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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十二章「閉鎖系の外乱 ― Disturbance in a Closed System」

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メソッドアクター



 館の東側外周で、アオイは男を見つけた。


「……だれですか」


 男は壁沿いを歩いていた。銃声のする館を見たまま、足を止めなかった。


 背丈は覚えがある。姿勢が違う。


「……フィン?」


 反応がなかった。


 大股、肩を動かして歩く。金髪。うっすらと香る煙草の匂いも違う。右利きに見える。フィンにしては重心が低い。


「フィン、ですか」


 二度目で、ようやく振り返った。


 それから、笑った。


 振り返ってから作った笑顔だった。


「よかった。アオイも戻ったんだね」


「…フィンに見えませんでした」


 二人は東側通用口へ向かって歩いた。


 数歩進んだところで、フィンが止まった。


「アオイ」


「はい」


「俺、変?」


 アオイはフィンの顔を見た。


「かなり」


「そっか」


 フィンはまた歩き出した。


 アオイが隣へ並んだ。


「それで終わりですか」


「確認できたから」


「何を」


「自分じゃ判断できてないこと」


 館内で、銃声が続けて鳴った。


 フィンが通用口の方を見た。


 アオイはフィンを見た。


 アオイは一度、何かを飲み込んだ。


「先に入ってください。リヴァも中で危ないかもしれない」


「アオイは」


「外を確認してから入ります」


 フィンは通用口へ向かった。


 アオイは足を止め、来た道を振り返った。


 東側通用口の上で、カメラがフィンの方を向いた。






 その少し前、ユキナガは六枚のモニターの前にいた。


 足を揺らして、机の脚を蹴っていた。


 一階のカメラに、リヴァとアルノが映っていた。二人はキッチンの入口まで押されていた。アルノの左脇腹が、黒く濡れていた。


「何でドア閉まんねえんだよクソ」


 一度だけ吸った煙草が灰皿で灰になっていた。


「おい、カイ!カイ!何してんだよ早く上がれ!」


 いくら呼びかけても反応は無い。


 東側通用口のカメラに、人影が入った。


「アオイ?……いや、誰」


 黒いスーツ。肩の下に、防弾の厚み。


 ユキナガは位置情報を開いた。フィンの表示は、数分前から館の北西九百メートルで止まっていた。


 カメラの中の男は、東側の壁に背をつけていた。


 ユキナガの指が、解錠キーの手前で止まった。


 顔認証が、フィンを返した。歩き方も、フィンだった。


「……なんでそこにいるの」


 返事はない。フィンへの回線も、雑音だった。


 その時、別の回線が入った。


『誰か聞いてるか?フィンが居ねえ』ジュリオの声だった。


 銃声。


『館側でこっちも接敵した。外周、俺が押さえ--』


 通信が切れた。


 受信だけが断続的に入っていた。こちらからの送信は弾かれていた。


 ユキナガは送信キーを押した。


「ジュリオ、そっち何人」


 送信表示が赤くなった。


 もう一度押した。


 また赤くなった。


 ユキナガは通用口を解錠した。男が中へ入った。すぐ施錠を戻した。




 東側通用口の錠が、一度だけ外れた。


 小さな機械音だった。




 東側通用口が、開いた。


 リヴァは銃口をそちらへ振ろうとして、止めた。


「アオイ、――」


 入ってきたのは、黒いスーツの男だった。上着の下に、防弾の厚みがあった。


「誰?」


 男は答えなかった。


 非常灯の外から、リヴァの肩越しへ銃口を向けた。


 一発鳴った。


 弾が、硝子戸側の壁にいた三人目の背の装備で止まった。男は壁へ肩を打ちつけ、大階段の方へ退がった。


 黒いスーツの男が、非常灯の下へ出た。


 フィンだった。


