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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十二章「閉鎖系の外乱 ― Disturbance in a Closed System」

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引き金




「階段、一人上がってく」


 ルカの声だった。


 アルノが銃口を向けた。


 アルノの一発が外れた。次弾、弾が切れている。


「ユキナガ、一人そっちに」通信に入れるが、返答はない。


 男は階段を上がろうとしている。


「誰か」ルカが言った。小声だった。リヴァが振り向いた。


 リヴァの照準は間に合わない。フィンは敵を拘束するため離れている。


 ルカが銃を向けた。セーフティは外していた。


 震える手。


 男が遠ざかる。


「……ユキ、」



 ルカが引き金を引いた。



 鈍い音がした。


 反動にルカは目を瞑った。


 弾が、男の左上腕へ入った。


 拳銃が階段へ落ちた。男は欄干へ身体をぶつけ、その場に崩れた。


「当たった」リヴァが言った。


 リヴァが階段へ出た。落ちた拳銃を蹴り離した。


 男が右手を動かした。


 リヴァはその肩を踵で踏みつけた。


 男が身体を捩った。


 踵に力を込める。


「動かないで」


「リヴァ、殺さないで」アルノが言った。

 

「ん」


 アルノが階段に移動してくる。


 銃口は男の顔から外さない。


 男が歯を食いしばる。


 リヴァは片膝で肩甲骨を押さえた。


 アルノが駆け寄って結束バンドを締めた。


 アルノは一度ルカを見た。


「……怪我は」


 ルカが首を振った。銃を右手に持って、左手は震えていた。


 ルカが、リヴァとアルノをすり抜けて階段を進んだ。


「待ってください、一人で行かないで」


「なんか上から足音聞こえる」


 ルカは声に足を止めず、階段を上がって行った。


 アルノが追いかけようとして、眉間に皺を寄せた。脇腹を抑えた。


「リヴァ、ルカを止めて」


「わかった」


 リヴァはルカを追った。


「フィン、二階の処理を」


「了解」


 拘束を終えたフィンも階段に向かった。


 アルノが階段の手すりに背中を預け、階段に座った。





 少し前。


 通信室では、一階の映像で、フィンが硝子戸側の敵を撃った。リヴァとアルノを挟んでいた射線が、一つ消えた。


 ユキナガは、小さく息を吐いた。


 悪態をつこうとした瞬間、共用スペースでリヴァの方向に敵が腕を上げていた。


 咄嗟に玄関の非常灯のボタンを一瞬点滅させて注意を引く。


「リヴァ、下がって」


 通信は繋がらない。


 リヴァが柱に隠れた。


 東側通用口の外部カメラに、もう一人来た。壁について、カメラの方へ顔を向けなかった。


 アオイだった。


「おっせえんだよモブ」


 ユキナガは解錠した。アオイが中へ入った。


 中庭側のカメラが揺れた。


『アオイ、館内進入。中庭、男二名――、交戦--』


 発砲音で途切れる。位置情報が中庭で止まった。


 ユキナガは中庭のカメラを開いた。アオイが石柱の陰にいた。敵二名が反対側の回廊にいて、正面ホールへ抜ける経路を狙っていた。


「そこで足止めして。正面には行かなくていい」


 届かなかった。


 一階の四人が止まる少し前、屋上から別働二名が、二階に降りてきた。


 ユキナガは二階廊下の映像へ切り替えた。赤い絨毯の端に、一人目の靴が入った。その後ろに、二人目。


 三階と二階の間のシャッターを閉めようとしたが、半分で止まった。


「……来そうな感じだな…」




 一方その頃、中庭では。


 アオイが石柱の陰へ入った。


 直後、柱の角が欠けた。白い破片が肩へ当たった。


「最悪だ…」


