の外へまとめられていた。


「カイ」


 リヴァが呼んだ。


「リヴァ、無事か」


 リヴァがカイが抱えている男を見た。


「何してるの」


「置く場所がない」


 カイは振り返って車を一度見た。


「ここに倒すと、頭が車に当たる」


 ヴィクトルがアストンマーティンを見た。


「ずっと持ってたのか」ジュリオが聞いた。


「七分だ。シャッターが開くまで」


「うわあ」


 カイは男を少し持ち上げ直した。


 ヴィクトルが駆け寄った。


「車たちは?」


「無事だ」


「カイは?」リヴァが言った。


「問題ない」


 ヴィクトルはアストンマーティンの側面を確認した。


 ジュリオはフェラーリへ走った。


「…大丈夫そうだ」


 ジュリオが息を吐いた。


 ヴィクトルがボンネットへ手をついた。


 手のひらで表面を確かめた。


「キズは」


「ない」


 ジュリオがフェラーリの横へしゃがみ込んだ。


「本当に一発も入ってない」


「カイ」ヴィクトルが言った。「どうやった」


「射線を車から外した」


 カイはフェラーリのボディを見た。


「磨かれていて、よく反射した」


「何が?」リヴァが聞いた。


「敵」


「敵?」


「…ボディに映ったから、角から出る前に見えた」


「コーティングが命を救った」ジュリオが言った。


「俺の整備が正しかった」ヴィクトルが言った。


「Mamma mia.なんで俺の車だけ被弾してしまったんだ…」


「直せばいいじゃん」リヴァが言った。


「同じ色は出ない」カイが言った。


 ジュリオがカイを指差して俯いた。


「そうなんだよ…あの黄色は簡単には出ないんだ……」


「ふうん」


 ヴィクトルがカイに両手を広げて近づいた。


「カイ、お前は最高だ。抱かせろ」


「来るな」カイは男を抱えたまま後ずさった。「こいつをボンネットに下ろすぞ」


「待て待て待て、悪かった。抱かれる側でいいから」


「やめろ」


 リヴァがカイの隣に立った。


 カイが眉を顰めた。


「…なぜヴィクトルの香水の香りがする」


「……一緒に閉じ込められてた」


 カイが黙った。


 まだ男を抱えていた。


 階段の方を見た。


 男を放り投げた。





 共用スペースでは、退避の準備が始まっていた。


 カイは捕らえた男たちを地下から移動させて、共用スペースに戻ってきたところだった。


 ユキナガはテーブルに端末を三台並べ、旧拠点から回収するログを選別していた。


 ルカは隣で、パソコンを膝に乗せて大学側の解析データを外部ストレージへ移している。肩はぴったりとユキナガにくっついていた。


 アルノはソファに座ったまま、コアへの報告をまとめていた。脇腹には新しい布が巻かれていた。


「カイ」リヴァが言った。


 カイがソファに座っていたリヴァの元に来た。


「脱いで」


 一同が動きを止めた。


「わあ。大胆だね」フィンが横から言った。


「カイ」


 リヴァがもう一度言うと、カイがシャツを脱いだ。筋肉が露わになる。


「全部」


「え、リヴァ?」ユキナガが目を端末から上げて言った。


 カイが脱ぐと、リヴァが立ち上がった。


 太腿から膝、足首まで見た。背後へ回り、肩甲骨と脇腹も確認した。


「怪我してないね」


「していない」


 再度正面を確認をして、リヴァはまたソファに座った。


「おわり」


 ヴィクトルがそれを見て肩を揺らした。


「だってカイ怪我してても言わないんだもん」


「人目を考えてください」


「そっちの方が問題じゃない?」フィンが言った。


 アルノが手を止めた。


「……まあ。確かに」


「納得するなよ」


 カイが服を着た。


 アオイが上腕の包帯を一度見た。


「愛ですね」


「ほんとかよ」ユキナガが言った。


「俺も脱ごうか?」ジュリオが言った。シャツをはだけさせた。


「ジュリオは左のフェンダーだけでしよ」


「う…うう」


「にしても、先に重要なものは移しておいてよかったね」フィンが言った。


「アルノが昨日、急に荷物移しといてって言ったから、アオイの部屋もすっからかんだったね」リヴァが言った。


「こいつはもともと私物なんてないだろ」ジュリオが言った。


「部屋を牢獄にされたのはいい気分しないですよ…」


「やーい、お前の部屋牢獄ー」ユキナガが煙草を吸いながら言った。


「追い込んだの誰ですか…」


「話してないで、移動の準備を急いでください」アルノが言った。


「フォーラムは」カイが言った。


 アルノは長く息を吐いた。


「中止の判断はほぼ無いかと」


「すごいね」フィンが言った。


「とんでもねえな」ジュリオが言った。


「問題は俺の車たちだ。全員で一台ずつ、いや…俺が往復するしか…」ヴィクトルが言った。


「それより、この惨状どうにかしないとじゃない?」フィンが言った。


「棚も」ユキナガが言った。


「館ごと放棄するのに、戻す意味あるか?」


「使用人に何て説明すんだよ」ユキナガが言った。


「地震」


「ローマで?」


「いいさ俺の癇癪で」


「怖えだろ余計に」


 ルカの端末が震えた。


 送信元はレナートだった。


 "玄関前にいるよ"


「……やばい」


 ユキナガが覗いた。


「は?なんで場所バレてんの?」


「……俺だってわかんないよ」ルカが言った。


「住所教えた?」


「まさか。教えてないよ」


「位置情報は」


「切ってた。…昨日、大学VPNを一回通しただけ」


「逆探知されたのか」ヴィクトルが言った。煙草を指に挟んでいた。「そこまでするか?」


「…教授ならやる」


 正門の呼び出し音が鳴った。


 ユキナガが映像を開いた。


 レナートは門の外に立っていた。


 濃紺のシャツ。袖を肘まで折っている。首から眼鏡を下げ、片手には火のついていない手巻き煙草を持っていた。


「……怒ってる」ルカが言った。


「分かるのか?」ヴィクトルが聞いた。


「煙草、吸ってない」


 アルノが立ち上がった。


「対応します」


「俺も行く」ユキナガが言った。「ルカ一人で出せるわけないだろ」


 ヴィクトルも立ち上がった。


「お前が出るなら俺もいく」


「あなたたちは来ないで下さい」


「イタリア人なら俺が上手く話まとめようか?」ジュリオが言った。


「……教授はちょっと普通のイタリア人とは違う」ルカが言った。


 フィンがキッチンのカウンターから顔を上げた。


「じゃあ映画の撮影ってことにして、俺が説明しに行こうか?前にそれで乗り切ったことある」


「無理あるだろこの惨状は」ユキナガが床に散らばったガラスの破片、柱の破片や家具の残骸を見て言った。


「ハリウッド的な。建物も古いし、血もある」


「血は本物です」


「迫力は出るね」


「いらないです。ルカ」


 アルノがルカを人差し指を引いて呼んだ。


 ユキナガとヴィクトルが同時に煙草の火を消して立ち上がった。


 ルカはノートパソコンを閉じてテーブルに置いて立ち上がった。


 アルノはヴィクトルとユキナガを見て、ため息をついた。


 アルノに続いて、ルカ、ユキナガ、ヴィクトルが扉の前に立った。


 門が一人分だけ開けられた。


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