 黒いジャケットの前は、留められたままだった。袖口も、襟も崩れていなかった。


 フィンがアルノの脇腹を見た。


「リヴァ狙撃地点(うえ)に上げる?」フィンは言った。


「いえ、屋上の状況を確認できていません」アルノは言った。


「これ通信妨害?」


「おそらく」


 フィンの視線が、リヴァへ戻った。


 そのまま近づいてきた。


「フィン?」


 フィンは左手でリヴァの右手首を掴んだ。Glockの銃口を床へ向けさせ、石柱へ押しつけた。


 背中が石に当たった。


「っ、フィン?」


 フィンがリヴァに顔を寄せた。


「……戻して」


 フィンが口づけた。


 唇を塞ぎ、息を継ぐ間も与えず、角度を変えた。


 煙草と、甘く冷えたミントの味がした。


 いつものフィンのものではなかった。


「は?」アルノがそれを見て言った。


 リヴァの左手が、フィンの胸に触れた。指が黒いジャケットの襟を握った。離そうにもびくともしない。


 硝子戸側で、靴底が石を擦った。


 三人目が身体を起こし、銃口を戻した。


 フィンは口を離さなかった。


 リヴァの右手首を押さえたまま、顔だけを僅かに傾けた。右手の拳銃を、リヴァの肩越しへ向けた。


 一発撃った。


 発砲音が、石柱のすぐ脇で鳴った。


 三人目の肩が跳ねた。拳銃が壁へ当たり、床へ落ちた。男は欄干の陰へ転がり込んだ。


 フィンはすぐリヴァへ顔を戻した。


 口づけが、さらに深くなった。


 リヴァの息が詰まった。


 背中が石柱をずるずると滑った。膝から力が抜けた。


 フィンは拳銃を持った右腕をリヴァの腰へ回した。


 落ちていく身体を支えながら、離れなかった。


 リヴァの銃を持つ手が下がった。左手だけが、フィンの襟を握ったまま残った。


 アルノは床に落とした男の腕を踏み、手首を返して肩を極めた。男が身を捩った。アルノは頸へ腕を回し、さらに締めた。


 フィンの指が、リヴァの首の後ろへ深く入った。


 リヴァは息を吸おうとして、フィンの唇の間で小さく喉を鳴らした。


 アルノの銃口が、階段側の敵へ向いた。


 一発。


 欄干の石が欠けた。


 フィンが、ようやく口を離した。


 リヴァはフィンの腕に支えられたまま、浅く息を吸った。


 唇に、煙草とミントの味が残っていた。


 目の前のフィンは、まだ笑っていなかった。


「フィンじゃないみたい」


 フィンの目が、僅かに動いた。


 腰に回っていた腕へ、力が入った。


「ちゃんと見て」


 リヴァは、至近距離にある顔を見た。


 整った襟。崩れていない髪。普段より遅い呼吸。


「……フィン?」


 フィンは数秒、リヴァを見ていた。


 それから、短く息を吐いた。


「わかんなくなっちゃったかも」


 フィンがリヴァを立たせた。


 腰から腕を外した。首の後ろからも手を離した。


 リヴァは石柱へ手をついた。


 フィンがリヴァの横へ入った。


 リヴァは何も言わず、左へ銃口を戻した。弾倉を抜いて、新しいものを入れた。


 アルノは床の男の抵抗が落ちるまで頸を締めた。呼吸を確かめ、拳銃を足で蹴り離した。


「アルノ、残りは」フィンは言った。


「……今は活動可能二名。左側と、階段です」


 アルノは荒い息も整えずに言った。


 脇腹から落ちた血が、シャツの裾を伝っていた。


 硝子戸側へ退がった三人目が、欄干の陰で肩を押さえていた。そこにいた四人目は片腕をかばい、拳銃を左手に持ち替えていた。


 フィンが左へ銃口を向けた。


 アルノが階段側を取った。


 リヴァは石柱へ背を預けたまま、一度だけ息を整えた。


 唇に残った味は、まだ消えなかった。


 硝子戸側の男が、床に落ちた拳銃へ手を伸ばした。


 フィンが一歩出た。


 男の手首を踏み、襟を掴んで身体を伏せさせた。肩を撃たれた男が呻いた。フィンは背中へ膝を置き、拳銃を足で蹴り離した。


 階段側で、四人目が欄干から左手の拳銃を上げた。


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