 向かいの回廊に二人いた。


 一人は噴水の西側。もう一人は、正面ホールへ続く硝子戸の近くにいる。


 アオイは通信機を押した。


「アオイ。中庭で二名と接敵。正面への進入を阻止します」


 返答はなかった。


「……誰も聞いてないな」


 硝子戸側の男が、正面ホールへ動いた。


 アオイは柱から出て二発撃った。


 一発が石床へ入り、もう一発が男の腿へ入った。男が膝をついた。


「もしも俺だけ被弾したなんて言ったら顰蹙だろうなあ…」


 男は拳銃を上げた。


 アオイが手元を撃った。拳銃が床を滑った。


「撃っても…この状況なら始末書ないですよね…?」


 西側から撃たれた。


 弾がアオイの上腕を掠めた。シャツが裂け、血が滲んだ。


 アオイは一度だけ傷を見た。


「……あああ顰蹙」


 男が次の柱へ移る。


 アオイは噴水の縁へ一発撃ち、男がそちらを見た間に中庭を横切った。


 身体ごと回廊へ入り、男の銃を持つ腕へ肩をぶつけた。


 男が壁へ当たった。


 アオイは手首を掴み、拳銃を落とさせた。そのまま腕を背中へ回し、膝裏を蹴った。


 男が石床へ落ちた。


「動かないでください」


 男が身を捩った。


 アオイは肩へ膝を置き、さらに腕を締めた。


「動くなっつってんだろ」


 結束具で両手を留めた。最大限きつく留めた。男が呻いた。


 足で蹴って、男を転がした。


 館内から、続けて銃声が鳴った。


 アオイは負傷したもう一人の武器を蹴り離し、正面ホールへ続く硝子戸を見た。


 アオイは上腕の血を袖で拭い、拳銃を構え直した。


 硝子戸を開け、一階へ入った。




 少し前、通信室。


 六枚の館内カメラが、動いていた。正面玄関、一階ホール、中庭、東側通用口、地下駐車場、二階廊下。地下のカイは、映像がほぼ落ちていて見えなかった。


「カイさっきの四人相手してたのどうなったんだ」


 映像の横で、位置情報と波形が並んでいた。外でジュリオの表示が点滅し、資料室のヴィクトルは、無応答のままだった。


「ヴィクトル、聞こえてないの?死んでないよね?」


 デスクトップのファイルを一度見た。背中に汗が伝った。


 銃声が聞こえた。どこからかはわからなかった。


 ユキナガは表示を切り替えようとして、一階の映像を誤って閉じた。


 開き直した。


「違う、ジュリオの方の人数みないと、」


 外周のカメラを切り替えたが、ジュリオの居場所が掴めなかった。


「アオイの敵だけ照らしといて」


 中庭の照明を敵に合わせ、アオイ側を暗く変えた。


「よしアオイも大丈夫そう…いや」


 地下のカメラを確認しながら、外周のジュリオも切り替えて探す。


「確かジュリオは…元カラビニエリ(イタリアの国家憲兵隊)って言ってたよな…信じたいとこだけど」


 煙草の箱へ手を伸ばした。指が、違う場所を探った。灰皿に当たって、金属の音が鳴った。


「その前にリヴァ」


 ユキナガは一階の画面へ、指をかけた。


 フィンが、映っていた。


「……一階はフィンがいる、アルノもいればルカとリヴァは大丈夫」


 自分に言い聞かせて、一階を縮小した。


「ルカせっかちって一応共有しとけばよかった。やらかしてないといいけど」


 呼吸が浅い。思考が定まらない。


「で、そろそろ俺のお迎え、来たかな……」


 二階の廊下の照明を、落とした。


 通信室へ続く通路の手前で、アオイの部屋だけを解錠した。室内灯を、一度だけ点けた。


 二人のうちの一人が、その光の方へ動いた。扉を開けて、中へ入った。


「おいでおいで」


 ユキナガは施錠した。


 施錠表示が、赤から緑へ変わった。


「よし」


 男が内側からノブを回し、扉を叩いた。


 モニターの中で、その男の位置が、部屋に止まった。


「…アオイの部屋綺麗でよかった」


 もう一人は暗い廊下を、通信室まで進んだ。


 扉の前で、足音が止まった。


 ノブが、一度動いた。


 発砲。


「……っ」


 音に反応してユキナガの方が一度動いた。


 通信室の扉が銃弾を受け止めている。


 その衝撃に、モニターが振動した。


 錠のあたりに、二発目が入った。


「バレてんなあ」


 ユキナガはテーブルの下から銃を出し、マウスの隣に置いた。


「……誰にも看取られないのは嫌だな」


 頬を汗が伝った。


 その時、通常回線とは別の、独立有線が鳴った。


 ユキナガは受話器を取った。


『ユキナガ』


 ヴィクトルの声だった。


 返事より先に、息が漏れた。


「……ヴィクトル」


 息を深く吸った。震えて上手く吸えなかった。


 扉には銃弾が浴びせられている。


「カイが地下。アオイは中庭を押さえた。ジュリオは外周で接敵。フィンが一階にいて、二階に二人――」


『一度黙れ』


 ユキナガは止まった。


『今は俺の声だけ聞け』


 握った受話器が、汗で滑った。もう片方の手の下で、機材が小さく鳴っていた。


「ヴィクトルは、どこ」


『施錠されてる。動けない。震えてるな、ユキ』


「あんたこそ息荒い」


 扉に、三発目が入った。ユキナガの声が小さく漏れる。


『大丈夫。その扉は一番頑丈にしてある』


「…そりゃどうも」


 ユキナガは扉を見た。すでに歪み始めていた。


『二階は何人だ』


「二人。一人はアオイの部屋入れて閉じ込めた」


 短い間があった。


『可哀想だな』


 ユキナガの口角が上がった。


 受話器の向こうで、ヴィクトルが一度だけ息を吐いた。


「一階にはフィン、アルノ。アルノが少し撃たれてるっぽいけど、動けてる」


『そうか』


「階段の踊り場にリヴァとルカ。無事。中庭はアオイが押さえた」


『アオイと、外周カメラ送れ。俺が見る。ジュリオは俺が探す。一階のカメラも送れ』


「カイは」


『カイは見なくていい。お前が見続けても、代わりには撃てない』


 ユキナガは、何も言えなかった。


『一旦お前は二階だけ見ろ。残りは俺が拾う』


「でも」


『屋上への隠し通路、三階の階段の封鎖はしてるか。あと共用スペースも防火扉あっただろ』


「……三階はもうロックした。一階は閉まらなかった」


『二階は』


「今下げる」


 ユキナガは二階廊下と階段の間の防火扉を下ろした。


 二階の廊下に残った男の行き先は、通信室だけになった。


「ヴィクトル」


『どうした、お兄ちゃん』


「……俺が先にやられたら、ファイルはルカにでも渡して」


『……お前じゃなきゃ意味がない』


「じゃあリヴァに」


『あいつはフォルダごと無くしそうだ』


「言えてる」ユキナガは笑った。


 残したのは、二階廊下の映像と、通信室前を切り取った画面と、有線の緑の表示だけだった。


 受話器の向こうで棚が倒れる音がしていた。ヴィクトルが部屋を出ようと試みている。


「……ヴィクトルって、実は猫とか犬とかあんまり好きじゃないよね」


 棚の音が止まった。


『……毛がつく』


「それが理由?」


『俺を暴く時間にするな』


「……実は他にも苦手なことあるでしょ」


 受話器の向こうが静かになった。ヴィクトルの呼吸だけが聞こえた。


『ある。でもお前以外にはまだバレてないはずだ』


 ヴィクトルが笑った。声が少し震えていた。


 ユキナガは笑った。


「…本当は、今ヴィクトルにいて欲しかったよ」


『ここにいるだろ』


 ユキナガは、受話器の横で点いている緑を見た。


 扉を撃つ音が、有線にも入った。


『モニター画面落として真っ暗にしろ』


「……うん」


『銃持って、扉から離れてしゃがめ。セーフティ外すの忘れるなよ。扉に向けとけ』


「……はい」


 ユキナガは机の横へ身を落とした。


 受話器を耳から離さなかった。


 片手で握ったまま、もう片方で銃を構えた。

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